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悪女語り。  作者: 林 空花
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嫌な予感

ミランダは、足のステップを確認した。

聖堂のお手伝いを行いながら、ふと手が空けば、無意識の内にミランダはダンスのステップを確認していた。確認し、そしてそんな自分に気づき、ミランダは足を止める。何をしているのかと我に返るのだ。

ここまでの不安を、未だかつて味わったことがなかった。

侍女として公爵家に就職した時も、フィリップのパートナーとして抜擢された時も、ここまでは不安ではなかった。何故なら自分次第で運命が変えられたからだ。それが今は運次第、フィリップ達次第なのだ。自分の無力さをただただ痛感する。


壊れたユリア様が少し羨ましい。

まだ理性が自分にはあって、ヤケクソになれない。


お母さんもお父さんも、…どうしてるんだろ。


'ミランダ、クルワン家に就職が決まったのか。やったな。これでもう大丈夫だ。'

'おめでとう!しっかり務めなさい。'


元々異国の血があって、ハルメニアという国に流れ着いたという先祖達。父たちは貧乏だったが、働き者で、知恵もあった。少しだけ稼げるようになった時に父たちは貯金をした。私のために。

幼い頃は仕事だらけの両親に寂しくて仕方なかった。学園に入れられた時、全寮制ということが親の愛よりも、捨てられたような感覚だった。

欠乏した何かを埋めるように没頭した勉強のお陰で、クルワン公爵家の侍女として受かった。その時にはもう、………両親への寂しさはなくなった。


この地に両親はいる。

いるのに、顔を見せれない。


お金、たくさん私のために使ったのに……

こんなことをして、私は怒られるのかな。……あ。


そんなことを思った時にやっと気づいた。

両親の顔が思い出せなかった。背中と声しか、明確に思い出せない。

ミランダは裏庭で一人静かに蹲った。


ーー寂しい。


そんなこと、改めて思い知らせるとは思わなかった。



「ミランダさーんっ」


遠くから自分を呼ぶ声がした。

幼い声で、ここで育てられている孤児のマルコだと分かる。

ミランダは辛い現実を見ないように、立ち上がる。そしてマルコの方へ行くよう足を向けた。


マルコの元へ行くと、洗濯のシーツを抱えていた。頭をも超える山を抱えているので、マルコは顔を横に振り、ひょこひょことこっちを見る。可愛い小鳥のような姿に笑みがこぼれた。

そばかすが頬にあるのが特徴的な彼は、ユン司祭のように美少年というよりは平凡な見た目だが、彼もまた聖力を宿していて、もうこの姿から歳を取れなくなったらしい。実際は13歳らしいが、聖力発現した時の11歳の姿のまま止まっている。


「マルコさん、私も持ちます。」 


実年齢も少年だが、彼は後に司祭となる。もしかすると大司祭になるかもしれないので、ミランダはマルコを敬う。


「へへ、ありがとう。あ、休憩だった?」


「大丈夫ですよ。」


「良かった!あのね、俺今日外出するんだ。何かほしいのある?買ってくるよ。」


「うーん、特には必要なものはないですね。」


マルコからシーツを半分もらう。

顔がやっと出せたマルコは、少し不満そうだった。


「えー、女神様といい、ミランダさんといい、籠りっぱなしは良くないよ。外には出れない事情があるのは知ってるけど、外に興味を持ってよねー。」


もはやユリア様が現人神になってるわね。

笑みが引き攣りつつも、マルコに感謝の言葉を言う。


「ありがとうございます。でも本当に大丈夫なんです。ここに居させていただけるだけで。」


「ふーん。ま、良いけど!」


マルコは弾ける笑顔を浮かべて、シーツをリネン室に置く。ミランダもそれに続いて、マルコは「じゃ、行ってくるね!ミランダさん!」と元気よく駆け出していった。

偉くなるであろう少年に不敬かもしれないが、可愛く見えて。弟がいたらこんな気分なのかと思った。


マルコは、ハーデン聖堂を勢いよく飛び出す。

財布と身軽な格好で、街のどこにでもいる子供のように街へ飛び込んだ。

孤児だったマルコは、施設にいた。その施設にて、年下の子供が怪我をしたときに痛そうだと思い、傷痕に手を当てると、まさかの傷が癒えた。そこからマルコは、ハーデン聖堂へと移ることになった。

ハーデン聖堂はマルコにとってつまらない場所だった。飢えは知らないし、清潔な寝床に、優しい同僚達に囲まれたけれど、マルコはずっとここに住むのは嫌だと思っていた。いつか船乗りになってみたかった。

思春期と反抗期でハーデン聖堂から家出を考えていた時だった。ユリアとミランダが現れた。

みんなユリアに夢中となったが、マルコは少しユリアが不気味に見えて、ミランダの方が好きだった。


ミランダさん、甘い物好きかな!

お土産買ってあげよ!…怖いけど、女神様にも!


いつも人形のように池を眺めるユリアを思い出す。女の子は笑ってる方が良いよなーと、こんな神に身を捧げることにならなければ、女の子と遊びたくて堪らなかった。だが、それは叶わない。


二人ともずっと居てくれたらいいのに。


そんなことを思いつつ、マルコは街で様々な日用品や自分用のお菓子、ユリアとミランダには街で最近評判のマフィンを一つずつ買った。


「はいよ、毎度ね!」


「ありがとうー」


店員の妙齢な女性からマフィンを受け取り、マルコはハーデン聖堂に戻ろうと駆け出す。

そしてその時、目の前に騎士の格好をした男が馬を凄まじく早く駆けさせ、こっちに向かってくるのが見えた。あまりの勢いに道行く人が逃げるように道を開けていく。


わっ!?


マルコも慌てて馬を避ける。その時騎士の必死な形相が見えた。


「なんだなんだ!?危な!」


「ありゃ国の騎士じゃねぇか?何かあったのか?」


マルコはハーデン聖堂へ向かうその馬を見て、嫌な予感がした。

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