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悪女語り。  作者: 林 空花
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平和ボケ


ウィル・クルワン。


彼は、現国王アンベルク・ハサウェイにとって、師のような存在だった。

四大貴族の中でも、彼らの領土が一番大きく、王国内で最も資産があり、高貴な血筋。王ですら操れるであろう力があるというのに、彼はあくまでもアンベルクを敬った。アンベルクに政治と経営、宗教、ありとあらゆることを教示し、彼の治世を支えてくれた。

彼がいなければ、今のハルメニア王朝は自分の代で衰退した可能性があった。

感謝してもしきれない恩を感じていた。


だからこそ、申し訳なかった。


息子のアーサーから受けた報告に、アンベルクは震えた。

王位継承権を持つ人間との人質交換。間違いなく、イクラニ国へ行かなければならなかったのは自分であった。アンベルクはそれを自覚していたのに、ウィルはアンベルクが当時のハルメニア王朝ハサウェイ家の唯一の子供であったことを理由に自分の息子を人質に差し出した。


ウィリアムは、友人であるウィルソンの弟だった。


申し訳なかった、罪悪感で押し潰されそうになって、自分が王家に生まれたことすら呪った。呪って呪って呪ってしまったのに、安堵した自分すら情けなくて殺してしまいたかった。

だからこそ、だからこそ…良い王になることが自分を奮い立たせる唯一の道だった。


「……嘘だろ、ウィリアムが?」


手で口を覆う。吐き出しそうになった言葉を抑え込んだ。

アーサーがフィリップと報告に来た内容は、とんでもない復讐劇の始まりだ。同時にアンベルクは、友人であったウィルソンが頭に浮かんだ。

事故で死んだと思っていたが、まさかそれすらもウィリアムが計画していたのだとしたら…?

フィリップが「今、執事と侍女長が連行されています。今すぐ叔父上はこの国に呼び戻して、裁判に」と話していたところで、ドンドンドンっと激しく王の執務室が叩かれた。


「陛下!陛下!!!!侵攻です!!!!!イクラニ国の国旗をした船が、我が国に侵攻を始めました!!!!!!」


誰もが目を見開いた。


もう、何を後悔したところで止まることはなく、そして後悔は重ねられていく。



 


………アンベルクの治世は、平和であるべきだった。


王妃は敵襲があったことを聞き、心内でそう思った。

ナニクンの侵攻の時はアンベルクが国王ではあったが、まだ実権としては前国王が握っていた。

前国王が病気となりこの世を去った時、アンベルクがやっと実権を握れた。王になる器とは呼べないほど、アンベルクは優しい男だった。まだシュルワ家にいた時は、彼が私のことを困ったようにしながら微笑んでいたのを見て、男はもっと威厳に満ち溢れた方が好みだと思った。ーー王家に嫁いだ時、この男ではなく自分が実権を握ってやると、アンベルクを見下していた。

ただ………初めから愛があったわけではないけれど、一日一日に淡い雪のように…消えてしまいそうな幸福が与えられた。時には城内の花が1輪届いたり、城内で一緒にお茶を飲んだり、友人のように会話を楽しんだり、仕事をサボってお昼寝してみたり。軋んで、歪み、荒んだ心に、それはあまりにも正反対なもので。いつの間にかその雪を、溶けないようにと愚かに祈ってしまっていた。

だから、止めた。アンベルクを貶めることも、見下すことも、止めた。


'ミアリー'


この男を不幸にするのは、さすがに忍びなかった。

気づいた時には、大切な人で、慕ってしまっていた。ミアリー・シュルワも結局ただの女で、人だったのだと……どこか敗北のような感覚を味わった。


野心もない、武闘派ではないアンベルクは、戦争などする気も領土拡大する気もなかった。ただこの国が穏やかに人々が過ごせることを祈り、それが出来るように努めていた。

それがアンベルクが平凡たる理由だし、良い王である証拠でもあった。このまま彼の治世は、平穏であったほしいと……そんな風に願った。


「王妃陛下、海戦ですので陸地まで兵が侵入することはありませんが、まずは避難をっ。」


報告に来た兵士が青褪めながら慌てている。

ミアリーはそれを冷静に見、立ち上がる。そばに控えていた侍女たちを見れば、驚いた様子もなく、彼女らはただ淡々とミアリーからの指示を待っていた。私といい侍女といい、この兵よりも格段と使えてしまうわね。と感想を持つ。


「分かったわ、避難する。ただその前に国王陛下に謁見するわ。」


「はいっ?」


「お前たち。」


「「はい、王妃陛下。」」


「身軽になる格好に着替えるわ、準備を。」


「「はい。」」


侍女達が瞬時に動き出し、ミアリーはぽかんとこっちを見ている兵に思わず笑いそうになった。

たかだか15年ほどの平和に、この男は戦争などないのだと思っていた。そう思わせたのは、アンベルクの功績だろう。

ミアリーの目が据わっていく。その瞳を見、兵は驚く。


ウィリアム・クルワン。

これだから四大貴族は腹立たしいのよ。


そう舌を打ちたくなった時、ミアリーははたとそれを止め、兵を見た。


「ーーーお前、見たことないわね。」


そう言った瞬間、弱々しそうなおっちょこちょいな印象を与えていた下っ端の兵が、表情だけでなく雰囲気までガラリと変えた。

ミアリーは思い出す。幼い頃に見たウィル・クルワンの奥方。長男のウィルソンはウィル似で、ウィリアムは…そう、奥方に似ていると……ミアリーは父が口にした言葉を思い出した。


「お久しぶりです、王妃。いや、ミアリー・シュルワ嬢。」


ミアリーはその瞬間、自分が平和ボケの最もだと痛感した。後悔は先に出ない。


「貴女に、話があるのです。」


ミアリーは悔しげに顔を歪めた。

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