1.74 頭と三回目の頭
まずは二回、謝罪させてください。
二年も待たせて本当に申し訳ございませんでした!
二年も待たせたくせに三章完結まで書ききれず申し訳ございませんでした!
これは日常の一コマ。彼ら彼女らにとっては当たり前の日常。とある教室内にて。
「はい。じゃあさようなら」
「さようなら」
「さようなら!」
ドタタッ
ガララッ
「追えぇっ!」
帰りの挨拶なのだろう。黒板の前に立つ教師と思われる女性の言葉と共に一人の少年が教室から逃げるように飛び出した。と同時に、クラスにいる男女およそ十数人がその後を鬼のような形相をしながら、机と椅子をぶっ倒しながら追いかけて行った。
……自分で言っといてあれだけど、これ本当に日常……? アニメでもなかなか見ねぇぞ?
「連続さようなら強襲四十二日目突破ね」
「天罰ですから。さっさとくたばればいいもののしぶとすぎますよ」
「そこまで言わなくても……」
そして教室にはマユカとケイコとマナブの三人、そして教師だけが残った。反応からして、本当に日常茶飯事なのだろう。
いや事件だろコレ。「あ、いつもの光景か」とか言ってる場合じゃねぇだろ漫画じゃねぇんだよ。というかマユカ……? あんた、ボーイフレンド見捨てて大丈夫か……?
「当たり前ですよ。クズのくせに皆のマユカさんの幼馴染とか犯罪者ですよ」
「だよねぇ」
「犯罪者は発送飛躍しすぎよ」
吐き捨てるようなセリフと共に、扉の奥を嫌悪の眼差しで見つめているマナブ。
クズのくせに……?……ハヤタは一体何をしてここまで評判がズリ下がったのだろうか……
「はぁ……何時になったらあの人殴られるのかしら」
「やめなさいってば」
教師、クラスメイト全員の反応から、恐らくマユカ以外の皆が同じ事を考えていそうだ。
物騒どころの話じゃない。何でこの大問題を放置してんの?
「あ、そうだ。ワタル君って知ってる?」
「隣のクラスのイケメンですか?」
帰る為に教科書をカバンに詰め込んでいた三人だったが、唐突にケイコが話を変えるようにそんな話題を出した。
「あの人、両目とも銀色なんだけど、実はカラコンしてるって噂なんだよね」
「そうなんだ……いや何その噂?」
マユカは手を止め、ケイコの話に聞き入る。マナブは興味が無いのか、黙々とカバンに荷物を詰めている。
仮にその噂が本当だとしても。何故今その話題を出した……?
「ワタル君ってなんか……何時いかなる時も男の人といる、ってイメージがあるんだよね。睨まれたこともあるし」
「イケメンだけど……目が合っても真顔でちょっと怖いよね」
話題に出たワタル君。マユカにはあまり印象が無いからか、少し言葉を詰まらせながら言葉にする。
「あ、あの人は可愛い存在を目にすると緊張して喋られなくなるから心を無にしてるらしいですよ」
「ぇ……え、そうなの?」
「本当です本当です。最上級に可愛い人に対しては睨むらしいです」
「何故に? というか何処情報?」
何だその謎の行動。目の敵にしてはいないんだよね? 紛らわしいが過ぎない?
先程のマユカの「睨まれたこともある」という発言を思い出したからか、どことなくケイコとマナブは嬉しそうだ。
「オス友です」
「男友達って言いなさいよ」
「そして同志ですね」
「……ど、同志……?」
マナブはカバンを肩に掛け、マユカを見つめながら言った。
オス友が男友達のことだってよく分かったね。自分はピンとも来なかったよ。
「あ、因みにカラコンの件ですが、あれはただ単に去年の彼の右目が黒だったからってだけですね」
「あ、急に両目が銀色になったから、すぐ分かったんだね」
「うちの高校って校則緩すぎない?」
「でも規制されてないのに皆頭真っ黒なのは笑えますよね」
「これで制服じゃなくて私服OKなら嬉しかったのにね」
等と緩い会話を繰り広げながら帰り支度をしている三人。ついさっきの騒動がまるで無かったかのように振舞っている。軽く恐怖を感じる場面だ。
ドダッ
「んぉん!?」
すると突然、ベランダから何かが落ちる音がした。唐突に響いたその奇怪な音にマユカは手を止めベランダへと近づいた。そしてベランダの上に現れた陰へと目を向けながら
ガラガラッ
窓を開けた。
待って、いくらなんでも冷静すぎない? 慣れてない? 予想してないこの展開?
「ぉ!?」
「出たな悪!」
そして窓から顔を出したのは、数分前に総攻撃に遭っていた張本人、ハヤタだった。
……え……え、え、と、え、上から落ちてきたよね!?
驚くマユカとは対象的に、唐突に現れたその根源を睨み、身構えるケイコとマナブ。
何でそんな冷静に対応してるの? 上から人が落ちてきたんだぞ? 驚けよ。たじろげよ。
「まさか屋上まで行ってたの?」
「……」
え屋上まで行ってたの……? 追いかけっこ白熱しすぎじゃない? 大問題……えまって、まさか屋上からこのベランダまで下りたの? あほちゃう?
その狂気じみた追いかけっこを楽しんでいるようにも見えるハヤタ。マユカの質問に無言でピースを向けた。そしてそのまま廊下から二番目、後ろから一番目に鎮座している自分の席に戻り、その机のすぐ横にぶら下げているスクールバッグを持ち上げ、肩にかけ、
ダゴッ
「どらぁ!」
「んぇ!?」
「ぇ?」
た瞬間、教室の右後ろ、廊下側の最奥に設置されていた掃除用具入れから一人の少女が飛び出してきた。足で蹴破ったのか、右足を突き出している。そしてその両手には自身の半分ほどの長さはあるであろう、金属製のバットが握られている。
「捉えた!」
瞬刻、怯んでしまったハヤタ。その僅かな間に、バットを持つ少女は、まるで獲物を目の前にした猛獣のごとく顔を歪ませ、ハヤタに近付く。不意打ち、そして肩に荷物を背負ってしまったが故にだろうか、ハヤタはその振り下ろされるバットへの反応が遅れ、
ゴギュッ
「おっしゃナイス!」
「っ!? ハヤタ君!」
後頭部に、鈍い音を立てながら勢いよく振り下ろされた。
「やったか!」
「馬鹿野郎! そのセリフはやってないフラグ立てるために生まれた言葉なんだよ! 今言うな!」
「長かった……悲願の……積年のアレを、漸く我が手で……」
「遂に、漸く、一撃目を……」
「ハヤ、ハヤタ君!? ハヤタ!」
「……」
数秒前まで考察できるほどにハッキリしていた意識。数秒前まで身体中で機能していた感覚。そして一瞬なのに永遠と続くようにも思える後頭部の痛み……
「っ!?」
「ちょ、おい!」
殴打による出血は無かったのか、床は綺麗なまま、茶色く輝いている。その床の上で、ハヤタはゆっくりと瞼を閉じ、間もなく僅かに動いていた腕と首もピタリと止まった。命を引き取った。
今この場に流れているのは、風が木々を揺らす音と、遠くで慌ただしく聞こえてくる医者の声。そして窓から差し込む優しい日差し。椅子に座っているだけでウトウトしてしまうような、優しく包んでくれる空間。
ここは病院。
入院している者が横になるためのベッドが八つほど置かれている部屋。その大部屋の外にある廊下。少しひんやりとした空気が漂っており、どことなく寂しさも覚える。そしてその通路の途中に、小部屋のようなくぼみが、廊下の外側に存在している。
「……」
十二畳程の大きさはあるであろう小部屋には大きな窓、そして木製の椅子と小さな机がいくつも並べられている。そして窓際の椅子に、白い患者衣を着た一人の少年……トヨが腰かけている。目の前の机に教科書らしきものとノートらしきものがあることから、勉強をしているのだろう。
「昨日、君の弟君。死んじゃったって」
「……」
そんな真面目なことを行っている少年の元に、突然背後からお団子ヘアーの少女が話しかけた。このスペースには、他にも患者と思わしき人物が何人か座っているにも関わらず、少女は気にする素振りも見せず、凡そこの場で発言してはいけないであろうその単語を満面の笑みを浮かべながら口にする。
「既に知ってる」
「あれら」
トヨは目の前で行っている作業を止めず、少女に目を向けることなく返答をする。周囲の患者は、その少女の言葉に驚き、トヨへと心配そうな顔を向けた。が、トヨの反応を見たからか、かける言葉が思いつかなかったからか、会話を聞かなかったことにしようと顔を背けた。
「……マユカちゃんが、電話越しでもわかるほど酷く狼狽えながら報告してきたからな」
パラッ
「……」
スッ
パラッ
教科書の頁を捲り、折り目をつけ、その後下敷きを取り出しながらノートの頁も捲る。手馴れたようにも見えるその動作に、少女は両手を机の上に置きながら、静かにそれを見つめている。
「この病院、基本電話をする際は外に出ないといけないんだけど……メールで確認、とかもしないでいきなりテルったからな」
「つまんね」
「……」
予想とは違う答えがトヨの口から出てきたからか、少女は先程までの笑顔を消しながら本音をボソリと呟く。そのとんでもない発言に、トヨは勉強の手を止め、少女の顔を見つめた。その瞳は怒りに満ちている……というよりも、呆れにも似た感情が見える。
人が……何なら目の前の人物が亡くなったというのに、つまんねは流石に人としてどうかと思うんだが。人じゃねぇだろこいつ。
「……無駄足だった報告ついでに」
「ん」
「……」
するとトヨはゆっくりと立ち上がり、机から手を離し黙って立っている少女の顔を見つめた。その真ん丸な瞳を見つめ返し、暫く口を閉じるトヨだったが、遂に意を決して言葉を出した。
「この間の話……」
「おっ」
そして一言。目線を下にしながら出したその一言。しかしそれだけでトヨの考えている事を察したのか、少女は前屈みになりトヨの顔を下から覗き込んだ。
「詳しく聞かせて」
「ほう。ようやっとその気になった」
突然下から現れたその顔に、一瞬驚いたトヨだったが、すぐに続く言葉を口にした。その発言に……恐らくトヨの心変わりにだろうか、少女は嬉しそうに両手を広げ、その場で一回転をした。
「あ、弟君がいなくなって吹っ切れたとか?」
「普通にハヤタって呼べよ気持ち悪い」
「きも、え、気持ち悪い……?」
顔を傾け、両手を後ろ手に組みながらトヨを見つめる少女。が、突然吐かれたトヨの棘のある一言に、前のめりになりながらコケる。
「ま、まぁよし。そうと決まれば善は急げ。君も早くおと――
「……」
「うぉんハヤタ君と再会したいっすよね!」
再び弟君と呼ぼうとしたのだろう。そしてそれをいち早く察知したのだろう。トヨはギラリという効果音が似合いそうなほどに細めた目で少女を睨みつける。殺意、という言葉が似合うその眼光に、少女は背筋をピンと伸ばしきちんとした名前を、まるで脅されているかのように怯えた声色で口から解き放った。言い直した事に納得したのか、トヨは机の上に置いてあった教科書とノートを閉じ、筆記用具を筆箱の中に突っ込む。
「まぁ、早ければ早いほど良いけどさ……抜け出すのはどうすんの? 抜け出そうとしたらバレない?」
「まぁ、特に君は目を付けられてるからね。庭行くだけでも驚かれるぐらいだし」
「そやんのよなぁ。二度も自殺未遂は流石にアカンかったなぁ……」
頭を抱え、己の行いを悔いるかのように下を向く。
「そういえば、俺の自殺を止めた人、表彰されたっけな」
「不服そうだね」
「そりゃそうだろ。人を勝手に地獄に引き戻して、それで褒められるとか」
「自殺も大きく言えば殺人だからね仕方ない」
「……まぁ、安楽死は蔑視するくせに、自殺の原因を軽視してるこの国だしな。俺みたいな奴の考えなんて理解されるわけないか」
そして半ば諦めたような表情で愚痴のように言葉を零す。
「それより話の続き。この間の話の続き」
「んしんし。んじゃあまずは覚悟を決めよう」
「……覚悟?」
溜息をつきながら、その場を去る準備をするトヨを止めるかのように、少女はスマホを取り出し暫く操作する。数秒の操作の後、少女はトヨの隣に立ちスマホの画面を見せた。
「……」
「にっ!」
「……」
スマホの画面には、右脚の太腿の辺りから切れ目を伸ばしている黒いロングスカートと、白い前ボタンを五つ、袖口にはそれぞれ二つずつ、そして胸元に紺色のリボンを付けた、ピンク色のプレッピースタイルのトップスが、ハンガーに下げられた状態で写されている。どちらも柔らかそうな生地を使われているように見える。
気の所為かな? この女の子の目がキラッキラしてないかな? 期待してない?
若干眉を顰めるトヨだったが、軈て画面から目を離し、少女の目を見つめた。そして右手の人差し指をスマホの画面に突きつけながら、
「化粧は自分でやるからな」
「え待ってまさかのノリノリ!?」
堂々と言い放った。
「別に。俺の望みを叶えてくれるんだから、最後に……君の……その、性癖に付き合っても良いだろって思っただけだよ」
「悪かったね私が超絶弩級のド変態で」
「あぁ。超絶弩級のドン引きド変態だよ」
「棘増やさんでも」
「自分が先に増やしたんじゃんか」
少し照れているのか、今度は目を逸らしながら少女から離れる。少女はその姿を、左手で口元を押えニヤニヤしながら見つめる。
「……でも……」
「……」
「俺に次の世界を見せてくれる天使でもあるよ」
「……何か一歩間違えたら女装に目覚めかけてる人みたいなセリフだね」
「トキトバって知ってる?」
何処か緩やかな会話。その裏に隠されているのは、一人の人間の命を終わらせるための作戦。そんな密談にも似た会話を終え、二人は小部屋から出ていった。
流石に二年空くのはまずいだろということで、キリの良いタイミングまでは一旦投稿しようと思いました……
ごめんなさい……言い訳するつもりはございません、本当に申し訳ございません……