恋占魔女とやり手な王子。
「だから、何度も申しあげているでしょう、王子。わたくしでは貴方様のお相手は告げられぬ、と」
とっても見目麗しいこの国の第二王子であるジュード様に向かい、『恋占の魔女』の名を冠するわたくし・メイヴィスは、何百回目になるかわからない言葉を繰りかえした。
対するジュード様は、猫っ毛な金髪をさらり、と揺らしながら至極楽しそうに、ふたりを隔てている占い机へ頬杖をついた。
「こちらも幾度目かわからないけれど。メイヴィス、その理由をどうして教えてくれないのさ? 君は国で一番の実力者だ。しっかり、視えてはいるんだろう? 僕の運命の相手が」
「〜〜っ」
言えるわけ、ないでしょう!
わたくしは目の前の淡く光る水晶を、恨めしげに睨めつけた。
(貴方様といろいろ相性バッチリな運命のお相手は……わたくしです☆なんて!!)
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今年で十九歳になるジュード王子は、十年前にわたくしの元へ初めておいでになった。そのときわたくしは十二と、まだまだ幼かったけれど、既に人々の恋を占う『恋占師』として絶対の地位を築いていた。
占いの結果がなによりも重要視されるこの国で、中でも『恋占』は人々最大の関心事だった。運命の相手との出会いは、自分の生活が栄えて潤う、一番の『手段』なのだから。
それが国の要となる王族クラスのお相手探しとなれば、当然国随一の能力者がお抱えにもなろう。だが、だがしかし!!
(王子を占ってわたくしが映ったときは、目が点になったわよ! 無理無理、王族にお嫁入りとか!! わたくしは人々の恋をにまにま眺め、応援するだけの出歯亀でありたいのよ……!)
それからわたくしは……しらばっくれることに決めた。
自身の能力が疑われては困るので、“わたくしの口からはとても申しあげられない相手”とだけ述べ、以降頑なに口を割らない。
王子はそれでも、公務の合間に我が屋敷へ訪れる。正直、週六ペースっていかがなものだろうか。どんだけお相手気になるの??
それから十年、わたくしはつきまといの刑に処されている。
わたくしがむーっとむずかしい顔をしていると、美貌の王子は不意に、汚れひとつない純白の手袋を脱ぎ、その整った形の細い手指をわたくしの右手に絡めてきた!
「ねえ、こんなにお願いしているのに……あまり焦らさないでよ?」
「ぴぎゅ……ッ!?」
「あはは、かわいい鳴き声。メイヴィス、僕は本当に、どんな相手でも構わないんだよ。運命の相手や、運命の恋ってモノを味わってみたいだけ」
ずりずり、と甘えるように指を這わされ、彼はやっぱり、どこまでも楽しそうに笑みを深める。
「ジュード様! 一介の魔女に色仕掛けはおやめください!」
わたくしが涙目かつ真っ赤になって咎めると、
「えー? これは誠意だよ? だって、かわいい女性には尽くさなくてはじゃない?」
そう、からからと無邪気に述べたのち、甘い顔立ちをした王子は身を乗りだし、わたくしの耳元で囁いた。
「いい加減、楽になろうよ……そうしたら、いっぱい安心して、気持ちよくなれるんじゃないかな……?」
「ぴええ、色気の権化〜!!」
もう日に日にいかがわしくなるし、勘弁してー!!
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魔女の屋敷を後にしたジュードは、外で控えていた侍従・グレゴリーの最敬礼に、軽く手をあげて応えた。
「魔女様からお答えはいただけましたか?」
「いや全然。ただ、『おねだり』はされたかな。くれぐれも他の恋占師は訪ねてくれるなと」
その言葉に、グレゴリーは気まずげに視線を落とす。
「それは……」
「ふふっ。国の恋占師に総当たり済みなんて知ったら、彼女、どうなってしまうのだろうね」
――震える彼女もそそるだろうから、ぜひ愛でたかったのだけれど。
歌うように語ったのち、ジュードは熱にとろけた瞳で屋敷を見遣る。
「僕の運命の女性は、とても照れ屋みたいだから。……早く、手に入れたいものだね」
急に変化した底冷えするような音色に、グレゴリーは戦慄を隠すかのごとく跪いた。
本来ジュードは、とても冷酷な王子だ。
常に最大限の利を求め、何事も冷静に判断し、国政に関しては国王からの信頼は、第一王子よりもよほど上――。
ただ、彼には決定的に欠けているものがある。それは、『情』だ。
繰りかえすが、ジュードは非常に冷酷な面を持つ。興味のない者にはどこまでも冷たく、容赦がない。それゆえ、メイヴィスだけが知らないことだが、彼はメイヴィス以外からは常に怯えられ、畏怖されていた。
『恋占』も、過去の彼にとってはより国が豊かになるための布石に過ぎなかった。
しかし、ジュードは出合ってしまった。自身の運命を知る『恋占』を担う、本来はそれだけの女。なれどひと目見ただけで、恋に落ちてしまったのだ。彼の本能が、告げている。
――この少女は、僕のためのモノだ!!
舐めるように観察すると、結果を占った彼女の黒目がちの瞳が、所在なさげに揺れている。烏の濡れ羽色みたいなまっすぐな黒髪が神秘的で、今にも顔を埋めたかった。彼は確信めいた思いで、目の前の麗しい娘を見つめていた。
彼女は結局、『運命』を詳らかにしなかったけれど。
彼には何もかも『わかっている』ので、真実を訊くという体で通いつめる口実ができたことを、むしろ喜び寿いだ。
一応の確認のため足を運んだ他の恋占師だって、こぞってメイヴィスの名を挙げる。あとは、本人が堕ちるだけ――。
「君だけなんだ。君の前でだけ、僕はただの『俗物』になれる……♡」
それはそれは昏い声音で、彼はうっとりと独りごちた。
【終】
ここまであたたかくお読みいただきまして、本当にどうもありがとうございました!