1.83.3 VSレンの育ての親
久々に頑張った推理パート。頭使ったバトルをかける人って凄いです。
そしてゆっくりと、ルルは推理を行う探偵のように、その発見を発言していく。自身も同じように鏡を創り出し、見せびらかすかのように、モクリサへと突き出す。対するモクリサは、未だ完璧な位置は把握していないのだろう、目を細めながらルルの首あたりに視線を向け、話を聞く体制になっている。
「ガラスは基本、裏面に銀メッキを塗装してる。その銀が目の前の光景を反射して、目の前の光景を映し出すという仕組み」
「……」
「だから鏡に指をくっつけても、銀メッキとの間にあるガラスが邪魔をして、鏡の中の指と世界と現実世界の指が重ならない」
ルルは鏡を創り、上向きにして左の掌に乗せる。そして右手の人差し指で、その鏡を押し付けるように当て、自身の指と鏡の中の指を重ねる。未だ暗闇に慣れていないのか、モクリサはその行動に全く気がついていないのに黙って話を聞いている。
「でもマジックミラーは鏡と違って、ガラスの表面に薄いフィルムを貼っているだけ」
「……」
「反射しても邪魔するものがないから、重なる」
そして次に、その鏡を消し、指と指をくっ付けながら説明を続けた。指と指との接合部を見つめ、そしてゆっくりとモクリサへと視線を向けた。
「さっきハヤタ先輩が鏡に触った時、その手がピタリと重なってた。から、マジミラだって気がついた」
「ちょっと、舐めてたな」
そして漸く、モクリサは口を開けた。右腕でモップを担ぐように肩に置き、左手で頭を掻き、今度は視線をはっきりとルルの顔に向け睨んでいる。
「マジミラは、光が強い方から見ると鏡に見えて、暗い方から見るとただのガラスに見える」
「……」
「だから自分の位置を晒さずに私達の位置を特定出来た。ハヤタ先輩が使う炎を逆利用した」
「目を瞑ったのも、その光源を消す前提だったのか。予め暗闇に慣れておいて……よく無言でそこまで連携取れたな」
話は終わりだと思ったのだろう、モクリサはモップを右手で持ち、ルルへと一歩近づいた。
「それともう一つ。モクリサさんが操ってた木生き物」
「……木生き物……?」
「ゲームと同じように、キャラクターの背中側からの視点の方が操作はしやすいはずだから」
そんなモクリサを見てか見てないのか、ルルはさらに言葉を重ねた。モクリサは動きを止め、ルルのその話の続きを聞こうと……
「最初に壁をぶち破った方向……扉から見て右側にいるってことはすぐ分かった」
「いや待て、木生き物って何だ?」
「それに操り木生き物が鏡に頭突き。あれ、遠近感が分からなくて、頭突きみたいになったんでしょ」
「いや、操り木生き物ってなんだよ!」
……否、木生き物という単語に反応した。
そうだね……冷静に考えたら、木生き物ってルルとハヤタが勝手に名付けただけなんだよね。当たり前に、共用の単語かのように使っている自分達の方がちょっとおかしんだよね。
モクリサは、それでもなお淡々と話を続ける……というよりも、モクリサを無視しながら話を続けているルルに、少し声を荒げてしまう。
「そして最後に天井。作らなかった理由は、操り木生き物に鏡を持ち上げさせて、その下を潜らせるため」
「こいつ……」
「鏡を破壊させて入室してたのは態と。持ち上げられないって、固定されてるって私達に思わせるために」
「っ……ムカつくけど正解だ」
数回の無視の後、軈てモクリサは突っかかるのを諦め、肩を竦めながらルルにそう言った。左手でルルに頭突きをされた部位を抑えながら、右手で壁に触れる。その姿に、ルルは少しだけ目を細め、口角を上げた。何処と無く誇らしげだ。
「一発確かに貰ってしまった……けど、もう一度流れを修正するだけだ」
「じゃあもっと流れの勢いを強めてやる」
ザパッ
「っ!」
「攻撃がバレてないとでも思ったか」
モクリサの足元から数十センチメートル離れた位置の地面から、ハヤタが飛び出した。と同時に、モクリサは一歩後退し、ハヤタの顔を左手で、右から左へと薙ぎ払いながら鷲掴みにした。
「マジかっ!?」
「最初にハヤタ君が床全部を剥いだ時……あ、マーなのかって。地面に潜りたいんだなってすぐ分かったわ」
ガッ
「んがっ!」
「マーは人工物には潜れないからな」
そしてそのまま、ハヤタの後頭部を壁に押し付けた。壁は衝突したその一部分が削れ、ハヤタの体が少しだけめり込み、そしてモクリサの足元に小さな欠片が散らばる。モクリサの頭より少し高い位置に押し付けられたからか、ハヤタは空中に浮くような体制になっている。足……ではなく、腰から下の人体が魚の尾ひれのようなものになっており、その尾ひれが、ゆらゆらと揺れている。ハヤタは両手をぶらんとさせたまま、そのモクリサの左手の隙間から、モクリサの顔を睨みつけている。
「そうそう。そういう悔しがる顔。君みたいな人から引き出せて凄く嬉しいよ」
モクリサはその状況を楽しむかのように口角を上げ、右手に持つモップのグリップ部分をハヤタへと向けた。
ガゴゴガゴギッ
「ぐふるぁっ!?」
そして息付く間もなく、ハヤタの腹へと連打する。そのけたたましく鳴り響くモップとは裏腹に、モクリサは涼しい顔でハヤタの顔を見ている。
「ぐっ!」
ハヤタはその猛攻を受けながら、目と口をギュッと閉じた。
ボフルァンッ
「あつぁ!?」
その直後に、ハヤタの顔が小さく爆発をした。モクリサはその衝撃に驚き、声を上げ、ハヤタの顔から手を離した。
「にぃっ!」
モクリサの手から離れたハヤタの体はそのまま垂直に、重力に従うように落下をする。そしてその長い尾ひれがそのまま地面に衝突……はせず、
バチャンッ
まるで水に飛び込むかのように、地面の中へと吸い込まれた。水飛沫を上げるかのように、小さな土の塊が、ハヤタを中心に舞っていく。
「ちっ!」
ジュパッ
「んぉ」
「やぁ」
数秒後、ルルのすぐ右隣りにハヤタが打ち上がった。まるでプールサイドで足を水の中に浸すかのように、土の上にお尻を乗せ、尾ひれを地中に浸している。先程の爆発が残っているのか、右頬から小さな煙が出ている。
「自分の顔を巻き込むから、威力はかなり抑えめにしたのか」
「あばれた? はっずかしいなぁ」
「……抑えて、あの威力かよ」
爆発によるダメージが思っていたよりも小さいと感じたのか、モクリサはハヤタにそう聞く。ハヤタは恥ずかしがるように右手で頭を掻く。そのハヤタが見せた、如何にも楽観的といった表情と仕草と声色に、モクリサは軽蔑のような表情をハヤタに向ける。そして左手を、まるで冷ますかのように小さく振り回す。
「後ごめんね。さっきのあれ、睨んでた訳じゃないんだ。暗くて顔が良く見えなかったから、目を細めてただけなんだよね」
「……ハヤタ先輩、人魚だったんですか……?」
「んー? ん。うんうん」
「……に……い……う……ん……」
「似合わねぇって言葉飲み込んでくれてありがとうね」
ハヤタの姿……主に下半身を見て、ルルは苦虫を嚙み潰したような顔を見せた後、口を紡いでハヤタから目を逸らした。その姿に、ハヤタは満面の笑みで返答する。
だから何で嬉しそうなんだよ。
「ただ、これ以上地面に潜られるのはシンプル厄介だし……」
モクリサは右足を少し上げ、つま先を地面に二回、トントンと叩いた。
「あ」
数刻後、鏡の迷路が消えた。大きく場所を取っていたからか、迷路の跡地には、濃い青色の光が広範囲に漂った。静かな空間と周囲を見守るかのように暖かく周囲を照らしていた青い光だったが、数秒後にパッと消えた。
「こうするか」
ザガッ
バズァッ
「んっ」
そしてモクリサの声と同時に、ハヤタの尾ひれが跳ね上がり、お尻(?)が少し浮かんだ。体を支える場所が不安定になってしまったからか、ハヤタはバランスを崩し、両腕をじたばたと振り回す。
「潜れないだろ? 紐も通せないだろ!」
「ふにゃっ!」
ギャシュ
バランスを保つことができなかったのだろう。ハヤタは後ろへと、頭から倒れこんだ。そしてその勢いのまま頭から首を地面の中に沈める。
「んぼぉ! 地面の中で根っこが蜘蛛の糸みたいに複雑に絡み合ってるよ!」
「下手に潜ってみろ。このでっかい木の根っこが邪魔するからな! 地面はもうこいつの領域だ!」
「結構、危ないやり方するんだ……って思ったけど違う、同時に武器を仕込んだのか」
「ただ単に回収できないレイトを地面に敷いた訳じゃないからな。初手でルルちゃんを打ち上げたせいで気が付かれたか……」
「ねぇ! 僕の特徴潰さないでよ! この姿、地上向きの体じゃないんだよ!」
ハヤタは勢いよく起き上がり、座った体勢のままモクリサへと向き合う。ハヤタは下半身を元に戻しながら勢い良く立ち上がり、両腕を上へ下へと大きく振り回し抗議の意を示した。その姿も声も認識しているはずなのに、ルルもモクリサも無視を続ける。
ボイコットかな?
「ただ俺だって。他のやり方でやってやるよ」
「全く。これだから足を持つことを当たり前だと思ってる人種は」
「……凶禍中はその種の身体的な特徴が強制的に露出してしまう。小言を言いたいなら己が種の下半身を恨みながら黙ってろ」
「やぁっと反応してくれたよぉ!」
「敵ですよ……?」
遂に諦めたのか、モクリサはハヤタの小言に反応を示してしまう。両腕を組み、元に戻っているハヤタの両脚を睨みつけながら、威圧するかのように低い声で呟くようにそう言う。
その反応で喜んで良いのか? 全く友好的じゃない返答貰っておいてよくそんなバンザイできるね。
「はぁ……」
そしてハヤタの鬱陶しさに呆れたのか、目を閉じ、大きなため息を吐くモクリサ。と同時に、
シュクルゥンッ
周囲の木が消えた。
「んっ!」
「眩っ!」
突然再来したその閃光に、二人は目を細め、モクリサから視線を逸らす。ルルは右手で顔を覆い、ハヤタは右手のスマホを前に突き出した。
ドンッ
「じっ!」
そしてモクリサの前方……二人の背後から鏡が現れ、二人を押し出した。予想とは真逆の位置から攻撃が来たからか、二人とも仰け反るような体勢になる。ルルは声も出せずに鏡に連れられるように、モクリサへと歪な突進をする。
「ふっ」
ゴガッ
ザヅッ
「かっ!?」
「くひっ!?」
ダブルラリアットの如く両腕を広げ、ルルは右腕を喉に、ハヤタは左腕を胸に、夫々腕を叩きつけた。目を閉じたままにも拘らず、正確に二人を攻撃するモクリサ。喉に直撃したからか、ルルは短く空気を吐き出しながら吹き飛ばされてしまう。
「っ!」
が、ハヤタは両腕を内側に折り曲げ、その腕にしがみついている。今自分の身に起こった事象に、モクリサが行った攻撃を理解しているのだろう。未だ目を閉じているハヤタは口をぎゅっと紡ぎ、見えていないはずのモクリサの顔を睨むように顔を向けている。両足を地面に着けて踏ん張っているのか、ハヤタの両足の地面が少し抉られてる。
「な!?」
ブォッ
ベギュッ
「ごりっ!?」
そしてハヤタは左足をモクリサの右足に引っ掛ける。およそ足払いとは思えぬ程に鈍く重たい音を響かせ、モクリサは体勢を崩す。
ブォンッ
「っ!」
ビュゥッ
「んぇ!」
ベゥッ
そして腕に絡みつく体制のまま、その場でモクリサを抱えるように持ち上げ、そのまま右に三回転をする。そしてぶん投げようと、右足で地面を強く踏みしめたその瞬間に、
ザガッ
「いっ!」
バルッ
地面から根が、転けさせるようにハヤタの両足に強く絡みつく。
ドスッ
「ふにゃっ!」
力を入れた足がおかしな形をしたからか、ハヤタはバランスを崩し、そのまま地面に尻もちを着く。いつの間にか脱出していたのか、モクリサはハヤタから数メートル離れた地面に音も無く着地をする。そしてハヤタに視線を向け、一歩後ろに仰け反る。
「っ! 大人を軽々ぶん回すとかどんな馬鹿力だよっ!」
「ちょっと! 僕の美脚を傷付けないでよ! 跡が残ったらどうするの!」
「知るか! だったら足を隠した服着ろ!」
「くっ……これだからファッションに理解の無い大人は……」
「だとしても何で敵である俺が気を遣わなきゃいけないんだよ!」
ハヤタは立ち上がり、モクリサから目を逸らさずに後退する。そしてルルの隣で立ち止まり、両手で自身の脚を撫で始める。
根っこが当たったのって脛から下だったよね? 太腿から上部分しか摩っていないよね?
「大丈夫?」
「けほっ、ごほっ……多分いいえですね」
「まともな問答ができるなら軽症だろ。喉やったのに何ですぐ喋れんだよ」
そしてルルに心配の声をかける。ルルはうつ伏せで咳き込んだ後、ゆっくりと立ち上がる。ハヤタはその光景を確認した後、モクリサへと向き合う。そして虚空からスマホを取り出し右手に持ち、腰を落とす。
「ルルちゃんって、前衛と後衛どっちが好き?」
「え……えと、どっちかと言えばヒーラー系が好きなので、後衛ですかね」
「何で今ゲームの話だと思ったのかな? ルルちゃん自身の戦い方のお話よ?」
「あ、えと、後衛だと思います」
「結局後衛じゃねぇか」
そして小さくジャンプをしながら、ハヤタは確認を行う。ルルはそれに返答をしながら、自身の足元に一辺二メートル程の正方形をした鏡を設置し、その上に乗る。右膝を着き、下からモクリサを睨みつける。
「その体勢……すっごく嬉しいねぇ」
「……」
「……え嘘。今その目するの?」
「冗談ですよ。ちゃんと理解してます」
「冗談で軽蔑の眼差しができるの凄すぎる」
そしてハヤタの呟きに無言で視線を向けるルル。その細くも力強い視線にハヤタは驚き、全身でルルの方へと振り返る。普段見られない焦り方をしたからか、ルルはその姿を見て一瞬微笑んだ後、目を閉じた後目を大きく開き、ハヤタへ向ける視線を和らげた。
ザッ
ハヤタはそんなルルの表情の変化に困惑しつつ、そして三人分ほどの高さまで飛躍した。数メートル離れているモクリサとの距離を詰める。
「ほっ」
ドドドドドドドドドッ
そして無音で、自身を中心に拳ほどの大きさをしたオレンジ色の球体を八個ほど空中で放った。未だ浮遊しているハヤタとは対照的に、すぐに地面と衝突をする。モクリサはその行動と重たい音を起こした球体に、一瞬顔を顰めた。そして次に、両の掌を自身へと向け、まるでこれから貴方を撃ち抜きますよと宣言しているかのようにも思える体勢でじっとしているルルの方を見る。
「武器を持たずに両手を構えて後方待機……結局スキル頼りか……」
ガッ
「まぁ、銃や弓に慣れてないなら、そっちのほうが良いかなって僕は思うね」
ハヤタを見ず、ルルに視線を向けたまま、文句にも似た言葉を吐いた。にも関わらず、空中で一回転をしモクリサの頭目掛けて踵落としをしたハヤタの左脚を、両手に持ったモップを横にして受け止める。
「どうせ武器持ったら持ったで難癖するつもりだったんでしょどうせねぇねぇねぇ」
「……あっそ」
「というか受け止め方考えてよ。モップで受け止めたら僕の脚に跡が残るかもし――
ゴッ
「ぐえっ」
そしてハヤタの酷くうざったらい擁護と煽りに、ルルに視線を向けていたにも関わらずその本人に興味が無いかのように低い声で返答をする。そして一瞬だけ両足に力を込め、同じく跳躍する。そして数瞬の後、空中に漂っているハヤタの顎に左手でアッパーカットをした。と同時に、
ゴビャブッ
「むっ」
ルルを囲むように、四方の地面から根が放出された。直接ルルに襲い掛かるのではなく、まるで台風のようにルルを中心に渦を巻こうとしている。今まさに影の中に閉じ込められそうになっているのに、ルルは顔色一つ変えず、「お、漸く来たか」とでも考えているかのように見つめている。
ドゴボッ
「んい」
「やらせないよっ」
「ち……」
内側から、小爆発が起きた。衝撃でルルを覆おうとした根が吹き飛び、影に覆われていたルルは日の光を少しずつ浴びた。同時に、ハヤタは空中で回転をしながら着地をする。
「普通……そこまで信頼して無防備にできねぇよ……」
「えっへへへぇ」
「戦闘中の顔じゃねぇよ」
いつの間にか、先程ハヤタが空中でばら撒いたオレンジ色の球体が消えている。呆れながらハヤタへとモップを突き出した。そしてハヤタに視線を向けた直後、その表情は呆れから若干の恐怖が混じった嫌悪へと変化する。
「……何踊ってんだお前……」
「おゆ?」
モクリサだけでなくルルからも向けられている視線。その先にはハヤタが、頭と肩を左右に、リズミカルに、そして振り回すように機敏に動かしている。顔を右にしたときに両腕をクロスし掌を内側に向けて野球ボールを掴むようなポーズ、左にしたときに両手を顔の横に夫々配置し掌を外側に向け全指の関節を曲げ、「がおー」とでも叫んでいそうなポーズを交互にしている。
「あ知らない? これ今若者の間で大流行――
「してたまるかそんな見るに堪えないクソダサダンス!」
「んぇひっどぉ! もし本当に存在してたらどうするのさ!」
「結局存在してねぇじゃねぇか!」
ハヤタは謎のダンスを止め、「がおー」のポーズのままモクリサを見つめる。モクリサはその情けなくも無防備な体勢のハヤタにムカついているのか、地団太を踏みながら手に持つモップを振り回す。その子供じみた喧嘩のような光景に、小さなため息を吐く。
存在しない動きだったの今の……? 即興で変なダンスしてたのかこの人は……?
「あの、求愛なら後で行ってください」
「どこが求愛!? どの種族の求愛!? そもそも何で今求愛する!?」
「コンガオープーホロッワンニャンパオーンキューン!」
「うっさ! どういうタイプの奇声だよそれ!」
求愛には全く見えなかったなぁ。どちらかというと呪いの儀式でしょ。
ルルもふざける程の余裕が少しできたからだろうか、まるで今のこの状況を楽しんでいるかのように口角を上げている。
「でもそう言いながら僕の踊りの真似して頭を――
ビュッ
「にょ! ちょっともー素直になろうよー」
「え……速……」
そして突然放たれた煽り。ハヤタのその言葉に、モクリサは腕を瞬時に振り上げる。と同時に、ハヤタの顔目掛けて掌サイズの鏡を放った。しかし、ハヤタは表情を一切変えず、両手はがおーのまま顔を横にずらして躱した。弾丸にも劣らぬ速さでハヤタの顔の横を通り抜ける。その風圧で前髪を少しだけふわりと浮かせ、隠していた左目を一瞬だけ露にさせる。
「……」
モクリサはハヤタから視線を外し、右手を顎に添えて目を細める。そして数秒後、ルルの顔を一瞬見つめた後、再びハヤタへと視線を向けた。その数秒の沈黙に、ハヤタは「がおー」を止めて左足を後ろにも伸ばし、ルルは右膝を上げて左膝を着く形で、夫々身構える。
「……なぁハヤタ君。君にとって闘諍って……戦闘って、戦争って何だ?」
「……んえ何その質問哲が……テンプレみたいな返答しちゃったごめん」
「は?」
「怖いな怖いよぉ……ん……特に深くは考えてないけど、どれも普通に戦いだよ?」
グッ
ガギグッ
「んっ」
ハヤタの回答を聞いた直後、モクリサはハヤタの顔目掛けて右手に持つモップで突撃をする。目の前から飛んできたからか、ハヤタは避けることをせず、右手でそのモップを掌で受け止めた。その衝撃で、ハヤタは地面を削りながら、数センチメートル後退してしまう。
「君のそれは偽物だ。平和に毒され軽視している、戦とは別物の何かだ!」
「……は?」
「っ!」
ガゴッ
「おびぇ!」
ハヤタの返答に納得いかないのか、まるで怒りをぶつけるかのように力強く叫んだ。その直後、右脚でハヤタの顎を蹴り上げた。その鍛え上げられた太くも長い脚に、ハヤタは小さく奇声を上げながら二メートルほどの高さまで打ち上がる。モクリサは振り上げた右脚を下ろし、追撃のためか腰を低くし右腕に力を込めた。直後、
ガッ
「んまじか」
「……ちっ……」
モクリサの腹目掛けて、一本の縄が薙ぎ払うように襲い掛かった。モクリサは左手を逆手にし、それを受け止める。モクリサの掌から微量の血が滴る。追撃を不発に終わらせられ舌打ちをするモクリサに対し、ルルは不意打ちを無表情で止められたことに全く動じていない。
「……へらへら笑って不真面目な態度で対峙……無駄な動きで不快を振りまく」
ブォンッ
「ん!」
ギャリルルルルルルッ
「ぉぉんあなっ!?」
ゴスッ
「んぎるふっ!」
モクリサはハヤタに視線を向けたまま、数メートルはあるその縄を両手で掴む。そしてその場で、縄とルル諸共高速回転をする。二秒間で十五回転ほど回転をした後、縄を投げ飛ばした。およそ感じたことのないであろう遠心力に、ルルは奇声をあげるながら、数メートル離れた地面へと投げ飛ばされた。
「そんなものが戦だと?」
ザッ
トスッ
そしてそのまま会話を続ける。ハヤタは空中で体を回転をさせ、そして両手を地面に着け、バク転をしながら着地をする。
「……何か言い方カッコつけてる?」
「先代たちが長い間築き上げてきた戦士という立場を冒涜する行為だ!」
ハヤタはモクリサに突進する。モクリサは一歩引き、対抗するためかモップを両手で構えた。しかし、
ランッ
「ぇ……」
突然、まるで空気の中に飲み込まれるように、ハヤタの体が消えた。突然目の前から、何の前触れもなく消えたからか、モクリサは信じられないものを見たかのように、ハヤタを飲み込んだ虚空を見つめた。と同時に、
「カッコつけてるでしょぉ」
「んぬっ!」
ガスッ
「がにゃ!?」
モクリサの目の前からハヤタが姿を現した。数メートルは離れていたはずのハヤタが突然、左手を振りかぶりながら現れたからか、モクリサは瞬時に上体を仰け反らせた。が、その回避もむなしく、モクリサの顔面にハヤタの拳が直撃した。
「別に戦士とか冒涜とか知らないしどうでもいいよ」
衝撃にモクリサは踏ん張りながらも一歩二歩とゆっくり後退る。ハヤタはぶん殴った体勢のまま、流れるように今度は右手を……右手に持つスマホを突き出した。
パシュッ
「っ……」
「これが僕の戦い方ってだけだよ」
「んがぅ!」
「耐えたすごぉ」
スマホから閃光が放たれモクリサを包む。と同時に、モクリサは下半身の力が無くなったかのように、膝から崩れ落ちる。が、膝が地面に着く前に、モクリサは雄たけびを上げながら不安定でガクガクと震わせているその体勢で耐え、ハヤタを睨みつける。
「しんみりムードで静かにやり合うより、楽しく笑顔で賑やかで印象に残るバトルの方が好きなの」
「楽しむとっ! 巫山戯るをっ! 履き違えるなっ!」
「えー別にいいじゃん。十人十色の戦に対する愛情表現があってさ」
「くっ! 何が愛――
シュ
グァッ
「んなっ!?」
モクリサの怒りを乗せた言葉の途中で、突然モクリサの顔を、手が覆いかぶさるように鷲掴みをした。その手は手首よりも奥が存在せず、空に浮いているような形になっている。その目の前で佇んでいるハヤタは、左手を前に伸ばし、その掌を虚空に差し込まれているのか手首から奥が存在しておらず、モクリサを掴むその手の正体がハヤタのものだと理解できる。
「よっ!」
シュッ
ハヤタは手を引き、虚空を通してモクリサを自身の目の前まで手繰り寄せる。楽観的な言葉と緩んでいる表情とは裏腹に、ハヤタはそのまま右手を握りしめ振り被った。そしてそのまま表情を一切変えずに、
シュッ
ボギャリッ
「ん!」
モクリサの腹を殴打しようと振り抜いた。が、手と腹の間に一枚の鏡が現れハヤタの攻撃を防いだ。その鈍い音と共にモクリサから声が漏れ出る。
「鏡で防御……!」
「流石に……連続で出されりゃすぐに対処できる」
レンの鏡とは違い、風景を反射する表面で防御をしたその鏡は割れ、破片が宙を舞った。それを見て、ハヤタは呆然としたが、ルルは何かに気がついたのか、横たわった体勢のまま顔を上げる。
「しかも鏡が割れっ――
「っ! ぼう、防御して!」
「え」
ジュパパパパパパパパッ
「んっ!?」
ルルが叫んだ。それとほぼ同時に、宙を漂っていた破片が飛び散った。とは、少し違く、まるで小さなマシンガンのように、その破片が弾丸のような勢いを乗せてハヤタに襲いかかった。
「うきっ! う、目に入ったら失明しそうだよぉ」
「致命傷……ではないか。ギリギリ両手でガードしたか」
「凄い……反射神経ですね……」
ルルの声で理解したのか、ハヤタは目を閉じ両腕をクロスして顔の前に出し、腰を少し下げて破片マシンガンを凌いだ。
「……さっきから思ってましたけど、凄い機能持ってるんですねそのスマホ」
「ん? あ分かる? 前世とは全然違うよね! まさにハイスペック! 最高の戦のお供!」
「んぉ勢い……やっぱこっちの人達の武器に対するストライクゾーンかなり広い……」
その姿を見て、何故か今スマホを武器として扱っている事に違和感を持ったのだろう。よろけながらハヤタへと近づきスマホへと視線を向けながら疑問をぶつけた。その姿を見て、ハヤタは目の色を変え、ルルへと顔を近づけた。
「水に入れても壊れないし強く叩いても壊れない!」
「めちゃくちゃ普遍的な性能。驚くほどのノーマルスペック」
「しかも目に入れても痛くない!」
「スマホを可愛い子判定!?」
そしてルルから離れ、ハヤタは右手に持つスマホをルルへと見せびらかすかのように突き出す。そして何故か腰をクネクネさせながら説明をする。その姿言葉に、ルルは先程までスマホに向けていた奇怪な視線を止める。
「というかそっちも凄いね。あんな洗濯機顔負けの回転の後にぶん投げられたのに意外とピンピンしてるじゃん」
「私よりもそっちの方が辛そうに見えます」
「僕の心配マジか凄いなこの子。確かに全身血だらけだけどもさぁ」
「のくせに余裕そう……何で、血だらけなのに何でそんなに笑顔なんですか……?」
先程の破片マシンガンで、ハヤタは身体と洋服の両方にダメージを負っている。とっさのガードが間に合ったのか、顔と上半身には損傷は無いが、元々ビリビリだった左脚のズボンは更にその布面積を減らしている。また体に巻き付いている蛇には傷が付いていないが、両腕と両脚を中心に付けられた傷から溢れる鮮血で斑模様に彩られている。
「ふっふっふ。何でだと思う? 何でだと思う?」
「……うるさっ……」
「うえーんルルちゃんが辛辣だよぉ」
「敵に泣きつこうとするな」
一歩踏み出しハヤタの右前に立ち、顔だけをハヤタに向け、呟くように言い放った。その反応に、ハヤタは両腕をブンブンと振り回しながらモクリサに全身を向けた。
冷たいルルと情けない姿を見せるハヤタ、そして呆れるモクリサ。まるで友人同士の軽口でも見ているようなこの雰囲気は、非常に気が緩んでいる証拠なのだろう。戦えよ。昼休憩じゃねぇんだぞ。
バトル中でも会話が多いことから、やっぱりバトルよりもお巫山戯の方が書きやすいんですかね自分って。