可哀想に
「ミランダと申します。」
まるで初対面をやり直すように、ミランダは頭を下げた。
ユリアはミランダの後頭部を見下ろしながら、ミランダがあの日のことをやり直す気でいるのだと察した。
……まぁ、いいわ。
苛立ちはない。今のところ嫉妬もない。
だから、大丈夫。私は、冷静。
フィリップは仕事があるとミランダの元へ案内するとすぐに去っていった。それで良いのかと思ったが、疑いがある家の女が変な指導をしたら、そこそ疑いが確信になるのだろう。
先程のフィリップが頭に浮かぶ。
関わりがないから偏見を持っていたわけではないが、お世辞など言わない男だと思っていた。美しいなど恥ずかしそうにも言わなければ、笑みも浮かべていなかった。本音、なのだろうか。そういえば、物語も最後の最後に言っていた。はじめて美しいと思ったのは……
「ユリア様?」
はっと我に返る。
気を取り直し、ミランダと向き直る。
「ダンス、この前パーティーでやっていたけど、あれは?」
「あれは、侍女になるときに何曲かだけ学んだんです。いずれ主に子が生まれたときに、練習相手などが出来るよう。
あのパーティーはクルワン家が主催でしたから、曲を代役が私に決まった瞬間、踊れるものに変更しました。」
「…そう。なら、踊れる曲を教えて。まずその曲から練習し、貴女の悪癖とか気になる部分を直すわ。」
「は、はい!」
クルワン家に相応しいパートナーに。
そうね、ここで貴女を鍛えれば……貴女は王家にも嫁げる素養を身に着けられるようになるかもしれない。
自分が滑稽だ。
忌むべき敵を今から育てなきゃいけない。父が野心を持ってしまう理由が分かる。権力さえあれば、こんなこと絶対にしない。なのに、しなければならない自分の無力さを痛感する。
「4曲できるのね、なら…私が殿方の方をやるから、まずは1曲やりましょう。」
ミランダに手を差し伸べる。
ミランダはユリアの手と顔を交互に見、戸惑いを隠せないでいたが、すぐに覚悟を決めたように顔を引き締め、ユリアの手に自分の手を添えた。
ミランダの身体を引き寄せ、密着する。ギクリと身体を強張らせるミランダ。
「身体、強張らせないで。たとえ、どんなに身分の高い方であっても緊張は伝えてはいけない。」
「は、はい。」
「演じなさい。」
頭に浮かぶユリアが経験してきたこと。それを全て一気に伝えると、混乱させてしまうのは目に見えている。一つ一つ、気になったことを伝えるしかない。
本当、面倒……。
視線をミランダに向ける、必死にユリアのリードに着いてこようと感情が表に出ている。指摘しようとしたが、まだ一曲目かと口を噤む。
この世界のアーサー様は、この子に惚れるのかしら。
物語のアーサー様は結局何故惚れたのかしら。
でも、何となく、本当に何となく分かった気がした。
人当たりの良い、好ましい性格で、棘のない柔らかな印象がある。
私にはない、個性だ。
きっと、この世界のアーサー様も…恋はしなくても、人としてまず好きになることだろう。彼は、楽しい方が好きな……孤独な人だから。
一曲目のステップを終える。ミランダは少し肩で息をしているが、ユリアはその様子を見ながら、再び手を差し伸べた。
「………………ニ曲目、やるわよ。」
「はい!」
やっぱり、関わりたくなかった。
ダンスも、何もかも自分よりも足りないのに、自分が惨めになってくる。
ーーー努力をしてきたのに、努力ではどうにもならない人間としての個性。そこで勝負されたら、私は誰よりもつまらない人間なのだと痛感した。
『なぁ、あの女、馬鹿なのか。』
【彼】は、呆れた声を出した。
映像には、ユリアとミランダがダンスを踊っている。ミランダを気に入っているわけでもなければ、どちらかといえば警戒している様子なのに、あくまでユリアはそれを表に出すことはなく、指導に徹していた。
『今恋敵を殺せば、どいつもまだ惚れてねぇし、恋敵にもなってない段階だぞ?チャンスだよな?』
罅が入った球体は、少しだけ横に揺れる。
【彼】はそれだけで球体の言葉を聞き取り、眉間にシワを寄せた。意味がわからんと表情で言っていた。
球体はそんな【彼】を無視し、また揺れる。
『あー?読んだ話と違うって?そりゃそうだろ。だって、ーーユリア・カエサルには物語よりも更に傷を重ねてもらわなきゃいけないんだ。今流れている現実世界は、前とは別の世界。
前の世界で、あの女はボロボロに傷ついて死んだ。』
【彼】は、にちゃりとそれはそれは嫌な笑みを浮かべた。
『まだ、足りねぇ。』
ぴしっ、球体にまた罅が入る。
それを見、【彼】は球体に触れる。
『ああ、可哀想になぁ。』




