クルワン家
「お祖父様、いらしてたのですか。」
「おお!フィリップ!元気にしてたか?」
どちらかと言えば、こっちが確認したいことだが、祖父がニコニコと笑顔を向けてくるので、フィリップは思わず頬が緩み、頷く。
祖父が体調を崩し、フィリップの正式に次期公爵となったパーティーに来れなかった。自室で休み、フィリップの晴れ舞台を見たかったと落ち込んでいた。それはフィリップもだ。親が亡くなって、フィリップにとっての家族は祖父だけ。そんな人が自分の晴れ舞台をずっと子供のように楽しみにしていた。見せたかった。
「お祖父様もお元気ですか?」
「ああ、もう元気だよ。」
ユリアはそんな二人の会話を聞きながら、ふと思い出すのは物語だ。恐らく、もうすぐだ。
ウィルは病にて亡くなる。病が発症し、たった数カ月の余命だった。フィリップは、婚約者だけじゃなく、両親、そして祖父を喪う。悲しみに暮れる彼を、ミランダが支える。二人が急速に近づくきっかけだ。
ユリアは医者じゃないし、そういった知識は皆無だ。何よりウィルの病は、原因が不明とされていた。助けられない命だと思うが、何とも後味の悪い。目の前にいる孫を愛する老人が亡くなるかもしれないのを知っているのに、何も出来ない。
罪悪感からか二人を見ることがこれ以上できず、ユリアは視線を逸らす。逸した先には、侍女に変わっているミランダがいた。
彼女は普段の冷徹な雰囲気から一転し、和やかな柔らかい雰囲気となったフィリップに驚いているようで、目を奪われていた。
【彼にとって、祖父がどれだけ大切なのか。彼女はその様子からだけでも察した。大嫌いな、気に食わない男なのに、彼女は少しだけフィリップへの見方を変えた。
彼は、人を慈しむことができるのだとミランダは知ったのだ。】
ユリアは、少し怖くなった。
物語と同じ内容で進んでいる。
しかし自分だけ違う。
ここにユリアはいないはずだ。なのに、いる。
異物が喉に引っかかったような、不快感が全身を覆う。
同じ人間のはずなのに、自分だけが異なる生物で、違う世界線で立っている気分に陥る。
カタカタと微かに震える指を隠すように、ユリアは愛用の扇子を強く握るった。
フィリップとウィルは、二人で話すことがあるということなので、ユリアはミランダを連れて応接室を後にした。侍女の格好に戻っているが、そのままの格好でダンスレッスンをしようとユリアはミランダに提案し、二人は先程までミランダとフィリップが喧嘩していたダンスホールへ向かった。
「ふむ、フィリップ。殿下はご存知なのか?レディーがここに来ていること。」
「アーサー?ああ、知っていますよ。」
「なんと!公認!?我が孫ながらやるなー。恋愛でも歴史に名を残す気なのか。」
「は?……………………違いますよ???」
ほくほくと楽しそうに頬を赤く染めている祖父の想像がやっと察することができ、フィリップはドン引きする。そんなわけあるかと祖父でなければキレたかった。
「隠すな隠すな。ふむ。お前の嫁はなるべく良い身分や家柄から決めたいし、お前に横恋慕の汚名を着せるのは嫌だが、レディー・カエサルなら許そう。」
「お祖父様?怒りますよ?」
フィリップが頭を痛そうにし、溜息をつくので、ウィルはつまらないと言った。
「つまらないではありません。彼女は王家に嫁ぐのですよ?」
「まだ嫁いではいない。」
「…彼女はアーサーを慕ってます。」
「だから、まだ嫁いでいないぞ?」
「〜〜!!普通今の2点で諦めますよ!」
ウィルはその言葉に目を鋭くし、フィリップは息を呑む。
「クルワンが諦めるなど、ない。」
「………まず、俺が彼女を選んでませんが。」
そもそもの原点を思い出してくれと真顔のウィルにフィリップは懇願した。ウィルの有言実行能力を熟知しているからである。
この人は本当に動く…!!!!
「それに、俺はもう…しばらくは恋人を作る気はありません。」
「何故?まさかたった2回の婚約破棄で怖じ気づいたわけじゃないよな?」
フィリップは苛立たしそうに眉間に皺を寄せ、この老い先短い祖父に不安になることを話したくなかったが、このままではユリアとの婚約へ動きそうだと察し、白状する。
自分の身の回りに起こっている不審な出来事について、そしてその犯人を探すために侍女を使い、炙りだそうとしていると。
その話を黙ってきいていたウィルは、懐にある葉巻に手を伸ばす。口に煙を含み、ふーと吐き出す。
「ーーー見つけ次第、関わった全て殺せ。」
目の前にいるのが、祖父ではなくクルワン家当主だとフィリップは悟る。和やかな雰囲気が一変し、殺伐とした空気を纏う。
数多の戦争において勝利をおさめ、和平のためと子を躊躇することなく他国へ差し出した男。引退したといっても、当主としての残酷なまでの判断は下せる。
「クルワンに楯突いたことがどうゆう意味なのか、その阿呆の子孫にまで伝えさせろ。」
「はい。」
「相手が、'誰'であってもだ。」
その誰に、カエサル家だけじゃない、四大貴族、そして王家すらも含まれていると察した。
クルワンの者には最愛を、クルワン以外の者には最悪を与えろ。それがウィルがフィリップに教えたもので。
「フィリップ。」
フィリップがウィルと目を合わすと、ウィルは瞬きすらせずにフィリップを見る。
「その囮の侍女も、分不相応と判断すれば早々に切れ。」
「………。」
「念の為いうが、本気で愛すなよ?」
最愛と最悪を。
フィリップは、もし本気でミランダを愛すことがあればミランダをこの祖父は殺すだろうと思った。本気で愛すことはないから、良い。しかし、ミランダの身が更に危険になったであろうことに、フィリップは目を伏せた。
「勿論です、お祖父様。」




