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悪女語り。  作者: 林 空花
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飾りの王



それから季節は巡って7歳になった。

初めてお会いした日から月に2度ほど王宮に訪れることになり、アーサー様と数時間だけだが一緒に遊んだ。

お庭の探検、ティーパーティー、アーサー様の剣の稽古を見学、二人でダンスの練習。どれもこれもアーサー様といると楽しくて、出来ることなら月に2度ではなく、もっとたくさんお会いしたいと望むようになった。


カエサル家はずっと居心地が悪い。

恐らく、アーサー様と友人になれたことによって父は更に家の繁栄を願っている。いつしかそれは使用人にも、父の部下にも伝播していた。


‘ユリア様が王子様のご友人になられてから、旦那様の経営する株価が上がったそうよ。‘


‘それはそうよ。未来の王太子妃よ。この家はもっと繁栄するわよ。お給金も上がるわ。‘


‘やだ、間違いないわね!‘



‘ユリア様、王子様とはどんな会話を?私達の商品を少しでも伝えておいてくださいね。‘


‘本日は王や王妃もおられましたか?‘



耳障りだと思う。黙ってくれと思う。

けれど、それを発するところは無い。誰も、屋敷でユリア自身のことを気にかける人はいなくなった。気にかけるとしても、それは礼儀作法やら健康面の話だ。



「ユリア〜。この本読んだことある?」


今日は王宮の図書館に訪れていた。

一般市民にも公開している図書館であるから、下のフロアは大分騒がしい。しかし、一部の許可書を持つ人間だけが入れる2階フロアは静けさがあった。

アーサーが見せてくるのは、辞書のように分厚く大きい本。


「建国記、ですか。いえ、まだ歴史の授業は。」


「なら、絵本のこれは?」


「お店の王様、ですか。はい、読みました。」


さっきの分厚い本から一転して、薄い本を見せられる。お店の王様の物語は、国内だけでなく海外にも広まっている絵本だ。

物語は、お店を経営するオジサマが、ある日病気になった息子を治すために悪魔を召喚し、悪魔が提示する次々出てくる難題に、交渉や仲間を増やして攻略していく話だ。最後は全ての難題を攻略し、息子が回復したオジサマに、悪魔はオジサマを国の王様にするのだ。オジサマは忙しさにてんてこ舞いになりながらも、大切な仲間と一緒に国を繁栄に導きましたという結末。


「この物語、僕のご先祖様の物語なんだって。」


「あっ、オジサマが…えっと、始祖王様なんですね。」


「そうそう!」


本を抱きかかえ、アーサーは床に寝転ぶ。


「アーサー様、お召し物が汚れてしまいますよ。」


「………ねえ、ユリア。ユリアは僕のお姫様になるんだよね?」


「え、ええ、そうなれるよう努めています。」


唐突な質問に戸惑いつつ、恥ずかしさを感じつつも頷く。そんなユリアに、アーサーは少しだけ寂しそうな顔を見せた。


「ユリア、これから言うのは、お姫様になるユリアにだけだから。内緒だよ?」


内緒という言葉に自然と服の汚れを気にせず、床に座る。アーサーも上半身だけ起こし、ユリアを見る。二人の目線が同じになると、一定の距離を置く護衛にも聞こえない小さい声でアーサーは言う。


「王様って、辛いよね。」


「………え?」


アーサーは、どこか苦しむかのように顔を少し歪める。その表情に自然と手が伸びて、アーサーの手を握る。許可もないのに無礼だとか、そんな思考は頭から外れていた。


「商人のオジサマは、王様になりたかったのかな。王様になって、仲間と、そして悪魔にずっと仕事渡されて、でも王様は一度もこうした方が良いとか意見を言ってないんだ。」


「………。」


ユリアは、物語の内容を思い出す。

王様が望んだのは、息子の回復。ただ悪魔が振ってくる難題に王様が意見を言う前に、仲間がこうしよ!と言う。王様は頷くだけ。そう頷くだけの描写しかないのだ。


「………始祖王様は、息子が病気とかじゃなかった。だからこれは物語だけど。ただ…頷くしか仕事がないっていうのが、王様なんだと僕は教えられてる気分になる。」


「頷くだけなんて、そんな…」


「ユリア。僕は言われるんだ。この王家は、あくまで国家の為に必要な表の顔であって、実際の政治は四大貴族たちが進めていく。なら僕の役割は、何なのか。

父上は言った。この国の王は、生贄に近いと。生贄なのに、国で最も贅沢な地位にいる。文句を言うな。全ての行動に責任を、感謝を。政治に、自分の意見は言わない。ただもし、四大貴族でも間違っていると思った時は死を覚悟して申し出ること。


ユリア。


僕は、飾りの王になる。

この国で最も輝き、民の見本となり、自分の意見など余程のことがない限りは口にしない。

そんな、王になる。


だから、飾りの王の妃は、飾りだ。

王様と一緒にずっと飾られなきゃいけない。

そして、たぶん、ユリアのお家が望むことは、僕には出来ないと思う。」


「アーサー様……」


もっともっとと望む父の考えを、彼は教えられたのか何なのか知っていたのだ。


アーサーの手が震える。

この方の笑顔の裏には、常に自尊心を傷つけられ、それでも覚悟を持つことを決めた…弱い人がいた。

その弱い人が今表に出てきているのだと、ユリアは痛感する。

アーサーの目が潤み、口が歪む。


「それでも、お姫様になってくれる……?」


ああ。

馬鹿、ほんと。馬鹿ですよ、アーサー様。


胸にこみ上げる大きな感情は、何なのか。

こんなにも自分の感情がコントロールできないのは初めてで、言葉が詰まる。

ユリアは、涙が一粒頬を伝う。


「勿論です、アーサー様。ずっとお傍にいます。」


アーサーは、まるで初めて出会った時よりも更に幼くなったですような表情で嬉しそうに笑った。

そんなアーサーの表情を見、ユリアも仮面を外して、笑った。


「お姫様になるのが、ユリアで良かった。」


初めて会った時とは違う。面と向かって言われた。

ユリアは、その言葉に胸の内で大きくなっていた感情がじわりと身体の末端にまで広がるのを感じた。


ああ、そうね、私…そうね。


アーサーは照れ臭そうに立ち上がり、本を戻しに駆けていく。その背中を見送りながら、自分の中に芽生えていた感情に名前をつけた。


好き、なんだね。

きっと、初めて出会ったときから貴方が好き。


ユリアはどこか敗北感のような、でも清々しい気分になる。



かなしい役目を、飾りの王を貴方が背負うなら、私も背負う。




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