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悪女語り。  作者: 林 空花
18/83

幸せ

「これは、お嬢様。お久しぶりです。」


運営資金の金の流れがおかしいと思った福祉施設に訪れると、施設長のチョウが訪れた。


ユリアがまだ幼いときに、隣国ナニクンと領地をかけて3年に渡る戦争が行われた。ナニクンによる侵攻であったが、こちら側もそのまま防衛せずにナニクンに侵攻。両国に多くの犠牲を出した戦争は、結局停戦となり、それは今も緊張状態となっている。

戦争により、身体が不自由になった人、精神的に病気を患った人に対する無料診療所、そして福祉施設をつくったのは、ユリアの母の家だった。それをデビュタント後にユリアが引き継ぎ、ユリアの個人的資産から運営資金を援助し、現在運営を管理も行っている。

チョウは、ユリアが引き継ぐ前から施設長をしていたので、そのまま管理を任せていた。元々は騎士らしく、彼自身暴れる患者などを抑えたりしている。

目つきの悪さとガタイの良さ、そして無愛想な面から少し圧迫感を感じるが、面談をした時に感じたのは………戦争を嫌う、優しさだった。


「ええ。」


突然の訪問にも驚かず、チョウは淡々とする。


「応接室もないので、施設長室にご案内します。」


施設の中を歩きながら、施設内を監察する。

施設自体は老朽化してきているようだが、清潔感はあるし、手作業なのか歪ながら補修も施されている。援助した資金の運用で、疑問に思ったことは一つ。明らかに使途不明となった金額があったことだ。明らかに、というのも気になる。

不正をするならば、あそこまで分かりやすく行わない。ただの記載ミスとして扱うべきなのかは、確認するしかない。


施設長室に入り、施設長と対面で座る。


「私が急に来たこと、驚かないのね。」


施設のスタッフなのだろう。妙齢の看護師の格好をした女性から紅茶が差し出される。それを受け取りながら、そう切り出すと、チョウは淡々と事務的に答える。


「貴女は、そうゆうことを行いそうな方だとお会いした時に思いまして。本日の急な訪問もやはりと思い、驚きませんでした。」


なるほど。私がチョウと会うのは二度目だ。初対面の面談のときに、私がチョウを観察し分析したように、チョウもそうなのだろう。


「…キャルサ。」


「はい、お嬢様。」


キャルサが施設長に資料を渡す。

毎月提出されている運営状況と状態について、そして資金の巡りについてだ。


「私が提出した書類、ですね。」


「不備があったから、今日は来たの。」


「不備?」


チョウは資料を見、そして不備の部分に気づいたのか眉毛を片方あげる。


「……これは」


「施設や貴方達の給金として、私のお金は使って良いのだけど。先月と今月を比較すると、一部記されていないはずのお金があるの。どこに消えたの?」


チョウの一挙一動を見逃さないよう見据えれば、チョウは資料を起き、私の目を真っ直ぐと見た。


「不正は行っておりません。ただの不備です、誠に申し訳ございません。」


目を逸らさない。

そうだ、この目を逸らさない部分が気に入った。貴族でも何でも自分の納得していないことは出来ない不器用さが、好ましかった。

しかし、


「ねえ、チョウ。」


「はい。」


「私がここを援助して、もう数年よ。貴方が不備をしたのは、今回だけ。…ミスとして見逃せるけど、気になるのよ。」


空気が圧迫していく。貴族同士のやり取りとは別のものだ。


「ーーー貴方、個人的に武器を購入したわよね?」


ここを訪問するまでの間、施設と施設スタッフ、患者のこと細やかに調べ上げた。

今回の書類の不備以外、何も不思議な部分など出てこなかった。だが、気になった。


「お嬢様。私は元とはいえ、騎士。それに今も理性を失った患者を相手にするのは骨が折れる。鍛えるために、剣を購入はしました。」


「マルコス商会。」


その言葉に、チョウの瞼がピクリと跳ねた。


「言ったわよね、チョウ?

貴方、個人的に武器を購入したわよね?大量に。マルコス商会で。」


マルコス商会。

傭兵御用達の裏稼業を生業としている武器商人。彼らは国が禁止している鉄、武器の製造などを行っている。何度も摘発されたが、トカゲのしっぽ切り状態で幹部たちなどは捕まえられていない。マルコス商会は、何度も蘇るのかと噂されるほどだ。

チョウがそこで100を超える武器を購入したことは調べがついた。彼自身の貯金による購入だ。今回の不備で徹底的に調べなければ気づけなかった。


「貴方が鍛えるにしては、多くないかしら。」


にらみ合うように互いに見据え、そしてチョウは無愛想な表情を崩し、はっと笑った。どちらかといえば、こちらを馬鹿にしたような笑み。


「………さすがですね、お嬢様。」


「ありがとう。それで、何の為なのかしら。」


「ーーー戦争。」


その一言にユリアの後ろに立つキャルサが身体をびくつかせたのが、空気で伝わった。

キャルサの父は準貴族の身分だった。そして、先の戦争に指揮官として派遣され、亡くなった。彼女が若くして働くようになった理由だ。


「戦争のためです、お嬢様。」


「停戦中よ。」


「その停戦を終わらせるためです。」


チョウの目を、初めて見たときから思っていた。

そしてこの施設で戦争による被害を受けた人達を見たときから、チョウも彼らの目も同じだと思っていた。死んでもない、絶望してもいない、ーーー空虚な荒んだ…人を殺し、人に殺されてきた者の目。


「お嬢様、私達は騎士だった。国のために剣を取り、生きてきた。仲間が死に、敵が死に、自分の中で何かが死に、それでも……生きた。

ただね、生きた先が‘ここ‘じゃ誰も浮かばれやしないんです。」


淡々と語ることが逆に恐ろしかった。


「誰よりも戦争を知りつつ、戦争を望むというの?」


「戦地から帰った先で、我々は絶望しました。

嫁がいつ帰るか分からない旦那よりも傍に居る男を選んでいたり、誇りを持って戦ったのに四肢のどこかに不自由を持ち働けず惨めな暮らし、戦争でのトラウマを無くせないまま狂うしかなく、共に生き残ったのに自ら命を断つ戦友。

ーーお嬢様、我々は生きた先で死んだように生きてきた。それならば、戦地で死にたい。」


「それならば傭兵になり、どこかの国の戦争に雇われ、勝手に死になさい。この国を巻き込もうとしていること自体気づいていてないわけないでしょう?」


チョウは、身を乗り出し、ユリアに顔を近づけた。駆寄ろうとするキャルサと護衛を手で制し、至近距離の顔を睨んだ。


「ーーー我々を戦地に送ったのは、この国だ。次はこっちが巻き込んでやる。」


「八つ当たりはやめてくれない、死に損ない。」


チョウの手が素早く動き、護衛の手が届くよりも先にユリアの首を絞める。


「「お嬢様!!!!」」


それでもユリアは、駆寄ろうとする二人を手で制した。

喉が圧迫され、息がしにくいが、ギリギリで抑えられている。目の前にあるチョウの目は、怒りながらも理性が飛んでいない。

ユリアはか細くなった声を絞り出す。絞り出した声は、護衛にもキャルサにも届くことはなく、チョウにだけ届いた。


「チョウ。貴方の支援者は‘ーー‘ね?」


チョウは、目を見開いた。

ユリアの首から手を思わず離す。一気に空気が喉に通り、ユリアは大きく咽る。キャルサが駆け寄り、ユリアの背中を撫で、護衛がチョウの身体を抑える。

チョウは抵抗することなく、ただ驚いた顔をしながらユリアを見た。


「あんた、どこまで……」


遂には、あんた呼びか…。

やっと鉄仮面を外せた。


そして、ユリアは痛む首とまだ整わない呼吸に苦しみながら、チョウを見た。

彼は騎士だった。会ったときから誰よりも、そして今も尚。それを考えれば、すぐに分かった。


「げほっ…不備もわざとね。」


「………。」


「私を、試した。」


「………。」


試した。この私を。

本当、馬鹿にしてくれる。


戦争を望んでいるのは、本当なのだろう。チョウも、支援者も。だけど、支援者は戦争をただの手段の一つとして考えている。全てと考えているチョウとは、異なる。だから、試した。気づくだろうか、止めに来るだろうか。種をまいた。


こちらを捕らえられながらも見下ろすチョウに、ユリアはどこか疲れたように嘲笑った。


「気づいてて、この護衛だけを連れてきたのですか。」


「気づいてて、お前に忠告しにきたのよ。」


「忠告?」


「貴方の武器はもう取り締まり、こちらで回収済よ。あと、我々とか言ってた仲間も、警備隊に通報し今取り締まり中。貴方だけ、まだ捕まえられていないわ。」 


「………それで?」


ユリアはソファから立ち上がり、取り押さえられ上半身が曲がっているチョウを見下ろす。


「計画は頓挫した。貴方は支援者のことやマルコス商会のことを事細かに言えば、このまま戦争を考えた重罪ではなく、ただ武器を購入した軽罪としてやるわ。」


「………。」


「お前の支援者、いえ、主は、お前をただの手駒として使った。どれだけ戦争を望んでいても、主にとってはしてもしなくてもどっちでも良い。更にはこの計画がバレる種を、わざとお前に蒔かせた。ーーーそれでも、庇う?」


「お嬢様、あんたなら分かるだろ?」


チョウは、はじめて瞳を和らげた。


「それでも良いと思えたから、やってる。」


私を見ながら、チョウは‘支援者‘を見ていた。


「お嬢様、分かるだろ?」


チョウは、柔らかく静かに微笑んだ。






チョウが連行されていくのを見送り、ユリアは施設のスタッフに後日他の施設長を送ると伝えた。

馬車に乗り、ユリアはキャルサに叱られる。


「お嬢様!首!首に手形のアザが!!!何を!もうもう!聞いてはいましたが、首を締められているのを助けずに見てろとは聞いておりません!」


「私も首を締められるとは思って」


「お嬢様!!!!!!」


「悪かったわよ。」


さすがに素直に謝る。

キャルサがぶつぶつまだ文句を言いつつ、濡れたハンカチでユリアの首に触れる。早く医者に見せないとと聞きながら、ユリアは視線を馬車の外を見た。


‘お嬢様、あんたなら分かるだろ?‘


利用されても、ただその人にとって大切にされていなくても、それでも良い。それでも良いと思えた。


「ふっ………」


「お嬢様?」


「は、ははは!!あはは!」


おかしくて、おかしくて、ーー惨めだった。


チョウ。私もそう思ってた。

それでも良いと思ってたの。でも、違うのよ。

貴方みたいになれていたなら、良かった。

羨ましくなった。チョウの無償とも呼べる忠誠、そして愛情。あんなむさ苦しい平民が、羨ましい。

物語にあった、悪女ユリア。彼女は、他の女を愛したアーサー様を許せなかった。もし、ユリアがアーサー様を本気で愛しているというのなら、本気で幸せを望んでいるというのなら、ミランダを殺そうとはしなかっただろう。

あれを、物語とは言わない。あの悪女ユリアに共感している。想像をするだけで、苦しい。


今やっと、分かった。

私はきっと、アーサー様が別の人を愛したら、同じことをする。何度生まれ変わっても。私は、彼を愛している限り何度も同じことをする。


「…は、ははっ……………………」


「お嬢様…大丈…っ、!!」


乾いた笑い声すら、出なくなって。ユリアは顔を歪めて、涙をボロボロと溢した。

キャルサは、そんなユリアをすぐに抱き締める。


アーサー様の幸せよりも、

自分の幸せが大事だったのだと…私はやっと知った。

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