クーガンの戦い⑦ 奴隷と貴族
ナニクン国は、奴隷制度が色濃く残る 戦争の国。
奴隷といっても使用人すべてが奴隷であり、人権がないかといえばそうではない。元々のナニクン国で生まれた貴族、市民階級以外は、全て奴隷であった。戦争により国土を増やす度に彼らは敗戦国の国民を奴隷にし、それにより勢力を拡大してきた。
奴隷でも少ないが給金が支払われ、中には自分を買うことで奴隷の身分から解放される者もいた。
今回ナニクン国からクーガンへ潜伏させられていた兵たちは、奴隷だった。奴隷として教育された彼らは逃げるという思考はなく、ただこの任務を成功させれば奴隷という身分から解放されると約束されたのとを夢見て、淡々と数年もの間、このクーガンに住んでいた。
彼らにとって暴力も拷問も、数年ぶりと言えど、奴隷という身分から解放されなくなった落胆や絶望に比べたら、何とも思わなかった。どちらかといえば、死にたかった。殺してくれと思っていた。
なのに、目の前に現れた美しい女がそんなことを許さないとばかりに見てくる。真っ直ぐに。
「どなたがトップの方ですか。作戦のまとめ役。早く答えて下さい。」
貴族の目など見たことがなかった。目さえ向けてくることも、まして合わすことなどなく。
痛みがズキズキと全身をおおう。その中で何よりも、この視線が痛いと思った。
「………ゃめろ。」
誰かが声を出した。掠れた声だが、潜伏した仲間の声だった。牢に響いたその声は、空間を静寂にさせた。
「やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ、やめろ」
ぼそぼそと拒絶の言葉を言い続けるソイツは、潜伏兵になる前は奴隷としてナニクン国の商家に仕えていた。奴隷といえど人間扱いをされてきたが、その家はひどい扱いをすることで有名だった。潜伏兵になった時から、どこか空虚な目をしていた。
「…何をやめろと?」
ユリアの問いに、男はいきなり顔をあげる。
口から血を撒き散らしながら、ユリアに怒鳴りつける。
「俺をその目で見るなと言っている!!!!!!!」
ユリアを守るように兵が動こうとするが、ユリアはその潜伏兵の顔を鷲掴みする。
「お前たち、さては…奴隷ね?」
ユリアは知識としてナニクン国が奴隷制度があることを知っている。マルコニア国はハルメニア王朝になった際に奴隷制度は無くなったが、少しまだ歴史の名残がある。時々裏売買で奴隷を買う者がおり、そこをフィリップ・クルワンが悪事を暴き、売買されていた奴隷達は解放され、市民となった。
が、中には心に傷を持った者もいて、ユリアは慈善活動の中で彼らと出会った。
奴隷の中には人間として扱われていた者もいたが、それ以下に扱われていた者もいた。その者と同じ目をこの潜伏兵はしていた。
「やめろ、やめろ、やめろっ!」
ユリアの手を振り払い、潜伏兵は顔を伏せた。その者を見下ろしながら、ユリアは顔をしかめた。
そして他の潜伏兵も見、再び顔を伏せた潜伏兵を見た。
「……貴方方の心の傷に付き合う時間はないけれど、尊厳を取り戻したいなら尚更私に付き合って。」
「何を、」
「正直に言うわ。貴方、…いえ、お前達の目。気にいらないわ。」
「お前に何が分かる!!!!!」
「分かるわけないから、黙れ。」
また叫んだ潜伏兵を、ユリアは足蹴にした。さすがにそれを見、他の潜伏兵は唖然とする。先程まで協力を仰いできた人とは違って見えた。
ユリアは苛立ちを隠さずに、他の潜伏兵たちを見下ろした。
「こんなヤツが頭なわけないから、早く他の奴ら質問答えて。誰がまとめ役なの。」
「俺達が協力するとでも…?」
ユリアは、問いかけてきた潜伏兵を見もしなくなった。
「お前達こそ、理解してるのかしら。お前達は戦争をしかけてるのよ。何万人、何十万人、それ以上の数の運命がここで決まるの。ーー自分の人生とも戦えずに奴隷でいるなら、ここで人の運命をお前達ごときが動かすな。」
さすがにその台詞には他の潜伏兵たちも怒りが込み上げてきたのか、ユリアを睨みつける。
「お前に何が分かる!貴族のお前に!」
「分かるわけがない。分かりたくもない。」
「女ぁ!!!」
ユリアは突進してきそうな男の肩をまた足蹴にする。鎖に繋がれていた男はジャラン!と大きな音をたてながら、倒れた。
「私は、ユリア・カエサルは!お前たちのような目をする国民を出さない為に、貴族の責務を果たす為に、今お前達の前に来ているの!」
「俺たちの目が何だって言うんだよ!てめえ!」
ユリアは、潜伏兵たちを見下した。
「尊厳も誇りもなく、理不尽や不平等に対する怒りすらない。……自分でさえ、自分を奴隷と認識した者の目。」
彼らは息を飲んだ。
「人間だと忘れた目。そんな目、自国の者にさせるわけにはいかない。」
祖父の代でナニクン国の奴隷となった者。自分の代で奴隷となった者。色々な理由で奴隷となったが、誰も彼も奴隷になりたかったわけじゃなく、また人間になりたいと考えてこの作戦に参戦した。
ーー人間になりたい?
ああ、目の前の女の言う通りだ。
自分は、自分で思うことでも人間ですらなかった。
「自覚なさい!!!お前らが人間ならば、人を殺すことで平常心を保てるはずがないのよ!!!!その数が多大なものであったならば、普通は精神が病むわ!!!!訓練をした兵士でさえ心を病む!!!奴隷という生物ではなく、人間だと証明するというのなら、戦争を起こすな!!!!!
その為に私に付き合いなさい!!!!!時間を稼ぐのよ!!!!!!!」
牢に響き渡る咆哮のようなユリアの怒鳴り声。
潜伏兵だけじゃなく、ガリアーノや兵までもビリビリと肌に切迫感を感じだ。
「ーーーマルコニアが勝てば、貴方方に市民権をあげるわ。奴隷では無くすし、家族も呼びなさい。勿論罪人として刑が執行されるかもしれないけれど、ユン様に感謝することね。誰も死んでないし。家族にまで刑罰は及ばないわ。」
嗚咽がどこからか聞こえた。
家族までも奴隷から解放されるとは思ってもいなかったことだった。自分は罪人となっても、大切な人は市民となれる。子孫は奴隷じゃない。
「もう一度きくわ。頭は誰?どこにいるの?」
ユリアの問いに答え出す者もいれば、ユリアの言葉が信じられないのか答え出す者に怒鳴りつける潜伏兵もいた。更には苦悩する者も。
ガリアーノはそれでもユリアは答えを話し出す者に色々聞き、兵に指示を出し始める。その背中を見ながら、我が姉ながら恐ろしいと思った。
カエサル家は無くなる可能性がある中で、彼らを奴隷でなくすこと、更には家族までもなんて無理に近い。たとえアーサー殿下に頼んだところで、戦争を仕掛けた兵たちに恩情がかかるわけがないと知っている。それは殿下と彼らがした約束ではなく、カエサル家という裏切り者の家と彼らがした約束となってしまうからだ。
またもしカエサル家が裏切ってないにしても、ユリアはもう王太子妃ではなくなるというのなら、余計意味がない。
更にナニクン国が今回勝ったところで、カエサル家がナニクン国に重用されるかは分からなかった。全部全部奴隷達には意味のない約束が今交わされたのだ。
どちらにしろ、この奴隷達は裏切り者になる。ユリアはそれを分かって、それでも奮い立たせて、彼らを一時の甘い夢に連れて行く。
姉さんは本当に貴族の責務を果たすために、罪を犯すんだね。
狡猾な残酷な嘘。
ガリアーノはそれをユリアがつくことに罪悪感がある。自分が何の力もないばかりに、ひどいことばかりユリアに押し付けている。
……マリー。
清廉潔白である愛しい人を思い浮かべる。彼女を守るために、手に入れる為にとずっと考えてきたが、それでは足りない気がしてきた。
自分は何のために力をつけるべきなのか、今、罪を犯している姉を見て、改めて考えさせられる。
貴族とは、ガリアーノ・カエサルは、どんな貴族にならなければならないのか。
ユリアが全てを語ってくれている気がした。




