1.39 無駄なやり取りが多い子達だよね
そういえばマユカさんって眼鏡かけてたなって……
絶対外れない眼鏡、一体どこのお店でご購入されたのかしらね。
僕と女性は、ルルちゃんが垂らした縄で全身を縛ってから、ルルちゃんに引き上げてもらった。
「あ、りがとう……」
「どういたしまして」
そしてガラスの上に足を着いたと同時に、僕は目の前にいるルルちゃんにお礼を言う。
二人同時に引き上げるとか凄すぎない?
「本当にこの子、異物なのかしら……?」
自分の体に巻き付いているルルちゃんの縄を解いていた時、隣で座っていた女性が、そんなことを言う。
分かるよその驚きの気持ち。異物は分からんが。
「ルルちゃんは! 優秀なんですよ!」
「いや、そうじゃなくて。何当たり前のように使いこなしてるのよ、って話よ」
大きな息を吐きながら、呆れた、とでも言いたげな、苦い顔をしながらそう言った。
こ……この人は何を言ってるんだ……!? 何訳が分からないことを……!
「貴方は! ルルちゃんの事を知らないからそんなことを言えるんですよ!」
「ま、ちょ、胸ぐら掴むほどのこと!? ま、くる、苦し、やめ、揺らさないで!」
掴むほどのことだよ!
というか本当に分からないの!? 何で分からないの! 畜生! こういう分からず屋には体に刻み込んでやらないと!
「ん!」
「ひぇっ!?」
と唐突に、ルルちゃんが僕の右腕を掴んだ。女性と引き剥がすかのように、思いっきり。そしてそのままセルント王の部屋に向かってドシドシと歩き出した。
ひぇ!? ちょ、どうしたの!?
「ささっと行動は大事」
「……え?」
そんなことを言いながら、僕と未だ縄で縛られている女性を引き摺っていった。少し不服そうな顔をしている。
大事……かもしれないけど……え、本当にどうしたの急に?
そうだ。もう凶禍でも無いから、耳と尻尾はしまっておこうかな。
僕は無言で耳を折りたたみ、尻尾を収納した。
何度やっても……仕組みが分からないな……
「どう?」
「凄い……!」
セルント王の部屋の左側の壁に空いている大きな穴を見て、僕は無意識にそう呟いた。
「ふ。ありがとう」
可愛い。
この穴はルルちゃんが開けたものらしい。奥の廊下と繋がっていて、くり抜いたかのように綺麗な長方形をしている。この穴からセルント王の部屋の中に入ったのだと言う。流石ルルちゃん。
「……運ぶのは大変そうね……」
「ん……なら、僕が全員を運びますよ」
セルント王の自室の前で、マユカさんが小さな愚痴を言っている。
今この場には、僕とルルちゃんとマユカさん。そしてルルちゃんによって全身を縛られている女性、ドウルさん、ドバイさんの計六人がいる。そういえば女性の名前をずっと聞いてなかったな……後で聞こう。
「レン君は……本当に負傷してるの?」
「してるはずなんだけどね……」
「させたはずなんだけどね……」
ドバイさんの問に対し、マユカさんと女性がほぼ同時に、ため息混じりに答えた。
そんなにおかしい事なの? というか何故呆れている?
「はぁ……レン君の体内を覗いてみたいわ……」
「やめろ」
「ひぇっ!」
そしてそんなドバイさん。僕達を隔離したあの空間スキルを使用者らしい。そして壁に大きな穴を開けて侵入してきたルルちゃんに脅され、ルルちゃんを中に入れたらしい。流石ルルちゃん。
「別に、ただの軽傷ですよ」
「どこが」
「左手が塞がってるじゃん」
僕の発言に対し、ルルちゃんとマユカさんが即座に返してきた。
「だ、大丈夫ですよ。僕は結構力持ちですから。片手でも楽勝です」
未だ左手を胸に添えている僕の方に、心配そうな目を向ける。
まぁ確かに……吐血するほどの傷を負ってるから無理はしちゃダメなんだろうけども……左手で痛みを和らげながら自然治癒力を高めているから……あれ? これちょっと危ないのかな……?
「無理はダメ」
ルルちゃんが僕の顔を見てそう言う。天使。
べ、別に無理をしてる訳じゃないんだけどもね! 本当に片手でもいけるから言ってるだけだからね!
「む、無理はしてないよ!」
「それは無理をしてる人が言うセリフ」
「え、じゃあどう返せば良かったの……?」
僕の目の前まで近づいて、前のめりになって言ってきた。
八方塞がりじゃん。どうしても僕にやらせないつもりでしょ。それに近いよ。ひゃぁ可愛すぎる。
「えっと……ルルちゃんは……二人いける?」
「……引き摺ればなんとか」
「……だ、大胆ね……」
マユカさんがルルちゃんの方を見て、そう聞く。恐らく、自分は一人が限界だと思ったからだろう。
引き摺る……引き摺る、か……
「……なるほど! その手が!」
「ん? レン君?」
「それなら一人で三人運ぶことも出来る!」
「え、何言ってんの?」
「むふふ」
困惑しているマユカさんを他所に、ルルちゃんはすぐ横で得意気になっている。天使。
流石ルルちゃん。天才だ。今すぐ特許を取れるほどの発想力だよ。
「あら。私は担がれるのに適した体をしてるわよ。軽いから」
「見栄っ張り」
「うるさいわ」
縛られている状態だというのに、女性とドウルさんが並んだ状態で冗談を言い合っている。
二人の関係性は分からないけども……仲は良さそう。
「まぁ……どっちにしろ! おぉら!」
「……ん? んぉっ!?」
うぉぉ! 先手必勝!
僕はドバイさんに近づき、担ぐように右肩に乗せる。
男性の中では背が低いとはいえ、僕よりは背が高いドバイさん。選んだことを後悔……いや、誰を選んでも背が高いじゃん。激怒ものだわこの世界コノヤロウ。
「有無を言わさず強制抱っこします」
「頑固」
「狡っ」
「……」
そして何故か二人が冷たい目を向けながら非難してきた。
頑固はどっちだよ。何で僕がそんなに責められないといけないんだよ。
「ほっ」
「んぬらぁっ!」
「っ!」
と、そんなスキを見せてしまったのがいけなかったのたろう。唐突に二人が同時に雄叫びのような声を出し、
「ふ。これでワンワンワン」
可愛い。
「た、たい、たい、とうよ!」
「なっ!?」
僕が油断をしていたその一瞬で、ルルちゃんは女性の縄を両手で掴み、マユカさんはドウルさんを両腕で抱えた。
というか……マユカさんが不安なんだけど……既に腕がプルプルしてるじゃん。
「あの。私達で遊ばないでくれませんか?」
「べ、別に遊んでませんよ!」
マユカさんに抱っこされているドウルさんが、少し強い口調で言ってきた。
心外だ。こちとら必死になって二人を説得してるというのに。何を見ていればそういう解釈になるのだろうか。
「それはそれで酷いと思うんだけど」
「同感ね」
んぐっ……い、いや、歷とした、ちゃんとした意味のある行動だから!
僕はドバイさんと女性から目を背けるように、螺旋階段の方へと一歩足を踏み出した。
瞬間、
ガッ
「んのぁ!?」
「え、ちょ!」
ガキッ
盛大にコケた。
「痛ぁっ!」
「っ痛……!」
顔を思いっきり、床のガラスにぶつけた。
「ちょっと! 今の私は身動きが取れないんだよ! もっと丁重に扱ってよ!」
いったぁ……鼻がジンジンする……え、今僕何に躓いた……? 真っ平らなガラスの何に躓いたの……? 摩擦?
シュル
「んぉっ!?」
そしてドバイさんを手放したその一瞬を狙ったかのように、背後から伸びてきた縄がドバイさんの体を掴んだ。
「ふっ。勝った」
そして、ドバイさんを自身の足元にまで連れて行き、ドヤ顔でルルちゃんが言った。最高の笑顔で。
「ぁ……ぁぁあああ!」
「ねぇ遊んでるよね!?」
渋々かつ不服だけど、結局僕が折れて、ルルちゃんに二人を食堂まで運んでもらう事になった。
「まず初めに聞きたいこと。僕達を殺める理由は何なのでしょうか?」
僕、マユカさん、ルルちゃんの順で螺旋階段を上る。その道中、僕は一番気になっていた事を聞いた。
別世界から来た人達を狙う……嫌っているというのは知っていたけど、態々こっちに呼び出してまで狙うほどの理由なんてあるのかな、って思ったし。
「というか、僕だけを執拗に狙っている時点で、ちょっと変でしたし……」
僕が別世界から来た。それを知っていたことには驚いたけど、何故僕を最優先で狙ったのかはよく分からない。いや、可能性が一番あるとしたら……転記が関係してるのかな? それか、「戦える異物」と認識して、最優先で排除したかったからとか?
「……」
「……はぁ……」
が、女性は……というか他の二人も。口をしっかりと閉ざしており、教える気が全くないようだ。思わず溜息が零れる。
「まぁ……後で苦しむのは貴女ですから、別にいいですけども」
「……え……?」
僕のその言葉を聞き、女性は顔を上げ、驚いた表情を僕に見せた。
あんまりみたくはないけども……やらなきゃダメだよね……我儘を言ってる場合じゃないし。
「まさか……拷問する気?」
「ひぇ!」
と、ルルちゃんが可愛くて純粋無垢な顔をしながら、そんな物騒なことを言ってきた。
「する訳ない……けど、ルルちゃんが拷問を望むなら」
「ひぇっ!?」
僕の言葉を聞き、女性が怯えた顔をした。
何? 今まで散々痛い思いをしたりさせたりしたくせに、急にどうしたの?
「でも、前に言ったよね? っと」
と、ここで二階に到達した。僕は螺旋階段から降り、二階部分の床を音を立てずに踏みしめる。
「この世界にいるからには、痛みには慣れて欲しいって」
「え? あ、うん」
「あ……そ、それって、この、世界の、人達は、痛みに、慣れてる、ってこと?」
そう言いながら、マユカさん二階の床を踏みしめる。
流石マユカさん。頭の回転が早い。ルルちゃんには劣るけど、やっぱりこの人も凄い人だ。
「その通りですけども、何も無理して話さなくても」
でもそんな苦しそうな顔をしながら言わなくてもいいじゃん。表情が強ばってるとかそんなレベルじゃないよ?
「だから、拷問程度なら、皆耐えますよ」
「なるほど」
シュルッ
そう言いながら、ルルちゃんは左手から縄を伸ばし、マユカさんが抱えているドウルさんを掴んだ。
「んぉっ!?」
そしてそのまま自分の手元まで引っ張り上げた。
「やっぱり私一人で運ぶ方が良い」
「え、ま、ええぇ……」
そして淡々と言いながら、ドウルさんを足元に転がした。優雅だ。
「待ってください!? 私も引きずられるのですか!? ちょ、や、嫌ですよ!」
そしてドウルさんも。今までに見た事がないぐらい取り乱している。そんなに引き摺られるのが嫌なのだろうか。
というか……結局、ルルちゃん一人に運んでもらうことになってしまった。申し訳ないの一言しか思いつかない。
「その、ごめん……」
「いえいえ」
視線を逸らし、若干気まずそうなマユカさん。ルルちゃんはそれとは正反対の、意気揚々といった表情をしながら、右手には女性とドバイさん、左手にはドウルさん、夫々に繋がれている縄を掴み引き摺っている。ずっと見てられる。
「……」
ちっ。あの女性から腹パンを受けていなければルルちゃん一人に負担なんてかけさせなかったのに……後であの女性を殴っておこうかな。そうだ。良く考えれば、ツッチーの事とか、ルルちゃんの額事件とかもあるし、後でビンタをしよう。
「ふふ……いらっしゃい……いらっしゃい」
「一人だけ楽をするなんてずるいよ」
「ひいぃ!」
それにしても……うん。仲が良さそうで何より。というか、身動きが取れない状況だというのに、何故か楽しんでいるようにも見える。そんなに僕達が緩そうに見えるのか?
「えっと……次の質問です」
まぁいいや。今は聞きたいことが沢山あるから、食堂に着くまでに少しでも多くのことを聞き出さないと。
僕はそんな緩々な空気のまま、会話を戻す。
「昨日ハヤタさんに付けてたあの手錠」
次に質問するのは、ハヤタさんの腕に付けられていたあの手錠についてだ。もしあれが本当に罪詰みなのだとしたら、ハヤタさんは動けるはずだ。ソウヘイさんが真犯人のはずなのだから。
「本当は罪詰みではなかった……ん……」
と、そこまで言いかけた時、僕は新たな疑問がが頭の中に浮かんだ。具体的にはソウヘイさんについての。
「はぁ……まぁ、これは真犯人が否定しなかったですし、ここは素直に、はい、とでも――
「……あれ……?」
「……はい……?」
「え? ど、どう、したの?」
ドウルさんの話も聞かず、俯いて呟く僕の姿を見てか、ドウルさんとマユカさんが不思議そうな顔をしながら僕の方を見る。
「ソウヘイさんって、今何処にいるのでしょうか……?」
僕はマユカさんの方を見ながら、小さく言う。
「あれ。そういえば……いつからいなかった?」
「……空間スキルで隔離された辺りから、見てない気がします……」
マユカさんの光の球を弾き返して、ミチルちゃんとルルちゃんが扉から顔を出して、そして女性が指笛を吹いて……今思えば、あの指笛が「隔離して」のサインだったのかな?
「えと、ルルちゃんは……」
「ん……」
「あ……」
と、僕はルルちゃんの方を見た。と同時に、ルルちゃんは無言で首を横に振った。ルルちゃんも見ていない、ということなのだろうか。
「……ならどうやって……というか何処に行ったのでしょうか……?」
「いや……そもそも見失ったこと自体がおかしいよね……?」
何処に行ったのかは分からない。そもそもあの時、僕達は閉じ込められていたんだ。逃げ道なんてある訳……
「……上?」
「……え? 上?」
僕が呟く。かすかに聞こえたその単語を聞き、マユカさんが聞き返すかのように呟く。
そうだ。よく良く考えれば、ドウルさんは上から降りてきたんだ。逃げたとすれば、そこが妥当……
「……いや、どうやって……?」
「……んー……」
こっちの世界の住人ならまだ分かる。頑張れば、あの高さならジャンプしたり、壁を掴みながら登ったりできるかもしれないし、何ならフェザーっていう種族の可能性もある。でも……
「いいや……それは後で考えよう」
「ん?」
が、僕は考えるのを一旦投げ出した。
「他にも聞きたいことはたくさんあるんだから」
優先事項は目の前のことから。今はこの人達からできるだけ多くの事を聞き出さないと。そう考えながら、僕は三人に目を向けた。
「前世は何じゃろな選手権だそうです」
「このコーナー人気あるのです?」
「知らない」
「前話で戦った女性。前世だと大きくなって戦う予定だったみたい。見上げちゃうぐらいの巨人になって」
「あ、じゃあゴリゴリパワータイプだったんですね。そこから吐血させる程の高威力パンチというのが残って今に至る、と」
「いや、寧ろ素早い設定だったみたい」
「……え?」
「あのね、振りかぶった瞬間にぶん殴られる的な」
「パ、パワーは?」
「見た目通りの威力だったらしい」
「絶望しかないのです」
「今の能力で良かったですね本当に!」




