クーガンの戦い⑥ 死なない覚悟
「姉さん何言ってるんだよ!!」
ガリアーノがユリアの肩を勢いよく掴み、潜伏兵から離される。それでもユリアは動揺することなく、こちらを有り得ないものを見るように目を見開いて見てくる潜伏兵を見つめ直した。
「それとも、もうここに作戦のトップがいるのかしら?」
「姉さんッ!!!!」
ガリアーノがユリアを引きずり、壁に隠す。そして顔を迫らせ、小声だが怒気のある声を出す。
「どうゆうつもりっ?死にたいのか!」
「ガリアーノ、敵が結界へ攻撃を始めたのよ。ユン様はまだ眠っているし、結界は数日は大丈夫でも、それは油断していいことじゃない。ーー時間を稼ぐの。」
「それは姉さんじゃなきゃ駄目なわけじゃないだろ!」
「高貴な身分じゃなきゃ話を聞いてすらもらえないわ。」
「なら、俺でも良い。」
「まさか。貴方より私の方が価値があるわ。王太子妃候補よ。爵位もない、まだ子供よ。」
「でも!」
ユリアは、ガリアーノの襟裾を掴んだ。そして耳元でユリアは自分の考えを打ち明ける。
「ガリアーノ。恐らく、お父様が今回のこと関わっている可能性があるわ。」
ガリアーノの手がビクリと大きく跳ねる。
そして声を上げそうになったが踏みとどまり、視線だけユリアを見た。
「あと、私が今回クーガンにいるのは……休みとかじゃなくて、責務を投げ出してきたの。」
瞳がふるふると震え、ガリアーノは信じられないと
瞳で語っていた。
「もうアーサー様の后にはなれないかもしれない。だから、……まだ王太子妃候補として名前が使える間に責務を果たしたいの。」
「何言、」
「ーーごめんなさい。カエサル家がこの戦争の後にどうなるのか、分からない。」
物語によれば、ガリアーノはクルワン家に仕えることになる。が、今回の犯人がクルワン家出身者であれば、クルワン家も戦い後にどうなるか分からない。
ユリアはガリアーノの襟裾を離し、ガリアーノの頬に手を添えた。こんなにも間近で見たことがない弟。やっぱり自分には全く似ていない、「黒」。そしてカエサル家には珍しい、誠実さを持った子。
アーサー様なら恐らくガリアーノを無下にはしない。
「貴方は、きっと生き残る。努めなさい。」
「ーーー。」
ガリアーノは、真っ直ぐにこちらを見てくるユリアの蒼い瞳を見ながら、思い出したのは幼いときの記憶だった。
ユリアと自分の記憶ではなく、アーサーが珍しく侯爵家に訪れた時のこと。無表情で人形のような姉が、初めて人のように見えた。アーサーと遊び会話しながら、姉は和やかな雰囲気を纏っていた。幼いながら、姉はアーサーが大好きなんだと思った。
でも、その時の姉は前日に母からの罵声を受けてひどく弱っていたはずだ。それを思い出し、姉を助けるつもりで帰り際のアーサーに話しかけようとした。その時に姉と初めて目が合った。今までも合ってはいたが、初めて存在を瞳に認識された感覚。姉の目は、何も言うなと言っていた。
あの時と同じ目だ。切実とか、そんなんじゃない。口を開けば殺すぞと言われている気がする、殺気の籠もった色だ。
ああ、本当変わっていない…
優しさも慈悲もあるのかもしれない人。でも同時にとてつもなく冷酷な残虐になれる人。
俺に生き残れと言っている意味は、慈悲じゃない。カエサル家が落ちぶれる中で生き残るのは、地獄を歩めということだ。それでも生きろ。生きろ。
その言葉の裏にあるのは、ただ一つ。
生き残って、アーサーの為に努めろ。
幼い頃は目で制されて何も言えなくなったが、今は違う。
「姉さんこそ、生き残ってやんなよ…」
そうポツリと言えば、ユリアは少し驚いたようにしつつも、ふと不敵に微笑んだ。
「ーーー死ぬわけないじゃない。」
決めたのだ。
もう会えたら言うのだと、好きなんだと。
もう共にいれなくなったとしても、それでも。
覚悟を決めたのは、死ぬ覚悟じゃない。
死なない覚悟。
今後の人生が地獄でも、生きて、償う。それでも、アーサー様に伝えたい。好きなんだと。




