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悪女語り。  作者: 林 空花
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アーサーは、王の間に行く途中、王妃ミアリーの背中を見つけた。


「王妃!」


「アーサー。」


王妃は軽装に着替えていて、動きやすそうである。


「ご無事ですか、王妃様。早く安全な」


「安全なところに閉じこもる気はないわよ。これでも戦術家でイクラニ国とは戦ったことがあるわ。貴方より役に立つ。」


その言葉に、こんな状況なのにとアーサーは苦笑する。


「さすがです、母上。」


「急ぐわよ、アーサー。あとそこの侯爵も、戦える?」


ミアリーがアーサーの背後にいるフィリップを一瞥する。動揺を隠しているようだが、見え隠れしている。余程家の者の裏切りに堪えている、しかも戦争まで起こしているのだから。

フィリップは顔を伏せていたが、上げる。そしてミアリーを見、答える。


「ええ、勿論。」


「足手まといと判断したら捨て置くわね。」


「それで結構です、王妃陛下。」


ミアリーはもう二人を見ることなく、王の間に向かう。二人はそんなミアリーの後を追った。



王の間につくと、アンベルク王だけでなく、王宮で勤務している高官が集まっていた。

計30人により、円卓会議が始まった。王国騎士団は既に出陣しているので、副官のマックだけが参加していた。


「手引きをクルワン家のウィリアム殿が?」


「これは、失態ですぞ。普通は人質は戦争が起きないために存在…」


「ーー今そこは、問題ではない。」


アーサーがフィリップを糾弾する声を止める。


「クルワン家に対する処罰は後だ。戦争が起こっているからな。」


友人だからという理由で、今回のことをクルワン家に不問にするような真似はしない。ただそれは後回しだとアーサーは明言し、高官達の声は止まる。


「もう王宮の一部は、首都にいる者の為に開けてはいる。が、そこからイクラニ国側の間者に入られても困る。そこで…」


アーサーが円卓会議を回していく。

その様子を見、いつも四大貴族の影に隠れていた王太子はここまでの存在感があったのかと高官達は驚く。穏やかに、常に笑顔を絶やさない王。それに似ていたと思っていたが、会議を仕切る姿は若かりし頃の王妃にそっくりである。

高官達の中でアーサーへの意識が変わっていく。

そんなことを察しし、ミアリーは手の甲に頬をついて、斜に構えて会議を見ていた。


私の息子は、これだけの力は元々あった。

そして賢かった。四大貴族を立てないと、自分の身が危ういと察していた。だからずっと笑みを絶やさなかった。その小賢しさが私とユリアから見ると、アーサーの悪いところだと思っていた。歯がゆく、そしてチャンスさえあればと。

やっとチャンスが回ってきた。クルワン家の不祥事により、フィリップ・クルワンはこの会議にて発言を許されない。他四大貴族も現在この円卓会議には参加できない、領地にいる。国のピンチによって、私の息子は本領発揮ができた。


「王妃。」


隣席にいるアンベルクに小声で呼ばれ、ミアリーはそちらを見る。

アンベルクはこんな状況なのにどこか嬉しそうで、アーサーを見ていた。


「君に、そっくりだな。」


不謹慎だと思う。けれどこの空気の読めないところがまたおかしく思った。

ミアリーはふっと笑い、アンベルクに対して先程ウィリアム·クルワンに持ちかけられた話は言わないことを決めた。アンベルクには穢れた、汚れた話など聞かせたくなかった。

自分でも滑稽だと思う。そんなことを言わないでいても、王なのだから数々の罪や罰を誰よりも背負っているし、もう彼の手は汚れきっている。なのに、不思議だ。それでもアンベルクを清廉潔白であると思い、清廉潔白なその印象を自分で崩したくないのだ。


生娘でもないのに。


ウィリアム·クルワンは、そんな私の気持ちすら他国で察していたのかもしれない。だからこそ、あんな話を持ちかけてきた。


'貴女は、恨んでいるのだろう?'


………愛する人ができ、その人との間に子供が生まれて、戦いとは無縁な穏やかな暮らしを続けても、燻る感情を見ないことには出来なかった。

そんなことを理解してくれるのが、あんなにも濁った目をした男とは思わなかった。狂ったのに、正気を保てる。そんな人間存在するのだろうけれども、自分以外では初めて会えた。


円卓会議で誰も彼もが国の存続のために動いている。


ミアリーだけが違った。

そして、敵もまた違ったのだ。


アーサー、そこに気づけないと駄目よ。

戦争なんてー…手段の一つでしかない。そう考えている人間がいること、そしてそんな人間が今回の首謀者であること、そのことに気づけないと駄目。



「あと、ここで警戒すべきはナニクン国です。」


ミアリーだけでなく、アーサーの発言にその場にいた全員が目を見開く。想定外の言葉だった。


「ナニクン国を?何故?」


「イクラニ国の内部情勢は調べてあります。

イクラニ国の兵力は、30万のみです。大船と呼べる艦隊は35隻。今回は30隻出ていますが、1隻に乗れるのは約200人。つまり今回は6000の兵しか来ておりません。30万の兵力が今回来ているわけではありません。更に30万というこの数は我が国と停戦する前にした戦争の時の60万から、大幅に減っています。

イクラニ国は現在食糧難により、餓死する国民が多く、人口が減です。

普通でしたら戦の選択はしません。長期戦になれば、イクラニ国の不利だからです。

しかしながら一年前に世代交代したばかりの国王は、今回戦を選択しました。この国王が今回の作戦の要だと考えます。

国王は正室ではなく、側室の子です。平民の血が混ざった王。正室と正室の子だけじゃなく、同じく王位継承権があった全ての者を殺して即位しています。

そんな血に濡れた王が、たった一年で国内内部の権力をまとめるのは難しく、反発が起こっているはずです。そうであるはずなのに、彼は今回、この海戦を起こした。


余程、作戦に自信があるからです。


勝ちきる自信があり、見返りが大きく、結果恐らく現時点である国の食糧難などだけでなく、権力をまとめられることも想定してある。


ここまで考えつくこと、自信を持つには、協力者がいます。

私は最悪を考えてみました。私達の最悪は今ナニクンが攻めてきて、挟まれることです。」


アーサーの言葉全てが高官たちにとって、寝耳に水のようだった。

イクラニ国の兵力も、一隻に乗せられる人数も、現在の国の情勢、新しい王の情報と、現在の政治情勢。全て聞き及んではいたかもしれないが、頭には入っていなかった。興味がなかったのか、攻めてくることを想定などしていなかった。

アーサーは置いてけぼりになっていく高官を見渡す。全員がアーサーに注目していた。


もう、私兵は走らせてクーガンに向かわせている。自分ならクーガンを狙うからだ。

そして一方でナニクン国との国境へ私兵の一部を向かわせている。ポーロ家が裏切ってないと思いたいが、思いたいなど…そんな感情は今必要ない。

それにしても、隣国情勢に意識を持っていれば、今回の戦いが起こった瞬間に考えつくはずだ。


アーサーの美しい緑の瞳が、高官を見下す。

その目に高官達はゾクリと鳥肌が立った。平和ボケであったことを咎められていると痛感した。


「ーー二国に攻められてたら、さすがにキツい。なので、まず目障りな海戦を終わらせます。イクラニ国を排除します、今日中に。」


「今日中にですかっ!?」


「どうせ、あの国はナニクンが動くまで本気になりません。今のうちに倒します。

あとマック副官。」


「はっ!」


マック副官はアーサーと目が合い、どこか清々しい気持ちになった。

ああ、王だ…と思った。


「貴方に兵を一団を動かして、ポーロ家の領地に向かってください。恐らく私の部下が今の段階で国境の情勢を集めています。部下と合流してください。」


「はっ!」


マック副官はそのまま椅子から立ち上がり、王の間から出ていく。胸の底から沸く高揚感は今までに味わったことがなかった。


アーサーも席を立つ。


「私は海戦に向かっている騎士団団長と合流します。貴方方は補給と民の警護を。国王、王妃、私はこれで失礼いたします。

フィリップ行くぞ。」


フィリップもアーサーを追うよう王の間を出ていく。その二人の背中を見送った後も、王の間は静寂だった。

アンベルクとミアリーは目を合わす。思った以上にアーサーが独裁者としての力があるようで、そしてこの状況がおかしくて、二人は少し頬を緩めた。


部下を置いてけぼりにしちゃ駄目よ、アーサー。

でも、もう次に会議があれば…きっとこの場にいる者は貴方を侮って見はしない。


息子を晴れ晴れしく思い、そして同時にミアリーは息子でもう遊べないことを寂しく思った。

ウィリアムの本当の狙いをアーサーは気づけないかもしれないが、もうアーサーは自分が思う以上に頭が働く。成長とはつまらないなぁと少しミアリーは感慨深くなった。




フィリップは、アーサーと二人きりになった廊下でアーサーの背中を見、声をかける。


「クーガン、行きたくないのか。」


アーサーがクーガンに兵を向かわせた現場に、フィリップはいた。クーガンが狙われていることはフィリップは納得だが、そこにいるアーサーの大切な友人とフィリップの侍女が頭に浮かんだ。

真っ先に向かいそうだが、アーサーは行かなかった。今も海の戦地に向かっていく。

アーサーは振り向きもしなかった。


「ーー大切にしなきゃいけないものがある。

俺は、その役目の為に生まれ、生かされてきたから。」


大切な友人を大切にできなくて。

他に、大切にしなきゃいけないものがある。

それは、アーサーはあまりにも他の者より多大過ぎた。

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