1.53 行くだけで一悶着とか
週二日なら牛歩ですよね!
別に誇ることじゃねぇよコレ。
八時過ぎ。
ガチャ
「……」
「……」
「……遅いですよ」
「ごめんなさい……」
食堂への扉をくぐった瞬間、椅子に座っているフルキさんと大きなテーブルの上に座っているミチルちゃんが同時に僕達を見た。と同時に、愚痴のような一言を放った。
「はぁ……忙しい朝にイチャつかないで欲しいわ本当に」
「何やってんですか」
「それは流石に弁えろなのです」
「失礼しました……」
ドバイさんの一言に冷たい目で僕達を見るフルキさんとミチルちゃん。半分呆れたような表情をするハヤタさんとマユカさん。その言葉にぐうの音も出ず、僕は目を逸らす。
「で、準備は出来てるのですか?」
「それはもう。バッチリ」
「なら良いですが……そんな堂々と言わないでくださいよ」
「ごめんなさい」
フルキさんの言葉に肯定した僕だったが、やはり怒っているのだろう、僕を睨み続けている。
「じゃ、さっさと行っちゃいましょう」
「です。予定の確認とかは歩きながらするのです」
そしてフルキさんは食堂の出入口へと向かう大きな扉へと歩み始めた。その後ろをミチルちゃんが追いかけるように歩く。
「お。行ってらっしゃい」
「あの、見送る気あります?」
ハヤタさんはそんな二人の後ろ姿を見ながら、僕の頭を撫でてきた。
少し気持ち良いけど今はやめて欲しい。歩けないでしょう。ちょ、助けて。ルル? えちょ、ルル、何で黙って見つめ、ちょ!?
「あ、そうそう」
「んぉっ! んっ、は、はい?」
するとハヤタさんが僕の頭に触れながら僕の方を見た。
「一応。もし、もしだよ?」
「ん? はい」
そして僕から離れ、前に立つ。躊躇うように大きな前フリをしている。
な、何……? こんなに言い淀むって事は、相当重要な事を伝えるつもりなの?
「もしトヨ兄に会えたらさ……僕に連絡、くれない?」
「へ……れ、連絡……ですか?」
「そ」
そして続く言葉を聞いて、僕は変な声で返してしまった。
え、何で……? この人の事だから、何か意味はあるんだろうけど……え、本当に何で?
「今トヨ兄といるよ、的なメールとか、そういう簡単なので良いから」
「はぁ……まぁ、いいですけど……」
「ありがと」
まぁ何にせよ、別に断るような内容でもないよね。
僕は少し戸惑ったが、ハヤタさんのお願いを聞くことにした。心做しか、ハヤタさんは安堵しているように見える。
「後は……余裕があったらでいいからさ、土の国の旅行ガイドブックとかもあれば欲しいかな」
「……召喚者約百二十人員分ですか……?」
「あいや、四、五人ぐらいのグループに分かれてもらうつもり」
「……」
そして追加注文を受けた。内容からして、この国に慣れる為に必要なのだろう。
いや……金銭が発生する注文は厳しくない……? 僕モクリサさんのお手伝いを少ししてる程度の高校生だよ?
「大丈夫。後でちゃんとお金払うから」
それを聞いて安心した。うん……安心してもいいものなのか……ガイドブックの相場が分からない僕にとってはまだ不安はあるかもだけど。
「はぁ……まぁいや、半分でいいですよ別に」
「それを王城に行って補助してもらうとかではないのです……?」
そして了承した僕に対し、ミチルちゃんが一言放った。瞬間、僕とハヤタさんは同時に扉の近くにいるミチルちゃんの方を向く。ミチルちゃんは無言で驚き、後ずさった。
「えと……終わりました……?」
「あ、うん」
「じゃ、行ってきますね」
そしてフルキさんは話が終わったかを確認し、扉を潜った。ドウルさんをおんぶしているミチルちゃんも追いかけるように小走りで扉を潜る。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
僕も二人の背中を追うように扉へと走った。
瞬間、
「君は何しに行くのかな?」
「ぉん!?」
後ろからルルの悲鳴とも取れる声が聞こえてきた。振り向くと、あろう事かハヤタさんがルルの右腕を掴んでいた。
「っ!? ルル!? ちょ、ルルを離して下さい!」
「うぉんっ! ちょ必死すぎるわ。ルルちゃんが行こうとしてたから止めただけなのに」
僕は瞬時にルルへと駆け寄り、ハヤタさんをルルから思いっきり引き剥がした。そしてルルを僕の後ろへ隠すように二人の間に立つ。
「全く……危険なんだからお留守番してなさい」
「っ……い、わ、私も一緒に行きたい、です……!」
「いや、君の場合はレン君と居たいだけという不純な理由からでしょうが!」
「何でバレた……!?」
「何でバレないと思った!?」
そして呆れたように、ハヤタさんは言葉を繋げた。僕はハヤタさんの発言に驚き、目を見開きながらルルの顔を見た。ルルは何も喋らず、俯いている。
え、そんな理由なの……? 僕と居たいから、ってだけなの……? 何それ可愛い。抱きたい。
故に抱いた。
「んにゅ!?」
「ん……一緒に行くの、意外とありかもです」
「……あり?」
とその時、扉の方からそんな声が聞こえてきた。僕はルルに抱きついたまま扉の方を見た。扉によりかかりながらこちらを見ているミチルちゃんの姿があった。
何をかっこつけてんのこの人。
「ほら、実際に召喚者がどういう人なのかを見てもらうんですよ」
「良い子だという事を目の当たりにしてやるのです」
「……むぅ……」
そして後ろから顔を出したフルキさんも、補足するようにハヤタさんにそう説明する。
「ミチルちゃん。「してやる」よりも「させてやる」の方がいいよ」
「今は黙れです」
「……まぁ確かに……ありと言えばありだけど……」
二人の説服に、ハヤタさんは頭を搔き、酷く悩んでいる様子だ。
えちょ、ルル……? 何、何で引き剥がすの……? ねえ、ちょ、やぁ……!
半ば無理矢理引き剥がされた僕は、今度はルルの右手を両手でギュッと掴み、ハヤタさんの次の言葉をじっと待つ。
「はぁ……一応ルルちゃんは戦闘経験が皆無なんだから、そこを考えて行動してよ」
「っ! はい!」
軈てため息を一つしてから僕の方を見て、顰めっ面でそう言った。僕はその言葉に、勢い良く返事をした。
「それと……ルルちゃん」
「んっ! は、はい!」
直後、ハヤタさんは僕の横にいたルルに目を向け声をかけた。そして目線を合わせる為か腰を下ろす。
「君はもうちょいさ。レン君に優しくした方が良いよ」
「ん……はい……?」
「え、何ですかそれ……?」
そしてルルの目を見て、謎の助言をした。
何……え、何言ってるのこの人……? もっと優しく? は?
「いや、ルルは常に優しいですよ!」
「今は口を挟まないで。レン君の場合すぐ甘やかすんだから」
「甘やかす? 違いますね。僕はただルルを愛しているだけです!」
「え……えちょ……」
「ルルが尊くて美しい存在という事を伝えてるだけ! それの何が悪いんですか!」
分からない。何処をどう見ればそんな考えに至るのか。いや違う、分からないなら分からせればいい。ルルの事をもっと知ってくれるのが一番いいんだ。
「……うん……じゃあ言い方を変えよう」
「……」
そしてそんな何も分かっていないハヤタさんに向けて、ルルの魅力を説明しようとしたその時、ハヤタさんは立ち上がり、僕の背後に立った。ルルはハヤタさんを目で追いかけ、僕の頭の方を見ている。
が次の瞬間、
「かひゃっ!?」
「自分勝手過ぎ」
「っ!?」
よく分からない事を呟きながら、何故か僕のアンスロの方の耳を掴んだ。優しく、力が伝わるか伝わらないかという程の強さで。
にゃんっ……!? き、急にっ……ひぐっ……あ……
「にゃぁ……」
そして僕は耐えきれず、ゆっくりと床に着地してしまう。
「んぐっ……はぁ……はぁ……」
ゆっくりと息を整えた僕は、改めてハヤタさんの言葉について考える。
えっと……自分勝手……だったよね? え、何言ってんのこの人?
「良く考えれば、僕の言いたいことは分かるはずだよ」
「……ぁ……」
「っ!? ルル……! だ、大丈夫!?」
僕はルルに駆け寄り、両肩に手を置く。
どうしたの!? え、何でそんな……!
ルルは先程とは違い、俯いて何も喋らない。僕はルルの顔を覗き込むように近づく。
「ルルは今のままで何も問題は無いから、あの変な人の発言なんて気にしちゃダメだよ? ね?」
「変な人はやめて欲しいものだよ」
ルルは僕の方を向いてはくれたものの、やはり何も話してくれない。
ルル……? 何でなの……? 何で僕と話してくれないの……? ねぇ……? ねぇ……!
「それじゃ、行ってらっしゃい。成功を祈ってるよ」
そしてそんな苦しんでいる僕から離れ、ハヤタさんは小さく手を振り、見送りの言葉を囁いた。
「あれ……その指……」
「ん? あ、これ?……切ったね」
「もう。気を付けてよ」
「……舐める?」
「なっ……んっ! が、我慢する!」
「ち」
後ろからそんな声が聞こえてきた。
……凄いなマユカさん……僕だったらルルに言われたらすぐ舐めちゃうのに……尊敬するよやっぱり。いやそれよりもルル!
変態の巣窟。




