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悪女語り。  作者: 林 空花
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可哀想な人



ミランダがステップの確認をしているのを横目に、ユリアは一息つくように用意されていた椅子に座る。

囮役にされたにせよ、ミランダは常に真剣に取り組んだ。物覚えが良いわけではないが、その粘り強さには少しだけ好感を持てた。


「ワン、ツー、あれ…」


「………そんなに報酬額が良いの?」


「えっ?」


ユリアの問いかけに、足元に送っていた目と顔をこちらに向けてくる。


「侯爵から伺ってるわ、囮役なんでしょ。報酬もあるって。」


「あ、あぁ……卑しいですよね。」


どこか恥じるように目を逸らすミランダ。


「まさか。自分の足りない部分を補いたくなるのは、当然よ。貴女は囮って意味では命までかけてる。報酬を受け取らなければ、逆に疑うわ。」


聖人君子でさえ、受け取るだろう。

ミランダがこちらを見てくる。その目は肯定されることの意外性が表に出ていた。


「……贅沢をもらう代わりに、貴族は責務を果たすの。国への奉仕や、領地の統治。

逆に平民は、贅沢ではない代わりに、責務が自分の周囲だけだし、選択の自由がある。

貴方はその選択権を使用したに過ぎない。だから卑屈になることはないわ。」


選んだのだ、自ら。こうするのだと選んだ。

その選択は、権利であり、使用していい。

ミランダは、そう述べたユリアを見、自分の中にある価値観が清められていくのを感じた。恐ろしい人だと思う。厳しく、今の発言もどこか人を見下しているように感じられる。けれど、……そんなユリアに魅入られている自分がいるのもミランダは痛感していた。


「ユリア様は、素敵ですね。」


「そう。」


言われ慣れているのか、ユリアはつまらなさそうに目を伏せた。それが少しおかしくて、ミランダは少しだけ素直に自分の本音を述べる。


「…正直、断りたかったのも事実です。お金のために命をかけなくても、私は侍女として働き、お金は贅沢と言わないまでも生きていけるほどには手に入ります。

ただ、何となく……断っちゃ駄目なんだろうなって。断ると嫌な予感がしたというか。」


「……正解ね。」


「え?」


ユリアはミランダの危機察知能力を認める。


「クルワン家の敵となる者を探すんですもの。そんな事情知られたからには、貴女は断った後侍女として働けるわけないわ。良くて、退職金に少しプラスのお金を渡されて侍女を辞めさせられるか、何も得ずに辞めさせられるか…………、面倒な処理が出てくるけども、始末されるか。」


「、し、まつ。」


そこまでは考え着いていなかったのか、ミランダは息を呑んだ。同時に今更ながら実感した。自分が下した決断は、本当に命をかけてしまっているのだと。まだ退職金を貰った方が良かったかもしれない。

指先が微かに震え出す。

ユリアはそんなミランダに気づき、物語の主人公であったはずの中で彼女が様々な壁を乗り越えていくのを思い出す。


「ーー生き残るために、何が必要なのか…」


ミランダに伝えつつも、自分の中でも感情や考えが整理されていくのを感じた。


「貴女は考え続ければいい。」


そう、思考を止めてはならない。止めた瞬間、足元を掬われる。

ズキリと鈍く頭に痛みが走る。ユリアはそれを抑えるように額に手を添えた。


「………ユリア様は」


ミランダに視線を戻す。


「ユリア様は、…何故そんなにもお強いのですか?」


愚問すぎて、頭痛がひどくなった気がした。






ミランダはユリアが帰った後、侯爵邸の中にある自室に戻った。ミランダの部屋は、侍女としては少し豪華で。まるでフィリップが贔屓しているとこのクルワン家内部から外部にまで広まるようにしている。

ベッドに横たわり、ミランダは疲れ、痛んだ足を靴から解放する。ズキズキと小指が真っ赤に鬱血するほど、痛んだ。


‘報酬は払うさ。やれ。‘


思い返すだけで苛立ちがある。自分の雇い主とはいえ、フィリップ・クルワンという男の命令口調や傲慢さは身分の差など飛び越えてぶん殴りたいほどだ。

一方で、ユリアには……苛立ちよりも畏れを抱く。


「………自分が思う、うつくしい人…か。」


フィリップがミランダに自分が思う美しい人を連れていくると言って、ユリアを連れてきた。

連れてきたのがユリアだった時、何という人に頼んだのかとフィリップという人間に詰め寄りたかったが、同時に……共感を覚えた。

美しい人と言われて、一番最初に頭に浮かんだのは、ミランダもユリアだった。

でもきっとこの国でユリアを見たことある人は全員、そうなってしまうのかもしれない。

どこか神聖さすら感じてしまう、強烈な美。でもきっとそれは容姿からではなく、素養、教養から生み出された全てのもの。彼女の強さ。


‘ユリア様は、…何故そんなにもお強いのですか?‘


何がそんなに彼女を掻き立てたのか、知りたくなった。彼女は当然のことを聞いてきた私を嘲るように笑ったが、私がそれでも顔を逸らさなかったことに笑みが消え、呟きのような小さな声で教えてくれた。


‘私が、アーサー様の傍にいると決めたから。‘ 


「…………傍に、いる…」 


‘他の誰でもない、私が、傍にいると決めたの。‘


「……私、が。」


その想いを、何と言えば良いのか。

愛情、忠誠、執着、敬慕。でもきっとそれは複雑に折り重なって、一つに纏まっているように感じた。

うつしい人。そしてその美しさは全て、ただ一人の方の為に創り上げられた。


うつくしくて、………そして…


ミランダは、もう考えないようにした。続いて思ってしまった感想は、ひどくユリアに失礼な気がした。

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