1.38.4 VS一撃が重いくせに素早くて尚且つ見えない攻撃をしてくる女性
さぁ、この時間に投稿されたということはそういう事ですよ!
「頭を押さえるとか……本当、応用力はエグいわね……」
透明なガラスの上で仰向けになり、両腕を上げるような体勢で、女性は褒め言葉のような悪態をつく。
「……ふぅ」
レンはそんな女性の体を自分の全身を使って押さえつけている。右手で両腕を、左手で頭を、そして両足で下半身を、夫々ガラスの床に押し付け、女性の身動きを取れなくしてから、レンは息を吐いた。
「っ……二人とも、大丈夫ですか!?」
と、その体勢のまま、レンはルルとマユカの方へと顔を向け、心配の声を上げた。いつの間にか、あの鏡の壁が無くなっている。
「す、すみません……危険な目に合わせてしまって……」
「や、やばい……お、恐ろしいほど舐めてたわ……」
マユカはルルに抱きついたまま、ガクガクと全身を震わせている。情けない姿を晒しているという自覚があるのか、少し顔が赤くしている。
「む、無理はしないでください」
そんなガクガク震えているマユカの背中を擦りながら、宥めるように優しい声でルルが声をかける。
その姿は……聖女のようにも見える。
「素敵……」
「……は?」
そんなルルを見ながら、レンはぽつりと呟いた。
流石にこれには自分も同意以外の言葉が出てこない。
「貴方……私のことを本気で殺そう、って思ってないわよね」
「……まぁ、そうですね」
「流石異物、ってとこかしらね」
微笑みながら話している。両腕両脚、さらには首すら動かせない状況なのに、淡々としている。
「……」
そんな女性に対し、訝しむレン。警戒しているのか、より一層力を込めて、女性を床に押し付ける。
カチャッ
カチャッ
「んっ!? な、何っ!?」
と不意に、すぐ近くで何かが割れるような音が響いた。
レンは驚きの声を上げつつも、原因を探るように周囲を見渡した。
「ぇ……何この液体……?」
そしてすぐに、自分と女性の周りに透明な液体が撒かれてるのを発見した。二人を中心に、半径五m程の円をその謎の液体で作り上げられている。
「あら。やっぱりやるのね」
「や……っぱり……?」
そんな中、女性が小さな声で意味深な言葉を口にした。
「レ、レン君!」
「っ!」
助けに入ろうとしたのか、ルルは立ち上がり、レンの方へ向かおうとしていた。
「近づかないで!」
「っ」
そんなルルと、未だ足が震えているマユカの方を見て、レンは大きな声で言う。そしてすぐに、真下にいる女性へと視線を移した。
「急に現れたって事は……まだ空間の人が!?」
「HF」
「……ぇ……えっち……?」
そんなレンの疑問を無視し、表情を変えずに女性は返す。意味が分からないのか、レンは素っ頓狂な声で、その謎の単語を復唱した。
「君なら、ガラスを溶かす事のできる液体ぐらい、知ってるよね?」
「……」
突然の事に、レンは少し眉をぴくりと動かす。恐らく、女性の言いたい事を理解したのだろうか。真剣な表情になった。
「……HFって、さっき言ってたので……フッ化水素酸、ですか?」
「流石優等高校の優等生君」
余裕があるのか、女性は少し微笑みながら返す。
正体が分かったところで、なのだろうか。レンは未だ怪訝な表情をしている。
「……いや、だとしても……仮に床のガラスを溶かすつもりだとしても……そんなす――
ジュッ
「……ぇ……」
そんな事を訴えようとしたその時、
グォッ
「んぉっ!?」
フッ化水素酸に覆われていた部位が、一瞬にして無くなった。
もちろん、レンと女性も、小さな孤島となった足元のガラスと共に奈落へと落ちていく。
「ドウルの存在を」
そして二人の体が少しずつ浮いていく。
「忘れたのかしら?」
「っ!?」
作戦通りに行ったからか、はたまた自分が犠牲になるという事実を受け入れたからか、レンを見つめ、小さく微笑みながら、酷く冷静にそう言う。
「マジかあの人……」
そしてレンは、小さく驚きの声を出す。が、あまり焦っているようには見えない。少し余裕があるように見える。
「……」
「……え……?」
すると、レンは徐に右手を横に伸ばした。
「でも、僕の鏡も」
ズアッ
「んっ!?」
直後、レンの右手の先から巨大な鏡が縦に出現した。今までとは比較にならないほどの……恐らく、横にすればこの大穴をも塞げるのでは、と思えるほどの大きさだ。
「面白いことっ」
「ひぐっ!」
そしてその巨大な鏡を真下へと投げた。
女性は自分に当たると思ったのか、両腕で顔を覆った。が、
「出来るんですよ!」
そんな衝撃も無く、レンの声が響いた。
その直後、
ガッ
「え……?」
下方から、音が響いた。固いもの同士が擦れたような音が、少し高い衝撃音が響いた。
ドッ
「あがっ!?」
ドッ
「んっ!」
そしてすぐに、二人は何かに着地した。女性は驚き、そのまま仰向けで寝転んだが、レンは着地と同時に女性へと飛び、女性の体を再び押さえつけた。
「に……ん……な、にこれ……?」
状況が飲み込めていない女性は、今自分は何に乗っているのかを確かめる為に、首を少しだけ動かした。
「っ!?」
そして目の前に広がった光景に、床に自身の体が映っているのを目にした瞬間、声を出さずに驚いた。
二人は今、大きな鏡の上にいるのだ。先程レンが投げたあの大きな鏡の上に。
「……固定する際」
「っ!」
「こうやって向きを変える事も出来るんですよ」
「……マジか……」
小さな声で、レンが言う。
ようやく理解したのか、女性は全身の力を抜いた。
「あはは。さっきと同じ構図ね……」
「……」
そして冷静にレンの実力を分析した。レンは、もう逃すまいと女性を強く押さえつける。
暫くして、女性は溜息をひとつ吐く。
「……はぁ……」
「……」
「もう……勝ち目無し……って事ね……」
「……ふぅ……」
そして自分の敗北を宣言した。
「終わったぁ」
「……」
レンは女性を押さえつけたままだが、脱力したように、大きく息を吐きながら、間の抜けた声を出した。そんなレンを見て、女性はレンに対し、怪訝な目を向ける。
「あの穴……というか、穴の周りに撒いたフッ化水素酸ですけども」
「……?」
と唐突に、レンは視線を上にあげ、ポツリと呟くように話し出した。
「空間スキルでここを隔離した人が撒いたんですよね?」
「……」
「で、そのフッ化水素酸に向けてドウルさんが能力を使った……って事ですよね?」
そして再び視線を落とし、確認するように女性を見つめる。見つめられている女性は表情を一切変えず、じっと見つめ返していただけだったが、やがて、
「はぁ……まぁ、そうよ」
ポツリと呟いた。
それを聞いたレンは女性から視線を外す。
「……って事は、落とす事自体は計画のうちにあったのかな……? つまり結構練りに練った……」
「……」
そして女性を押さえ付けたまま、レンは小さな声でブツブツと呟く。女性がギリギリ聞き取れるぐらいの声量での独り言だ。
「何で助けたの?」
「……んぇ……?」
そんな思考中のレンを遮るかのように、女性はそんな問いを投げかけた。
「……何でって……別に、ま――
「レン君!」
「のにゃっ!?」
とその時、真上から大きな声が届いた。中は空洞なので、木霊するように響いている。
HFによってできた小さな穴から、ルルが覗き込んで大きな声を出している。
「っ! い、今助けるから! 待ってて!」
何時もは静かなルルだが、本気で焦っているのか、酷くあたふたしている。
「……可愛い……」
「……」
そんなルルの姿を見て、見上げながら顔を赤らめ、響かないほど小さな声をレンは発した。
まぁ、そんな諄すぎる展開は自分自身苦手ですけどもね。




