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悪女語り。  作者: 林 空花
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クーガンの戦い⑩ 



「これはこれは、レディー・カエサル。こんな戦地に赴いていたとは悲運でしたね。」


「そんなことはないわ。ここで貴方方とお話できたもの。」


「くはは!そんな無表情で言われてもな!」


ナニクン側の指揮官は、髭を無造作に生やし、筋肉を見るからに邪魔なほど増やした男。

ゲラゲラと下卑た笑い声が不快だった。そして周囲の兵士たちの視線も気持ち悪く、不快だと感じた。

それでも高待遇なのだろう。縛られることなく、膝をつけとも言われない。捕虜にも人質扱いではない、破格な対応だ。


裏切りは、明らか…ね。


失望も絶望もしなかった。父親はそうゆう人であると認識していたし、ユリアにとってアーサーの妃になれないこと以外は絶望ではない。

けれど、アーサーに迷惑をかけているこの状況のことは恥辱とすら思えた。

指揮官がユリアに近づき、顔を寄せる。息の臭さだけじゃない、体臭のきつさにユリアは眉間にシワが思い切り寄った。汗どころじゃない。戦場の兵士は何日も風呂に入らないと聞いたが、本当のようだ。


「それでマルコニアで高貴中の高貴なレディー、何用で?」


なめきった態度だ。こちらの注文が分かりきっている表情だ。

それでもとユリアは口を開く。


「結界の攻撃、やめていただけない?」


「ん?無理だなぁ。」


「更には、ナニクンにお帰りいただきたいの。」


「ぶははっ、無理だなぁ。」


どんな風に言ったって、無理なのだろう。

そんなこと分かりきっていて、それでもこんな風に対応されているのは理由がある。


「………私は、どの方の嫁になる予定なのかしら。」


指揮官の男が笑みを消し去る。

カエサル家が裏切ったとして、ナニクン側イクラニ側に今後も親密になる為に結婚のことを考えているはずだ。どの国のどれほどの高貴の方なのか、それは前線のナニクンの兵にまで届いているとなると、私は今回の戦いで保護対象だったのだろう。


「賢い、賢いねぇ。噂に聞いた通り。」


背後から聞こえた声に、ユリアは意識が目の前の男から背後に向かう。


「お、貴方が?」


指揮官もユリアの背後を見る。

ユリアはゆっくりと振り返った。ここ数日アーサー以外で誰よりも思い浮かべた人物。

恐らく憎悪に満ちた様相なのだろうと思っていたが、振り返った男は随分と温和な雰囲気を持っていた。フィリップにも、ウィルにも似ていない。クルワ家の誰にも似ていないこの男を、ユリアは知っているようで、知っていない。

チョウを思い出す。ただチョウのようにヤケクソや、テロリストの目じゃない。……例えるなら、もっともっと底知れぬ闇を纏い、狂っている目。チョウには感じなかった恐ろしさを感じた。


「ウィリアム、クルワン……?」


その問いに、彼は是と言うようにニッコリと笑みを浮かべた。


「どうも、お姫様。」


「…………貴方に会いたかったのよ。」


「それは光栄ですね。」


穏和な笑みは、ひどく嫌な感じがした。だが独特の色気のようなものを感じ、何故この男にイクラニ国とナニクン国、そして父までも動いたのか分かる気がした。カリスマ性とは違う魅力だ。

ユリアは指揮官に背を向けて、ウィリアムと真正面から向き合う。

自国の人間とは思えなかった。マルコニア人と全く異なる雰囲気は、彼が幼少期の頃から他国にいるからだけではないと思えた。


「とりあえず結界の攻撃を止めていただきたいの。でなければ、」


「でなければ?」


ユリアは、首に巻いていたスカーフを脱いだ。スカーフから出てきたユリアの細い首を見た瞬間、ざわりと周囲の空気が騒いだ。ユリアはそのざわめきを聞きつつ、淡々と来ていた上着も脱ぎ捨てる。ざわめきは、絶句に変わる。

ウィリアムは動揺することなく、笑みを浮かべたまま、愉快だと言わんばかりに眉を動かした。


「ーーー自爆するわ。」


ユリアの首に巻かれた導線。それは腹部まで伸び、爆弾が固定されていた。


「う、嘘だ!偽物だろ!」


どこからか兵の声が上がる。

ユリアはそれに答えるように語る。


「偽物?このユリア・カエサルが敵陣にわざわざ来て嘘をつくと?私は貴方方を信頼していないの。身の危険が及んだ際には死を選びたいの、確実な。そして私に触れた奴にも死という罰を与えたい。」


ウィリアムは淡々と語るユリアを観察するように見る。


「そして、私のことを欲している高貴な方がいるとして、………自爆したと報告が上がれば、その方は貴方方をどうするかしら。」


「会ったこともない、ただ美しいと言われているだけの女に、貴方の言う高貴な方は動揺はしても我々に罰は与えないだろう。」


そう話した指揮官に、ユリアは蠱惑的な笑みを浮かべた。その笑みに指揮官はゾクリと寒気がした。


「嘘、嘘はいけないわ。私、覚えがあるの。デビュタントデビュー後に来た求婚のお手紙の中に、ナニクン国とイクラニ国、両方の高貴な方から熱烈なお手紙を何度も貰ったの。」


指揮官は馬鹿にしてた笑みを消した。

そして、ユリアを危険人物だと認識した。


「ナニクン国は、第二王子。第一王子が確か身体が不自由だとお伺いしてるから、実質王位継承一位は第二王子。彼からずっと手紙をいただいてるわ。」


無類の女好きである第二王子。後宮にてハーレムと呼ばれる場所を作り、国だけじゃ飽き足らず各国の美女を集めている。そんな彼はまだ后を選んでいない。無類の女好きでありながら、彼自身はひどく強かで、后となる人物をひどく慎重に選んでいた。そんな彼が選んだのは、頭脳、美貌、話題、何もかも不服なところはない他国の貴族の女性。ユリア・カエサル。

返信の仕方から噂話やら何やら耳に及ぶたびに、ひどく悪女であると言われつつも、何と強く賢い女なのかと彼はひどくユリアが気になって仕方なかった。

マルコニア国に攻める話を聞いた時、彼はずっと嫁ぎにこいと手紙を書き続けていたユリアが頭に浮かんだ。嫁ぎにこいではなく、もはやマルコニアを手に入れれば、簡単に手に入ることができる、ユリア・カエサル。

彼は、兵にこう言った。


「俺の后にする。賢い女だと聞いているからな。俺に嫁ぎたくないと身を殺す選択をするかもしれないが、関係ない。傷一つも、つけるな。」


そんな無茶苦茶なと思いつつ、この地に潜伏兵がいたように首都にも潜伏兵がいた。今頃カエサル家で必死にユリアを探していることだろう。

指揮官はこんなところにユリアがいると思っていなかったので、ため息をつく。


「イクラニ国は、侯爵家の長男。彼は確か王の甥よね。だからかしら、嫁ぎに来なさいって手紙にはよく王の口添えもしていただけるとか書いてあったわ。」


ユリアは困ったのよ、本当にという口ぶりで語ったあとに、全体を見渡した。

誰もがユリアの話を肯定し、そして恐怖した。ユリアが本気で自爆する気だと実感してきたのだ。


「どっちに嫁ぐかは知らないけど、私、この導線を指で捻って力を込めれば一瞬で死ねるの。死ねてしまうの。ーー貴方方を道連れに。」


その道連れが爆発の瞬間ではなく、戦争後にその二人に殺されるという意味だと察した。

指揮官は舌打ちをする。王子もとんでもない女に惚れてくれたものだと。国の未来を考えれば、このユリアという女は殺してしまった方が良い気がした。毒婦を后にすることになる。

しかし、そんなことは今は出来ない。


「ーー結界への攻撃、止めてくださる?」


ユリアは、わざとらしく明るい笑みを作った。

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