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悪女語り。  作者: 林 空花
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たとえ、嘘でも


アーサーとの昼食後、そのままアーサーは執務に向かい、ユリアは一人で王宮を後にした。

馬車で一人街の賑やかな景色を眺めていると、堪らなくなって。馬使いに声をかけ、街の繁華街とは離れた静かな場所で馬車を停めてもらった。


「いかがなさいました、お嬢様。」


護衛の騎士に声をかけられ、ユリアはドアを開ける。


「少し、歩きたい。」


「………かしこまりました。」


普段このような願いを言わないので、家から派遣された騎士は戸惑いつつ、ユリアを馬車から下ろす。

そしてユリアが気の向くまま歩き出すのを、そっと後ろから見守る。

街を歩くのは久しぶりで。賑やかな、活気のある様子にユリアは現在の国の豊かさや平和さを感じた。

このまま何をしようか。買い物をしてもいいがそんな気になれず、何より自分の格好は貴族だと明らかに示しているので、目立ってしまう。人の目を避けるように歩けば、気づけば街から外れ、城下に入る為の壁、門の前にまで来ていた。

壁の向こうから、ザザーと波の音がする。

門番である騎士が談笑や、交通の任務に当たる中で、ユリアに気づく。

明らかな貴族なユリアに、騎士は敬礼する。ユリアはそれを無視し、この街を守るために建てられた大きな城壁を見上げる。


「………ここ、登れる?」


「「えっ」」


護衛の騎士含めて、驚きの声が上がる。

城壁に上がりたがる貴族令嬢など今までいなかった。ユリアは、自分のハンドバックから数枚の貨幣を取り出し、門番の騎士に渡す。

数名の騎士が城壁の上にいるのなら、登れるところがあるのだろう。


「身を乗り出すわけじゃないの。ただ景色を見てみたくて。」


「は、はぁ。」


門番は戸惑いつつ貨幣を受け取る。そしてその場にいた騎士と顔を見合わせ、戸惑い、護衛であろう騎士を見やるが、護衛騎士まで困惑している。

どうするべきか全員が考えていると、


「ーーー良いんじゃねぇの。」


ぶっきらぼうな声がその場に響いた。

ユリアを含む全員がそちらを見やると、やたら顔立ちのいい、ユリアと同世代であろう騎士の男がこちらを面倒臭そうに見ていた。

黒髪の褐色の肌、鍛えられた身体は服からでも分かり、顔立ちはどことなく気だるさそうにしつつも色気を発する端正なもので、印象的なのは瞳の色。輝かしい蜂蜜のような黄金色をしていた。


「シュガー…でもよ、」


「良いんじゃねえの、上に上がるくらい。危険があったら、護衛が護れば良いし。それに、」


キロリとどこか獰猛な瞳が、ユリアに向かう。


「無事降りてきたら、更に貨幣くれます?」


「ええ。」


「ほら、良いんじゃねえ?」


シュガーと呼ばれた不遜な男は、その後も戸惑う仲間を尻目に、ユリアを階段まで案内する。

やはり貴族が来るとこにしては相応しくなく、清掃もままならぬ汚らしい場所だったが、ユリアは気にせずに文句も言わず、シュガーの背中を追った。


「ーーーー………」


登った城壁の上は、息を呑むほど清々しいまでの海が広がっていた。

海の水は、この街は協和して生きている。街には水路が作られ、人々は船と馬を主体に動いている。海を見るのは、初めてな者などこの国ではいない。いないが、ここまで高いところから見下ろしたことはなかった。

風が強く靡き、髪が無造作に動く。顔周りくる髪だけ抑え、ユリアしばらくただ海を眺めた。

その様子をシュガーは見守ることはなく、ただユリアの隣で腰を下ろし、無造作に座っていた。護衛騎士や他の数名の騎士はそんなシュガーを注意したかったが、ユリアが静かに海を眺めていて、そんな様子を見ると……何となく自分たちの声が邪魔な気がして声を出せなくなっていた。

どのくらい時間が経ったのか。結構な時間、波の音と海の鳥の鳴き声、遠くから街の賑やかな喧騒だけが聞こえていた。


「貴方、シュガーと言ったわね。」


シュガーは、隣にいるユリアを座ったまま見上げる。ユリアはこちらを見ておらず、海を向いていた。


「ーーーありがとう。」


たった一言。ユリアはそう言った。

その場にいた騎士は、誰もが目を見開いた。一介の騎士に守られたわけでもなくそう言う姿は、珍しかった。そして同時にこの石畳の城壁の上であっても、ユリアはひどく美しかった。絵画のような、美しい光景に全員が息を呑む。

シュガーは他とは違い、ユリアに目を奪われることはなかったが、無表情ながらもどこか清々しそうなユリアにどこか満足そうにした。


「スッキリしたか、お嬢様。」


「……ええ、とても。」


ユリアは、心が落ち着き、同時に虚しさを感じた。海を眺めていて、やっと…決心がついたのだ。


諦めよう。






ユリアは、屋敷に戻るとすぐに横になった。


……………疲れた…。


爆進し続けたからか、身体にどっと疲れが落ちてくる。ただ一日寝転がる日がない。

明日はまたクルワン家に行き、ミランダの教育。

仰向けだった身体をうつ伏せにし、ユリアは枕に顔を埋めた。

ここ最近、ずっと寝る前に考えていたことがまた頭に浮かぶ。あの夢は何なのか。夢が意味するものは、何なのか。………現実と夢の区別すら曖昧になりそうで、眉間にシワが寄った。そして、そのままユリアは瞼を下ろす。

このまま少しだけ夢の物語とは別の方向に進んでいくのか。それとも結末は同じなのか。私自身を変えない限り、同じことをきっと繰り返してしまう。

でも今更自分を変えられない。変えられるならば、とっくにアーサー様への気持ちを純粋な忠誠だけに変えられている。


………変わらない、私はあの方の傍にいたい。


そう。傍にいたい。

たとえ妃として隣にいられなくても、たとえ臣下として最も信頼されなくても、たとえ友人としてフィリップ様以上の立場になれなくても、それらがどれだけ私に苦痛を与えてきたとしても、それでも…傍にいたい。


そう思っているけれど、


先程の海を思い出す。音も景色も潮の香りも、何もかも。

穏やかな声で、大丈夫と言われたことを海を見ているときに思い出していた。


ーー諦めよう。

振り向いてもらえることを願うのは、諦めよう。こんなに努力しても無理だったのだ。お心はそう簡単には得られない。

あんなにも信頼して、大切に思ってくださる。それだけで十分だと思おう。そうだ。そうしてしまえば、簡単だ。父がたとえ野心を大きくしてしまい、家門を危機に晒しても、ガリアーノと共にあの人を追い出してしまおう。その結果、妃になれなくなっても良いじゃないか。

幸せを願おう。傍にいたいなんて、願わないで。あの方の幸せの為に生きよう。

そうしたら、きっと、私は死なないし、たとえアーサー様がミランダに惚れても……私が勝手にボロボロに傷ついて、悲しむだけだ。元々勝手に惚れたのだから、それで良い。愚かにも彼女を殺そうとはしない。


諦めよう。


アーサー様のことは、ずっと好き。それはもうきっと変わらない、変わるわけがない。でも、もう良いじゃない。それで良いじゃない。


‘ユリア‘


ああ、昨日から涙腺が壊れている。枕が少しだけ濡れるのを感触で分かる。


貴方が幸せなら、それで良いの。

痩せ我慢でも良い。嘘でもいい。そう思える人になりたいと心底思った。

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