どっちもどっち
パーティーが終わり。
結局父に怒られても、ガリアーノはマリー嬢を諦めないと言った。だがガリアーノはカエサル家唯一の跡取りにして、騎士の称号を最年少にして手にしたばかり。家門から追い出せるわけがなく、父はガリアーノをアカデミーへ送った。
………ガリアーノの生意気さを天才と変人方にへし折ってもらいたかったんでしょうが、生憎あの愚弟も天才で変人。仲間を得るだけ。
「お嬢様、マクダード夫人がドレスを次の土曜に持ってきてくださるそうです。」
「もう?早いわね。」
あれから1ヶ月よね、まだ。採寸した物を送った日からなると更に短くなる。
書類にサインをしていた手が止まる。キャルサは楽しそうに笑いながら、ユリアの手元に小さなお菓子とティーカップを置く。
「お嬢様はミューズとして優秀ですからね、デザインが湧き出て、しかも早く着てーってなったんですよ。きっと!」
「…キャルサ、お前のその頭の悪い言い方何とかならないの?」
「あら、ごめんなさい。」
ちっとも反省していない様子に苦笑し、もう一度書類に目を通す。
福祉施設の経営がどうもおかしい。これは一回訪問してみようかしら…
「あ、もう一つお嬢様にご報告が。」
「何。」
「こちら、クルワン家からお手紙が。」
「クルワン家…?」
シルバーのトレイの上に乗った手紙を取り、封を開ける。確かにクルワン家家紋が入った手紙だ。
お父様じゃなく、私…?
疑問に思いながら内容を読み、あまり動揺しないユリアが動揺しているのをキャルサは見て取った。
「お嬢様…?」
バンッ!!!
机を思い切り叩いたユリアに、ひっと思わず声を上げてしまう。
「ーーーフィリップ・クルワン!!!!!!!」
正直挨拶程度で会話らしい会話をしたことがないが、なんて憎たらしい奴なのっ??
後にキャルサは語る。
数日お嬢様はどこかの裏家業専門のおじさんに見えるほど、目が荒んでいました。
「フィリップ、お前ユリアを怒らせたんだって?」
「アーサー。」
馬が好きな二人は、よく遠出をしていた。
護衛は勿論いるが会話が聞こえない位置にいて、アーサーはそれでも年々増える護衛の数に辟易としていた。可能であれば、誰もいないまま草原を駆け巡りってみたい。
アーサーとフィリップは実は母親同士が姉妹ということもあり、従兄弟である。それにより主と臣下であるものの、二人きりになればフィリップは敬語を外し、アーサーも幾分か気楽なる。
「そんな難しい願い事をしたわけじゃない。」
「そうなのか?ユリアがなぜ私がやらなくちゃいけないのか、やはりこちらを見下しているのかと、怒り狂っていたと聞いたぞ。」
フィリップはその口ぶりに、気づいた点があった。
「なんだ、密偵をカエサル家に入れてるのか。」
アーサーは気づかれても良かったのか、大して驚きもせずに馬の毛並みを撫でる。
どこか切なそうに表情を変えるアーサーを見、相変わらず表情がクルクル変わる奴だと思った。帝王学では王たる者は、感情を見せないと習っているはずだが何も学んではいないらしい。いや、敢えてそうしているのかもしれないか。
「元々は国王陛下がされていた。ユリアが嫁として相応しいということは、家門もそうでなくてはならないだろう?四大貴族ではない王宮に入れるんだ。慎重にしなきゃいけなかった。」
「まぁ、侯爵はご兄弟全員を排斥されたし、野心家が見え隠れしているからな。…陛下は正しい。」
「…………俺は、勿論、カエサル家の監視の意味もあるけど、ユリアが心配でさ。」
フィリップは横目にアーサーを見る。先程までと打って変わり、無表情になっていた。アーサーのその表情は恐らくアーサーが王になるに相応しい気質からによるものだ。無慈悲な、優しさ。
「密偵から送られてくる内容は、カエサル家の財政だとか不正はないかとかだけど、時折ユリアへの侯爵の扱いが書かれてて。暴力、とは言えない。ただ壊れてもおかしくないプレッシャーをかけてる。」
「…王家に嫁ぐんだ、当たり前だ。」
「ユリアが壊れてまで、俺はそれを望まない。」
あのパーティーの日。
最後のダンスで時折ネックレスと髪が揺れて、ユリアの首に赤い筋が一瞬見え隠れした気がした。一瞬だし、未婚前の男女が触れ合うことはできない。何よりユリアはそれを察するが如く、颯爽と去り、そして1ヶ月経っても会えていない。勿論大人になってから1ヶ月も会えていないのは、普通だが。だが、嫌な予感がしていた。
「大切な友人なんだ。お前以外で、ずっと傍にいてくれて、そして私と同じ責務を負ってくれると言ってくれた。……努力もしてきてくれた。
ーーでも、壊れてまで望まない。」
幼い頃してしまった残酷な約束。
それがもしユリアを縛り付けているというのなら、もし他に望むことがあるというなら、解放してやりたい。さよならを言われても構わない。
無邪気に笑う顔が可愛かった子が、いつしか滅多に笑わず、冷めた目をするようになった。
「カエサル家出してやれば、壊れないんじゃないか。それこそ王家に嫁げば」
「………家とは、縁が切れない。」
「は?」
「結婚だ。カエサル家が望むのは、男児出産。次期王の外戚だ。何よりカエサル家より、王宮はユリアに出産だけでなく多く事を望む。」
「……耐えきれるさ、カエサル嬢なら。」
耐えてほしくないって思うのは、我儘だろうか。
誰の前でも泣かない。
ずっと泣かないユリアを、もうすぐ壊れてしまうんじゃないかと危うく見えるのは気のせいなのか。少しでいい。壊れる前に頼ってくれと思う。
悩まし気なアーサーに、フィリップは息をつく。
優しい奴だと思う。同時にユリア・カエサルにとってこれ以上ない残酷な奴だとも思う。その優しさで彼女を手放せるのだとしたら、それこそユリア・カエサルは一生癒せない傷を受ける。
あそこまでの努力は、家から言わされたからと言って出来るもんじゃないと思う。何かしら覚悟を決めたのだ。そうそれこそ、ーーアーサーの妃になることを覚悟した。覚悟したのは、何がきっかけか。そんなこと、分かりきっている。
‘フィリップ聞いてくれ!ユリアがお姫様になってくれるって言ってくれた!‘
幼い日、喜びにあふれて報告してきたアーサーを覚えている。共に歩く、戦友を見つけたとアーサーは思っていたのかもしれない。でも恐らく、カエサル嬢は違った。……あの日から、きっと貴女は…
「そういえば、それでユリアに何を頼んだんだ?」
ふと思い出したかのようにアーサーが顔を上げる。フィリップは「ああ」と忘れてたと声を出す。馬がアーサーより少し前に出そうとするので、それを止める。それが馬上での礼儀。
「何、前のパーティーのパートナー」
「ああ、侍女だっけ?」
「彼女にダンスや作法を教えてやってくれって頼んだんだ。」
「……………………はっ?」
貴族の方によるダンス指導は、貴族に対して。
それをまさかの侍女に、しかも誇り高きユリア・カエサルにそれを頼んだ。侮辱と捉えられても仕方ない。
アーサーは怒髪天となったユリアが浮かんだ。
「……ー殺されるぞ。」
「カエサル嬢、大切な友人なんだよな?」
結構な失礼なんじゃないかと突っ込めば、お前がな!!?とアーサーは思いきり叫んだ。




