1.65 行き過ぎた信者は、時に本人が被害を受ける
医務室(多分)の扉を潜ると、右も左も長い廊下が広がっていた。前後左右を白い壁が覆っており、恐らく一周する作りになっているのだろうか、少しだけ道が曲がっている。王宮とは違い、高い天井には大きくて明るいLEDの電球が数mの等間隔で設置されており、窓は無いけど凄い明るい。
「そういえば……カオルはどうやって魔王城に来たんだ?」
そんな長い道を歩いていた時、ふとフルキさんがそんな疑問をぶつけた。
あ、確かに。ミチルちゃん含めて、全員の目を盗んで誘拐って一体何したんだろ。
「それは簡単だ。ワープゲート的なのを創っただけだ」
「ゲ……ゲート、ですか……?」
後ろにいた僕達へと振り向き、両手を突き出す。と同時に、ナキハ君の目の前に楕円の形をした黄緑色の何かが現れた。
「フルキの足元に、俺の部屋に直通するこのゲートを創った」
「エグい」
「フルキのレイトやマリョクを感じた瞬間、即実行したわ」
「躊躇ってたくせに何言ってんのよ……」
そしてその黄緑色の何かを消し、再び前を向きながら喋る。夕食さんがそれに呟くように突っ込んだ。
躊躇ってたって何……って、あ、そっか。召喚されてから三日後くらいに攫ったんだっけ。
「ご丁寧に口を塞がれながら攫われたわ」
「バレたくなかったんだから仕方ない」
「いや、一人には見ら……れてたわよ」
カオルさんの若干呆れ気味に放ったその言葉に、ナキハ君は両手を後頭部に添えながら答えた。直後、カオルさんは少し目を伏せ、萎むような声を出した。
一人……あ、あの女の事かな。んでもこの反応は……あんまり詮索しない方が良い、やつだよね……
「そういや結局。四人とも何の用事で来たんだ?」
「用事……」
ふと思いついたからか、ナキハ君は前を向いたままそんな質問をした。カオルさんも気になってるかるか、顔だけを後ろに向けている。
「……あれ、結局何の用事出来たんだっけ?」
「確かに……カオルが魔王の恋人かもって所まであったから……」
「あ、もうただの事実確認です」
「お前ら、そんなふわっとした事のために魔王城乗り込んだのか……?」
僕達の反応が微妙だったからだろうか、ナキハ君は目を丸くしながら後ろを向いた。
うん、確かにちょっと動機としては薄すぎるかも。まぁ、王城に行くついでみたいなものだったし……王城のついでに魔王城っていうのも何か変だけど……
「なら尚更手土産無しは難しいわね」
「ちゃんと強さを持って帰れよ」
「どういう表現ですかそれ?」
無機物を持って帰れって何? 握りこぶしで力強く言うほどのことなの?
「ぉん、そういえばお土産持ってきたのです」
「んぁ。後で受け取る。今は受け取りにくいから」
「あ、訓練するなら時間が必要ですよね」
「ん? そうだが……どういう事だ?」
「いや、ハヤタさんに……えっと、帰りを待ってくれる人? に連絡しとこうかなって」
壁に埋められるように設置されていた階段を上っていた時、僕はふと思い出した。
そうだ、連絡ぐらいはしておかないとハヤタさん拗ねちゃうや。
「あ、スマホ持つよ」
「あ、ありがとう」
そしてルルは僕を見上げながら両手を差し出した。今の僕は宙に浮いているからだろう。どういう原理かは分からないけど、見えない何かに、お姫様抱っこのような体勢で抱えられている。
さっきも言ってたし、多分ナキハ君のスキル……なのかな……? 人を運べるってなるとかなり凄い……いや、魔王だからこれぐらいは出来るのか。
ピッ
プルルルッ
僕はスマホからハヤタさんに電話をかけ、そのままルルに手渡した。
ガッ
「もしもし!」
「出るの早いですね……」
「ワンコールで出たな」
瞬間、スマホから声が出た。
いやおかしくない? 待機してないと出られない速さだったよ? 今、え、スマホ操作中だった? ならごめん。
「ん……誰かいるの?」
先程のナキハ君の声に反応したからか、スマホ越しにハヤタさんは疑問の声を上げた。それを聞き、ナキハ君がスマホ……というかルルに近づいた。
「お、俺はナキハ。こっちはハニーのカオルだ」
「一応、俺はルートだ。夕食を作ってくれたのがセキビだ」
「うん。僕がそっちの空間にいる前提で話すのやめて」
そして自己紹介をした。ナキハ君は自分とカオルさんを掌で示しながら、ストーキング君……ルート君は自分を掌で示しながら。
まぁ、分かるわけないよね。「こっちは」って言われてもどっちだよとしか言えないだろうし、セキビさん……多分謎の女性かな……に関してはこっち見てないし。
「気軽にナキハ君と呼べ!」
「聞いてよ。僕の話聞いてよ。何でそんな食い気味なの?」
「貴様! ナキハ様が魔王と知っての――
「あんたは黙ってなさい」
だから何でそんなに食い気味なんだよ。どんだけ「ナキハ君」って言われたいんだよ。ルート君もルート君でさっきと同じ反応してるし、大丈夫かこれ? 許可してくれるかこれ?
「……うん、まぁ、魔王さんのところには無事行けたんだね」
「あ……はい、そうです」
「……その人本当に魔王なの……気さく過ぎない……?」
恐らく「ナキハ様が魔王と知っての」という部分で理解したのだろうか、スマホ越しでも分かるほど引いている声を出しながら僕にそう言った。
「で、その……ここで少し訓練をしたいなと思ってまして」
「訓練?」
「はい。ルルが強くなりたいらしいので。僕も……まぁ……嫌だけど、良いかなって」
「……」
ハヤタさんは、訓練、という単語に反応したのか、黙り込んだ。全員が次の言葉を待つようにスマホに視線を送る。
やっぱダメ……? あ、やっぱそうだよね。ルルが訓練して強くなる意味ってないよね! だって僕がいるもん! ハヤタさんは分かってるね!
「……ナキハ君、でしたっけ」
「おう」
「貴様っ! 何を馴れ馴れしくんぐっ!」
軈て小さくナキハ君を呼ぶ。ナキハ君と呼ばれた事に興奮したのか、本人は少し嬉しそうに返事をした。ルート君は案の定な反応をしたが、すぐにカオルさんに抑えられる。
「……訓練は、どのくらいの期間行うつもりですか?」
「期間? んまぁ、そうだな……」
そして少しだけ強い口調で聞いた。
というか敬語……? いや当たり前だけどさ……何か違和感……
「一ヶ月?」
「一週間」
「……は……?」
そしてナキハ君が小さな声で期間を提示した、と同時にハヤタさんがゴリっと期間を減らして呟いた。
「正直明日中が良いんだけど……待てるのは一週間。それなら許可できます」
「えぇ……短くねぇか?」
「僕だって早くレン君の背中をハスハスしたいもん」
「いや、もんじゃなくてよ」
やはり困惑している。ナキハ君は少し肩を落としながら返した。ルート君はカオルさんに全身を拘束されながらもバタバタと暴れている。歩きながら。
まぁ期間が四分の一程減っているし、そりゃそうなるよね。というかハスハスって何?
「それとも何? 出来ないんですか?」
「っ!?」
何故か少し煽るようにそう言った。若干怒りも籠っている。スマホ越しなのに何故か嘲るような顔をしているハヤタさんの顔が見えた気がした。
「貴様っ、ナキハ様を舐めるな!」
「こしょ!?」
「にぁっ!?」
そして何故かルート君がブチ切れた。いつの間にかカオルさんの拘束から逃れたのか、ルルに近づきスマホをガシッと掴んだ。
おい今こいつルルを怖がらせやがったよな。後で蹴る。
「ちょちょいルート君?」
「ナキハ様なら、一週間あればこの雑魚共を稚魚共に変えられる! 考えなくても分かる決定事項だ!」
「進化してるのかそれ?」
「稚魚は雑魚の上位互換……?」
そして勢いそのままに言葉を続けた。当の本人であるナキハ君は呆れというより焦りといった表情をしている。
何言ってるのこの人。何をムキになってるのこの人。稚魚とかいう謎の表現のせいでルルも困惑しちゃってるじゃん。
「……じゃあ一日でもイける?」
「当たり――
「一週間で頑張らせていただきます!」
ピッ
ルート君が再び何かを叫びそうになった瞬間、ナキハ君が遮りながら通話を切った。少し体勢を崩し、息も荒くなっている。
「……ルート」
「はい!」
「……怖いくらい純粋な瞳ね……」
「俺、こいつのこういう所好きだけど嫌いだわ……」
「ありがたきお言葉!」
軈て視線を下に向けたまま名前を呼んだ。ルート君は両手を握りって胸の前に出し、ナキハ君の背中を見つめながら応答した。
褒めてた……のかな今の……何とも言えない評価だったと思うんだけど。本人が良いならまぁ……良いのかな? いや、ナキハ君からしたらあんまり良くないけど。
「はぁ……もう……」
「お疲れ様」
「電話しただけでこの疲労はおかしい……」
ルート君をちらりと見てから再び歩を進める。先程よりもあからさまに重たい足取りになっている。
電話というかほぼほぼルート君のせいだよね。
「セキビ」
「はいはーい」
「ログとライトも呼んでくれ」
「はいはい」
そして先頭を歩いていたセキビさんに声をかけた。
ログとライト……も、ここで生活してる人なのかな? いや、こんなに大きな城なんだから多分もっと人はいる……というか使用人っているのここ?
「……ログはまだしもライトは来てくれるかな……?」
「……」
が、スマホを取り出した直後、セキビさんは不安そうな声で振り返った。ナキハ君は微妙そうな表情で答える。
……何その反応……? ちょっとライトさんが不安なんだけど。
やっぱルート君の行動って既視感しか無いんと思うんですよね。




