2:何でも屋のお買い物とトラウマ
※ブックマーク、ありがとうございます。
どーしても都市のど真ん中に宇宙船をおっ建てたくなって設定を練り直してました……なんかおかしくなってなきゃ良いけど……。
「はいよ、締めて14万3400クレジットな」
頭髪が無くて全身筋肉質の、40代ぐらいの親父がこちらが頼んだ品物の料金を提示する。
俺は村長から預かった、共有財産の電子通貨のカードを機械に通して代金を支払った。
「まいど」
ここはザラガの街中にある行きつけの雑貨屋。市場で売る物を売ってきた俺は、次にこちらにやってきた。
都市単位で自給自足が常の今の時代だが、消耗品や食料品など細々したものをきっちり端数まで管理して運用しているわけでもない。なので色々外部から持ち込んだりしても買い上げてくれる。
当然よそ者が色々買い込んで都市の外に持ちだすのも問題はない。こちらはちょっと税金かかるけど。
辛い。
この店はゲーラ村の村長の親戚がやっていて、事情がわかってるのでいろいろ便宜を図ってもらっている。
期日までに電子メールをしておけば物資を揃えておいてくれるし、値段も勉強してくれる。村は常に余裕がないので大変ありがたい。
ゲーラ村もかろうじてネットには対応してるんだよな。まあ無かったら本格的にやばいんだが。
俺は購入した品物を移動式コンテナに積むと明細を電子データでもらう。売却したデータと合わせて村に帰ってあとで個別に計算、清算するのだ。
「じゃあまたな、次の収穫は3か月後かな」
俺は店主に別れを告げ、店をあとにする。長細い5階建てのビルの一番下の階。集合貸店舗をコンテナを押して外に出た。
乾期に入り始めた都市の大通りを、すこし暖かい風が吹く。両端に歩道、片側3車線の道をまばらに車が行きかう。
今日の服装はシンプルなTシャツにジーパン。昼間ならちょうどいいが夜になると寒いだろうな。
この星の都市のデザインはだいたい21世紀のアメリカで統一されているらしい。らしいらしいだがアメリカと言われて俺も知らんからな。
写真とか古い資料で見せられても目の前の光景と大して変わらんとだけしか思わない。
だがまあそんな状態の俺でも違いの分かるものが一つだけある。
都市のどこからでも見えるもの。この都市に暮らす人々の生命線。この都市のどの建物よりも大きく、天高くそびえる塔のごとき風貌。
遥かな昔に宇宙よりこの星に堕とされた、星々を渡る鋼の箱舟。生まれ故郷の地球へ帰る術を失った人間が捨てた夢の残滓。
それが、その宇宙船が都市の中心部に突き刺さっている。巨体を幾本もの太い柱で支えられ、その心臓を燃やして都市にエネルギーを満たしている。
つまりはまあ、平たく言えば、宇宙船のエンジンを使って使用する電気を発電してるわけだ。
この星は大昔、宇宙港として二本の軌道エレベーターを使用していた。地球からの船を静止軌道で留め、人や物資だけを地上へ降ろしていた。
軌道エレベーターの頂点には巨大な太陽光発電システムが用意され、地上に電力を供給していた。
そしてあの大断絶直後のごたごたで軌道エレベーターのうち一本は倒壊し、もう一本の発電システムは破壊されてしまう。
エネルギーの供給にはその他に苔を使用した太陽光発電や、藻から精製した燃料を使用していたが、一気に全体の40%の電力を失った人類は大混乱に陥った。
苦肉の策として、失った発電システムの代わりとして選ばれたのが長距離移動手段を失い、持て余されていた大小40隻程度の宇宙船だった。
もはや地球に戻ることは叶わぬと諦め、政府の指揮のもと地上の主要な大都市へ宇宙船を降し、そのエンジンを新たなエネルギーの供給元へと利用した。
当然宇宙船の数は全体の都市の数に足りず、足りない分の都市には既存のバイパスを利用し電力を供給した。
だがすべての需要を満たす事は出来ず、その配分の判断はのちの反乱の大きな理由にもなったとも言う。
ちなみにゲーラ村には当然宇宙船なんて無いし、ザラガからの電力供給はとっくに打ち切られている。悲しい。
俺は店のちょうど横の有料の駐車場にある自分のトラックまで戻ると、荷台にコンテナを積んだ。
日は真上より少し傾き、昼を過ぎているとわかる。
とりあえず飯にしてあとは午後からだ。
俺は車を出すために駐車料金を払おうと、入口にある精算機に近づき……歩道から走ってきた何かにぶつかった。
「おっとっと」
何かと思えばそれは、俺の腰ぐらいしかない背丈の――――――――――――6歳くらいの女の子だった。
ぶつかった勢いで尻もちをつきそうになる彼女の手を握って支える。
見下ろすとくりくりとした目が申し訳なさそうな形でこちらを見上げていた。今にも泣きだしそうに眉が下がっている。
柔らかそうな赤毛のボブポニーテールもバツが悪そうに、力なく垂れていた。
(あっやべぇ)
俺は内心で叫んだ。まずい。子供は、まずい。
久しぶりに出会った。見た。見られた。とっさの事で心構えが全然だった。街中だって言うのに油断していた。
瞬間、目の前が真っ赤に染まる。視界が炎で埋め尽くされる。
(違う、俺は見てない。これは妄想の景色だ)
心の奥で強く思うが、けして炎は消えてはくれない。なお一層激しく燃え上がり始める。
俺の大切なものを火にくべて、炎が燃える。かけがえの無いものを燃料にして赤い赤い焔が渦を巻く。
激しい業火に耐えられず、病院だったものが崩れ落ちる。俺には何も出来ない。ただただ傍観し続ける。
これは過去の出来事だ。その場にいなかったはずの出来事だ。だがいまだにこうして時折俺の前に現れ、俺の心を強く苛む。
そしてこの後は決まって―――――――――――――幻聴が聞こえてくるのだ。
『……の……で……の攻撃が……』
耳の奥で、遠くで声が反響する。途切れ途切れ、不鮮明なラジオのノイズ交じりの声が聞こえてくる。
『……この攻……により……都市の病院……も被害に……』
『この……にはあのファ……英雄……の……も……』
心臓が鷲掴みにされたように痛む。耳鳴りがずっと止まらない。
(やめろ、やめてくれ)
なお燃え続ける灼熱の中で俺は立ち尽くす。ラジオの雑音が呪詛のように脳の中でリフレインする。
この幻の結末はこのあと動けるようになった俺が、誰かに操られるようにガレキの下から黒焦げの――――――――――――――――
(……ちゃん。お……)
かすかに誰かの声がした。女の子の声だ。続いて遠いところで手を引っ張られる感覚がする。
(おじちゃん!)
今度ははっきりと聞こえた。俺を呼ぶ、心配そうな声。かすかに光が差したような気がした。
俺はゆっくりと目を閉じそちら側に合わせていく。繋いでいた手に意識を集中する。呼びかける声に耳をすます。
深々と深呼吸。
1、
……2、
…………3。
心の中で数を数え、ゆっくりと目を開いた。
そこには。
俺を心配そうな顔で下からのぞき込む、先ほどの女の子がいた。俺が握ったままの手を握り返し、強く引いて必死で呼びかけていた。
「……おじちゃん、大丈夫?」
気が付くと、景色はもとの駐車場に戻っていた。おそらくは5分と経っていないだろう。
炎に彩られた偽の記憶は、なにもかもがさっぱりと消えていた。俺は安堵のため息を漏らした。本当にひさびさの、ひどい幻覚だった。
「……おじちゃんはやめてくれ……まだ若いつもりだから……」
あまりの女の子の様相に今度は俺が心配になり、彼女を安心させるためお決まりのジョークを飛ばす。
顔面蒼白で息も荒い。取り繕った笑顔も苦笑いどまりであまり効果はないかもしれない。冷や汗が額を、頬を伝う。自分ひとりだけだったらその場で蹲ってしまいそうだ
いや、本当にジョークだよ? 35は立派なおっさんだよ?
トラウマシーンを書くの楽しくてやめどころが無くてリアルで帰ってこいってなります。
ちょっとひどくし過ぎたかも。今までのお仕事やこれからの日常生活大丈夫かな……。
これが理由の一つで彼は田舎に引きこもってたんですけどね。
2022/10/16改稿 いくつかの表現を変更。