クーガンの戦い⑪ ミランダの罪
ミランダは爆音や衝撃音が無くなったことに気づく、それはその場にいた全員もそうで。耳を塞いでいた市民の人もその周囲にいた人の様子で、耳から手を離す。
ミランダは結界の外に護衛も自爆に巻き込むのは駄目だからと一人で行ってしまったユリアを思う。
深慮深いとかじゃない。
あの方は、きっと……
ミランダの中で思い浮かべるユリアが確実な形となしていく。どんな思考回路をしているのか。
ユリアの作戦が成功になったことを分かったが、同時に不安になった。
ユリアが救出されるのにはもうマルコニア国の兵が、助け出すしかない。でも、それは望み薄だとミランダでさえ分かった。
ユリアが作戦内容を話してくれたが、それはユリアを気に入っている方々の好意に付け込み、不安を煽ることでユリアの身が守れる作戦だった。ただそんな風に一人の女性に対しての好意で戦争行為を捻じ曲げようとすることは、アーサーならしないとユリアは同時に語っていた。
つまり、アーサーはユリアを助けない。
助けないのだ。
それでもユリアは一人で敵地に乗り込んだ。
ミランダは自分の無力感を味わい尽くしたと思ったが、まだまだ味わいがあるようだ。苦しく、そして情けなかった。
ミランダはナニクン側がいる反対側の結界を睨むように見る。遠目だが、マルコニアの兵であろう。恐らくユリアが言っていたミキルという男が率いている兵たち。
何とかして彼らにユリアを救ってくれと頼むしかない。
ミランダは、拳を作り強く強く力を込めた。
「ガリアーノ様。」
「?何、えっと、ミランダ。」
ガリアーノはマクシミリアンと真剣にミランダと同じく、外の兵にユリアが捕まったことを知らせようとし、案を出し合っていた。
ガリアーノは時間がないから黙っててと言いたかったが、ミランダの真剣な、どこか覚悟を決めたような表情に、耳を傾ける気になった。
「不確かな、想像でしかないですが、ハーデン聖堂には抜け道などないのでしょうか。それこそ首都まで行けるような。」
二人は目を見開く。
マクシミリアンは手を顎に添えて、思考を巡らせる。
「確かに…ハーデン聖堂は王宮、いや王宮よりも歴史的宗教的価値があるよね。」
「大司祭の位にまでなれば、王族並みに保護される。ハルメニア王朝前は二人の執政官よりも神に近い地位だから、最も位が高かったから、殊更。」
「でも、それだったら司祭達が話すよね?」
「大司祭にならなければ知らない、とかか?」
マクシミリアンとガリアーノは互いに意見を出し合い、そして一つの結論に辿り着く。
大司祭にならなければ知らないのだとしたら、ユンだけになる。しかし、ユンは未だ眠りから覚めていない。
「……ユン大司祭なら、後継者つくってるよな?」
ガリアーノの言葉にミランダの頭に一人の少年が頭に浮かんだ。
「確かに。そしてこの結界を張るなら、ご高齢のあの方なら念の為引き継ぎをするかもしれない。」
ミランダはマクシミリアンがそう言った時には、もう走り出していた。
「お、おいっ!?」
背後から驚いた声が聞こえたけれど、構わなかった。ユン大司祭が天才と周囲に言われていたが、ミランダは彼もまた神童だと言われていたことを思い出す。
弟のように可愛いと思っていたソバカスの彼。彼のことは、ユン大司祭が紹介してくれた。
‘仕事を手伝いたいなら、この子に習ってくれ。我が言うのも何だが、この子は神童だ。‘
ミランダは避難民の皆が手伝いをしてくれている、洗濯所に辿り着く。息を切らして、多くの人が忙しなく動いている中で彼を探した。
大人の女性が多くいる中で、小さい少年がひょこひょこと動いている。ミランダは人を掻き分けて、彼のもとに辿り着き、二の腕を掴む。
「わっ!?み、ミランダさん!?」
シーツを抱えながら、ミランダを見上げる彼は、驚きに満ちた顔をしていた。しかしすぐにミランダの表情を見て、怪訝に首を傾げる。
「ーーマルコさん、少し良いですか…」
ミランダを追いかけて、ガリアーノとマクシミリアンが洗濯室に辿り着いた。
そして、彼が後継者なのかとユンと違い、本当に中身も少年である彼を見た。
マルコを連れて、四人は人気のないところを探し、最終的にユン大司祭が眠っている寝室に入った。
マルコは中々に深刻そうな三人に怯えつつ、それでもこれまでのミランダの言動を信じ着いてきた。
「あ、あの、何でしょうか?」
ミランダは膝を床に着いて、マルコと視線を合わす。
「マルコさん、もし勘違いでしたら申し訳ございません。ただもし勘違いではないのでしたら、助けて下さい。」
「ミランダさん?どうしたの?」
快活だった常の表情が変わり、思い詰めたミランダの表情。マルコは心配になり、ミランダの手を握る。小さなマルコの手に、ミランダは泣きそうになった。彼は本当に子供なのだと実感する。
「……ユン大司祭に後継者はいますか?」
マルコが息を呑んだ。
その反応を見、ガリアーノとマクシミリアンはマルコが後継なのか、後継者の存在を知っていると確信する。しかし今はミランダに心が開いているだろう姿に、ミランダに任せようと二人は目で会話する。
「な、なんで?」
「…ユリア様が今、外の敵兵に会いに行きました。」
「えっ!?」
マルコが動揺したが、ミランダはそこで動揺させ続けるわけにはいかなかった。早く話を進めなければ、味方はユリアが敵兵のところにいることを知らず、攻撃を開始してしまうかもしれない。何より、ユリアがいると知ったところで攻撃をしかけるかもしれない。その前にどうしても動かなければ。
ミランダは覚悟を決める。目の前の少年に、戦争の現実を、現在の状況を伝えていく覚悟。
握られた手が話を聞く度に震えていく。
「もうユリア様が敵兵に会いに行った通路は、塞がれました。もう彼女は、味方が迎えに行く以外で助かりません。
マルコさん。ハーデン聖堂にもし隠し通路があるというのなら、結界の外にいる兵に会いに行けるかもしれない。そして隠し通路をユン大司祭以外で知るのは後継者だけだと思うんです。」
‘マルコ。これから言うことは秘密じゃ。
どんな事情があれど、言ってはならぬよ。ハーデン聖堂にとって、それは。聖教にとって、それは。隠しておきたいことなのだ。‘
「し、知らないっ…」
マルコはもう聞きたくないと言った様子で、頭を横に振る。
ミランダはマルコの手を握り直した。
「何も悪用しません!決して!!どこから来たのかと兵に言われても、言いません!!ただ私を結界の外に出たいんです!!!!」
「僕は何も知らないってば!!!」
ミランダの手を思い切り振り払い、マルコは眠っているユンに駆け寄る。そして眠っているユンに縋り付くように抱きついて、ミランダから逃げる。
「マルコさんっ。お願いしますっ…お願いしますっ……!」
「うるさい、うるさい、うるさい!!!」
‘あの通路は、我らを守るためにあるけれど。本当は違う。あの通路はな、マルコ。‘
ユンは穏やかな語り口調だったが、ひどく悲しげな表情を浮かべていた。マルコは話を聞き、あまりの話の大きさに怖くなった。一生抱えなければならない、何百年のも前からの秘密。それを言ってはならない。誰にも、誰にも。
ミランダは、胸が本当に痛んだ。今から口にする言葉はきっとマルコの心の傷になる。そして罪として彼は抱えていくことになる可能性がある。
言ってはならないと思うのに、ミランダは非情になることを選んだ。何故ここまでユリアを生かしたいのかもう自分自身でも分からなかった。
ミランダは、口を開いた。
「ーーユリア様が死んでも良いと?」
マルコは目を見開いた。大きく開いた目のままマルコは、ミランダの方を振り返った。彼女の顔は無表情で、マルコはカタカタと震えだした唇と手を他人事のように実感しながら、瞳から一粒涙を零す。
「そんな、そんなこと、だって、ぇ、ぼ、僕は」
マルコは、ユンの言葉が頭に浮かぶ。マルコは、次に池を眺める美しいユリアが頭に浮かぶ。マルコは、笑顔でいつも一緒にしたミランダが頭に浮かぶ。
瞳がオロオロと動き、そしてポロポロと涙を瞳から零していく。
ミランダは、罪人になったことを痛感した。
ハーデン聖堂に隠し通路は存在した。
それは大司祭が使う部屋から繋がっていた。つまり、四人がいた場所だった。ユンが眠っているベットのすぐ横に壁があり、その壁に女神が描かれていた。女神が池の上に立ち、そして女神の直ぐ側には一人の男性が池から離れた場所に膝をつき、女神を眺めている様子だった。その壁の向こうに通路へと繋がる下階段があるそうだ。
通路は、首都へと繋がってはおらず、先は使った使用者にしか分からないそうだ。ただ通路は時折外に出れる出口があるらしく、そこは2キロごとにあるらしい。早急に外の兵に伝えられることが分かり、願ってもいないチャンスだった。
結界の外に出ることは危険なので、騎士の称号を持つガリアーノと隠し通路の案内役としてマルコが結界の外に出ることを決めた。
マクシミリアンとミランダは、ずっとユンに泣きながら謝るマルコを連れて、通路へ行くガリアーノを見送った。
二人が見えなくなると、ミランダは尻もちを着く。そして涙が出そうになるのを耐え、そして震える手を隠すように握った。
マクシミリアンはミランダが罪悪感を感じ、そして泣くことすらしてはいけないのだと考えていることを察した。
「…ミランダさん、悪役やってくれて……」
「お願い。何も言わないでください。」
マクシミリアンは口を閉じ、そして眠っているユンを見る。
結局マルコは通路があることなどは教えてくれた。ただ通路が何を意味するかは言わなかった。
マクシミリアンは、‘何か‘あるのだと確信した。国にすら言ってはならない秘密なのかもしれない。少しだけ好奇心のように通路を入りたくなるが、マクシミリアンはやめておいた。知らない方がいい。そんなこともあることをマクシミリアンは、17歳で知っていた。




