夢
私は、本をもう一度開き、番外編を読む。
可哀想なユリア。彼女が一体何に殺されたかは記されていない。もしかすると続編があるのかもしれないが、この本はどうやらここで結末のようだ。
何となく、本当に何となく、物語のはずなのに他人事には思えなかった。
家族がいたのに、家族と呼ぶには悲しい関係だった女性。孤独に生きて、それでも人を愛せたユリア。
私はベットサイドに本を置いた。そして逆にベットサイドに置かれていた薬が入った瓶に手を伸ばした。固く締められたビンの蓋を開けるのが、少し恐ろしくて、どこか開かないことを祈りつつ、開いていく感覚を指先に感じた。
ビンが開けばもう簡単だ。口に溢れる程の錠剤を含み、ペットボトルの水で飲み干していく。喉に通る固形の感覚に、苦しみなのか涙が目尻伝う。
'………ごめんな'
その声は、悲しんでいて。私を絶望に突き落とすには十分だった。
こんな終わりを迎えようとしている時ですら、貴方を愛してしまっている愚かしさが滑稽だ。
ねぇ、ユリア。
ねぇ、本当に、次にもしこんな悲しい物語の中に落ちることがなかったら、
貴方が言った通りアーサーには恋をしないで。
私も、しないから。
悲しい環境に落ちて、たとえ光がアーサーだけだとしても、アーサーが凄く良い人でも、恋をしちゃ駄目だよ。
だって、ほら、私達は、こんなにも…ー悲しい。
振り向いてもらえなくて、
私達はこんなにも悲しいのに、
愚かにも死ぬまで愛した。
次は、…………幸せになろうよ。ねぇ。ユリア。
「ぉ…じょさ、…お嬢様、……ユリアお嬢様、」
重たい瞼を開ければ、目の前には世話係のキャルサがこちらを覗き込んでいた。
「キャルサ、おはよう…。」
「はい、おはようございますお嬢様。今日はご予定がおありですよね、早くお支度しましょう。」
「……ええ。」
目を覚ました時、何故か心は困惑していなかった。
そのことが私を困惑させた。目の前で支度の準備をしているキャルサも、目の前に広がる大きな広い部屋も何も違和感がない。そのことに戸惑うのに、身体は勝手に動き出す。
用意された水で顔を洗い、鏡台の前に座る。
寝ぼけた様子だが、鏡にはそれは麗しい女がいた。これは、私だと認識する。
「お嬢様、本日はフィリップ公子が公爵家の正当な跡継ぎとなり小公爵と認められるパーティーですよね。私達腕によりをかけて本日もお嬢様を輝かせますわね!」
キャルサ以外のメイドも部屋に入ってきて、皆人形のような美しいユリアを輝かせることにウキウキとしている。その様子を見、私はこの身に起きていることが現実なのだと知っていく。なのに、心が波打つことはない。それがまた気持ち悪くて、違和感がある。まるで……人形になった気分だ。
長い、長い夢を見ていた気がする。
まだ夢心地で、身体も心もスッキリしない。
何だろうか。この私にとって現実世界が、‘あの人‘にとっては物語だった。夢だと思う。けれど、私には‘あの人‘の感情も考えも経験もまるで現実のように感じられた。
自分の手に視線を下ろす。拳を作り、その後は広げてみる。それを繰り返して、自分の感覚が物語とも思えなかった。
私は、死んでた……わよね。
そう、死んだ。物語の中で、死んだ。
アーサー様に思いを告げて、惨めにも死んだ。
物語によれば、今日が恐らくフィリップ様とミランダがパートナーになる。そこで二人は惹かれる。そして、その後はアーサー様も…。
「……お嬢様?」
キャルサの声で我に返る。鏡の前にいる私は、それは美しく着飾られていて、そして涙を頬に伝わせていた。
あ。
「お、お嬢様如何いたしましたかっ?髪、髪飾りが痛いのですか?それともコルセットがっ」
慌てるキャルサを置いて、私は顔を隠すように手で顔を覆った。
恋をしている。
ずっと、あの恋に落ちた日からずっと。
なのに、何故かしら、まだアーサー様はあの子に出会っていない。ミランダが存在していることすら分からない。なのに夢のせい?
私はもう、フラれてしまっている気になる。心がボロボロな気がしている。限界なのだと、胸の内で私が叫んでいる。
現実なわけがない。未来なわけがない。
「………なんでもないわ、目にゴミ。」
くぐもった声が手の隙間から出る。キャルサはまだこちらを伺うような様子を見せながらも、私が手を外して、いつもの無表情を見せれば、少し困ったように笑う。
「お嬢様の視界に入られて、ゴミも幸せですね。」
「馬鹿なこと言ってないで、化粧直して。」
「はいはい。」
キャルサは母のような、姉のような存在だ。
彼女に物語ではカップに毒を塗ってもらった。私の化粧を直す手を、汚させた。
もう、夢だと思おう。もしミランダが現れたら、その時はあの夢を他人事とは思わないでおこう。




