必勝達磨
「ひとつ願いが叶うのなら、魔法のランプを出して欲しい。それなら、あと三つ、願いが叶うだろ?」
まるで踊っているようにチャラチャラと体を動かしながら、次郎は言った。校庭のサッカー場で皆集まってストレッチをやっているときだった。皆それぞれ何が望み?と言う話になって「かわいい彼女が欲しい」やら「金持ちになりたい」やら、即物的なことしか言わないのに、次郎だけは違っていて、青空の中突き抜けるような大きな笑いが起こった。「それ良いな!」「めっちゃずりー!」とか言われながら次郎も大きな声で笑っていた。
弾けるような笑い声はいつしか波が引くように収まり、誰かが次郎に聞いた。
「で、三つの願いで次郎は何を願うんだよ」
「ん?そりゃあれだよ、まず一つ目はー、名前を変えて欲しい。まださ、一郎はさ、野球選手でチョー有名な人がいるからさぁ、何とかなんだろうけど、俺、次郎だぜ?いったい何年生まれだっつーの」
真面目な顔で滔々と語る次郎の顔がまた面白くて、場が一気に笑いに包まれた。
「お前らそんなこと言うけどなぁ!お前らが俺の事、街中で呼ぶの俺すげー恥ずかしいんだからなぁ!」
そんなことを言いつつも、次郎の顔は笑顔だ。今日も今日とて、次郎は面白い。何だかんだ言ってこのチームのムードメーカーだ。
「じゃ、次は?」
「え?あー、んとなぁ……早く走りたい、かなぁ」
そう言いながら下半身のストレッチを誰よりも慎重に行う次郎の声に、誰もが声を無くした。つい、静まり返ってしまう回りに、この提案をした少年はうつむいてしまう。
「あー、ごめんごめん、そう暗くなるなよ、俺の足はもうちょっとしたら走れるんだからさー」
そう強がっていてもやっぱり次郎は凹んでいた。
全国高校サッカー選手権大会。これに出場するため、次郎は懸命に頑張ってきた。辛い100メートルダッシュを何本もして、固くなりすぎない、柔軟な筋肉をつけるための筋トレをして、休みの日はすべてサッカーにつぎ込んだ。それなりにかっこいい次郎に告白してくるかわいい女の子の告白すら断るくらいには、大会で活躍することにこだわっていた。
そんな次郎が、頑張りすぎる次郎が肉離れを起こしたのが、大会が行われる日の2週間前。一週間早ければ、ひょっとしたらなんとかなったかもしれない。一週間遅ければ、きっとすごく悔しいだろうけど、諦めることを自分に言い聞かせることが出来たかもしれない。
何て中途半端なんだろう。それは次郎の回りにいる誰もが思ったことだった。そして次郎自身も。諦めきることもしょうがないと割りきることも、今の次郎には難しかった。だから、敢えて次郎はなにもなかったように振る舞う。
「待て待て、この話にはまだ続きがあるだろう?俺の話をちゃんと最後まで聞けっての」
思いの外周りの雰囲気を暗くしてしまったことに焦った次郎は、慌てて良い募った。
「俺の最後の願い、気にならへん?」
あ、気になるかも。何だ?早く教えろよ。周りの雰囲気が少し持ち直したのを見てほっとした次郎は、胸を張ってこう答えた。
「もう一つ、魔法のランプを出してくれって頼む」
「お前それは欲張りってもんだよ!どんなけ願い事あんだよ!」
今度こそ場は笑いに包まれた。
「いや、それはさすがに冗談だけどさ、ちゃーんと、本当のこれこそ俺の心の底からの願い事を、頼むかな」
もはや周りの空気は期待と緊張で飽和状態だ。そんな中、次郎はもったいつけてこう言った。
「俺の最後の願いは、お前たちにかかってるんだからな。……このチームが、俺を決勝に連れていってくれること」
明後日の一回戦を勝てば、二回戦に進める。二回戦に勝てば、三回戦に進める。日にち薬の次郎の足も、その頃になれば真剣に走られるかもしれない。
この言葉は、万年三回戦落ちのこのチームに大きな喝を入れた。この言葉に、チーム全体の士気は上がりに上がりまくった。
グラウンドに散っていく仲間を見て、次郎は空を見上げた。今日も空が青い。