愚弟
化粧を直し、諸々準備ができたユリア。
キャルサ達はユリアの美しさにほぅと感嘆の息を出し、そして自分たちの腕を存分に震わせることが出来たと満足気だ。
ユリアは鏡に写る自分を見、目を逸らした。
あの夢の中で、どれだけ自分が美しくなるように努めたとして、そしてその美しさを際立たせるように輝かせたところで、アーサーはユリアに惚れてはくれなかった。
夢のはずなのに、ズキリと胸が痛む。
「お嬢様、さぁ参りましょう。馬車の用意も出来ております。」
「ええ。」
促されるように部屋から出た。
邸宅を出れば、馬車の前にガリアーノが立っていた。夢の中で最後に見た時の姿ではない、まだ幼さの残った10代半ばの男子と男性の間にいる出で立ち。
ユリアは思わず足を止めた。
ガリアーノをこうやってちゃんと見るのは、初めてだった気がした。
父親に似たユリアの容姿を色で例えるなら「白」だが、ユリアとは違い、母親に似た容姿のガリアーノは正反対の「黒」。漆黒の髪は、美しく。襟足だけ肩に着くほど長いが、今回はパーティーだからか前髪を上げてはいるが普段は無造作に下ろしている。
白い肌に、どこか凛々しさを感じさせる端正な顔立ち。髪と同じく漆黒の瞳。
弟ながら、格好いいのだと思わされた。
そんなこと今になって、気づいたわ…。
そう彼が生まれて17年姉弟をしているのに、興味すら抱いていなかったことを知る。
ガリアーノが何が好きなのか、どうやって生きてきたのか何も知らない。同じ家に生きてきたのに。
無表情でガリアーノを見ていると、視線に気づいたのかガリアーノと目が合う。
「姉上…。さすが、綺麗ですね。」
少し目を見張った後に、彼はニコッと笑って褒めてきた。
ユリアは返事をせず階段を降り、馬車の前に立つガリアーノが手を差し出してきたので、その手に右手を添える。右手を支えに馬車に乗り込めば、ガリアーノが身軽に更に乗り込んでくる。
姉弟で向き合い座ると、馬車が動き出す。
しばらくは無言で外の景色を眺めていたユリアは、ガリアーノにそのまま顔の向きは窓に向いたまま話しかける。
「……貴方、今日はパートナーいるの?」
「勿論。マリー嬢だよ。」
「マリー…ああ、あの子爵の。」
夢の中で一切気にしていなかったが、ガリアーノのパートナーは随分と分不相応だ。
子爵家だが、確か3代前は異国の人間だ。偏屈な血統主義の父が許す相手ではないはずだが。
ユリアは視線だけガリアーノに向ける。ガリアーノは先程と変わらずニコリと笑ってこちらを見ていた。
全部分かっているってこと。
正統派で、嘘をつけない子だと思ってきた。が、夢の中を真実とするわけじゃないが、随分と食えない子だこと。
ユリアは、視線を外に戻す。
政治的にもまだまだ未熟で、学園にも通っているガリアーノ。だがそんな中でも今回あるパーティーの規模の大きさは分かっているはずだ。分かっていてマリーを相手にしたというのなら、何かしらの策略があると普通は考えるが…
夢ではこの時期にガリアーノはアカデミーに行かされる。同年代、また年上の学生達と競う中で、ガリアーノは真の政治とは、貴族とは何が求められているのかを模索し、自分なりの答えを見つけてきていた。
アカデミーに行くのは、上級貴族でも次男や三男など長男ではない。なのに長男であるガリアーノがアカデミーに行くことになるのは、何かしら父の逆鱗に触れた罰だということだ。
「…………貴方、マリー嬢に本気なの?」
「うん。」
即答、か。
つまりアカデミー行きは、この件で決まるのかもしれない。歳が17。その歳で才能ある若者クラスにでも入れられてみたら、きっと驕りや誇りが首を締めてくる。我が父ながら、こうゆう悪質な精神的苦痛の与え方には才能がある。
「お父様はお怒りになられるだろうから、外に出されるわ。」
「それこそ本望だよ。」
淀みなく言った返答に少し笑みが溢れた。
ふと馬車の中の雰囲気が軽くなるのを感じつつ、私が笑ったことに驚いているガリアーノを見た。
「馬鹿な子ね。」
恋なんかして、馬鹿ね。
ガリアーノは、無表情ながら少し笑ったような雰囲気のユリアに、初めて彼女の中に柔らかさもあるのだと知った。
冷たく、残酷で、我の強い姉。誰よりも貴族らしく、そしてその貴族らしさに、ガリアーノは畏れ、………憧れてきた。
今見せられた柔らかさは一瞬で消え、彼女はすぐに視線を逸らす。その横顔は普段と変わらず、美しく、冷たい。
少しだけ見えた柔らかさに少しガッカリするのは、勝手だろうか。でも、ユリアに柔らかさや優しさなど似合わないと思っているのは事実。
ガリアーノは自分の中にある姉への敬いが歪んでいるのを認識し、少し己にがっかりした。
「……うん、俺、馬鹿なんだよ。姉さん。」
愚かな弟に、貴方はずっと軽蔑と嘲笑を。
それでこそ俺が見てきたユリアという姉だ。




