1.77 合法的擬似重婚
物語を進めれば進める度に変態を量産してる気がするんですよねぇ……どこがサラッサラの純愛なんだろうか……
「あ、そうだ。ハヤタさんに連絡しないと」
「ん? 連絡?」
とそこで、僕はハヤタさんに頼まれた事を思い出し、 スマホを取り出した。トヨさんは腰を下ろし、顔だけをこちらに向けた。サクさんはトヨさんの胸に寄りかかり、肩に手を置きながら立ち上がっている。
「頼まれたんです。トヨ兄に会ったら連絡して、と」
「あぁ。なんかすまんな」
「別にトヨさんが謝らなくても……」
僕は床に座りながらそう呟く。そして何故かトヨさんが謝った。
いや、別に、兄だから謝ろう、とかしなくてもいいからね……?……どうしよ、メールで良いかな……?
「……あの人寂しがり屋だから、電話の方が良いかな……?」
「君の目には我が弟がどう見えてるんだい」
「大きな子供です!」
「否定はできない!」
「し、してあげた方が、い、いいと、思いますが……?」
やっぱそう思うよね。身内でさえそう見えちゃうよね。じゃあ電話……いや、でも電話するの面倒だからやっぱりメールでいいや。
僕とトヨさんのやりとりにサクさんはそんな優しい言葉をかける。
「……あれ……ハ、ハヤ、ハヤタさんって、もし、もし、かして……ハヤタ会長……ですか……?」
「え、あ、はい」
「ぇ、う、ううっそ、で、えぇっ!?」
「おんっ」
ドサッ
「ふぐっ!」
「ごっ! ぉ、あ、ご、ごごご、ごめっ!」
そして今の話の主人公の正体に気が付き、目を丸くしながら驚いた。未だ寄りかかられているトヨさんの体が大きく揺れ、後ろに倒れた。
「か、会長さん、かい、を、よ、そ、ここ、こここここ、ここ、ここに、呼んだら、私が、わわ、わた、も、持ちません!」
「んいっ!?」
「言いたいことが全く分かりません」
そしてトヨさんの胸から腰までを乗せたまま、サクさんはガクガクと震えながら言葉を繋げる。下にいるトヨさんは顔を赤らめ、口を両手で抑えて声を出さないようにしている。
「た、たた、ただ、だだだだ、だだたたただだで、さえ、一人でも、こんな、ふるふるふる、ふる、えて、てるんですよ!」
「んっ! ぁ、やめ、うご、かっ!」
「ししし、かも! あ、あの人、イケメン、イケメン! イケメンなんですよ! そんな、そん、もう耐えられませんよ!」
「ぁっ! ひゃ! ぁぅ!」
遂に抑えきれなくなったからか、トヨさんの口から少しだけ高めの声が漏れ出た。それに気がついていないのか、サクさんはその上で全身を擦り合わせるかのように震えながら僕に抗議している。
「とりあえず、トヨさんから変な声が出ちゃってますので退いてあげた方が良いと思いますよ」
「ほぁえへ!?」
そして僕の言葉を聞き、忘我の表情をしているトヨさんに気がついた、サクさんは慌ててトヨさんから転がるように離れる。
というか何で上に乗ったまま抗議してたんだろこの人。僕一応座ってたけど、ずっと顔上げて喋ってたよね?
「はぁ……んっ……ふぅ……」
「……参考になるかも……」
「い、今の何処に参考になる要素あったんだよ! 擦り方? 擦り方か! 何だ擦り方って!」
そして息を整え、ゆっくりと体を起こした。その後ろに隠れるようにサクさんが座った。
トヨさんは胸からお腹のあたりを擦られるのに弱いのかな……今度ルルの体を全身で擦ってみようかな。いや、震えるのが大事なのかな?
「ハヤタは別世界から来た人尚且つイケメンだから、私の緊張と震えが更に悪化する……ってサクは言ってる」
「あらぬ方向を見据えていたはずなのにハッキリと聞き取れてるの凄すぎます」
そしてサクさんの翻訳をしてくれた。
変な声出して顔赤くして、どう考えてもこっちの話聞いてないでしょって思えるような状態だったのに……流石ハヤタさんのお兄さん……
「……何か、似てるな……」
「……はい?」
そこでふと。
「似てる……?えっと、誰にですか……?」
「ん? あ。と、マユカちゃんに」
本当にふとそう思い、呟いたのだろう。僕はトヨさんの「似てる」という言葉に反応する。トヨさんは少しだけ驚いたような顔をした後、その相手を答えた。
マユカさん……と僕が似てる……? 何故だ。何処がだ。似てる要素全くないと思うんだけども。
「マユカさんと僕……そう、ですかね?」
「いや、俺も何でか分からないけど。何、雰囲気とか?」
「雰囲気って」
そして謎に曖昧な判断基準。僕は若干肩を落とした。
雰囲気でも、何か違う気がするんだけども。マユカさんはかっこよくて責任感も強くて人一倍努力と気配りができる人だから、内面的な部分は僕とあんまり似てないと思う……後あの人なんかハヤタさんと似てる部分もあるし、寧ろ僕と真逆な人だと思う。
「まぁ、精々我が弟には気をつけなよ。二人きりのお風呂とか危ないかもな。あいつ変態だし。裸だし」
「……」
「なんで目逸らす?……え、嘘マジ……?」
「いや、まぁ……僕の耳を見て、すぐに離れましたので……!」
「その判別はギリギリ過ぎない?」
でも、まぁ、ね、あの時はマユカさんと再開する前で寂しかっただろうから、まぁ、ね、それぐらいは、その、ねぇ?
「そういうそっちは。逆にハヤタさんとはあまり似てないですよね」
僕は話題を変えるようにそう口にする。
トヨさんって、ハヤタさんと違って茶化したり肌を密着させたりとかしてこないし。いや、あんな大雑把な人が隣にいたからこそなのかもしれないけど。身長はどうでもいい。
「何だろう……それこそ雰囲気が違う気がします」
「あ、それはしょうがないかも。だって父親違うもん」
「……え……?」
そんな僕の疑問に、トヨさんはなんの躊躇いもなく爆弾を落とした。
「父親が違う……?」
「そ。あ、母さんは同じだから、半分同じ血は流れてるけど」
「あ……え……ふ、複雑な家庭だったんですね……」
「ふ、複雑……?」
あ、お母さんは同じ……あれ、でも三年生のハヤタさんの兄であり優等高校に通ってるから、トヨさんも同じ三年生だよね……?……え……待って、それって……
頭が真っ白になってしまい、トヨさんの言葉をそのまま繰り返してしまった。サクさんは僕の言葉の意味が分からなかったのか、首を傾げている。
あ、そっか。こっちだと別に親がたくさんいてもおかしくない世界だから、僕達の会話に違和感なのか。
「いや、多分レン君が思ってるよりは複雑じゃないと思うな」
「え……いやでも、ハヤタさんと同じ年齢でしたよね……?」
「ん? あ、そういう……いや、まぁ、普通はそう考えるか……」
僕の言葉に、トヨさんは苦笑しながら僕の目を見た。僕は首を傾げ、その目を見つめ返す。
複雑な家庭ではなかった……? でも向こうの国の法律だと、一妻多夫って無かった気がするんだけど……
「俺も気になって調べたんだけど。妊娠中に新しく命を宿すってのは、有り得るらしい」
「にょぁへ!?」
「そ……そうなんですか……?」
「過受胎、って言うらしいよ。いや、父親が違うから異父過受胎だっけかな」
トヨさんは左肩の後ろから顔を出しているサクさんの顎を右手で掴み、頬擦りしながら説明をする。唐突の行動に、サクさんから低い声が出てきた。
過剰受胎……初めて聞いた……妊娠中に妊娠って有り得るんだ。じゃあハヤタさんとトヨさんって、戸籍上は双子なのかな。戸籍上は……?
「え……いや、それなら尚更複雑では……」
「ん……っぽいけど……ぁ……全然」
「な……何でそう言い切れるんですか……というか頬擦りしながら喋るの止めてください」
「ヤダ」
それなら……母親が妊娠中に父親じゃない人の子を宿したってことなるよね……じゃあ複雑じゃないの……? というか頬擦りのせいで会話が進まないから今は我慢して欲しい。いや、なんだろう、数秒前まで雰囲気違うなぁって思ってたけど、既に覆された感じがする。
「んだって。俺とハヤタと、母さんと二人の父さんの計五人で暮らしてたんだかんな」
「え……」
「母さんは、二人と結婚したんだ」
「……は……?」
「正確には俺の父さんと。ハヤタの父さんは、居候って周囲には言ってたらしいけど」
「……は……!?」
え、二人の父さん!? 二人!? え、ふ、て、二人の父さん!?
「え……え、え!? え? ぇ! ええっ!?」
「まぁ、今世ならまだしも、前世の考え方ならそうなるよな」
「え、あ、いや、その、すみません……」
「何も謝らんでも」
でも、そりゃ、え……だって向こうはそういうの認められない世界だった気がするし……あ、もしかして向こうの世界の考え方がおかしかっただけなのか……?
「んでも……今考えると……」
「……ん……」
「……昔チラッと聞いたんだよ。両方の父さんに」
「何を、ですか……?」
トヨさんはサクさんに頬擦りするのを止めた。急に止めた頬ずりに、僕は更に複雑な話が待ち受けているのかと思い、少し前のめりになってしまう。
「二人とも、こことは違う世界にいた……って」
「……え……」
「そこでは逆ハーはおかしくない世界だったなって。笑いながら言ってたな」
「……」
「当時はただの調子のいい嘘だろ、って思ってたんだけどな……今ならマジだったって分かる」
まるで怪談話をするかのように低い声で、そして思い出話のように遠くを見つめながら語った。
こことは違う世界……僕達とは逆の事……えっと、逆転記?……をしたってことなのかな……後ちょっと待って。
「逆ハー……って、何ですか?」
「……ごめん忘れて」
「え……えな、何故ですか……!?」
何故誤魔化す……? 気になるじゃん。何逆ハーって。ハート? ハーレム? ハーネス? ハーモニー?
「まとにかく。今の俺達は転記した……んなら、逆転記した可能性があるって事だ」
「……な……るほど……」
「だからワンチャン、向こうに帰れる方法があるかもしれないな。帰る気無いけど」
逆ハーって何結局……?
僕の疑問に答える様子が全く無い様子のトヨさん。僕は諦めて話に聞き入ようとした。
「……」
「ん? どした?」
が、ふと気になり、聞き入る前に考えに浸った。急に押し黙ったからか、トヨさんが僕の顔を覗き込む。
「……何で、マユカさんを嫌っているんですか?」
「……」
僕はその顔を見つめ返しながら、再燃した疑問をぶつける。トヨさんは眉をひそめ、少しだけ不機嫌そうな表情になった。
「さっき僕に水をかけて追い払おうとした時も、マユカさんと勘違いしてましたし」
「……」
「それなら……僕とマユカさんが似てるっていう発想が出てくる……そもそも嫌いな人の名前を積極的に出してるのもちょっと疑問だし」
トヨさんは視線を逸らした。話したいとは思っていないのだろうか、口を開く気配が全く無い。
……嫌だと感じてるなら、あんまり深く追求するのは……って思ってたけど、こっちは水ぶっかけられてんだから別にいいや。心当たりもあるし。
「もしかして……マユカさんがハヤタさんに酷いことをしたのが原因ですか?」
「っ!?……しっ……てたのか……」
「あ、いえ、二人の間にな――
瞬間、
フォワッ
「……ぇ」
「っぇ!?」
「ぉ!?」
「んええっ!?」
髪の毛が一瞬浮遊するような感覚に襲われたと同時に、目の前にいるトヨさんとサクさんが僕の頭上を見つめながら声を出した。後ろで転がっている二人からも、漏れ出るような声が聞こえてくる。僕はつられるように真上に顔を向けた。
「えあぁっ!?」
そこには、真っ赤な球が浮いていた。
何これ……!?……いつの間にこんな……いや、僕の頭上に現れたってことはもしかして気が付かない間に僕の頭に仕掛けられてたって事!?
血の塊にも見えるその球はゆらゆしている。が、唐突に、
「っ!」
膨らんだ。体積が二倍ぐらいにも膨れたのだ。
ズッ
ズンッ
「んっ!?」
「レ、ン君!」
嫌な予感がした。僕は目の前にいる二人と謎の球を分断させるために鏡を出した。鏡の背中側なので、僕の顔は目の前には存在せず、黒い板が目の前に拡がった。
ボグッ
バシャッ
「ひぅん!?」
「んぉっ」
「っ」
直後、後頭部から背中の間に冷たい何かが襲いかかり、思わず声が出てしまう。それと同時に目の前に拡がる鏡に、真っ赤な液体がびっちゃりと浴びせられている。
多分これ……あの球が爆発して、液体をばらまいたって事……うわ、壁にも天井にも赤い液体がこびりついてる!?
「レン君! レ、た、大丈夫!?」
「んっ……」
僕達の声を聞いたからか、鏡の向こう側にいるトヨさんが大きな声を出した。僕は返事をする前に右手を下に向けた。
ゾンッ
ゴゴッ
シュァッ
ボタタッ
僕は鏡を、床に敷くように出した。そして二人を分断していた鏡を手前に少しだけ傾けて消す。目の前に付着していた赤い液体が、鏡が消えたと同時にそのまま真下の鏡へと落下した。
「え……レ、ン君!?」
「ひゃぇぁっ!?」
「あ」
僕の背中と周囲の壁の状態を見て、二人は僕の血だと思ったのだろうか。声を荒らげながら僕に近づいた。
「ちょん!? ち、違います! これはさっきの球から弾け飛んだヤツで、僕の血では無いです!」
「ぇ……ぁ……よ、かったぁ……レン君が襲われたかと思ったわ……」
「俺達は無視……?」
「おんまえら! トケジロク君の心配ぐらいしやがれや!」
肩をがっしりと掴まれ、勘違いされていると悟った僕は即座に否定した。そんな反応の落差に腹を立てたのだろう、後ろから叫ぶような声が頭に響いてきた。
「ぅ……でも気持ち悪い……ちょっと、もう一回着替えます……」
僕自身は無事とはいえ、何故か血みたいな色と感触がして凄く嫌だこの液体……さっき着替えたばっかりなのにまた着替えるのか。今度は濡れても良い服にしよう。パジャマ着よ。
僕は下着以外を脱いで虚空に入れた後、パジャマを……下着も濡れていたので下着も脱ぎ、あの下着みたいな洋服も一緒に取り出した。
「君躊躇無く裸ってマジ……?」
「ぁ、ああえと、ぁ、み、みず、水とタオ、タオ、タタタタ、タオル、持って、も、きき、来ます!」
「いや、それよりも風呂の方が良いだろ」
テンパってどもりまくりながら扉の外へと飛び出して行ったサクさんを後目に、僕は下着みたいな服を着る。それを見て、トヨさんが目を丸くしながら僕を見つめた。
「それよりも、部屋が真っ赤なので拭いた方が良いですよね……」
「それより……?……君ら、ちょっと部屋掃除しといて」
「人使いが荒い……」
「黙れ凶悪犯」
トヨさんは何処からともなく雑巾を二つ取り出し、凶悪犯二人に投げるように差し出した。トケジロク君は若干眉をひそめた。
手錠つけたまま雑巾がけ……大変じゃない……?
「で、結局、今の球は何だったん? レン君の頭から出てきたよ?」
「あ、えっと……すみません、僕も見当がついてないです……」
すぐに興味を失ったのか、トヨさんは僕の方へと視線を戻し、謎の球の追求をした。
僕の頭から出てきた……?……って言われても……あんな、液体を爆発させるとかいうモンに心当たり無いんだけども。
「ど、どどどど、どう、どう!」
「ひ!? あ、ありがとうございます」
僕は突如扉の奥から現れたサクさんからタオルを受け取り、手足と顔を拭く。タオルは濡れているけれども暖かく、拭きやすい。
スッ
セッ
シッ
幸いにも、肌はあまり出していなかったので拭く場所は少なく済んだ。が、髪の毛にはかなりこびりついている。見えはしないが、恐らく真っ赤になっているだろうか。
あんまり髪の毛は擦りたくないな……ん……背中もまだ違和感……染みちゃったのかな……パジャマ着る前に全身拭いとこ。
「んぬっ……後で戻ったらお風呂入らないと……」
「今入れよ」
「あ、いえ、お構いなくんぇぁ!?」
「構えよ。どちらかというと俺の方が構う」
僕は髪の毛を拭くのを止める。タオルは拭き終わった直後、サクさんが奪うように勢い良く分捕った。
「いや、流石にそこまでさせてもらうのは……」
そしてパジャマを着てボタンを一つ一つ止める。そして何の気なしに、
「……ん……?」
「ん? どしたの?」
液体の匂いを嗅いだ。
「この液体の匂い……」
「そっか、アンスロだから識別も出来んのか……嗅ぎ覚えるのある人の?
……血……だよね、これ……何で……
一瞬頭が真っ白になったが、この液体の正体を口にするために、すぐにトヨさんの方を向いた。
「その……このにお――
が、
「……は?」
「ん?」
その匂いの正体を口にしようとした瞬間、新たに鼻に入ってきた情報に、僕の脳内を全てかっ飛ばした。
ぇ……何で匂いが……ぇ……
「っ! す、みません! ちょっと出ます!」
ガララッ
「へ?」
「あ、えちょ!?」
僕は脳内で理解をする前に、その匂いの途絶えた元へと向かう為、トヨさんとサクさんの声を無視しテーブルの奥にある窓を開け外に飛び出した。
過受胎は本当にあるし、今回のハヤタ&トヨ兄みたいな異父過受胎というのもあるらしいです。現実世界だとそうそうない……ですが、恋愛観が全く違うこのキューブの世界においてはそこそこある(という設定を今追加した)のです。