唯一の人
アーサーは夜になり、海から離れ、城壁にいた。
フィリップも何隻か騎士団団長と破壊したことにより、イクラニ国は痛手を負った。
30隻中16隻と今回の戦いで沈めたことで、残り14隻は一時撤退を強いられた。その14隻の中に指揮系統が機能しているのは、6隻のみだった。
アーサーに尊敬の眼差しを向ける兵士が多いが、アーサーはその兵士達に労いの言葉をかけつつも、一人になりたがった。そしてそれを察したフィリップにより、アーサーは城壁に上がり、一人で暗闇の海を眺めた。
フィリップはアーサーに近づく。
「アーサー、良いか。」
「戦況報告だろ?頼む。」
「ナニクンの侵入が確認された。ただまだ戦にはなってない、ポーロ家は完全に裏切っていて。ナニクン側だ。現在ナニクンの兵はポーロ家の領地に滞在。クーガンに向かうなら、2日かかる。」
「うん。分かった。陸地線には俺が出る。お前がこのままイクラニ国見張ってくれる?」
「分かった。………アーサー。」
「うん?」
アーサーの手に視線を向ければ、傷の手当がされているが、重症だということが分かる。
恐らく陸地線になったところで、剣も握れない。戦術だけの戦いになる。
「今、何を考えてる?」
大丈夫など、そんなこと聞けなかった。大丈夫なわけがないのだから。
フィリップは正直、身近な人間でなければ薄情に生きれた。殺すことも、罪悪感はあれどそれで潰れたりはしない。ただ目の前の男は、王太子ではなく、友人のアーサーとして見れば違った。彼は、間違いなく潰れないように奮い立っている人間だ。
「……ユリア、大丈夫かなって。」
フィリップは驚きはしなかった。
そしてここまで気を張ることは、逆に本音を言いやすくなっている状態なのかもしれないと思った。
「お前……本当は、知ってたんだろ。」
ユリアとミランダが逃げたと報告を受ける前、フィリップには引っかかったことがある。
‘うん。合わないよ。だって二人は一途だから。‘
「俺もユリア嬢も一途なんだろ。やることなすこと努めるとか、そうゆう意味合いもあったんだろうが。ーー本当は、ユリア嬢のお前への気持ちのこと言ってたんだろ。」
「………。」
アーサーの視線が海からフィリップへ移る。
何の動揺もしていない瞳だった。フィリップは、アーサーのその表情に自分たちは友人であったが、どこまで底が浅かったのかと痛感する。
「知ってて、知らないふりしてたのか。」
「……今も知らない。ユリアが俺に思いを伝えてきたことなかったから。ただ、ユリアの特別や唯一、世界が俺だけって思ってた。」
「………お前は?」
アーサーの表情がキョトンとなる。
「俺の感情は、関係ないだろ?」
フィリップは目を見開いた。
アーサーは本当に素で言っていると分かった。驚いた顔をしたフィリップにアーサーは語る。
「ユリアが俺に依存しても、嫌いになっても、それはユリアの気持ちだ。俺の気持ちは関係ない。
ただ、感謝している。ユリアの努力も孤独も、俺は知ってるから。とても大切な友人。
勿論、ユリアから手放されるのは想定外で驚いた。やっぱりショックだったけど。話し合いたい。でも、それでも、ユリアが本当に望むなら……」
「お前は?」
遮るようにフィリップは問いかける。
「お前は、良いのか??」
アーサーは微笑んだ。慈愛に満ちた笑みだった。
「ーーーユリアが望むなら。」
「だからお前は?お前はユリア嬢に何を望んでるんだよ?」
「……何を、…」
アーサーの視線が泳ぎ、ゆっくりとまた海を見た。
アーサーの頭に浮かぶのは、どんどん壊れていくユリア。初めて出会った時のユリアは、壊れて、壊れて、ユリアは痛々しかった。
救える術が分からなかった。笑い合っても、戦友であっても、ユリアは本音を言ってくれなかった。辛いのだと、助けてくれと言わなかった。
だから、幸せになってくれと心底思った。幸せに、幸せに。
飾りの王の嫁など、絶対に幸せになれない。幸せなど、なれるわけがない。
そんな風にしか思えなくて、ユリアに何を望むか考えたこともなかったし、考えても考えても
「…………ーー分っかんねぇ…」
アーサーの呟きは、海に消えた。
ただ、幸せになってほしい。
ただ、それだけ。
フィリップは、少し歪めた顔をしたアーサーに、そっと訊ねた。
「…アーサー。お前さ、大切な友人だってよくユリア嬢のこと言うだろ。…………お前の大切な人、他にいるのか?」
アーサーの顔が再びフィリップの方を見た。その表情は驚きに満ちていた。
フィリップは、そんなアーサーに呆れたように笑った。
本音を隠し過ぎて、きっとアーサーはもう分からない。自分の欲を。
「ーーそれが、答えだろ。」
愛や恋じゃないかもしれない。
それでも、ユリアにとってアーサーが世界のように。アーサーにとって、ユリアは……




