クーガンの戦い⑬ 虚しい
愛がもしあるなら、確かにこの心臓を脈打たたせているものであると思う。
ユリアは、結界への攻撃が止まったことに安堵した。もはや離れろと言わんばかり、一つの天幕に案内され、独りにさせられた。
簡易的なベットの縁に座り、少し息をつく。
これで時間を稼げたと安堵する気はないが、さすがに疲れを感じる。自分の傍に誰一人味方、更には同国人がいないというのは初めてだ。
天幕の中には簡易のベットとガタついたテーブルのみ。恐らくこれでもマシな天幕だ。ユリアは身体に巻き付けていた爆弾を慎重に剥がしていく。あとはもう手で持ち歩けばいいかと判断する。
「レディー、入っても?」
天幕の外からの声に、ユリアは爆弾を剥がす手が止まる。しかし再び手を動かし「構わない」と発言する。天幕の中に余裕の笑みを浮かべて現れたウィリアムに視線を向けることなく、ユリアは手を動かすことを続ける。
「いやー、見事だったな。お姫様。」
「どうも。……貴方に尋ねたかったんだけど。」
「何?」
お互いに敬う態度などなく、ウィリアムは無造作に地面に座り、胡座をかく。
「父とはいつから?」
「ガエリオ?いつから、だろうな。とりあえず貴女は生まれていたかな。」
爆弾を取り終わり、導火線だけ手にもって、爆弾本体は太ももの横に置く。
ユリアはウィリアムと目を合わす。
「……聞かないのね。なんで父の関与を疑ったのか。」
「疑ってなきゃ、賢いお姫様は敵本陣まで来ないだろう?」
見透かしたような態度がやけに鼻につく。そして、同時に思った。父がなぜこの男に協力したのか。大嫌いなクルワン家なのに。
「…戦争まで起こすほど、マルコニア国が憎い?」
「憎い?んー、国に対してはどうだろうな。言語化するのは難しいけれど、……俺がどんな目にあったか国民やお姫様達が知らねえように、俺もこんな国どうなろうが知ったこっちゃねえんだよ。知らねえ。ただそれだけだ。」
「なら、クルワン公爵、父親が憎いの?」
ウィリアムは、それはそれは蠱惑的な妖しい笑みを浮かべた。ゾクリと腕に鳥肌が立つ。
「あの人から何もかも奪いたいほどには。」
「奪う?」
「大切な子供を奪ってやった。」
ああ、フィリップの父親は事故ではなかったのか。
ユリアはそんな事実を知る。
「あの人が国民の為に生きろって言ってたからな。だから、国民に違法薬物をばら撒いてやった。名誉を穢してやった。
孫が大層可愛いようだから、孫が幸せになれないようにたくさんたくさん不幸せの種を撒いた。」
ミランダの件も、何もかも、目の前の男が行っていたのだと、それは疑う余地もないほどにウィリアムは愉快そうに語っていた。
「あいつが築き上げた何もかも、奪ってやりたいんだ。」
「………そこまで公爵を憎む理由を聞いても?
公爵は、マルコニア国から見れば英雄中の英雄ですから。」
ユリアの頭に浮かぶ、ウィル・クルワンの輝かしい歴史の裏で死んだアンという女性。そしてリッツォがここに来るまで話してくれた、自分の主であった方がお慕いしていた人の話。
ウィリアムは、手に顎をついて、笑みを消した。だるそうにユリアを見、そしてつまらなさそうに視線を外した。
「お姫様。あんたがここまで命や、そしてもしかすると本当に他国に嫁がされる未来を賭けてまで、動いた理由は何だ。」
「………。」
「同じだよ、俺も。……ただ俺は、あんたみたいに動く前に終わっちまってただけだ。」
ユリアは、もしかすると自分の末路はウィリアムだった可能性があったのだと悟る。それは恐ろしく、想像もしたくないことだ。
「守りたかった奴は、既に、父親に奪われてた。」
彼が訃報を聞いたのは、いつだったのか。父親に奪われて、どれほどの月日が流れた時だったのだろう。ユリアがもし、アーサーを既に喪っていたとしたら、このように動いているというのに、アーサーが既にこの世界のどこにもいないとしたら。
ユリアは想像なのに真っ青になり、吐き気がおこりそうになった。
そんな絶望を想像もしていなかった。ならば、こんな風に結界を守ることすら無意味だと思った。もう何もかも無意味で、そして………アーサーのいない世界から消えてしまいたいと自分なら選択する。
ああ、理解をしてしまった。この愚かな、もしかするとアーサーを傷つけ、そして殺してしまうかもしれない、もしくは既に殺してるかもしれない目の前の男の心情を深く理解してしまった。
ウィリアムは、淡々と悲しむ様子もなく話す。
「なぁ、俺からも聞いていい?」
「……何。」
「お姫様、あんたはこの世で唯一の光を失っても、それでも、唯一の人が大切にしていたものを守るために生きられるか。」
ユリアは、最悪だと思った。
自分がこの男を理解してしまったように、目の前の男は自分を理解している。
何も答えることをしなかったユリアに、ウィリアムはふっと嗤い、答えを見透かしているかのよつに語り出す。
「とりあえず、安心しな。殿下は生きてるし。」
その言葉に全身の筋肉が一気に抜けるように、安堵する。ウィリアムは無表情ながらも、安堵した様子を察し、よほどユリアはアーサーに惚れていることを知る。
「本当、お姫様、あんたここまで来て死んだら、殿下は一生あんたを忘れねえよ。それが本望か?」
ユリアはその問いに、少々驚く。
「私が、アーサー様を傷つけるつもりはないわよ。私は生き抜くつもりよ。」
「はっ、味方もいない戦場で生き抜くだぁ?」
「当たり前でしょ。………あの方は私を助けに来れないの。誰よりも王家の役割を知ってるから。誰よりも王家のために生きてるから。」
‘お姫様になるのが、ユリアで良かった‘
「あの方が自分の役割に泣いて、怯えて、それでもお姫様になるか聞いてきたときに、私は是と答えたの。幼い自分が言った時の、あの返事を私は忘れてない。だから、力をつけてきた。あの方を独りにしないために。」
ウィリアムは目を見開いた。
ユリアの蒼い蒼い瞳の美しさに、引き込まれていく。
「やっと、それを思い出せたのよ。」
私は、生き抜く。
ミランダも誰もかも彼を愛すかもしれない、彼もまたミランダや誰かを愛す未来があるのかもしれない。……でも、分かったのだ。彼を独りにしない。彼を支えることができるほど、力があるのは、私だけだ。そう言えるほど努めてきた。そう言えるほど愛している。
やっとそれを、彼の捨てないでくれと聖堂で頭を下げた時、思い出せたのだ。
ウィリアムは、ユリアがいた天幕から出た。
「旦那ぁ、飯だぞー。」
ムガラが遠くから声をかけてくる。そちらの方に足を動かしながら先程のユリアとの会話を思い出していた。本当はユリアの精神をぐちゃぐちゃに揺るがして、爆弾を取り上げる隙を見るつもりだった。だが、出来なかった。
ユリアの蒼い瞳を見ていたら、嘘を言えなかった。ガエリオの子供とは思えないほど、真っ直ぐに見えた。そしてその真っ直ぐさは、清濁併せ呑んでいるからこそ美しかった。末恐ろしい子供を育てたものだとガエリオに思う。
独りにしない、か。
嗤いたかった。嗤いたかったのに、嗤えなかった。
もし運命が違っていたら、自分もあのような目をしながら彼女を守るためだけに、彼女を独りにしないために生きれたのだろうか。
そんなタラレバ、今になって思わされた。
精神攻撃しようとして、自分がされてしまった。
そう、タラレバなのだ。
‘ウィリアム‘
だって、アンはもういない。
「………。」
虚しい、そんなこと憎悪しなかった複雑な心の中で初めて感じた。




