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悪女語り。  作者: 林 空花
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姉と弟



「ユリア様、私、お洗濯お手伝いに行ってきますね。」


ハーデン聖堂に訪れて3日。

ミランダは働き者で、様々な手伝いを率先して行っていた。そんな彼女に聖堂の人達は好意的で、いつの間にかミランダはこの場に馴染んでいた。

ユリアは手伝いをするとかの思考がなかった。勿論それは貴族として普通であり、大司祭もユリアは客人として扱うようにと周知させていた。そのことにユリアは罪悪感もなく、ただのんびりと時が経つのを待っていた。

柱に寄りかかり座り、ユリアは池を眺める。それが最近の一日の過ごし方だった。

こんな風に何もしないことなど、今まで物心着いた頃からなかったが、案外できるものだと自分に少し驚いていた。それよりもスイッチが切れたのか、ユリアは何も出来なくなり、ぼーっとしか出来なくなったのが正しい。

ユン大司祭もミランダもそんなユリアを放っておいた。今まで頑張り過ぎたので、エネルギーが無くなってしまったのだと察していた。

聖堂の方々は静養に来られた貴族なのだと考えた。勿論ミランダとユリアの事情は大司祭から簡単に説明を受けたが、ユリアに関しては……ずっとこのまま聖堂にいてくれないかと思えた。それほど池を眺めるユリアを、いつしか神聖視する者が増えていた。


池を眺め、小鳥の鳴き声を聞きながら、ユリアは思考すら止めていた。


「やっぱり、姉さんだ。」


そんなユリアに懐かしい声が背後からかかった。

ユリアは驚くこともなく、平坦な気持ちで「ガリアーノ?」と声をかける。

振り向きもしないユリアにガリアーノは溜め息をつきながら、近寄る。


「何してるんだ?休暇中?」


ユリアに向き合うように座れば、やっと視線が合った。そして普段と同じ無表情ながら、どこか抜け殻となった姉に驚く。


「……どうしたの?」


高潔で冷酷な姉が、ひどく弱っていて、情けなく見えた。そんな様子は初めて見て、有り得ないとすら思った。


「…貴方こそ、よく入れたわね。」


ハーデン聖堂は聖騎士などもいて、警備は王宮並みのはずである。

恐らくアカデミーの制服姿のままであるガリアーノは、ひどく目立つ。


「なめんなよって言いたいけど、いい感じに友達を囮にできた。」


マクシミリアンが鈍臭く、転けてくれたお陰で聖騎士に見つかり、捕まってくれた。その隙に侵入した。

ユリアは微かに笑う。


「ひどい子ね。」


「………姉さん、本当にどうしたんだよ?」


こんなに無防備なユリア・カエサルは、もはや偽物にすら思えた。


「少し、疲れただけよ。」


「……。」


少し、なんてものじゃないのだろう。

ガリアーノは全て察してしまう。

自分は父が望んだ待望の男児だった。母は父の重責から疲れ果てて精神をその頃には病んでしまい、ガリアーノは乳母と侍女長に育てられた。優しく、愛情深く。

ガリアーノが物心ついた時には、姉は既に王太子妃候補となり、多忙を極めていた。姉は、恐ろしかった。綺麗すぎて、顔が動かなすぎて、人間とは思えなかった。だから話しかけたりしなかった。

姉は待望の男児であった自分よりも、家の重責を背負わされた。ある日父が事業に失敗した時、姉にお前のせいだと言った。幼いながらも、父の理不尽さに吃驚したが、それよりもそんな父に謝った姉に驚いた。

時々母に二人で会いに行かなければならなかった。母は姉に言った。「貴女がなんで先に生まれたの。」病んで疲れていた母は、先に姉を生んだから、とても辛かったと泣いた。幼いながら、またなんて理不尽なのかと吃驚した。そして、姉がまた謝ったことに驚いた。


この家の不幸は、全て姉の責任だった。


乳母に侍女長に愛された僕は、それはすくすくと快活に育った。ーーー僕にとっての家族は、血の繋がった両親や姉ではなく、使用人達だった。

だから、姉の悲鳴を後回しにしていた。ひどいことをされていると知っていたのに、無関心だった。

姉は、強く、高潔で、誇り高き美しい人だと認識し、放置していた。


そんな姉が遂に疲れてしまった。

いつもしていた仮面も剥がれて、壊れたように。


「………。」


ごめん、と言いそうになった。

でも、謝ってはいけないと思った。ここで謝ったところで、意味はなかった。

それでも…と、ガリアーノは悔いるように顔を伏せた。

ユリアはガリアーノにもう関心が無くなったのか、また池に視線を向けた。

関係の希薄な姉弟だと思う。それでも、ここまで追い込んでしまった原因の一つに関わっているのは、自分だと思った。



「……おい、小僧。」


ガリアーノが顔を上げると、少年がこちらを見ていた。誰だと思うよりも先にスタスタと早歩きでこちらに向かってきて、頭を思いきり叩かれた。


「いっ!?」


「なんて罰当たりな奴じゃ。ユリアの弟ではなかったから、我の聖力をぐわぁぁって食らわしてたやってたわ。」


「はぁ?………あ。」


黄色の瞳、少年に似合わない老人口調。


「ユン大司祭…?」


また頭を叩かれる。


「この馬鹿者!こっちに来い!!!」


ユリアが謝ろうとしたが隙もなく、ユンはガリアーノを連れて行ってしまった。ユリアはそれを見送ることしかできなかった。


ガリアーノは聖杯室にポイッと投げられる。

少年、いや老人だというのに、何て力なのかと意外に思った。転ぶように聖杯室に入り、地べたに座り込む。そしてユンを見上げると、ユンは少年の見た目とは裏腹に軽蔑のような眼差しをこちらに向けていた。


「ーー小僧、今のユリアには誰も近づけるつもりはない。さっさと出て行け。

お前が後悔しているというなら尚更な。」


何もかも分かられていることにゾッとしつつ、ガリアーノはユンに頭を下げる。


「勝手に入って申し訳ございません!ただ俺、僕はっ……姉が来てるなら何故来たのか、何かあったのか知りたくて!」


「今更か?」


扉に寄りかかり、ユンは首を傾げる。

今更、そう今更だ。ただの好奇心だったが、あんな姉を見て放おって帰れるわけがなかった。


「今更です。今更ですけど…」


「ユリアは今更お主らのことで心は動かん。そなた達が何をしようと、ユリアの心の中にそなた達はおらん。」


拳を握る。

自分だってそうだ。自分だって、家族を家族扱いなんてしていない。


「我は王子が嫌いだが、それ以上にそなた達が嫌いだ。ユリアがあの王子に依存するのは、他に心を開けなかったからだ。ーーカエサル家が、ユリアの家として機能していなかったからだ。」


ガリアーノは唖然とした。

ユリアの盲目的なまでのアーサーへの献身。凄いと思っていたが、それが自分たちのせいとは考えていなかった。


「去れよ、弟。お主がユリアを捨てたように、ユリアもお主らを捨てておる。今更、何か少しでも出来ることはないかと探すでないわ。」


手遅れ、その言葉が頭に浮かぶ。


「罪悪感や後悔だけで、ユリアに近づくな。」


ガリアーノは、その言葉にユンが本当に浅はかな自分をお見通しなのだと思った。

ユリアに後悔も罪悪感もある。でもやはり、愛情があるわけじゃなかった。

いつから自分とユリアは、家族ではなくなったのか。自分がユリアを見捨てた時は、いつだったのか。ユリアが自分を見捨てた時は、いつだったのか。ーーー考えても考えても、思い出せないほど、自分たちは一度も姉弟ではなかった。

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