やっぱりアニキはカッケーなぁ
衝動的に書きました。
ちょっぴり下品な表現がすこーしだけ出てきます。
「バカやろぉ!!」
今日もアニキの怒声が響く。
いつものように街道を通る商人を襲い、戦利品を携えて帰還してすぐの出来事だったっす。
オレ達はドーキ山賊団。
山にある打ち捨てられた砦を根城に活動している盗賊の集団っす。
何故かアニキは山賊に拘り、団の名称も山賊になってるんすよね。
アニキはいつもカッコいいっす!
今日も今日とて、バカやった子分を叱りつけてるっす。
「で、でも兄貴ぃ…戦利品なんだからちょっとくらい―――」
「戦利品だとぉ!!?」
「――ひぃっ!??」
今アニキに叱られてる奴は新参者で、今回の襲撃が初陣だったんす。
だから浮かれているのか、襲撃が成功して調子に乗っちゃっているみたいっすね。
「奴隷を“物扱い”すんじゃねぇ!!」
どうやら、商人が連れてた奴隷を戦利品と称して手を出そうとしていたみたいっす。
「確かにこの腐った国では奴隷は物扱いだ。だがなぁ、隣国じゃ奴隷にも人権ってもんがあんだよ!」
「だ、だけどよぅ……」
「だけどじゃ無ぇ!! 良いか? 過去には奴隷から成り上がった根性のある奴も居るんだ。こいつらがその器を持っていた場合、将来的に俺らが復讐される可能性もあんだぞ!」
いやアニキ、その説明は内容的にどうかと思うっす。
「それにだ! 俺達が襲うのは私腹を肥やす商人か貴族のみだ。こいつら奴隷は、言わば俺達と同じこの腐った国の被害者なんだぞ! それを慰み者にするのは俺が赦さねぇ!!」
アニキ、カッコいいっす!
アニキは自分の過去を語らないから、この山賊団を作った理由は知らねぇっすけど、行動理念ってぇやつはよく聞いてるっす。
――弱者は狙わない。
少なくとも、オレ達のように山賊に身を窶す事すらできないほどの存在には、絶対に危害を加えないんす。
オレはそんなアニキに惚れ込んで、この山賊団に身を寄せ続けているっす。
「す、すんませんっしたぁ!!」
「……いやなに、俺もちと言い過ぎたな。だが、考えてもみろ。俺達はお尋ね者の山賊なんだ。下手うって捕まりゃあ良くて奴隷行きだ。そう思やぁ……こいつらにも優しくしてやれんだろ?」
「あ、兄貴……」
叱られてた子分が感動してるっす。
ツッコミどころはあるっすけど、オレはこんな良い雰囲気に水を差さないっすよ。
何より―――
――キリッとした顔のアニキはカッケーなぁ………
「バカやろぉ!!」
今日もアニキの怒声が響く。
アニキは他の子分達数人を引き連れ遠征に行き、久しぶりに帰って来たばかりだったっす。
奴隷達は牢で生活をさせてるんすけど、その食事当番―――世話係みたいなもの―――を任せていた子分を捉まえて叱り始めたっす。
「あの奴隷達の姿は何だ!?」
「へ? い、いや…確かに上等な服じゃありやせんが、それでも―――」
「服の事じゃ無ぇ!!」
「――ぉうっ!?」
あ、アニキが子分の胸ぐらを掴んだっす。
「頬が痩けてんじゃねぇか!! 俺が出てく前、しっかり食わせろと言った筈だろうが!! 忘れたとでも言うつもりか!?」
「ひぃぃ…い、いえ忘れちゃあいません!!」
確かに、食事を毎日持って行ってるのをオレも見てたっす。でも、日に1回だけだったような……?
「じゃあどうしてああも痩せ細ってんだ? あ゛あ゛ぁん゛!?」
「ひゃわわわぁぁぁ」
凄むアニキの横顔……良いっすね。
凄まれてる子分はちょっと情けないっす。
さっさと謝れば良いのに、何故か全然謝る気配が無いっすね。
「蔑ろにすんなっつったよなぁ!? お前はひもじい思いをした事が無ぇのか? あ゛ぁ゛?」
「あ、ありやす! だ、だからここへ入りやした!!」
「そうだよなぁ? 辛かったんだろう? …だったら、なぁんでそんな思いを他の奴へさせんだぁ?」
「ひぅっ!? そ、それは……」
顔が近いっすねー。
子分の方は顔を背けて、答え難そうにしてるっす。
アニキが率先して動いているのも、オレ達子分の面倒を見る為なんすよ。
ここに居るのは、飢えを経験している奴ばかりっす。アニキはそういった人達を見捨てられず、拾ってきては団に加える……なんてことも多々あったんす。
だからこそ、こないだ連れ帰った奴隷達にも食事だけはしっかりと摂らせる為に、普段はあまりしない遠征にも行ってたんすよね。
いやー…惚れ直すっすよアニキ。
アニキみたいな考えの人が為政者なら、オレ達のような人間も減ってたと思うんすけどね。
「何だ? 言えねぇのかぁ?」
「い、いいえ! しょ、食糧の在庫を減らさないよう考えてやした!」
その言葉に、アニキが呆れた顔になったっす。
かく言うオレも呆れてるっす。あいつは別に金庫番でも倉庫番でも無いんすよね。金も食糧も他の子分が管理してるっす。そいつも特に何も言ってなかったっすし、その心配は無用なんすよ。
「そいつぁお前が考える事じゃ無ぇ!!」
アニキもそう思ってたみたいっすね。
「へぁっ!? す、すいやせんでした!!」
ようやく謝ったっすね。
アニキも謝罪を聞いて手を放し、頽れた子分に目線を合わせるっす。
「わかりゃあ良いんだ。俺はお前らを飢えさせる気も無ぇし、それが原因で争わせる気も無ぇ」
「へ、へい……」
「心配すんな。俺が居る間は、俺が必ず何とかしてやっからよ」
「……へぃ」
目を潤ませてる子分は、感動したんすね。アニキの心意気に。
「おう、泣くんじゃねぇよ。男が泣いて良いのは、自分の女の胸の中だけだぜ」
キメ顔でそう言ったアニキ―――
――ちょっとだけ台無しっす………
「バカやろぉ!!」
今日もアニキの怒声が響く。
襲撃が辛うじて成功し、根城に帰還した時の事だったっす。
今日の獲物は下級の貴族の馬車。
黒い噂が絶えず、実際に権力で揉み消した事もある貴族のバカ息子が乗っていたんす。
当然っすけど、貴族なので自前の護衛が複数、練度もそれなりだったんすよ。
だからアニキは自らが先頭に立ち、他の子分はかく乱に専念して時間稼ぎをする手筈だったっす。
初撃は予定通り矢の雨を降らせて馬を潰し、馬車の足止めに成功。そのまま護衛のリーダー格へアニキが突っ込み、他は邪魔させないようかく乱する……筈だったんすけど、今叱られている子分がアニキよりも前に出て「こんなやつぁ俺で十分だぜ兄貴ぃ!」と言いながら斬りかかったっす。
アニキはすぐさま「下がれ! お前にゃ無理だ!!」と叫んで走ったんすけど……案の定子分は返り討ちに遭って斬られたっす。
と言っても、最初に剣を弾かれて、返す刃で腕を斬られただけなんで、命には別状無いんすけどね。腕もまだ繋がってますし。
「何の為の作戦だと思っていやがる!? お前が先走らなきゃ、重傷者は出ねぇ予定だったんだぞ!」
「何の為って、勝つ為じゃ……」
あ、反省してないっぽいっすね。
「違ぇんだよ! 全員が無事に帰ってくる為に決まってんだろうがぁ!!」
おや、叱られてる子分も含め、比較的新参の子分も驚いてるっすね。
確かに他の盗賊なんかだと、下っ端は切り捨てられ易いっす。利用してなんぼ。そう考える奴が多いのが普通っすからね。
でも、アニキは違うんす。
ドーキ山賊団は身内…いや、家族と思って接してる気がするんすよね。仲間を大切に、傷付くのは最小限で。その為に自分が傷付くのは構わない。山賊の頭らしからぬ思考をしてるっす。
それに、見ている分だと、最近は奴隷達にも適用されつつある気がするんす。
その奴隷達も、中には団に入れてくれという奴も居たっすしね。
「良いか? お前も、他の奴も良く聴け! 俺はお前らが死ぬのは許せねぇ! 狩りをするにしても、誰1人として取り返しのつかねぇ怪我をさせる気は無ぇ!! 危ないと思ったら引き返せ! 命優先だ、安全を常に意識しろ!!」
あらら、子分達だけじゃなく、話を聞いてた奴隷達も何か感じ入っちゃってるっすね。
子分の怪我を治療しながら叱ってるっすから、今居るのは牢の近くにある治療室なんすよね。当然っすけど、アニキは声も大きいっすから全部丸聞こえなんすよ。
それも、扉を開けっ広げたままっすから、中の様子を伺ってるオレ以外にも皆が聞いてるっす。
「その為の作戦だ。わかったか?」
「あ、兄貴……今後、気ぃ付けやす!!」
「わかったらなら良い。今は大人しくして怪我を治せよ」
「へい!!」
いやはや、最後は丸く収まったっすねぇ。
「ああそうだ、怪我が治る迄は、溜まっても自分で処理すんじゃねぇぞ」
アニキ―――
――いろいろと台無しっす………
「バカやろぉ!!」
今日もアニキの怒声が響く。
けれど、いつもより少しだけ声が変……っす?
山の天気は変わり易い。
例に漏れず、オレ達が根城にしている砦の付近も、天気が崩れ易いんす。
昨日、食糧調達―――自然の恵みを収穫―――に出ていた子分たちは雨に打たれ、全員ずぶ濡れで帰って来たっす。当然っすけど、この砦には風呂なんて贅沢な物は無く、暖まるのも手間が掛かるっす。
濡れた服を脱ぎ、乾いた布で体を拭くんすけど、意味も無く手間を惜しんだバカが2人居たっす。後から聞いたところ、単に面倒臭がっただけだったようっすね。
その所為で、風邪をひいたんすよ。
本物のバカっすね。
「体調悪ぃのに無理すんじゃねぇ!」
「で、でも兄貴……」
「お前だけじゃねぇ、移れば他の奴も辛い思いをする羽目になんだぞ? そん時お前は罪悪感を覚えねぇのか?」
そうっすね、風邪は他人に移るっすからね。
寧ろ、無理してでも歩き回られる方が迷惑っすね。
「わ、わかりやした。大人しくしやす」
「おう。念の為、臨時室で寝てろ」
臨時室は、名前の通りっすね。
普段は空き部屋で、今回みたいに隔離する必要が出た時に使う部屋っす。最低限、商人から奪った布団と椅子だけが置いてあるっす。
叱られた子分は、アニキの言いつけ通り臨時室に向かったっす。
と、様子を見ているとアニキと目が合う。
……ん?
「アニキ、ひょっとしてアニキも風邪ひいてないっすか?」
「んあ? ……チッ、流石にお前は気付いたか」
当然っすね。
声も何処か変でしたっすし、こうして近くでアニキの顔を見てみると、若干頬が赤らんでるっす。熱っぽいのは間違いないっすね。
オレもドーキ山賊団の古参組っすからね、アニキとの付き合いもそれなりに長いんすよ。
「アニキも今日は大人しく寝ててくださいっす」
「いやしかしだな……」
「ほらほら、今なら他に誰も居ませんっすし、アニキの分もオレが頑張ってきますっすから」
「あー…わかったよ。ったく、初めて会った頃よりも強引になりやがって。口調も……」
それもこれも、アニキのお陰っすね。
今も何か呟き続けるアニキの背を押しつつ、アニキの部屋へと押し込む。アニキの部屋は子分達とは違って1人部屋っすから、他人へ移す心配も無いっすからね。
さて、今日はアニキの分も頑張るっすよ!
ほどほどのところで切り上げ、根城へ戻って来たっす。
他の子分の成果と合わせると、数日は余裕ができたっすね。
適当に他の子分達をあしらい、アニキの部屋へと向かう。
アニキが寝てる事を前提に、出来るだけ音を立てない様に気を付けて中へと入る。
部屋を見回すと、アニキはこの砦唯一のベッドで寝ていたっす。
すぅ…すぅ……と、顔に似合わず静かな寝息を立てるアニキは、普段の表情と違って興味深いっすね。
そっと額に手を当て、熱を測る。
少し熱いくらいっすから、明日には治ってるかもしれないっすね。
「早く元気になってくださいっす」
小声でそう言ったオレはそっと立ち上がり、アニキの部屋を出ようと―――
「んぅぁ…俺に……まかせ…ろ……」
――したところで、アニキの寝言が聞こえた。
その言葉は、奇しくもオレが初めてアニキと出会った時の言葉だったっす。
勿論、オレは―――
――頼りにしてるっすよ、アニキ………
「バカやろぉ!!」
今日もアニキの怒声が響く。
うん…いつもの声に戻ってるっすね。
アニキの風邪が治って数日。
今叱られている子分は、今日の料理当番っす。
料理と言っても、調味料なんかは商人から奪った物の中に無いと滅多に使わないんす。塩くらいなら購入する事もあるんすけど、他は高すぎて儲けが無くなっちゃうっすからね。
んで、大抵は具材をぶつ切りにして鍋にぶち込む奴が多いんすけど、今叱られている子分も例に漏れずってやつっすね。
叱られてる理由は、具材を切ってる最中に声を掛けられて反応したんすけど、その際に指を切っちゃったんすよ。手を止めてから振り返れば良いのに、何でか切りながら振り返ったもんすから、そのまま指をざっくりと……
想像するだけで指が痛くなるっす。
「刃物使ってる時は気ぃ付けろって言っただろうがぁ!!」
「す、すいやせんっしたぁ!」
「ったく、今日は大人しくしてろ。傷口が広がっちゃあ困るからな」
「で、ですが兄貴……」
「るっせぇ、治すのが先だ」
「…へい、わかりやした」
流石アニキ、言葉は汚いっすけど、優しいっすね。
叱られてた子分はちょっと落ち込んでるようで、とぼとぼ歩いて行ったっす。
「あー……よし、今日は代わりに一緒に行くぞ」
と、オレを見ながらアニキがそう言ったっす……って―――
「――うぇっ!? お、オレっすか!!?」
「おう、共に行動するのは暫くぶりだな。まあ安心しろ、今日は下見だ」
アニキは今日、獲物の棲息域が変わってないかを確認に行く予定っす。
人数が多いと、気付かれ易くなる上に警戒される可能性も上がるっすからね。さっきの奴とアニキの2人で行動する筈だったんすけど、ご覧の通り休息になったっすからね。まあ、目的を考えると、血の臭いを漂わせたままじゃ発見してくれと言ってるようなものっすし、アニキも優しさだけで休ませた訳でもないかもっすね。
「おら、準備して来い。先に表で待っとくぜ」
「あ、はいっす!」
オレは急いで準備して、慌ててアニキを追いかけたっす。
根城である砦から西へ暫く、川を越えた辺りから動物の棲息域が変わるっす。この辺から猪や熊が出始めるんすけど、季節や人の出入りでも変わってくるっすから、その確認っすね。
「そこそこの数、猪が居るな」
アニキが猪のものと思われる足跡を見ながら、キリッとした真剣な表情で断言したっす。
うん。そんな横顔もカッコいいっすアニキ。
一通り調査が終わり、狩場の位置や罠の設置場所を決めて帰路へ。
「明日にでも―――――んぁ? どうした」
「え? あっ、何でも無いっす」
オレが黙ったままで居たからか、アニキに怪訝そうな表情で聞かれ、つい反射的に答えちゃったっす。
「そうか? ……ああ、そう言やあ猪は苦手だったか?」
「ちょっ!? アニキ、それは昔の話っすよ! 今はもう大丈夫っす」
「なら良いがよ。初めて会った時がアレだったしな」
「うぅぅ……」
「お? 憶えてんのか?」
「当然っす」
アニキと初めて会った時、オレは猪に追われてたんすよね。
「あんときゃあ、可愛い“弟分”が出来たと思ってたんだがなぁ……」
「むぅ」
「それがまさか、“弟分”じゃなく、“妹分”だったなんてなぁ……」
アニキが懐かしそうにそう言ったからか、オレは昔の事を思い出しちゃったっす………
オレは望まれて生まれた子じゃなかったんす。
母親―――――かあちゃんは、もうすぐ結婚って時に人目の無い場所で荒くれ者達に襲われ、オレを孕んだらしいっす。
父親―――――とうちゃんになる筈だった男は、かあちゃんがぼろぼろの状態で発見された後、かあちゃんを捨ててどこかに消えたそうなんす。この男がかあちゃんを捨てなければ、人生が変わってたかもっすね。
そういう訳で、オレのとうちゃんが誰なのかはわからないっす。
かあちゃんは臆病で、オレがお腹に居るって知っても、自殺をする勇気も子を流す勇気も無く、そのままオレは無事に産まれてしまったんす。しかし、かあちゃんからすれば、オレは誰ともわからない襲ってきた相手の子供っす。憎みこそすれ、オレを育てる気なんかは全く無く、結果的に山へ捨てられたんすよね。
そんなオレを拾って育ててくれたのが、当時かあちゃんの様子を見て心配していたばあちゃんだったんすよ。まあ、ばあちゃんって言っても、かあちゃんのかあちゃんって訳じゃなく、単にそう呼んでくれって言われただけなんすけどね。
ばあちゃんは、村の薬師だったっす。
本来、薬師は引く手数多らしく、村に居るような事は無いそうなんす。だから、村人にはとてもありがたがられてて、無下に扱う人も居なかったっすよ。
かあちゃんがオレを孕んでると気付いたのも、ばあちゃんだったっす。そして、その時のかあちゃんの取り乱しようを心配して、こまめに様子を見に行って話を聴いたりしていたそうなんす。だからかあちゃんがオレを捨てに行った事に気付けたらしいっすよ。
でも、所詮は村内での出来事。
そんな事態が明るみに出るのも、時間の問題だったっす。
村人達は、かあちゃんの事を好きな人も多かったみたいっす。襲われるくらいっすからね、そこらの町娘が目じゃないくらいに、村でも評判の美人だったんすね。そして、ばあちゃんは先にも言ったように村人達が嫌悪感を抱く事は無かったっす。
そうなると、当然の様にオレが悪者扱いになったっす。
と言っても、ばあちゃんが居るところであからさまな悪意に晒される事は無かったっすよ。
でも、ある程度大きくなると、常にばあちゃんと行動する訳じゃなかったっすからね。陰口に気付くのも早かったっす。
ばあちゃんはとても優しかったっす。だから、オレはばあちゃんを心配させたくなかった。子供に出来るのは、知らないふりを続ける事だけっす。……少なくとも、オレには他にできる事が思い付かなかったんすよね。
元々高齢だったばあちゃんは、村では珍しいくらいの長生きだったっすけど、それでも寿命には抗えずに死んでしまったっす。
村唯一の薬師が亡くなった。
オレを守ってくれていたばあちゃんが居なくなり、オレは村人達からの悪意をそのまま受け止める事になったっす。
――お前が居なけりゃ、ばあさんはもっと生きられた。
――母親を追い込んどいて、よくもまあふてぶてしく生きられるもんだ。
――この家は薬師のばあさんの持ち物だ。お前が受け継げる場所じゃない。
――捨てられときながら戻ってくるなんて、図々しい事この上ないねぇ。
――お前のような疫病神などこの村に要らん。即刻出て行け!
ばあちゃんが亡くなった事を悲しむ余裕すら無かったすね。
ばあちゃんの家から放り出される時、殴る蹴るも当たり前の様にされたっす。
今思えば、反論できる内容もあったんすけどね。結局、ばあちゃんの遺産目当ての奴も多かったって事っすよねあれは。ばあちゃんには家族が居なかったっすから。
追い出されたオレは、山に入ったっす。
ばあちゃんが生きてた頃には、差し入れをと言って山菜や果物を持ってくる人も居て、その人が世間話で喋ってるのを聞いた事があったんす。
動物の少ない、けれども沢山実が生っている穴場の場所。
ばあちゃんは山を歩く体力が無いから、いつもその話を笑顔で聞くばっかりだったんすけどね。
だから、オレは大事な事を知らなかったっす。
動物が少ないのは季節によるところが大きく、タイミングを間違えば大変危険だという事っすね。当たり前っすけど、動物の足跡を確認するっていう知識も無かったっす。
運良くその穴場には辿り着いたっす。でも、その場には猪が1頭居て、鉢合わせてしまったんす。
そこからは必至だったっす。
幸いにして、木々が多く不規則に生えていたっすから、何とか逃げ続ける事は出来ていたっす。
だけど、当時のオレは未だ幼い子供だったっすからね、そう長くは体力がもたなかったっす。
足が躓き転び、起き上がる体力も気力も無くなってしまったんす。
何とか顔だけ動かし、猪の方を見ると、変わらず追いかけてくる姿が映ったっす。
恐怖で体が竦んだっす。
もうダメだ―――――そう思った時だったっす。
「おう、大丈夫か? 後は俺に任せな!」
それが、アニキとの出会いっす。
アニキはあっさりと猪を斃して、オレを助けてくれたんす。
その後事情を話し、だったらついて来いよと誘われたっす。
「俺はこれから山賊団を作る。今は根城を探してんだが、ついでに子分探しもやっててな。どうだ?」
「……行く。子分になる」
「そうか。よし! そんじゃあお前は俺の子分第1号だな!! これからいろいろと教えてくが、先ず1つ……」
「………?」
「命優先…だ。犠牲になるのは許さんし、危険な事に手を出すのも禁止だ。良いな?」
アニキのその言葉に、オレは驚きに目を見張りながらも頷いていたっす。
「そう言やぁ言葉使いも大分違ったよな? “何々っす”とか“オレ”とか言わなかったもんなぁ」
アニキの呟きに、オレは現実に引き戻されたっす。
「そりゃあ勿論、舐められない様にっすねぇ……」
「いや、言おうかどうか迷ってたんだが、全く意味無ぇかんな? 前みたいに、“アタシ”って言っても良いんだぜ? その変な口調も戻して。つうかよ、前の口調の方がミステリアスってぇやつに見えるぜ」
「ちょっ!? そ、そんな………」
ショックっす。
まさか、舐められない様にと思って折角違和感無く喋られるように練習したっすのに。
「まあ、なんだ…そんなおっちょこちょいなとこも、俺は好きだぜ」
「………え?」
「前々から考えてたんだがな……。今はもうドーキ山賊団も大きくなったし、子分共もうっかりはあるが強く育ってきてんだろ? だからよ、そろそろ俺も幸せを求めて良いんじゃないかと思ってな……」
「……………」
「実はな、他の男連中がお前に手を出さなかったのは、俺が禁じていたからだ」
何故か、頭では理解できているのに、言葉が出ないっす。
「俺はな、そうなるときゃあお前とが良いってずっと思ってたんだ」
「……………」
「だからよ―――」
これは、まさか…でも、もしそうなら―――
「――俺の子を孕んでくれ!!」
「――台無しっす」
「何でぇ!!?」
そうだったっす、アニキは優しくてカッコいいっすけど……言葉選びは下手だったんす。
「―――――クスッ」
「あん? 何で笑ってんだ?」
「いえ、そうっすね……アニキ、オレ―――――いえ、アタシもアニキの事が好きですよ」
「………お、そう…そうか」
アニキの顔が真っ赤になっちゃいましたね。
ちょっと可愛いかも。
でも、普段の優しい姿も、有事の際の真剣な表情も………
ああ―――
――やっぱりアニキはカッケーなぁ………
読了ありがとうございました。