理由
やはり「彼女」は限りなく現実に近いだけの夢で、現実ではなかったのだろうか。
こんなこと物語には書かれていなかった。
「ご機嫌よう、小公爵。いえ、侯爵。」
「カエサル嬢、よく来てくれたな。」
「他ならぬクルワン家次期当主様のお願いですもの、当然です。」
つまり、クルワン家次期当主なんて地位じゃなかったら手紙つき返してたわ、ばーか。とユリアは言っていた。
フィリップはその言葉の裏をちゃんと読み取りつつも、何ということもなく歩き出す。その背中を睨みそうになるが、使用人たちの手前止めた。
この前パーティーをしたクルワン家本邸(領地)ではなく、フィリップが住むのは、首都にあるクルワン家所有の別邸。
ここで王宮の仕事と、フィリップが個人で経営している事業の仕事を行っている。別邸に来るのも、ユリアははじめてであったが、豪華絢爛さとフィリップの態度にはじめて父と気が合った気がした。
クルワン家は気に食わない。
このまま背中を苛々して見ている気にはなれなくて、ユリアは声をかける。
「侯爵。」
「はい。」
フィリップは歩く足を止め、振り返る。
従兄弟だからか、どことなくアーサーに似た顔立ちだが、与えてくる印象は全く違う。柔らかさのない、真面目さや冷徹さが全面に出ている。
美しいブロンドを後ろに撫でつけ、筋の通った鼻に、鋭い切れ長の目に、エメラルドの瞳。
ユリアが父親に色が似ていると言うなら、アーサーとフィリップも色だけは同じなのに、全くの別の顔だった。
ユリアは、その顔を真っ直ぐに見た。
「本日はダンスを教える前にお伺いしたいの。とゆうよりも、今回は指導よりも直接聞きたすぎて、手紙ではなく自ら訪れたというべきかしら。」
手にある、広げていた扇子をバシッと音をたて閉じる。
「侍女に、何故ダンスを?しかも私が。何故。」
「ミランダにはこれから侯爵家の専任侍女になってもらい、色々パーティーに付き添ってもらう。」
「……侍女ですよ?」
まだ確実ではないが、物語ではミランダの血筋は亡国の貴族ではある。しかしまだそれは分かっていないはずだ。
「カエサル嬢。恥ずかしい話だが、私は婚約者の一人目を喪い、そして二人目は破棄された。」
「………ええ。」
フィリップ・クルワンの一人目の婚約者は、彼と幼い頃に婚約した四大貴族が一つガーランド家の方。彼女は病弱で、15の時に亡くなった。
二人目は、隣国の貴族だ。しかしながら隣国の政治的動きにより、彼女は隣国の王族と結婚となり、フィリップは彼女と一度しか会わないまま破棄という形になった。
「候補として、次は少し歳が離れたポーロ家の方が選ばれたが。この前のパーティーで、やはり候補から彼女は外れた。」
やはりポーロ家とは縁談の話があがっていたか。
王家が未だにカエサル家しか王妃として候補に入れていないのもあるだろう。
王家の反乱とまで言わないが、四大貴族は結束しようとするはずだ。しかしそれも上手くいかず。
「私が運の悪い男に思えていたし、特段そこは興味がなかった。が、この前のパーティーで少し不穏な話が耳に入った。」
「と、言いますと?」
「ーーよくあることと言えばそうだが、クルワン家の邪魔をしようとしている奴らがいる。」
ユリアは、小さく息を呑んだ。ひんやりと背筋に冷や汗が1滴流れた気がした。
頭の中に、父が浮かんだ。
「調べるためにも囮がいるんだ。勿論ミランダにも話して、解決次第、彼女には一生分の報酬が入る予定だ。」
「……なるほど、そうでしたか。」
動揺を悟られるわけにはいかない。いつもと変わらない表情でこちらを見るフィリップは、実はユリアの機微を探っているのだと分かっているから。
私自身カエサル家が関わっている確信がない、それはフィリップもだろう。ただ、クルワン家の跡継ぎが途絶え、ユリアが王家の子を生んだ場合、その子の王位継承権は間違いなく盤石なものになる。クルワン家は王家の次の王位継承権があるのだから、そこを考えれば…単純にカエサル家は怪しい。
フィリップは納得した様子を見せたユリアをそれ以上見ることなく、再び歩き出す。ユリアもその背を次は文句を言わずに追うために、一歩踏み出そうとした時
「ああ、そうだ。」
フィリップは再び足を止めて、こちらを見た。
「貴女を先生に選んだのは、単純に貴女が一番美しいダンスを踊るからだ。」
思い出したかのようにそう言うと、また歩き出した。固まったままのユリアを置いて。




