1.36 女性の名前は暫く出ません。多分ずっと出ない
多分二度と出ないかもです。
誰だあの人……後ろ姿からして、多分女性……だよね?
うなじが見えるほどの短い茶髪。青いパーカーに薄茶色のロングスカート……いや、踝まであるから、マキシ丈……プリーツスカートかな? を着ている。
「逃げないでよ」
「っ!?」
女性らしい声、だけども低く、まるで脅すような声色が響いた。遠くにいるから、多分叫ぶように言ったのだろう。
逃げないで……? 何それ……ソウヘイさんとどういう関係なの……?
「……ん?」
「……っ……」
僕の気配を感じとったのか、徐に、その女性らしき人が僕の方を振り向いた。中庭擬きは広く、未だ扉の目の前にいる僕だったが、目を凝らせば女性の顔が見える。
小さな輪郭に力が抜けているかのようなタレ目。身長は……座っているから分かりにくいけど、下にいるソウヘイさんを見るに、マユカさんぐらいありそう……百七十ぐらい……クソが。
「……」
「……」
僕の方を見てきた……のだが、僕をじっと見つめたまま、何もしない。
これは……どういう……
「……ん」
「ぁっ……」
すると女性は、僕の方を見ながら首を動かした。
あれは多分……こっちに来い……ってことか……?
「……」
「ん……」
僕は無言でソウヘイさんと女性に、ゆっくりと、床を踏みしめるように近づいた。音も無く、静かな時間が流れる。
「お……おい、何だよあれ」
「知らないよ。黙って見てて」
後ろから……多分中庭にいた男子たちだろうか。謎の重々しい雰囲気を感じ取ったのか、ヒソヒソ声で話している。
バンッ
「ひぅっ!?」
と、唐突に、扉が勢いよく開かれる音が部屋中に響いた。前方の、螺旋階段の奥にある扉が開かれたようだ。
「っ! レン!」
「っぁ!?」
そしてその扉の方から叫び声が聞こえてきた。声がした方を見ると、開かれている扉の前で、ミチルちゃんが少し息を荒らげながらこちらを見ていた。
「その女に、近づいちゃダメなのです!」
「え……?」
「えぇ……もぅ……」
僕はミチルちゃんの必死な声色と表情、そして訴えかけるような必死な叫び声に、僕は思わず立ち止まった。
「まぁそれが普通よね。むしろ近づく方がおかしいもの」
「っ……ミ、ミチルちゃんに何かしたんですか?」
「別に?」
「……」
……否定はしないってことは、何かはしたんだろうな。
僕は女性に……目安だから多分だけど……十メートル程にまで近づいた。大きな声を出さなくても住むような距離まで。
「あなたは、誰何ですか? 何で、ソウヘイさんの上に乗ってるんですか!?」
僕は、今目の前に起こっていることに対する疑問を、目の前の女性に投げかける。
少なくても……召喚された中にはいなかった顔と声だ……もしかして召喚士?
「あ、私? そうね……」
そこで区切り、目線を下げ、右手を口元に当て、言葉を選んでいるのか考える素振りを見せた。最初の怒気が含まれていた声とは違い、優しい声色だ。
考える……ってことは、召喚士じゃないのか……?
「刺客、かな? あなたを殺す」
そして言葉が見つかったのか、僕の方を見て、まるで突きつけるように言い放った。黒い瞳が、僕を逃さないとしっかりと見据えている。
「っ……もしかしなくても僕、ですか?」
「そうよ」
何で……? 何が目的で、というかそもそもそれなら何でソウヘイさんを……
「あなたという異物を、ね」
「……っ!? その言い方だと……」
まるで……僕が別世界の人だって、知ってるってこと、だよね!
「そ。知ってるわよ。あなたがそっち側の人だってこと」
っ!? やっぱり! どうして知ってるかは分からないけど……慎重に事を進めないといけないかも。
「……と、とりあえず、ソウヘイさんからどいてください!」
「嫌よ」
僕の言葉に間髪入れず、切り捨てるように答えた。
……何故かは分からないけど、雰囲気的にそう簡単には退いてくれないよね。なら、少し強引にでも退かした方がいいかな。ソウヘイさんにはまだ聞かなきゃいけないことがあるんだから。
「この子、私との約束をほっぽって逃げようとするんだもの」
「約束……?」
「そ」
この二人の関係性は分からないし、いつ知り合ったの……あれ……? よくよく考えたら、いつ知り合ったんだろう?
「簡単に言えば……ハヤタを陥れてってね」
「……え……お……!? じゃあやっぱり!」
「そそそ。気づいてはいたでしょ? セルントを陥れたのはこの子だ、って」
「っ!?」
この女性の言う通り、確かに気づいてはいた。いたけども確信があったわけじゃなかったから……改めてハッキリ言われると、やっぱり……
「そ……そこまでして……」
僕は未だうつ伏せになっているソウヘイさんを見ながら言った。ショックと言う感情しか出てこない。
セルント王を陥れてまで、ハヤタさんのことを……戦いとは無縁な世界な人が……僕の故郷の人が……そんな事を……
「何でそこまで……自分が何をしたか分かってるんですか!?」
「……」
信じたくないけど、受け入れないといけない。自分自身、そう考えてしまったんだし。
……というか、いくら陥れるためだとしても、ハヤタさんのことを嫌っていたとしても、無関係な人を利用するのは……絶対におかしいでしょ!
「っ! ソウヘイさん! 何とか言って下さいよ!」
「……」
それなのに、僕の叫び声を聞いても尚、微動だにしない、声すら発しない。
「ねぇ、あなたがレンなのかしら?」
「……何ですか急に……」
そんなやりとりを前に、女性が謎の質問をした。
何今更。そんなことを聞く意味なんてあるの?
「僕の名前が変だとでも言うんですか?」
「……ん……」
僕の問いにはすぐには答えず、女性はソウヘイさんから降り、僕の方に近づいた。僕は思わず後ずさった。
デカい。立たないでよコノヤロウ。近づかないでよこんちくしょう。
「いやね」
僕が逃げようとしたのに気づいたのか、直ぐに立ち止まった。
「ソウヘイともう一人、ツチヤっていう子にも約束してたのよ私」
「……ぇ……? う……え……!?」
……は……?……は!? はぁ!?
そして淡々と、何でもないといった感じで、衝撃事実をぶちまけた。おかげで頭が一瞬真っ白になってしまった。
「ツ、ツッチーが……!?」
今その名前が出る、ということは……いや、早計だ。流石にそんなこと……あれ、でもこの人……女性……
「でもあの子、何を思ったのか裏切ったのよね」
腕を組み、頭を上げ、今度は空を見上げながら言う。
「だから」
そして僕の目を見て、
「殺しちゃった」
ニヤリ、といったふうに笑いながら言った。
「っ!?」
「全く。約束したんだから、ちゃんとして欲しいものよね」
そして、やれやれと、呆れた表情で淡々と話を続けた。
え……今、この人は何て言った……? ツッチーを……?
「嘘……ですよね……?」
動揺を全く隠しきれない。小さく震えた声で、僕はそう聞く。
そうだ……そうに決まってる。そうとしか思えない!
「ん?」
「その……ツッチーを……」
「いや、本当だけど?」
「っ!?」
しかし、目の前の女性はそんな僕の考えを真正面から壊してきた。
「いや、違う! 絶対、嘘だ!」
「あのね。ここは向こうと違って簡単に人を殺せる世界なのよ?」
受け入れたくない僕を諭すかのよう、無慈悲といった声色で、僕の目を見ながら言ってきた。
嘘だ……嘘だ! 違う! 絶対に違う! だって……だって、昨日までは、会話だって……して……
「……嫌……」
「受け入れなさい」
「……っ……なん!……ひぐっ……なん……で……」
無理だ……受け入れたくない……出したくないのに、涙が止まってくれない……
「おぉう。怒ってる怒ってる。意外と可愛いわね」
「んぐっ……だ、黙ってください!」
対して女性は、そんな僕の姿を見て、嘲笑うように、煽るように、喋り続ける。
「あ! ねぇねぇ、その子の死に際のセリフ、分かる? 気になる? 知りたい?」
「い、いえ。知りたく、知りたくないです!」
知りたくない! 聞きたくない!
僕は何も聞こえないよう、両耳を手で強く塞ぐ。全てを遮断したいから、視線も女性から外せるように、真下を向きながら。
「「だったらせめて、弱点だけでも! 弱点さえ、どうにかできれば!」だってよ。必死すぎるし、何か気持ち悪かったわ。引いちゃったわ」
「……ひっ……ゃ……嫌……ツ……ッチー……」
しかし、手で塞ぐにしても限度がある。隙間から僅かに聞こえてくる声が、頭に響いてくる。
あぁ……ゃ……何で、ツッチー……違うって、言いたいのに……
「そういえば死体とはいえ、すごい軽かったわねあの子」
「っ!」
やめて……聞きたくもない。
僕は両手でさらに強く、遮断するように、耳を塞ぐ。
「ぁ……ぁぁあ……!」
「っと。そろそろ良いかしら?」
そして微かに、女性の落ち着いた声が聞こえた。僕はゆっくりと顔を上げ、女性の顔を見た。
ニコリ、といった感じで微笑んでいる。僕の脳内はさっきまでの会話が未だ駆け巡っているから、その微笑みにさえ、怒りが湧いてくる。
「あなたのこと、殺しても」
「……ぁっ……」
そして冷たく、そう言い放った。
レン君の名前は別に変では無いんですよ。
でもリンっていう名前の弟がいて、尚且つ鏡を使うレン君って考えると……変ではないけど危ないなとは思います。
2025年6月16日追記
初期設定ではセルント王は重症ではなく死亡してもらう予定でした。それ故に、既に修正済みですが、定期的にセルント王が亡き者になったかのような描写がたくさんありました……申し訳ございません……見逃しているだけでまだ修正していない箇所ありそう……




