犯人
「おーい、ガリアーノ!」
鍛錬場で剣術の稽古をしていると、寮の同室者のマクシミリアンが駆け寄ってきた。
構えを止めて、汗をシャツで拭いながら、マクシミリアンを待つ。
「どうした?」
「なんかさ、なんかさ、噂なんだけど!今、ハーデン聖堂に女神がいるらしいぞ!」
「はぁ?」
噂好きの友人らしい話題に思わず走り寄ってまで話すことなのか詰め寄りたくなる。
「大体女神って、銅像のことだろ?」
「いや、それがさ、聖堂に果物とか届けたおじさんの話じゃ、実物らしくて!女神が動いてるー!って失神しかけたらしいぞ!」
「はぁ…くっだらねぇ。」
マクシミリアンは拗ねたように頬をふくらませる。
「そりゃお前は王国一の美女として有名なお姉さんいるから女神なんて興味ないかもだけどよー!」
「ちげーよ。それならマリーがいるからだし、大体俺は噂には翻弄され……………」
「ん?」
いきなり固まったガリアーノに、マクシミリアンは怪訝に思う。
「いや、まさか……」
「何が?」
ガリアーノは考える。ただの噂だ。姉さんがクーガンまで来るわけがない。しかもハーデン聖堂とか全く興味がないだろう。それこそ祈りとは無縁の人間だと思う。
なのに、何故か女神と姉さん何故か合致した。
そういえば父さんは以前大司祭に姉さんが気に入られたと喜んでいた。
「おーい、ガリアーノ?」
「………ちょっと、忍び込むか。」
「えっ、お、おい!ガリアーノ!」
前は急げと駆け出すガリアーノにマクシミリアンは何とか後を追った。
アーサーは王宮で、呼び出された母の元へ訪れていた。
「アーサー、ユリアさんに逃げられたって本当?」
アーサーは苦笑する。本当どこまでこの人の手の者がいるのか。ユリアの失踪の件は極秘理に進められているというのに。
勿論、カエサル家はアーサーが一言言えば何も探さない気でいた。ユリアにそこまで愛がないのだ。一人だけキャルサという侍女がクルワン家の門を叩きまくったが、彼女は兵にカエサル家に帰された。
「あら、本当なの。意外と保たなかったのね、彼女。」
「安全かは分からないので、探します。」
王妃は、ニコニコと平然と話すアーサーに首を傾げた。作り笑顔とは分かっているが、その裏にある感情を察した。
「怒っているの?アーサー。」
アーサーの笑顔が固まる。
その変化に、王妃はすべてを理解した。
「そう、そうなの、アーサー。貴方、まだまだ子供だったのね。」
「何を…」
「ユリアを自由に。そう言いながら、彼女が離れるわけないと思っていたのね?」
アーサーの表情から笑顔が消えた。
その表情を見、王妃は ああ、この子は間違いなく私の子ね と、実感した。穏和な笑みの裏に隠していたのは、苛烈な感情、欲深いもの。
見た目は自分だが、中身は王に似て穏和な性格と思っていたが、私の悪いところが似てしまった。隠すのが上手い子。恐らくは自分でさえ隠してしまって気づいていなかったのか、それとも初めての苛立ちにその性格が出てきてしまったのか。
それにしても、愉快だ。
ぷっと王妃は笑う。
「あはは!滑稽ね!」
アーサーの苛立ちが手に取るように分かった。
ユリアへの優しさは嘘じゃない。自由にと本当に想っていたのだろう。でも、いざ自由になり、自分は捨てられたことに怒り、そして怒った自分が情けなくて次は自分に苛立っている。
なんと傲慢な息子!ああ!本当悪いところが私に似てしまった!
王妃は無表情になったアーサーに顔を近づける。
「アーサー。ユリアさんを保護してどうする?また妃候補にする?」
「……話し合います。」
「話し?」
「私はまだ、何も聞いていないので。」
「聞いて納得できたら、手放すの?」
「………。」
「アーサー、ガッカリさせないで。」
王妃はするりとアーサーの頬を撫でた。そして魅惑的に微笑む。
「言ったでしょ。貴方は王になるの。もっと、もっと欲しがりなさいよ。欲しがった先にきっとあの子は、待っててくれるわ。」
「欲しがった先…?」
「貴方はいつも手放すことしか考えてないでしょう?ーーもっと貪欲に生きなさい。私の子ですもの、貴方はきっと誰よりも欲深くなれるわ。」
似てしまったのは、悪いところ。
でも良い。この子の個性だ。もっともっと伸ばしてしまえ。それをきっと、ユリア嬢も望んでいる。
もっともっと自分を欲してほしいのだ。
仄暗い瞳を宿すことが出来た息子に、王妃は純粋に喜んだ。権力者はこうでないと面白くない。
王妃の元を後にしたアーサーは、苛立ち気に歩いていた。そこに一人の男が近づいてくる。
アーサーに気づいたその男は道を譲り、頭を下げてくる。そしてアーサーが目の前を通る瞬間
「ハーデン聖堂におられます。」
と、一言言った。
アーサーは男の頭を一瞥した後、無言でその場を去った。
ハーデン聖堂…そうか、ユン大司祭のところへ。
とりあえずあそこならばユリアは無事だ。ほっと安堵する。安堵した後に、また苦々しい気持ちが湧き上がってくる。母に嘲笑われたように、まさに自分は滑稽だと思った。
ユリアが大切なのに、離れたいと言えばいつでも手放せる気でいたのに、いざ何も言わずに離れられれば何故と問いただしたくなった。
フィリップが雇った侍女にも苛ついた。アーサーよりも選ばれたのだ。ユリアは自分にしか心を開いていないと思っていたのに。
嘲笑われても仕方ない…
いつも手放す覚悟はしていた。
手放せられる覚悟は、していなかった。
愚かで、羞恥が湧く。
それでも…と、思った。一度話さないといけないと思った。ただ王妃になることが、今の環境が嫌になったならそれでもいい。ただそうではない気がしてならなかった。もし、ユリアが今傷ついているというのなら、それは知らなければならないと思った。
王宮のアーサーの執務室に行けば、フィリップが待っていた。
アーサーの私兵を使い、侯爵邸を使用人の部屋から馬小屋などに至るまで徹底的に洗った。出てきたのは、ミランダの部屋からチウの葉たちであった。ただ他の手掛かりは何も出ては来なかった。ただフィリップはそこで門番や町人にも協力を仰ぎ、ミランダとユリアが恐らくダンスホールに出入りしたであろう時間帯や、使用人で屋敷から不必要に出ていた者、何を買うのか疑問に思うほど普段とは違う行動をしていた者、ありとあらゆる証言などを集めて出てきた容疑者はーー2名。
侯爵邸の使用人を取り仕切る、執事と侍女長の2名だけであった。
これには冷酷と呼ばれたさすがのフィリップも否定したかった。
血の繋がった家族ではないが、家族よりも傍にいて、フィリップを育ててくれた2人だった。
「………嘘、じゃないよな。」
フィリップが堅物な顔を歪めて、苦悩に満ちた表情をしながら報告書を見ている。
どこも悲しいほどに完璧な報告書。不備など一切ない。
「…なんで…………」
二人目は、正直顔も思い出せない女性だ。でも、一人目の婚約者は覚えている。恋ではなかったけれど、妹のような存在で、家族になることに違和感などなかった。病弱ではあったとしても、確かにあんなに早く亡くなるとは誰も思っていなかった。
アーサーは報告書を見ながら、私兵の隊長であるワンに声をかける。
「今回の件、二人のどちらかが行ったにせよ、隣国の政治に介入できるのは、おかしいよな?」
「そうですね。薬物に関してもチウはハルメニアのこの土地では育ちません。別の土地でないと。なので、主犯が別かと思います。」
フィリップは更に困惑する。
「主犯って、あの2人が従うのはお祖父様と俺だ…け…」
そして、自分でそう言いながら気づく。アーサーも、フィリップの表情で気づいた。
ワンは既に知っていたのか、表情一つ変えることなく頷いた。
「ええ、クルワン家の方の命しか受けません。」
ウィルやフィリップ以外、たった一人クルワン家の人間がいる。フィリップは会ったこともない、でも血のつながりがある権力を持ったクルワン家の人。
アーサーは、天井を睨んだ。
道理で、薬物の主犯から探しにくいわけだ。他国にいたのだ。ずっとずっとずっと、幼い頃より彼はこの国を、クルワン家を恨んでいた。
「ウィリアム·クルワンーー。」
人質に出された日から、ずっと。




