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悪女語り。  作者: 林 空花
16/83

【キャルサ】

ーーユリア・カエサル。


お嬢様が8歳、私キャルサが15歳のときに私達は出会った。




はじめてお会いした時、なんて美しい子なのか驚いた。

白髪は、老婆の方でしか見たことがなかったが、老婆とは異なりお嬢様の髪は白に銀色が根ざした白銀の色を持っていた。日にかざせば、キラキラとダイヤモンドダストのように輝き、宝石など必要のないのだと主張しているようだった。

そんな髪とはまた異なる肌の白さは、儚さを持っていて、日に当たると一瞬で燃え焼けてしまうかの如く、柔らかな色。そんな白に乗るのは、薄紅色の頬。


そんな美しい少女の最も美しいと感じたのは、瞳だ。

瞳は、海に生かされてきたハルメニア王朝でも持っていないであろう、海色の瞳。光の向け方によって、幾重にも変わるその碧は、どんな宝石や絵の具でも表せない。

その瞳に見上げられていると、無意識に膝を床に着けた。


目線を合わせ、キャルサは挨拶をした。


「はじめまして、お嬢様。キャルサと申します。今後、お嬢様の侍女としてお傍におります。よろしくお願いします。」


「…………キャルサ、そう。」


ああ、声は可愛らしいわ。


「よろしくね、キャルサ。」


子供らしくなく、笑みを一切浮かべず、キャルサに背を向けて去っていくユリア。

キャルサはその背中を見送りながら、笑みが溢れた。


ああ、なんて幸運な侍女になれたのか。


キャルサは一目で、大切なお嬢様を愛した。




ユリアの美しさに驚いた後、次はユリアの過酷なスケジュールに驚いた。

四大貴族以外ではじめて王家に嫁ぐ候補になられたお嬢様。まだ8歳だというのに、ただの貴族教育だけでなく王宮礼法まで学び、それは自分が平民という身分に生まれたことに深く感謝したくなるほどに苛烈さを極めた。

いつも夜遅くまで続いたレッスンが終われば、彼女はベッドに倒れ込み、静かに……疲れを癒やしていた。弟のガリアーノ様は、時折授業から逃げ出しているのに、お嬢様は一度も逃げ出さなかった。愚痴も弱音も吐かない。

愚痴も弱音も聞き出すことはしなかった。幼いながらも、彼女の中には誇りがあるのを感じ取った。間違いなく、下の身分に愚痴ることは彼女にとって自尊心を傷つける行為に違いなかった。


「……お嬢様?」


眠りに深くつく彼女をいつも確認し、彼女の寝顔を見ながら、子供らしくない少女を守りたくなった。

艶やかな髪を撫で、この世で一番の幸せを彼女に与えてくださいと神に祈っていた。

少しでも彼女をサポートしたくて、無愛想な厨房の料理長と喧嘩してまで彼女の好みの味を事細かに伝えた。すると、いつも食事を残したりしていたお嬢様が段々完食するようになっていった。

食欲の低下は無くなり、食事や休憩時間のティータイムを彼女は楽しむようになった。


ある日、あまり家に帰らない旦那様が帰宅された。

奥様は出迎えもせず、寝たきりになられていて。お嬢様とガリアーノ様だけが旦那様を出迎えた。

はじめて見る旦那様はどことなくお嬢様に似ていたが、優しさを使用人に向けられ、柔らかさを持っていた。そんな旦那様を皆好んでいたけれど、お嬢様は好んでいないようで、…何となくそれが理由なのか私も旦那様も、旦那様の周囲にいる仕事関係の方も好ましく思わなかった。

特にお嬢様に王宮の話を聞く様は、やめてくれと話を遮りたかった。彼らは久しぶりに会ったお嬢様に、お嬢様のことではなく、王宮のことばかりを聞いた。それは旦那様もで。

旦那様はお嬢様の勉強の進行具合を聞き、褒めることなど一切せずに、レベルを上げるよう教師に言うことを考えると仰った。


彼女の努力を認める者は、この屋敷にはいなかった。

ただ、お嬢様もこの屋敷の人間には期待をしていなかった。ただ粛々と淡々と話を合わせ、それは10歳にも満たない少女の態度とは思えなく、同時にこの屋敷の人間はどこまで彼女の意思を聞かず、興味を抱かなかったのか分かった。もうお嬢様に僅かな期待も抱かせず、諦められ、切り捨てられたことを、誰も興味を抱かなかったから気づいていなかった。


少しだけ、ざまあみろと思った。


私利私欲により王家に嫁がせる為に、過酷な教育をしているが、……彼女は王家に嫁いでも恩恵をこの家の者に与える気などないのだと思った。

ただそんな残酷な決断をしたお嬢様の安息の地はどこなのか、この人を幸せにするのはどこかにいないのか、苦々しく思っていた時、一度だけお嬢様の相手アーサー殿下が侯爵邸に来られた。


「ユリア。」


お嬢様を呼び捨てにする、この国の王子様は、とても綺麗な人だった。

お二人が並びお庭を歩いて談笑する姿を見、キャルサは感動をした。表情のあまり変わらないお嬢様だが、殿下の横に立つ姿からは様々な感情が読み取れた。楽しさと無邪気さと幸福。どれもこの屋敷で失ってしまったものだと思っていた。だが、お嬢様は失ってはいなかった。


ポタ、ポタポタ……


頬に伝う涙から、安堵したことを自覚した。


とてもお似合いで、そして……お嬢様の幸せが‘そこ‘なのだと知った。





お嬢様は、日に日に美しさが増していった。

デビュタントを迎えた時には、鋭い冷たさも重ねていった。


「キャルサ、よくユリア様の侍女を続けられるわよね。」


そう言ってきたのは、ガリアーノ様付きの侍女達。

お嬢様の弟君であるガリアーノ様は、とても快活で、無邪気で、どこか陰湿な空気が流れている屋敷をいつも明るく照らしていた。

可愛らしい方だと思う。ただ、それだけなのだ。


「ふふ、だってこの世で一番美しい方の傍にいられるのよ。これ以上の名誉ないわ。」


お嬢様の美しさに魅了されていない人達は、嫉妬しているのだと思っていた。デビュタントを終えた他の令嬢の美しさを噂で聞いても、きっとその褒めた人間はお嬢様を見たことがないのだろうと確信していた。

お嬢様のデビュタントは、それはもう華やかなものだった。

侍女として常に流行の髪型もメイクも常に情報は仕入れ、勉強している。それでも本当はそんなもの必要ないのだと叫びたいほど、彼女は美しく成長した。

デビュタント後、殿下の婚約者候補だというのに、お嬢様に求婚の手紙が山のようにきた。他国からも届き、その手紙を抱えながら当然だと思った。

でも、この方々にお嬢様は相応しくない。彼女は幸せになるべき方なのだから、幸せを提供してくれる方と添い遂げられるべきだ。


「お嬢様、マクダード夫人が来られました。」


「ん。」


「お嬢様の美しさを表せるか不安ですが、楽しみですね!」


「キャルサ、黙って。」


そう、幸せになられるべき方なのに……



お嬢様は、嫉妬の渦中に入られた。

デビュタントしたということは、お嬢様はすぐにでも婚約できる。王家から正式公認を受けてから、実務教育を増え、スケジュールの過酷さは加熱した。

もう良いのだと、もう十分頑張っておりますと何度も言いたかった。言いたかったのに、お嬢様は目でいつも褒め言葉を制止した。容姿しか褒めさせてくれなかった。


「レディー·カエサル。」


貴族の女性、デビュタントした者だけレディーと呼ばれるようになる。

お嬢様はレディーとして、社交界に積極的に参加した。意地悪をされようが、嫌味を言われようが、お嬢様は気にしていないかのようにしつつ、やり返してきた。ただその意地悪の裏に、王妃様がおられると知ったときは流石に動揺されていた。

王妃様は、慈愛に満ちたようにお嬢様を大切に接してくださっていたが、デビュタントを終えてからはまるでお嬢様をイジメるのを楽しむが如く、程度を越えたものを彼女にした。

ここ最近で一番ひどかったのは、お嬢様の同世代の令嬢を使ったパーティー。ドレスコードをもう販売されていない物にし、そのドレスコード指定すらお嬢様に伝わらないようにしていた。お嬢様は裏に王妃様がいることを知りつつ、何もできなかった。だからこそ、社交界に新たな流行をつくるようにした。

それだけが、お嬢様ができる抵抗だった。




「…………ーーーー…どうして……」


お嬢様は、最近眠っていると寝言を言う。

もはや日課となっているお嬢様の眠り前の読書。灯りを消すのが私の役目。幼い頃から一切寝言を言わなかったのに、ここ最近毎晩のように言う。

そして決まって、涙を流されている。

長く、美しい睫毛に水滴を何粒も着け、彼女はひどく辛そうに唇を震わせる。その涙をそっと拭いて、私は幼い頃お嬢様にしたように髪を撫でる。


「…ぃ、ゃ………ぃかな…で」


行かないで。

行かないで。

行かないで。


お嬢様は、ただそれだけを懇願されていた。

お嬢様がこんなにも懇願するのは、たった一人だけ。家族でもない、家族の候補として名前がある方。


どうして……。

キャルサは、ユリアの頬に手を添える。


この世で一番幸せになってほしいのに、誰も彼もそれを許さないように愛さない。

神に何年も祈って、叶わなかった。

もし悪魔がいるのなら、私はお嬢様の為に喜んで心臓を捧げよう。お嬢様が幸せになるために。

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