神業
「殿下!」
「戦況は。」
小舟でマルコニア軍の船にまで行き、フィリップと護衛数名と共に訪れたアーサーに、騎士団団長のイラワは戦況を伝える。
もう既にマルコニア軍の船一隻が沈んでいた。あちらも動きが本格化しそうで、まだそこまでの間のはずなので、隙を見られたと判断する。
11隻が船上での戦いになっており、どちらもマルコニアの船で行われていた。これはマズい。
アーサーは肩に担いできた弓矢を触る。
「まずまだ戦っていない船の指揮官だけ狙う。数名護衛と弓の使い手をくれ。」
騎士団長はその言葉に驚く。
「狙撃手ならおりますが。とゆうか、殿下自ら射るつもりで!?」
「狙撃ならば、音が出るだろう。この混戦の中で響き渡ることはないだろうが、他の船に気づかれては意味がないからな。あと、この国で俺より弓が出来る者がいるか?」
「ぃや、」
イラワは言葉を失った。
まず王子がここにいること自体が有りえないのだ。それなのに奇襲作戦の真っ只中に行くと言う。
騎士団長となってからも、ずっとアーサーの腕前は素晴らしいと称賛の声は聞いてきた。それはあくまで狩猟でた。こんな戦地にて、しかも海風もあり、奇襲ということは小舟で接近するのだ。波がある不安定な足場。どう考えても、狙撃ですら難しいというのに、弓で射るなど有り得ない。
フィリップはイワラが戸惑うのも無理はないと思った。アーサーの神業は、見たことある人間ですら信じられないのだから。
「とりあえず弓使い数名、各船から呼び出せ。護衛は数名で構わん。バレないようしたいからな。
フィリップをここに置く。騎士団長の補佐として、現場作戦と指示を出してくれ。」
「殿下、お待ちを!」
「団長、ここまで相手の奇襲に攻め入られるまで気づかなかったのは私の落ち度だ。だが、戦地がここまで状況が深刻化してるのはーーお前だぞ。」
「!!」
イワラは息を呑む。
アーサーの緑の瞳が、こちらを飲み込むように、瞬きをすることなく見てきた。穏やかな王太子という印象から変わる。
「私が奇襲する考えはなかったが、状況が深刻だ。出る。」
アーサーはそう言うと、ふと顔を上に上げた。全員がそれに釣られるように顔を上げる。
海鳥が一羽だけ空を飛んでいた。
「陸地戦もある可能性が出てきた。今日中にはあいつらを後退させる。」
「陸地っ?」
イワラが驚くのをよそに、アーサーはもう小舟へと向かった。
フィリップはその背中を見送りながら、自分がどこかでアーサーという人間を見誤っていたことを実感した。優秀で、冷酷にもなれると思っていたが、でも実質この国を動かすのは自分になると思っていた。だが、それは自惚れでしかなかった。
先祖代々、ハルメニア王朝には王たる者は現れていた。しかしそれでも四大貴族の顔色を伺っていた。それが今やどうだろうか。そんなことをしなくても、アーサーは動けた。そしてそれは自分の想像以上の力を発揮して。
時代が変わろうとしていると思った。
実質的な権力者だった四大貴族から、確固たる王政へと。それがまさか自分の時代とは思わなかった。
フィリップは切り替えるように息を吐く。
「団長、俺らはまず戦場になった船を助けていくぞ。船が更に沈むのはまずい。」
どこか自分の中にあった驕りが恥ずかしいが、フィリップはアーサーがもし確固たる王政に変わる王となるのなら、喜んで支えようと思った。
その時にクルワン家があればになるが。
アーサーは、弓矢を構えた。
指揮官らしき指示を出している船長が見えた。小舟は、その船の傍につける。
ぐらりぐらりと大きく揺れる足場に標準は定まらない。海風は強く吹き荒れている。後ろにアーサーを支える護衛たちは固唾を呑む。
アーサーの弓矢の腕前は護衛たちは知っていた。
馬に乗りながらの腕前は勿論、アーサーは海にもよく内緒で出ていた。海に出て、海鳥を撃ち抜いていた。一人の護衛が訊ねたことがある。何故海でも弓をするのかと。アーサーは言った。意味がないと良いが、もし海戦が起こった時に必要かもしれないと。今、必要な時が起こった。
護衛たちは不謹慎だが、感動すらしていた。アーサーの元々の神業、そして慎重さ、努力が今発揮される。
ギリリッと弦が引かれる。
アーサーの鼓膜に、一切の音が届かなくなる。
敵船にいた一人の兵士が小舟に気づく。
弓を構えた男の狙いにその兵士は気づいた。指示を飛ばしている船長を見、兵士は叫ぼうと口だけじゃなく、喉の奥まで開いた。しかしその時には既に手遅れ。
ドンッ!!!!!!!!!!!!!!
ブシャッ……コロン…
「……………ぇ……」
喉の奥まで開いた口から、とても小さい声が漏れた。
アーサーの弓は、その的を当てる標準力(数学的思考)の高さ、そして力が異常値も叩き出している。海風にも負けぬその射る力は、人間をも破壊する。
兵士の足元にコロンと転がったのは、弓矢に貫かれた頭部。目の前には頭のない身体だけがあった。
とても弓矢で貫かれたとは思えない状態に陥っていた。その船にいた者、船長の様子を視界に入れた者達は、何が起きたか頭が真っ白になり、唖然とした。
アーサーは「次」と一言言い、小舟を動かした。




