1.裏話1.2 効果と好感と後悔と
レンの自宅には、家を囲うように高く聳え立つ塀と、一つの門がある。
門をくぐると、まず二階建てで横に大きい家が視界に入る。次にサッカーができるほどに広い庭と大きなガレージが目に入る。ガレージには白い車が一台だけ置いてある。
玄関は大きな家の端……門を入って左側にあり、手前数メートル程には屋根のようなものも設置されている。一階部分は豪邸かと思わせるほどに明るい窓が一面に設置されている。
ガチャ
「ただいま」
そんな豪邸に、レンは入っていく。玄関を開ける音と小さな声が響く。
「おっかえり!」
すぐ右側の扉から、一人の少年……レンと全く同じ顔と背丈の少年が、顔を出した。そして、まるで何かを待っているこのように、ソワソワしながらレンに近づく。
「どうだった?」
「美味しそうに食べてた?」
「っ!? ぁ……えと……」
そして後ろから同じ顔と背丈の少女も顔を出した。彼女もまた、レンの顔を見てソワソワしている。
「……うん……」
「うしっ! それなら毎日作ってあげられる!」
「あ、いや……流石に毎日は……め、迷惑……」
「な訳無いでしょ……」
そしてレンの頷きを確認した少年は、右手でガッツポーズをし、そのままレンの頭を左手で撫でる。彼がレンと一緒に作ったのだろうか。そんな少年とは対照的に、レンは下を向き小さな声でそう言う。
「毎日もやしのみなのに拒否る普通?」
「いや、ありうるかもね」
「そう?」
「ほら、リンとその子は一応他人だし。抵抗あってもおかしくなさそう」
が、もう一人の少女が、レンの考えを肯定し、レンの頭を撫でている少年……リンを諭すように呟く。
「ま、どっちにしろ。それは明日ちゃんと聞いてきたら?」
「で……でも……」
「でもじゃないわよ」
なおも食い下がるレンに、少女は呆れたような口調で返した。
「……」
すると先程まで興奮してレンを撫でていたリンが、無言でレンの顔を見つめた。
「……ん……?」
「……変わりすぎじゃない?」
そして真顔のまま言う。一瞬言いたいことが分からなかったレンは素っ頓狂な顔をしたが、直ぐに驚いたような顔をする。
「え、そう……?」
「そうね。私もそう思うわ」
「え……えぇっ!?」
「ね? ナナも思うよね?」
そして少女……ナナも、リンの考えに賛同する。二人の言葉に、レンは何も言い返せず、両手をばたつかせている。
「え、あ! ごめん、ちょっとトイレ行ってくる!」
「え? ちょ!?」
「逃げた! これ絶対逃げた!」
かと思えば、廊下を突っ走った。二人は追いかけず、呆れた顔をしながら部屋へと戻って行った。
遅い時間とはいえ、まだ夕方。大きな窓があるこの家にとっては、まだまだ明るい時間帯。故に廊下を電気も付けずに歩いている。
「……」
思い詰めたかのような表情をしている。先程「変わった」と言われ、動揺しているのだろう。
「っ!」
「……っ!」
すると、前方から一人の青年が無言で歩いてきた。銀髪で右目が黒色、左目が銀色をしている青年。恐らくレンの兄だろうか。
兄はレンの顔を見ると、一瞬驚いた顔をしたがすぐに真顔になる。
「……」
「……ちょ、兄さん……!」
そして早歩きでその場を立ち去った。すれ違いざまにレンを睨みながら。
「……」
そんな謎の行動をした兄の背中を、レンは無言で見つめる。
「何なんだよ本当に……」
そして愚痴を零しながら、トイレへと入っていった。マジの花摘みだったようだ。
夏休み前日の放課後。
「春も秋も冬も、一ヶ月休みがあればいいのに」
「分かる」
「ね」
「……」
レンとルル、そしてルルの友人二名は共に下校している。楽しそうに談話しているが、レンだけは浮かない顔をしている。
ちなみに、質問女だけは自転車を押して歩いている。
「ん。それじゃ」
「あ、またね」
「あ……ん……ま、またね……」
軈てルルがそう言い手を振る。一言添えながら手を振る質問女と無言で手を振るしっし女。が、レンだけは小さな声を出すのみだった。
「……電話番号教える?」
「ん……んぇ?」
「夏休みの宿題とか、一緒にやりたい」
それを見たルルは、レンに近づきそう提案する。レンは顔を上げ、ルルの目を見る。
「っ! んっ! や、やります!」
「んふっ。じゃあ携帯貸して」
「はいっ!」
そして先程までの悲しげな表情は何処へやら、レンは顔を赤らめ興奮した声を出した。
「この子……感情隠す気ないでしょ」
「レン君なりに頑張ってるとは思うぞ」
そんな初々しい夏を超え、
そろそろ冷房も不要になるであろう十月。
「レンー? ちょっと勉強教えてくれない?」
「うん、いいよ」
休み時間。一人の青年が、レンの席の前で座り込み、軽い口調で声をかけた。眼鏡をかけている。
つい数ヶ月前までは誰もが近寄り難い存在だったレンだが、今では周りから話しかけてくる事も多々あるようだ。ルル効果絶大だ。
「ルルちゃんはどんな髪型が好き?」
「……んーそうだね……」
対し、教室の真ん中でスマホに映った画面を見ながら、ルルと友人二名が談笑している。
「やっぱボブ! ボブが一番よね!」
「いや……私は、ロングヘアーが好きかな?」
「う……ぇ、嘘っ!?」
内容からして、憧れている髪型なのだろうか。何時もは変なことしか話さない三人……というか主に友人二名……だが、珍しくまともな会話をしている。
どうでもいいけど友人二名の声がでかい。
「こう、サラサラでいい匂いがして真っ直ぐ下に伸びてるやつとか。長ければ長いほど良い」
「え……」
「ん? んぉっ!?」
ロングの拘りをスラスラと言い放つルルの後ろから、絶望にも似た一文字がルルの耳元で響いた。ルルは驚きながら振り向くと、そこにはレンが口を小さく開けて突っ立っていた。
「レ、聞いてたの!?」
「ちょっと、気配消しすぎよ貴方」
「ぁ……ご、ごめん……」
しっし女の一言に、レンは謝り、教室を出て行った。恐らく気まずくなったのだろう。
そんなレンを見て、三人は怪訝そうな顔をした。嫌な予感がするのだろうか。
「……き、気になるなら後ででも良いよ?」
「あ、いや、一応ユウキ君……? が先約だし」
「今語尾にハテナ付けた? 俺の名前忘れてた?」
そして自分の席に戻り、眼鏡男との勉強を再開した。少し気まずいのか、席に座ったレンに眼鏡男は小さな声で提案するが、すぐに却下される。
「……」
「……」
「勘違い――
「するわけないでしょ……! ショートならまだしもロングよ……!?」
そんな勘違いな秋を超え、
十二月三日。
「HBD」
「ぇ……ぁ……あ、ありがとう……」
ルルはレンにそう言い、小さな袋を手渡した。レンは手を震わせながらそれを受け取る。
「時期的にクリスマスも近いし。一ヶ月で欲しいものが二つも貰えるとか羨ましい」
「羨ましい限り」
「貰えるというか……まぁ、兄弟でケーキ食べる頻度は確かに多いけど……」
隣で見ていた友人二名もお祝い……なのかこれは……の言葉を言う。レンは少し照れているのだろうか、目を逸らしている。
「……そういえば三つ子だっけ」
「え三つ子なの!?」
「え、うん。弟と妹。正確に言えば……一応、兄もいるけど」
ふと呟いたルルの一言。その一言に、質問女が食いつくように前のめりになる。
確かにまぁ、こんな端正な美顔がまだあと二人も残っているのだから。ある意味恐ろしいのだろう。
「お……同じ顔の美少年が三人……」
「何その家庭、狡っ!?」
「ず、狡い……の?」
しっし女も同様に驚いている。サラッと美少年と言われているのに、レンは全く気にしていない。
「レン君は可愛いからしょうがない」
「かっ……!? かわ、いい!?」
「ルルちゃん」
「それは違う」
更に追い打ちをかけるようにルルがそう言う。今度は反応を示したレン。目を見開き、ルルの方を見ている。
が、そんなルルの発言を訂正させるかのように二人の少女は低い声を出した。
「こういう少年は、可愛いって言われるのは好――
「あ……」
「……ん?」
そしてしっし女が何かを言おうとしたその時、レンが俯きながら声を出した。しっし女も口を閉じ、レンを見る。
「あり……がとう……」
「……」
「……」
そしてそんな一言が小さく響いた。
「重症よこの子」
そんな赤い冬を超え、
「うっしゃぁ」
「同クラぁっ!」
「あはは……」
「……」
春の日に、二年生になった。
ルル、質問、しっしの三人は下駄箱に貼られたクラス表を見て興奮していた。
「ん……いや、レン?」
「何でそんな遠くにいるの?」
「え……あ……いや……」
そんな三人の後ろで、コソコソとクラス表を見ているレンに声をかけた。
「ほら、同クラよ」
「喜べもっと」
「……ん……うん……」
そしてレンはゆっくりと三人に近づいた。三人とも嬉しそうな笑顔を浮かべており、レンも釣られるように小さな笑顔を浮かべた。
しかし何故……レンはこの二人のことを友達と認識しなかったのだろうか?
四月中旬。まだクラスが変わったばかりで、前年度の友人以外とは話す機会が少ないであろうこの時期。大きな校舎をバックに、広々と、楕円の形をした校庭内に、レンのクラス全員ともう一クラス、約八十人程が立っている。男子と女子は少し離れた位置にいる。
「まずはキャッチボールからだ。道具を持って各々散って」
体が小さめの男性教師は目の前にいる男子達にそう言い、倉庫の方を指差した。
現在は体育の時間。男子と女子に分かれ、各々違う競技をするのだろう。男子の授業内容は野球らしい。
「相手いる?」
「大丈夫、空いているよ」
「んふっ」
「は?」
皆誰かに声をかけてペアを作っている中、レンは全く動かず、離れた場所でサッカーをしている女子達……否、ルルをガン見している。既に周りではキャッチボールを始めている人もちらほらといる。あらぬ方向を見ているレンをちらりと見て苦笑いもしている。
「あの」
「んぉっ!?」
そんなレンの背後から、一人の青年が声をかけた。レンは驚き、びくりと身体が跳ねさせながら振り向く。
「お、俺と一緒にやりませんか?」
「あ……えと……」
そして背の高いその青年……ツチヤが、レンの顔を見ながら、そう言った。
「一応、初めましてだけども……」
「あ、その、ぜ、是非お願いします……!」
レンは驚きながらも嬉しかったからか、声を張っていた。
体育で余り物同士。そんな共通点から始まった関係。
「……」
「……ん? どうした?」
「……ツッチー……」
「……どうした?」
「いや、何だろう……そう呼んでもいい?」
「まぁ、別にいいけど……急だな」
キャッチボール中でも途切れ途切れの会話をしていた二人。ほんの短い時間ではあるが、決して小さくない友情は芽生えたのだろう。
「どち……らさまですか……?」
体育の授業が終わり、レンと共に教室へ戻ろうとレンの元に向かったルルだったが、何時もは一人で過ごしているレンが見知らぬ男子と会話をしている姿を目撃し、絶句した。
「あ、初めまして。ツチヤと言います」
「……え……あ……」
「以後、よろしくお願いします」
「は……はい……」
そして聞かれたツチヤは丁寧にそう返した。ルルは何が起こっているのか分からずレンとツチヤを交互に見た。
というかどちら様じゃねぇよ。クラスメイトだよ。なんで認識してないのこの人? あれか、多分レンと同じ様に周囲が全く見えてないのかな。
二人は体育の時間以外でも共に過ごす時間が増えていった。なんならルルが友人二名の方へ行った時は、必ずと言っていいほどツチヤはレンの元を訪れていた。
「勉強だるい……」
「だ……だるい……?」
レンの前の席に座り、肘をレンの机の上に置きながらそう愚痴るツチヤ。レンは教科書やノートを端に置き、ツチヤの肘のスペースを確保している。
「何その反応。億劫じゃないの?」
「まぁ、僕はあんまり思わないかな」
「マジか……」
レンの顔を見て若干引いている。宿敵に対して意欲的なその姿は、ツチヤにとっては理解不能なのだろう。
「上手だね」
「ありがとう」
スマホを出し、大きな白い紙に綺麗な字で「Happy」と黒く書かている写真をレンに見せている。恐らく書道なのだろうか、隣には真っ黒なぼくち硯と細長い筆が置いてある。
「……何で英語なんですか?」
「何でって……いや、書道で英語禁止なんて決まりは無いだろ」
レンの隣で覗き込んでいたルルが、そんな事を聞いた。敬語だ。壁を感じる。
「まぁそんな決まりは聞いたことは無いけど……確かにあんまりイメージは無いよね」
「い……別にいいだろ何でも!」
レンにまで言われ、ツチヤはスマホの電源を落とした。不貞腐れているのだろうか。
「ん……でもレン君の家になら、こういうの沢山あるんじゃないの?」
すると唐突に、ルルがそんな事を言った。レンの顔をじっと見つめるように。
「いや、無いけど……何故そう思った?」
「レン君家は裕福だから」
「余計謎が深まったんだけど」
レンはルルの発言の意味が分からず、首を傾げる。
「……え……え、裕福なの……?」
ツチヤはそんな二人のやり取りを見て……というよりも、「裕福」という単語を聞いて驚いた。
「……まぁ、一応。この学校だと……先生達とルルちゃんしか知らないことだけど」
「マジか……」
そして続くレンの言葉を聞き、レンの秘密を知る数少ない人物になれたからか、少しだけ嬉しそうな顔をするツチヤだった。
今のレンは、前までと違い、オドオドとした雰囲気はあまり無い。ルルとも普通に話せている。ツチヤと友達になった故に、だろう。
レンに新しい友達ができ、楽しい高校生活を送れるようになる……筈だった……
朝早い時間で、生徒もほとんど居ない時間帯。
「よ」
「……どちら様でしょうか?」
人気の無い階段を一人で歩いていたツチヤの目の前に、一人の青年が立ち塞がった。
「俺の事はどうでもいい」
「はい?」
「何でレンとかいう男の子と一緒にいるんだ?」
「……何で……?」
そしてツチヤの言葉も無視し、そう聞く。ツチヤは表情を変えず、その質問の意味を探るように小さく俯く。
「……質問の意味が分からないのですが」
「意味ね……あの子、とんでもない悪い子なんだよ」
「悪……?……貴方、レンとはどういう関係なんですか?」
そして続く言葉に、ツチヤは冷静にそう聞き返す。まるでレンの昔でも知っているかのような口ぶりに、少しだけ前のめりになっている。
「いや別に。互いに知らねぇ者同士」
「……は?」
「ただの観察眼。そう見えただけ」
「っ!?」
が、自身の目を指差しながら出てきたその言葉に、ツチヤは言葉を失う。当たり前だろう。レンの知り合いどころか他人に、意味不明な要求をされたのだから。
「まぁとにかく。レンと関わると悪い目に遭うから、縁を切――
「レンの事を知らない奴がそんな巫山戯たことを言うんじゃねぇよっ!」
「……まぁ確かに。お前よりは詳しくねぇよ」
それでも尚、揚々と話し続ける青年を、ツチヤは大声で遮る。熱くなっているからか、敬語でも無い、強い語気になっている。
「でもお前だって。俺からすれば、半年にも満たない時間しか過ごしてないくせに、とは思うな」
「……は?」
が、青年は更に言葉を続ける。ツチヤを小馬鹿にするかのように、半笑いで。
「考えないのか? レンは頭が良くて顔も良い。そして金持ちで皆に好かれている」
「……何が言いたいんだよ」
要領を得ない話し方をする青年にイライラしているのか、ツチヤは強い言葉で、聞き返す。未だ熱くなっているのか、睨むように。
「……お前さ……見下されてるとか思わないのか?」
「っ!?」
そして青年が放った言葉を聞いた瞬間、目を見開いた。そして一歩下がる。
「不釣り合いなくせにズケズケとしてさ。お――
「レンは! そんな事を考える男じゃない!」
「……何でそんな自信を持って言えんだよ? 人の心――
「友達だからだ!」
「……」
青年の言葉を否定するかのように、次々と遮るツチヤ。その反応に小さく青年は微笑んだ。
「……自分から声をかけてできた初めての友達だ」
「……」
「それ以外に理由は無いし……いりません」
「……そ……」
冷静になったからか、再び敬語で話し始めたツチヤ。余程頭にきたからか、再び青年を強く睨む。
「他に言いたいことが無いなら、俺は――
「顔」
「……は?」
そして青年の横を通り過ぎようと歩き出した瞬間、再び青年が言葉発した。
「君と話す時のレンとルルちゃんと話す時のレン。その顔。見比べてみろよ」
「……」
「レンがお前に興味が無いって、一瞬で分かるぞ」
「っ!?」
そしてそれだけを言い、青年は階段を降りて行った。ツチヤは青年の背中を見つめた後、ゆっくりと階段を上った。
十一月も終わり十二月四日。
「本日月曜日っ! 早速注意事項から行ってみよう」
うっせえなこの先生。
「最近、この辺で高校生が行方不明になるという事件が発生ました」
切り替えエグイなこの先生。
もうすぐ一年が終わるというこの日に、教室の前方に立つ女性教師は物騒な事件を淡々と話す。
「今のところ三人、うち一人がうちの学校の生徒です」
被害者も身近な存在、という事でクラス中に重たい空気が流れる。
「全員、下校時は注意してください。具体的には、なるべく人通りが多い場所を通るとか」
そう言い残し、先生は教室から出て行った。暗い生徒達に軽い注意をするのみだったのだ。
「……」
一週間。
リンとナナがいなくなってから、そんな日数が経っていた。レンは学校でも言葉数が減り、クラスメイトはもちろん、ルルに話しかけることも少しずつ減っていた。
「この本、最近のおすすめ」
「……ん……そうなの?」
「そ。特にこの仲間がいなくなってからが最高」
「じゃあ今度買ってみる」
「……えと、あげるつもりだったんだけども」
「え……あ、ありがとう……」
そう言いつつ、ルルは手に持った本をレンの机の上に置いた。レンはオドオドしながらもそれを受け取り、小さくお礼を言った。
そう、「話しかける」事は減った。逆に話しかけられることは増えたのだ。から返事という雰囲気だが、会話自体は成立しているのだ。だが、交流する機会が減ったのは事実だろう。ルルには、レン以外にも友達がいるのだから。
「レン。今日、放課後に話があるけどいいか?」
「あ……ん……うん。分かった」
そんな失意に溢れた一日を終えた帰り道。レンが一人で、涙を流しながら帰宅する姿をとある生徒が目撃した。
そんな状況で迎えた誕生日だったからだろうか。レンはルルから受け取った本の中身を見ることはなかった。中に挟まれていたバースデーカード兼ラブレターを読まれることは無かった。
同日夕方。
ピリリッ
「ん?」
とある机と椅子が四十個ほどあれば学校の授業を受けられるのではと思われる程の広さを持つ大きな部屋の中で、携帯電話が小さく鳴り響いた。
部屋の奥にポツンと置いてある机と椅子。その椅子に腰掛けている一人の男が、携帯電話を耳に持っていく。
「どうした?」
「レンは私の子供だからね……」
「……どうした……?」
電話の相手……レンの母親は少し弱々しい声をしている。男は母親の言いたいことが分からず、聞き返した。
「好きな子にしか目がいかなくなるのよね」
「……え、レ、レンに好きな人がいるのか!?」
「えぇ。いるわよ」
そして続いて放たれたその一言に、男は酷く取り乱した。正確には少し嬉しそうな表情をしている。そして立ち上がり、机の引き出しを幾つか開け放つ。
「っ! 嘘だろ! だったら、さっさと婚約は――
「でもね」
「消し……え……」
そして一枚の髪を取り出したと同時に、母親の遮るような口調で手を止めた。興奮していたのに、一気に冷めたのだろう。
「……さっきレンから電話があったの」
「ん……!? そう、なのか……」
「……ごめん、って言われたわ」
「……は……?」
レンは何を考えてそう言ったのか、男は理解ができず、再び椅子に座り直し、次の言葉を待った。
「……その……今のレン、私と同じ雰囲気がするの」
「……」
「……生きるのが辛い、って」
「……っ……」
「そのごめんの一言で……今のレンの気持ちは大体察した」
そして男は理解した。男は背もたれに身を預けた。今までレンと関わってこなかったからだろうか、小さなため息も着いている。
「でもさっきも言ったように、あの子には好きな子がいるの」
「……」
「だから多分……振られちゃったのかなって」
「そう……か……」
そして顔を下に向け、残念そうに手で顔を覆った。
「で、テルヨシの所に行くって」
「……」
「多分、そこで自殺するんだと思うわ」
「……え、俺の目の前で……?」
が、次に聞こえてきたその言葉に、男……テルヨシは絶句した。
「まぁ、貴方レンに愛を注いでないし」
「しょうがないだろそれは……心の問題的に……」
「……まぁ……責めるつもりはないけど……でもお願い……」
「……」
「最期ぐらい……レンの我儘を聞いてあげて」
そして泣きそうな声で続ける。テルヨシは、暫く無言で母親のすすり泣く声を聞いていたが、軈て息を小さく吐く。
「……リンもナナは行方不明。好きな人にも振られる」
「……はぁ……何なんだよ……俺の悪運でも移ったのか?」
「むしろ……そうであって欲しい……」
そして悪態を着いた。心做しか少し軽い口調にも聞こえる。対して母親は重々しい口調だ。そしてテルヨシは椅子に座り直すように一瞬だけ腰を浮かした。
「あいつ……自分の誕生日に恐ろしい事を……」
「むしろ望んで悪運を引き入れてる感あるね」
「いや、今から目の前で自殺されるんだから、まだ悪運は――
コンコン
そしてまだ会話を続けようとしたその時、前方にある大きな扉からノックの音が響いた。電話の向こう側に届いたのか、テルヨシと母親、両方とも会話を止めた。
「……多分レンが来た」
「……」
「切るぞ」
「うん……」
そしてお互い名残惜しそうに小さく言い、電話を切った。携帯電話を机の中にしまったテルヨシ。その直後、前方にある大きな扉が低い音を鳴らしながら開いた。
「もしもし……」
「レンが言ってた。自分が自殺すれば、母さん……ベニヒメも自殺するだろうって」
「……そう……」
「……明日。レンの学校に行くつもりだ」
「何で?」
「……何でレンを振ったのかを聞くためだ」
「やめなさいな」
「……まぁとにかく。それだけを伝えたかっただけだ。悪い、切るぞ」
「うん。さようなら」
ピッ
ツー
ツー
ピピッ
「……さようなら」
翌朝、十二月五日のホームルーム。担任の先生が黒板にたっているが、未だ少しだけざわめき声が聞こえてくる。
「昨日の夜。レンが自殺した」
「……え?」
「……は?」
そんな日常をぶち壊すかのように、先生は唐突にそう言った。少しだけあったざわめきも一瞬にして無くなり、全員が先生の方を見る。
「レンのお父さんから連絡があったらしい」
「え、あの……何の……まだエイプリルフールじゃないですよ?」
「仮にエイプリルフールだとしても、こんな不謹慎なことはせん」
そして続く先生の言葉に、再び動揺にも似たざわめきが響き渡る。
「いや……いや! いやいやいやっ!」
「私もさっき聞いたが、例の行方不明者が出てる事件。三人のうちの二人。あれ、レンの弟と妹らしい」
「……ぇ……」
「最近元気無かったから……多分、それが一番の原因だとは思うな」
下を向き呟くようにそう言う先生。生徒達は前のめりになり、口をパクパクさせるのみだ。今、何を言えば良いのか分からないのだろう。
「ルルちゃん? 大丈夫か?」
「……」
「ルルちゃん……」
そしてルル。ルルは座ったまま下を向き、机をじっと見つめている。何を考えているのか分からない……いや、逆に何も考えていないのかもしれない。
「……兎に角――
ガララッ
「ん?」
先生は困惑するクラスを纏めようと、次の指示を出そうとしたその時、教師の扉が音を立てながら開かれた。予期せぬ展開だったからか、先生も生徒も、素っ頓狂な表情で扉へと目を向けた。
扉の向こうには
「失礼します」
テルヨシがいた。
扉を後ろ手で閉めながら、教室の中へと入ってきた。
「え嘘っ!」
「テルっ!? え、テルヨシさんじゃん!?」
「何で、えドッキリ!? カメラあるの!?」
もちろん、そんな俳優という肩書きを持っているテルヨシの突然の来訪に、クラス中はお祭り騒ぎ。先程までの何とも言えない空気とは違い、歓喜の嵐だ。
「ほんもっ! あ、サイ……じゃねぇ、ちょ、何でこんなとこにいるんですか!?」
「いえ。キチンと校長には許可は貰ってます」
「許可を……ですか……? な……何で?」
テルヨシは扉の前に立ったまま、教室を見渡した。先生も生徒も皆息を飲み、無言でその姿を見ている。軈て小さく息を吐いた。
「……俺は、レンの育ての親です」
「……え……」
「いや、正確には姉の息子だから血の繋がりは無いし、然るべき愛も与えてないから……親と名乗って良いとは思えないが……」
教室を見渡したまま、テルヨシは語った。周囲の反応も気にせず、自分とレンの関係を。
「え父親……?」
「レンがこのクラスでどんな風に過ごしていたかは知りません……が……」
「……っ!?」
が突然、テルヨシは両手と両膝を床につき、頭を下げた。その行動に、その場にいる全員が困惑した。
「申し訳ないっ!」
「え、ちょっ!」
「俺が、自分勝手の都合で、レンと向き合わなかった、俺のせいで!」
「いや、あのっ!」
そして勢い良く謝った。頭を上げようともせず、更に目には薄らと涙を浮かべている。
「頭を上げてください」
「っ!」
が、目の前から聞こえてきたその声に、テルヨシは思わず視線を上げた。
テルヨシの目の前には、先程まで魂が抜けていた少女、ルルがいた。
「レン君については、凄く残念で、遺憾で、何でちゃんと愛さねぇんだこのクソ親父とは思います」
「え、く、えクソ親父?」
「ブチ切れてるわねあの子」
優しい言葉を投げかけるのかと思えば、恐ろしい言葉を放った。そんな光景に、周りも驚きながらルルの方を見ている。テルヨシも目を丸くしている。
「……でも、気持ちはちゃんと伝わっています」
「……」
「だから、頭を上げて……それでさっさと帰って下さい」
「ルルちゃんのあんな姿、なかなか見ないわよ」
彼女にとって、やはり天敵なのだろう。優しい言葉に見せかけたナイフを何度も突き刺していく。
「……レンは自殺する直前、こう言っていた」
「……ん?」
するとテルヨシはルルの顔を見つめ、口を開いた。ルルは若干不快そうな顔をしている。
「……好きな人に、間接的にだが振られた、と」
「……え……?」
が、テルヨシの俯き気味で告げられたその言葉にルルは目を丸くした。
「もし君がその少女だと――
「私は……レン君を振っていません」
「……は?」
そして、今度は攻撃的では無く少し震えた声で、ルルはテルヨシにそう投げかけた。
「いや、事実レンは……」
「レン君は鈍いから、何時もギリギリバレるような発言だけをしてたし。でも、そんな、レン君が勘違いしちゃう事は……」
「……え……えぇ……」
そしてあらぬ方向を見ながらブツブツと何かを呟いた。周囲にも聞こえる声量で。テルヨシは小さな呻き声を出しながらルルを見つめている……否、引いている。顔が引きっている。
「あの二人の事だから、二人の間じゃなくて、外的要因で勘違いしたとしか思えないよな」
「……え……ど、ミユウ?」
そんなルルを見て、しっし女……ミユウが、そんなことを口にした。
「でもだとしてもさ。レン君がルルちゃんに確認もせずに自殺って……ね?」
「……っ! な、何で俺の方を見るんだよ」
そしてツチヤの方を見て、意味深な事を呟く。唐突に投げかけられたツチヤは、小さくも荒らい声をあげた。
「でもレン君はツチヤ君とかなり仲良しだったし。ツチヤ君経由なら……確認せずに行動してもおかしくなさそうじゃん?」
「っ……」
「それと正直……ツチヤ君は二人の間に入ってる邪魔者にしか見えなかったな」
「っ!?」
そして睨みつけながら言葉を続ける。皆ツチヤの方を見て、事の経緯を見守っている。
「どうせ、「ルルちゃんは俺の彼女だ」とか何とか言ったんじゃないの?」
「……」
「反論しない」
「マジなのね」
「うわぁ……」
軈てミユウの問に押し黙るツチヤ。それを見て、皆ツチヤに軽蔑と嫌悪の籠った瞳を向けている。
「とりあえず、今日のところはお帰りください」
「……分かりました……また日を改めます」
「その時はやはりサインとかを――
黒板前では、先生がテルヨシを教室の外へと追いやっていた。名残惜しそうだったが、テルヨシは帰ることにするようだ。
ドンッ
「んおっ!」
「……っ……」
そしてテルヨシが教室の外に出た瞬間、ツチヤの机を思いっきり叩く人物がいた。軽蔑でも嫌悪でも無く、殺意の籠った瞳を向けているルルだ。
「お前は……!」
「……ぇ……」
「ぐっ……ちっ……」
が、それ以上は何も言わず、自分の席へと戻って行った。その光景に、ツチヤだけでなくクラス全員がぽかんとするばかりだった。
十三時二十五分。
もうすぐ授業が始まる。生徒達は皆教室に入り、次の授業の準備をしている。レンがいなくなったばかりだからか、重たい空気がクラス中を包む。
「……」
「はぁ……」
何時もは煩いほどの話し声が響くはずの休み時間なのに、お通夜と言われてもおかしくない程の静寂が流れた。
そんな静寂もまた……何の前触れも無く、
ズァッ
「っ!?」
「んぉ!?」
「くぁっ!?」
壊れた。
突如現れた謎のピンク色の光が、教室を包み込み……
「――の? 本当はまた待たせるんじゃないのぉ?」
「いえ。こちらはすぐですので」
「もぉ……蕾だからこっちから開……ん? あ、開いた!」




