1.82.2 VSレンの育ての親
「うるさいばーか!」
「シンプル!?」
「語彙力消えた!」
否、シンプルな罵倒だった。
「うぎっ……ひぁっ……」
「えちょ、何で泣くの」
「泣いても私がレンと婚約者という事実は変わらない」
そして次に涙を流した。大粒の涙が頬を伝い、ルルの縄やモクリサの鏡の上を流れていく。目の前の光景が信じられないのか、ルルもハヤタも動揺を隠せ……否、ルルはかなり冷静だ……
嘘だろこの人……ちょっと図太くない? 目の前で泣いてる人に傷口更に塗ったよ。容赦なさすぎやろ。
「黙れ! バカ! 消えろ!」
「あ……煽り耐性が無さすぎる……」
「何で唐突に語彙力落ちたの……? にゃあってさ、ほらにゃあの方が良いよ」
そして泣きながら品質の落ちた罵倒を繰り返す。その光景はまるで、子供の喧嘩のようにも思える。
というかにゃあもあんまり良くないだろ。想像してみてよ、罵倒されて語尾ににゃあってつける姿を。ちょっと見てみたくはあるけど。
「えがっ……何で、ひぬっ……そんなに、へしょ……」
「ほらほら、言いたいことがあるなら泣き止んでから言わないと。ちゃんと伝わらないよ」
「先生ですか貴方は?」
「ひが……にぎっ……」
まるで子供のように大泣きをするモクリサ。そんな悲惨な光景を目の前にして楽観的になる二人。余裕そうに会話を繰り広げているこの光景。これはカオスと言って差し支えないだろう。
この二人、恐らく似た性格の持ち主だな。優勢の時に油断するタイプだな。慢心するタイプだな。多分かけっこしてる途中で昼寝するタイプだな。
「すぅ……」
すると、モクリサは突然息を大きく吸い込み始めた。突然聞こえた嗚咽とは程遠いその音に、ハヤタはモクリサの方へと目を向けた。
「ん?」
「しとしつふうつぅ!」
「んぃ!?」
「おぉん!?」
そして吸い込んだ息を全て吐き出すかのように、謎の叫び声を上げた。甲高く、廊下に響かせるほどの声量で。
「奇声……まさか……」
「全部出して」
下を向き、数秒前の泣き虫だった状態とは違う雰囲気を出すモクリサ。奇声と共に見せたその表情を見て、ハヤタは驚きの顔を、ルルは顔を歪め警戒を強めている。
「心、落ち着かせる……!」
「え」
「っぱり!」
顔を上げた。赤く腫れた目に涙に濡れた頬はそのままに、ハッキリとした口調と瞳で二人を見つめている。奇声とは相反するそのセリフに、ハヤタは小さく驚きの声を出し、一瞬放心してしまう。そんなハヤタとは対称的に、ルルは虚空からナイフを
ガドゴッ
ゲドゴッ
「かっ!」
「のっ!」
取り出す前に、目の前に二メートル程の高さはあるであろう鏡が現れ、そして二人に突進をした。二人は勢い良く後ろに飛ばされ、
ドスッ
ガスッ
「みっ!」
「んっ」
ハヤタは背中から、ルルは頭から、扉に激突する。ハヤタは受け身を取りながら着地をし、ルルは腹から地面に着地をした。着地した部分は先程のハヤタの爆発に巻き込まれていなかったのか、硬い地面が広がったままだ。
「いってぇ……」
「結構勢い良く……扉までってことは、かなり飛ばされたね」
ルルは頭を押さえ悶える。ハヤタはそんなルルを一瞥し、扉を一瞥し、そしてすぐにモクリサの居る方へと顔を向けた。が、
ズオロロロンッ
「んっ! 暗っ!?」
「遮断されたね。というか木漏れ日すら無いのはちょっと予想外」
「い、や、この感じ、葉っぱじゃなくて木の幹をでかくし気はしますね……」
「消灯時間が来ちゃったかぁ」
大きな音と共に、僅かに残された太陽光が完全に消え去った。突然訪れた真っ暗な空間だが、ルルもハヤタも焦らず騒がず冷静に現状を分析している。
数秒前まで見えていた光景が見えなくなる。普通そんな状況になったら怖くならない? 何でルルはそんな冷静なの? 怖いんだけど。後消灯時間って言うのやめぃ。
「あ動かないで」
「ん!」
と、そんなまだ何も見えない状態で、ハヤタは小さな声でルルを制した。そしてすぐに右手を前に出し、オレンジ色の光が宿らせた。その小さく心許無いが温かみのあるその光は、薄暗く周囲を照らす。その光景に、ルルは一瞬の驚き、そして安堵の表情を見せた。
「これを光げ――
ブォンッ
ガギャッ
「んっ!?」
「まっ!?」
そして足元を照らし、注意して進もうとした矢先、ハヤタは何かに後頭部を殴られた。その攻撃は風を切る音が聞こえるほど重々しく、そして鋭く響いている。ハヤタは小さく吹き飛び、地面を小さくバウンドした。
「な……に、こいつ……!」
「あ、はは……マジか……」
ハヤタはうつ伏せのままゆっくりと立ち上がり、自信を殴ったそいつに目を向けた。ソイツは全長は約三メートル、肌は茶色で手足のようなものが生えている。顔と思われる部分には目や鼻の部分に窪みがあり、頭には髪の毛のように草が生えている。しかし輪郭は歪な形をしており、全身は木の幹の様な皺が存在している。
「暗闇を徘徊する巨大な怪物……うわこれ完全にホラゲ」
「楽観的過ぎますって! 何で殴られたのに余裕そうなんですか!」
「いや……正直焦ってるよ。超怖い。ホラー嫌いだもん」
ルルはハヤタに近づき手を差し出す。ハヤタはその手を掴みながら少しだけふらつきながら立ち上がり、その巨体を見据え、そして苦笑をした。振り抜いた姿勢のまま固まっていたそいつは、ゆっくりと姿勢を戻し、離れた位置にいる二人へと全身を向けた。
「一旦逃げるよ」
「っ! はい!」
それを見て、ハヤタはソイツから離れるように走り出した。ルルもそいつを一瞥し、同じように走り出した。
「何こっ、鏡の壁が……」
「……ちょっと待って」
「えななな、え何ですか」
「見て」
走り出してすぐ目の前に聳え立つ大きな鏡の壁。それを見ながら悪態を吐こうとしたルルだったが、ハヤタはすぐにその動きを制しゆっくり立ち止まった。ズシ、ズシという擬音が似合いそうなほど重々しく、そして一歩一歩ゆっくりと足を動かしている。
「あいつの動き、結構遅い。走らなくても簡単に逃げ切れるよ」
「良かった……じゃあ今の内に煽っておこう」
「煽る余裕があるなら体力はまだ大丈夫そうだね」
何でそんな冷静になれるんだよ。
ソイツの様な化け物が他にもいると考えたのだろう、今度はゆっくりと歩き始めた。ルルは普通に、ハヤタは鏡を背にし横歩きをしながら。
「最悪僕のスキルであいつは足止めは出来るかもだけど……レン君のお父さんの位置が分からないとジリ貧なだけだね」
「確かに……というか何この構造。鏡で迷路……いや、合わせ鏡になって移動がしにくなるのか」
「テーマパークにあったなこういうの。僕超得意だから安心して」
ハヤタを前にし、ゆっくりと歩く二人。余裕が出来たからか、周囲を見回しながら会話をしている。
二人は今、四方を鏡で大きく囲まれており、その中に縦横乱雑に置かれた鏡が壁のように設置されている、迷路のような空間に閉じ込められている。そんな空間に存在する光は、ハヤタの右手の中オレンジ色の光のみ。五メートル先も見えないほど心許無いその光源を頼りに二人は足を歩を進める。
「どうしますか? 多分、あの木……呼び方どうします? ウッドマンにします? ツリーマンにします?」
「何で男限定なの?」
「気にするとこそこじゃない」
「じゃあ木の生物って事で、木生き物にしよう」
「ダッサ……何で訓読みしたんですか」
「お互い様でしょそのネーミングセンスは」
余裕出来すぎやろ。あんまりこんな状態で化け物のニックネーム付けようって気にはならないと思うんだけど。
鏡を背にし、前と後ろを確認し、分かれ道が来るとルルよりも先に道の先を確認してから前に進むハヤタ。警戒をここまであからさまに行うあたり、ハヤタは珍しく真面目に戦闘に挑んでいるということだろうか。良くも悪くもハヤタらしくないその動きに、ルルは警戒しながらもその姿に魅入っている。
「兎に角。あの木生き物が襲って来るってことは、モクリサさんは私達の位置を把握してる可能性がありますよ」
「いや……多分だけどその可能性は低いよ」
「低い……ですか?」
定期的に後ろを振り返っていたルル。先程の木生き物を思い出しているのか、やがて少し体を震わせながら会話を切り出した。が、ハヤタはルルをちらりと見た後、視線を前に戻し、ルルの考えを否定した。
「止まって」
「ん」
「……あの木生き物、光や音にそこまで敏感じゃなさそう」
「目も耳も悪いのか」
二人の目の前には左折するタイプのL字型の曲がり角があり、その曲った先には木生き物が背を向けて棒立ちをしている。それを覗き見たからか、ハヤタは右手でルルをの動きを止める。
「と、あいつ。僕を殴り飛ばした後、殴った時の姿勢を完全に戻してから僕達の方を向いたの」
「え、と……」
「操作してるにしては違和感な、一つの動作を終えてから次の動作を行う感じ。多分、あの木生き物は自動で動いている」
「自動で動いてる……ですか……!?」
「プログラムされてる、って言えばいいかな。ロボットみたいに。簡単なものならスキルに搭載できるから」
そのまま木生き物から視線を外し、ルルの方を見て説明を付け加えた。自身の右手の中にある光を左手で指差した。そして指先で八の字を描いた。ゆらゆらと揺れるその光を、ルルはじっと見つめている。
「確かに、スリーディシージー系のゲームでよく見るNPCみたいな動き方でしたね」
「本当にまずいのは……あの木生き物、多分暗闇でも正確に僕達の位置まで辿り着ける事かな」
「……」
「僕の火は絶やさないのは大前提として……戦うかこの鏡の奥にいる元凶を見つけるかだけど……まぁ後者一択だよね」
するとルルは一瞬思案した後、視線を地面、鏡、そして天井へと順番に向けた。そして右手を上げ。人差し指を伸ばした。
「上は……こう、ジャンプするとか」
「相手の位置が分からないうちに体を晒すのは危険、だよ」
「なる……ほど……」
そして考え出した案。が、ハヤタはそれをすぐに否定した。そして再び曲がり角の先にいる木生き物に視線を向けながら鏡に手を置いた。そしてそのまま、鏡の奥を気にするかのように、ハヤタは視線を巡らせた。四方そして上空へと視線を向けた後、壁から手を離した。
「ん……もしかして……」
「ん?」
「とりあえず……ルルちゃんは僕に背負われて」
「はい?」
そこで何かを思いついたのか、ハヤタは再び鏡に手を置きながら、ルルに指示を出した。そしてしゃがみこみ、ルルに背中を向け、左手を後ろに回した。ルルはそれを見て、その何かを理解したのだろう。
「分からないけど、分かりました」
ルルは首を傾げながら小さく頷いた。ハヤタの背後に回り込み、その背中に全身を預けた。それを確認したハヤタは、ゆっくりと立ち上がり曲がり角の先を見つめた。右手を前に突き出し、その先にいる木生き物を見つめる。
「目瞑ってて。僕がルルを運ぶから」
「分か……ぁ……えと、目に頼らずモクリサさんを探せって事ですよね」
「……大丈夫。僕がレン君の代わりに守ってあげるから」
目をギュッと瞑る。やがてあの木生き物に突っ込む覚悟ができたのだろう、小さく深呼吸をした。
「豪語が過ぎる……」
「声出して泣き叫ぶこと?」
「号哭」
「いけいけ」
「GOGO! 漫才みたいなノリ辞めてください!」
ドゴォッ
ガゴッ
グャァッ
そんなふざけたやり取りを終えたタイミングを狙ったかのように、二人のすぐ右側にある鏡の壁が壊され、三体の木生き物が現れた。横一列に綺麗に並んでいる。その音で気が付いたのか、曲がり角の先にいた木生き物が全身を百八十度回転させた。
ちょっと待って、何でこの二人さっきからこんなに余裕なの? 何で即興でボケとツッコミ出来るの? 一種の煽りだろこれ。
突然の破壊音に、ハヤタは苦虫を嚙み潰したような顔を、ルルは目を瞑ったまま怯えた表情をした。
「っ! ハヤ――
「実況する。さっき僕達が背中から激突した扉から見て右側に、木生き物が三……匹? 人? 本?」
「人で行きましょう!」
「三人いる! 鏡ぶち破って入室してきた! 突進で!」
「野蛮ですね!」
「おかげで壁ないなった! 木生き物が壁になった! 通せんぼしてる!」
ルルの心配の声を跳ね除け、現状の説明を行うハヤタ。アトラクションを楽しむ子供のように、最初から最後まで笑顔で言い切った。それに起因するかのように、ルルも大きな声で会話を行う。
「わぁ凄い! その内の一人が、ぶっとい木持ってる! 太くて堅くて、多分当たったら痛そうなやつ」
「ひっ!」
「囲まれたらマズイ! 逃げる一択だぁ!」
「何でちょっと楽観的なんですか!」
本当だよ。いや今更過ぎるでしょ。いや君もさっきまでかなり楽観的だったよ?
ハヤタは三人の木生き物から目を逸らさず、背中を見せず、バックステップで木生き物から離れた。その行動に、三人の木生き物はハヤタへと目をゆっくりと……
「あ。やばいかも」
「何ですか何がですか!」
「今現れたこの木生き物、ちゃんと操ってるっぽい」
「えとつまり!」
「レン君のお父さん、僕達の位置把握して正確に木生き物を動かしてる!」
いや、真ん中にいる、ぶっとい木を右手で持っている木生き物のみ、首を……こいつ輪郭が丸くないから、どこからどこまでが首か分かんないんだけど……をギュイッと動かし、ハヤタを捕らえた。と同時に、逃げようとするハヤタへと動き始めた。
「それは、予想の――
「範疇外だよね!」
「っ! そうですね!」
前にも後ろにも警戒を向けているハヤタ。ルルの言葉を遮るように大きな声を出した。操り木生き物の動きはやはり遅いが、普通のダッシュと変わらぬ速度を出しているバックステップハヤタとの距離を確実に詰めていく。
「くっ……アイツ他の木生き物より足がちょっと速い……」
「わ、やっぱり私降りましょうか!」
ブォンッ
「ん!」
ガドゴッ
「ひっ! か、感じてはいけない風を感じた気がします!」
木生き物がぶっとい木を振り下ろす。およそ太い木を片手でぶん回しているとは思えぬその速さに、ハヤタは右へと避けながらも焦りの表情を見せる。
「はっや……いい。目を閉じて集中してて。こっちは何とかするから」
そしてすぐに訪れたT字路を、サイドステップで右折する。そのまま体を一回転させ、炎を、サッカーボールのように脚に乗せながら生み出した。
「どろらぁ!」
パシュッ
そしてその回転の勢いを落とさぬまま、シュートを決めるように、その球を蹴り飛ばした。
ガドゴロォッ
「おぁ!?」
木生き物はその球を見て、片手で太い木を振りかぶり、バットの様にして打ち返した。球は大きな音と閃光を放ちながら爆発を起こした。目を瞑っているルルは、ハヤタが何をしているのかが分からず、低い声で悲鳴をあげる。
「どっ!」
「僕の攻撃! 木生き物が打ち返した! サッカーしてたのに野球させられた!」
「ちょ、八割ぐらい理解できませんでした! 言い方的に多分攻撃防がれたんですか!?」
太い木は直撃した部分のみが、真っ暗なその空間に一際目立つ光のように燃え盛っている。それを確認したハヤタはなおも警戒を続けながら、二発目を打とうと片脚を上げた。
ググッ
が、木生き物はその手に持っている、その太い木を、振りかぶるように持ち上げた。堅苦しいその動きと共に不気味な軋みを上げる。
「へ」
その光景に、ハヤタは片脚を上げ、そこに小さな光を生み出したまま一瞬だけ固まってしまった。その一瞬の隙を狙ってか狙わずか、
ブィァンッ
「へ!?」
木生き物は、その太い木をぶん投げた。
ドゲスッ
「ごがっ!?」
「みにゅ!」
太い木はハヤタの腹にピンポイントで激突をした。殴打されたかのように伝わるその大きく重たい衝撃に、ハヤタは目を開いて口から空気を勢いよく吐き出した。その衝撃が伝わったのか、ルルも小さく空気を吐く。
ガッ
「ど!」
「びゃゆ!?」
そしてそのまま背後の鏡まで飛ばされ、ルルの背中が鏡と激突する。その距離は数メートル程で、木生き物の姿がまだうっすらとだが視認できる。
ドスッ
「んがっ……や、大丈夫ですか!」
「だっ……っ……致命傷じゃない、から、心配しないで」
「わ……分かりました」
「というかアイツうっそでしょ。巨体が持つ巨大な武器って基本投擲しないでしょ。遠距離攻撃とか解釈違いなんだけど!」
「よく分かりませんがそうですねはい!」
壁に激突したルルだったが、ハヤタの背中からは離れず、そのまま心配の声を出した。ハヤタも、地面に落ちた太い木を一瞬眺め、そして腹を抑えながら、フラフラしつつも体勢を戻した。ハヤタの体に巻きついている蛇のような物体が、一部分だけ灰色に焦げてしまっている。
理解もしていないのに同調をしてない? なんか半分ヤケになってない?
そんな謎のやり取りをしながら ハヤタは突然右方向へと飛び退いた。直後、
ゴガグギャアァァッ
「うぉん!」
「なななななになになんですか!」
轟音が鳴り響いた。
「っ……! 木生き物が鏡に……なんて言おう……激突? 頭突き? 両手グーにして頭の上に掲げながら頭突きしてきた!」
「両手を……?……えと、因みにぶつかった鏡の方角は?」
「方角……えと、さっき激突した扉から見て、右側の鏡にぶつかった」
「……」
ハヤタの説明通り、操り木生き物は太い木を投げた後、自分自身も突撃してきたのだろう。先程ルルが背中で激突した鏡に、木生き物は頭で激突した。そしてゆっくりと体を戻し、避けたハヤタに首だけを向けた。
「逃げる逃げるぅっと!」
「るぅとるぅと」
「で、どう?」
「……推理、になりますが……」
ハヤタはそのまま、操り木生き物から距離をとるようにその場を走り出した。視線から外れるためか、途中に現れる曲がり角を、右折、左折、左折というように止まらず走り抜けている。先程腹部を殴打されたとは思えぬほど軽快に、心許ない視界で決して広くない鏡と鏡の間の道を走り抜けていく。
「そもそも、何で蓋をしないのか、という疑問はありました。レイトが足りないか、顔を出すのを誘っているのか……」
「後者の場合、迎撃は楽って言ってるようなもんだけど……周囲をデカデカな木で囲って鏡で迷路。レイト不足だと嬉しいね」
「……」
「っと! 木生き物発見」
ドッ
そして次のT字路を右折した瞬間、急ブレーキをかける。ハヤタの目の前には徘徊木生き物がじっと立ちすくんでいた。ハヤタはすぐに反転をし、T字路の左折方向へと足を向ける。
「危ない危ない」
「えと、話の続きですが……位置に関しては……予想……ですけど、分かったと思います」
「お」
「後はどうやってここから出るか――
ドゴォッ
「おんっ」
「ひゃいっ!?」
そして再び走り出そうとした瞬間、ハヤタの数メートル先にある鏡をぶち破り、破壊音と共に木生き物が、今度は一人で侵入しきた。
「また、多分操り木生き物だ」
「か、完全に位置がバレてるってことですね」
「こんなにボンボン壁壊しちゃって。ストレス溜まってるのかな?」
「自分で作って自分で破壊ですか? こんな豪快な自給自足、なんかヤです」
再び目の前に現れた木生き物に、ハヤタは急ブレーキをしながら向きを変え、来た道を戻るように左折する。直後、
ヒョゥンッ
ヒュルッ
「にゃ!?」
ゴッ
ビュギュァッ
「んぎっ!」
「ぷひぁっ!?」
前後で挟み込み二人を潰すかのように、二つの鏡が突進をした。
「ごみゃ! せ、設置されてる壁が、前後で突撃して来た!」
「ひぅ……!? そ、考えたら、レンも設置後の鏡動かせてました……!」
「いやぁ……ご、ごめんにゃぁ」
ハヤタは横を向き、視線を少し下へ向けている。右手は若干下方向へと伸ばされ、未だ光が灯され、左手はルルの背中へと伸ばされている。ルルはハヤタの背中から少し離れた位置で留められている。
「あ、この鏡サンド、下に少し隙間がある!」
「隙間、ですか?」
「何て言おう、多分この鏡、地面を引きずったというより、ちょっと浮いて突進して来た感じなのかな?」
ドゴッ
「ひげゃっ!」
「んごるふッ!」
状況を説明しようとしたハヤタだったが、突如現れた弊害に止められる。
ガッ
ドゴロロッ
「い……っ! ルルちゃん!」
「ぎ……」
先程の操り木生き物が、二人を封じていた鏡ごと、その不気味で太い腕で貫いたのだ。歪ながらもすぐに受け身を取り立ち上がる。が、瞼を固く閉ざしているルルは、その現状をすぐには理解できなかったのか、受け身も取れず、縦に一回転をしながら地面に頭から着地し、そのまま仰向けに倒れる。ルルは痛みに悶えながらも、その瞳は全く開かれていない。
「だ、大丈夫っ?」
「隙間……一つ気になったこといいですか?」
「え……え、うん。いや、今は逃げよう逃げながら話そうっ」
ハヤタはルルを抱き上げ、右の脇下に頭を差し込み、左手でルルの右手を、未だ周囲を照らすように揺らめく光を宿したままの右手でルルの両脚を掴むような形で、ルルを担いだ。そして、周囲の状況が全く分からないはずなのに怯えた様子を見せず、ハヤタに身を預けているルルの言葉を聞き、ハヤタは走り出した。
「……操り木生き物、鏡を破壊してやってきたんですよね?」
「だ、だよだよ」
「……」
やはり動きは遅いのか、今度は前をまっすぐ見ながら全速力で走るハヤタとの距離は少しずつ広がっていく。先程と同様、分岐が現れると、右折、左折、右折、と走り抜ける。そんな現状を全く把握できていないルルは、がくがくと揺られながら、会話の続きを話し始める。
「何故、私達の目の前に来る瞬間だけ、鏡の破壊音が聞こえたのでしょうか?」
「……ほう……」
土の上を走るじゃりじゃりとした感触を踏みしめ、土を少しだけ撒き散らしながら走る。先程の焦りが前面に出ていた声色とは違い、ルルの考察を聞き、ハヤタは少し低い声色の一言だけで返答をした。
「……あれだけの豪快さはあるのに、目の前に来た時以外音が全く聞こえない、は確かに不自然だね」
「鏡を破壊している……と、思い込ませる為に……とかでしょうか?」
「思い込ませる……」
「……ん」
ルルはハヤタの胸をトントンと叩いた。突然の行動に、ハヤタは一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐに無言でルルを降ろす。
「……」
「……ん……ルルちゃん……?」
そしてそのまま数歩だけ前に歩く。その動きに釣られるように、ハヤタも数歩、左手で鏡を触りながらルルの隣まで歩き立ち止まる。
「ハヤタ先輩。今、私はどこを向いていますか?」
「え……何……えっと、さっき僕達が激突した扉から見て、真正面向いてるよ」
「真正面……分かりました」
ドスッ
ドスツ
そしてルルは謎の確認を行った。ハヤタはその意図を組んだのか、少し離れた位置からだろうか、操り木生き物と思われる、重々しい足音が響く。それの音を聞き、ハヤタはルルの後ろに立ち、背を向ける。
「……もしかして、カウントダウンOK?」
「……すぅ……ふぅ……」
そしてルルは、覚悟を決めたかのように深く息を吸い、吐き、
「……はい!」
力強く返事をした。
「よしじゃあ行くよ! せーのでいちぜろ!」
その返事を聞いて、ハヤタはすぐに、カウントダウンとも言えない何かを唱えた後、右手の光を消した。
それはカウントダウンとは言わない。何だ四文字しかないカウントダウンて。
「おぁあそ、そん、そんな理不尽なカウントダウンやる人本当にいたんですね!」
グッ
ルルはそんな半分文句にも似た言葉を残しながら、右の人差し指、中指、薬指から縄を伸ばした。縄はそのまま地面に潜り込み、そのまま根を伸ばすように進んでいく。
ガグスッ
ルルから少し離れた位置で、何かと何かが衝突したような音が聞こえる。ルルはそんな音を気にも留めず、そのまま立ち尽くしている。が、ゆっくりと瞼を上げ、
「っ」
ゥォンッ
数秒後、ルルが完全に開眼したのと同時に、右側の鏡が浮き上がった。いや、先程地面へと伸ばしていた三本の縄が、鏡の下に潜り込みを持ち上げるている。少しアンバランスにも見える持ち上げ方で、鏡の下に三メートルほどの空間を出現させた。ルルは視線のみを、その鏡が浮き上がった右側へと向ける。
「見つけた」
視線の先にある浮かべられた鏡は一つではなく、その方向に存在している鏡すべてを持ち上げており、鏡の外にある壁まで何も遮ることなく視界に収められている。ルルの指から伸びている縄はその壁まで伸ばされている。その光景にルルは一言つぶやいた直後、
ビャッ
右足から縄が飛び出した。縄は既に伸ばされており、指から伸びている縄のすぐ真下を通り、同じように壁まで伸ばされている。そして、
ビュロォ
ルルは右手の縄を切り離しその場に留まらせる。そして、足から伸ばしている縄に、まるでワイヤーに引っ張られるように、地面に触れずに移動をしている。足をまっすぐ伸ばし、左足と両腕はその速さに置いて行かれているのか、横向きでI字バランスをし、万歳をしている様な体勢で、ルルは鏡の下を勢いよく潜り抜けていく。
「っ!」
「くっそ!」
ダッ
壁にぶつかる直前で足と指から伸ばされていた縄は消え、代わりにルルの左の掌から縄を、右方向へと伸ばした。その直後に、ルルは壁に着地するように右足を着け、視線を縄を伸ばした先へと一瞬だけ向ける。ルルの視線の先に、約三メートルほどの距離にモクリサが、壁際に立っていた。自身の周囲に、無数の鏡を漂わせており、腰を低くし、見えない周囲を強く警戒している。
「っ!?」
ジョッ
「にぇ!」
ルルの縄がモクリサの右肘に、突き刺さった。そしてその鏡の障壁にも気にも留めず、縄に引っ張られるように、その空間に全身を突っ込ませる。
ギギャッ
「そこーー
「がぐっ!」
ビャジャゥッ
「かごっ!?」
ルルが壁に着地した音。鏡とルルが接触をした音。その両方の衝突音に反応してか、モクリサはルルがいる方向へと顔を向けようとした。が、それより早く、ルルの頭突きがモクリサの右側頭部を直撃した。
ジャサッ
「にへ」
勢い全てを頭突きに込めたのだろう、ルルはそのまま地面に腹から着地をした。
「レイトはレイトを貫通しないっていうから、突き刺してやった。後、頭突き結構痛すぎる……」
そしてすぐ立ち上がり、モクリサから距離を取り、ドヤ顔をしながら頭を抱え小さく悶える。モクリサはそんなルルを見る、
「ぐっ! がるらぁっ!」
ダガララララッ
ことはせず、大きな叫び声にも似た雄叫びを上げた。と同時に、鏡の迷路が一斉に倒れた。
「ぁっ!?」
一枚一枚、まるでドミノ倒しかのように次々連鎖して倒れていく鏡に、ルルはモクリサから視線を外し、そちらへ注意を向けてしまった。
「ハヤタ先輩っ!」
ブォンッ
ガギャッ
「ふぎぅ!」
「戦場で他人の心配をして良いのは強い奴だけだ」
未だ暗い状態なのでルルの位置は完全には把握していないのだろう。モクリサはモップを両手で持ち、大きく振り回し、ルルの体を殴打した。威力はそこまで出せていなかったのか、ルルは少しよろけながらも、モクリサから飛び退いた。
「雑魚は自分の身だけ心配してろ」
「くっそ……若干アドバイスじみてるから嫌味で返すことができない……」
「悔しがるポイント違うだろ。というか煽り以外の弱点見つけろよ」
モクリサに視線を向け、睨み、歯を食いしばり、両の拳を握りしめながら、愚痴にも似た悪態を小さく零す。
今そんな嫌味での返答誰も望んでないと思うよ。言葉で勝とうとしないで。物理的に倒しなさいよちゃんと。
「それよりも……よく俺の位置が分かったな。飛ばしてから音を出さずにここまで移動したのに」
「さっきハヤタ先輩が鏡を触った時、気が付いた」
モクリサの一言に、ルルは悔しがるのを止め、打って変わって真剣な表情になる。その表情に、モクリサも身構え、モップを両手で持ち構える。
「貴方が使ってるのは鏡じゃなくて……マジックミラーって事に」
「……はぁ?」
ハヤタさんは戦闘中に細かなボケをたくさん入れまくるタイプの人です。こういう人って大抵の作品だと割と強キャラな場合が多いと勝手に思っております。




