ひどい人
「ユリア。」
休憩室から出て、会場に戻ろうとした時、名を呼んできた男の声にさっきまでメイドとの会話で癒やされた気持ちが一気に荒んだ。
振り返れば、外国との取引を行うため商船から直行でこちらに来たであろう父親がいた。私と同じ「色」であるから、常に私はこの人の見る度に血を実感せずにはいられなかった。
「……お父様。」
穏やかな表情をしてはいるが、分かっている。隠しているが、あれは激怒している。
この会場にて、しばらく外国にいた父が激怒する理由は1つだ。
久々の再会を演じるように近づいたまま抱擁してくる父は、そのまま首にある宝石が着いたネックレスを引っ張ってきた。首に走る痛みと、浅くしか出来ない呼吸に、私は耐えるように父の腰に手を回す。どうせ周囲には私の髪とお父様の腕に隠れて見えていない。
「ーーガリアーノのパートナー、知っていたか。」
やはり、それか。
耳元で聞こえた言葉に、あの愚弟と今更馬車で聞いた時に止めれば良かったかと思ったが、とりあえず頭を何とか横に振る。
それに対し、ネックレスを引っ張るのを止めてくれたが、そのまま抱擁したまま「帰ったら、話がある。」と言われ、抱擁は解かれた。
二人で会場に戻る。
「おお、これはカエサル侯爵。やっとお着きですか。」
「伯爵、お久しぶりですな。」
「お、お嬢さんと一緒でしたか。」
「お久しぶりにございます、チオール伯爵様。」
恰幅が年々良くなる伯爵に挨拶をし、父と伯爵の会話を一歩引いて微笑む。何も関わりません、知りませんとアピールをする。この伯爵はそうゆう女性が好きなのだ。
だが、如何せん舐めるような視線を時折向けてくるのだけはやめていただきたいと思っていた時
「侯爵、来たのか。」
「これはこれは!ハルメニアの」
「良い良い挨拶は。」
アーサーがすっと伯爵とユリアの間に入ってきた。
「久々の親子の再会で悪いが、そろそろラストダンスなんだ。ユリアを連れて行っても?」
「勿論ですとも、殿下。はは!」
「ありがとう。」
アーサーの背中しか見えていなかったが、そのままアーサーに手を引かれるまま父と伯爵の傍を離れていった。
アーサーの背中を見、そして繋がれた手を見、ユリアは顔を伏せる。
………彼女は、言った。
もう恋をしないでって。
物語の中で、私は言った。
もう恋をしない、次は自分を愛してくれる人と恋すると。
「……………ひどい人。」
「ん?何か言ったか?」
ニコッと何もなかったかのように振り返って、笑ってくる。
私が父親が苦手なことも、チオール伯爵が変態なことも知って、それでも何も知らないかのように助け出してくれる。
先程のせいで首が少しズキリと痛む。靴ずれを起こした時のように宝石が揺れる度に痛む。でもその痛みが、自分を正気に戻してくれる。
「いえ、罪な人だと言っただけです。」
「えっ、なんでっ?」
これ以上惚れたくないのに。
でも、この方の横にいる以外に私は安心することができるのかしら。
…………ーこんな人、他にいない。
「だって、ズルいんですもの。」
「どうしたんだ、ユリア。やっぱり体調か?」
「いいえ、内緒です。」
「え、なんで。」
私は、せっかく時間が戻ったというのに
やり直せるのかしら。
同じ過ちを繰り返しそうな気がした。




