1.32 なでなでなのです
ゴリゴリに場面は飛びます。訓練シーンまるまるカットです。
頭は撫でても撫でられても嬉しいもの。
一悶着あり、賑やかに時間が過ぎ去った訓練。その日の二十一時過ぎ。
トントン
目の前にある、木でできているであろう扉をノックする。小さく、そして寂しげな音を静かな廊下に響かせながら。
「はいです」
扉の中から声が聞こえる。その声を聞き、一泊置いてから、
「……僕、レンだよ」
と答えた。
ガチャッ
「んむむ。こんな夜中にどう……何なのですその格好は……?」
小さな音と共に開かれた扉。同時に聞こえてくる小さな心配の声。
僕はドアノブを掴んでいるミチルちゃんを見て、何故か少し、悲しい気持ちになった。
「……その……寂しかった、から……」
「え、格好については無視なのです?」
「一人で寝るのが、ちょっと怖くて……」
「……ム、ムフ。やっぱりレンはまだまだ童男なのです」
「……かもね。本当に」
自分でも分かるほど暗い声色で、正直に今の気持ちを吐き出した。
「どぞどぞです」
ミチルちゃんに促され、僕は部屋へと入った。
部屋の中は……うん。やっぱり同じだ。目の前にベッドが広がってる。
「飯とin浴はどしたのです?」
ミチルちゃんはそんな大きなベッドに座った瞬間、僕の方は見ずに聞いてきた。
「両方とも先に済ませてきたよ」
「……」
「……ん? ミチルちゃん?」
僕の返答を聞いた瞬間、ゆっくりと視線を僕の方に向け、そして見つめながら黙り込んだ。
あれ……どうしたんだろ? ちゃんと質問に答えたはずなのに?
「はぁ……」
やがて唐突に、ため息をひとつこぼし、
「重症なのです」
「え……?」
目を伏せながら、呟くように、謎の診断を口にした。
……重症……か……確かに、ため息の意味も分かるかも……
「今のレンには、いつもみたいなキレが全くないのです」
「あ……あはは……やっぱ、そう……?」
自覚はあるかな。何だろう……やる気が出ないって感じかな……?
「……フンフン」
「え……?」
するとミチルちゃんは無言……いや、謎の声を出しながら自分の隣を左手でポンポンと叩いた。多分、座れって事なのかな。
「と……し、失礼します」
「です」
遠慮する理由も無いので、ミチルちゃんの隣に静かに腰掛ける。
いつもは意識しないはずの
ギシシ
という音が耳に響く。
「……」
「……」
座ったはいいけど……ちょっと気まずい……なにを話せば良いんだろ……?
「……吐き出すのです」
「え……?」
そんな沈黙を破るように、ミチルちゃんが声を出した。
吐き出すって……何……? 別に、気持ち悪いわけじゃないんだけど……
「自分の気持ちを吐き出せば、心が軽くなるのです」
いつもみたいな軽い口調。のはずなのに……優しく、心に響くような声で言った。
あ、吐き出すってそういう……いや、ちょっと考えればすぐ分かるか……何だよ……僕はミチルちゃんと友達なのかとか考えてたけど……それ以前に、ミチルちゃんのことを全然知らなかったじゃん……
「……優しすぎるよ」
……涙が……出てくる……
「ムフ。もっと褒めろなのです」
僕の呟きを聞いたのか、僕の方を見ながら、両手を腰に当てて胸をはるミチルちゃん。
「……目の前で……」
「フム」
折角の提案……お言葉に甘えて、吐き出させてもらおう。今のミチルちゃんになら……全部、いけそう。
「目の前で、ハヤタさんが、辛そうに、歩いているのに、何も、できなかった!」
「……うん」
涙ぐみながら、僕は吐き出した……何も出来なかった自分を……
「助けたかったのに……あの時、無理矢理にでも、殴りかかってでも、ハヤタさんを、助ければよかったのに……!」
「うん」
鼻をすすりながら、僕は吐き出した……弱虫な自分を……
「……やっぱり……ひぐっ……僕は……一人じゃ何もっ、できなかった……」
「……」
言葉を詰まらせながら、僕は吐き出す。吐き気をしそうな程醜い自分を曝け出す。
「遅いのに……無駄なことなのに……どんどん、自分のことが、嫌いに……大っ嫌いになって……」
「大丈夫です」
「……ん……んぐっ……はぁっ……んっ……」
「なでりなでりです」
静かに、ミチルちゃんが僕の頭を撫でた。優しく、宥めるように。ハヤタさんと違って、小さくて暖かい手だ。
何が、大丈夫なのだろうか……僕は、ハヤタさんを、見殺しにしたのに……涙が……止まらない……ダサいな……
「レンは強いのです」
「ち……違っ……僕は、強く……なんか……」
僕の頭に触れたまま、ミチルちゃんは力強く言い放った。
それの、どこが大丈夫なんだろうか。何で断言出来るのだろうか……
「それに、まだ遅くはないのです」
「……え……?」
「無実の証明が、です。やってないのなら、絶対にできるのです!」
「……」
……僕だけじゃないのに……ミチルちゃんも、フルキさんがいなくて寂しいのに……僕を心配させないように、我慢してるのに……
「諦めなければ良いだけなのです!」
「……うん……そう、だよね」
「です!」
「うん……ありがと」
励まし……でもなく、本当にそう思って言ってるんだろう。けども……
「……」
「……」
やっぱり……ミチルちゃんは強いな……僕なんかよりも……僕みたいな懦夫やろうと違って……
「……えと、こ、恋バナでもするです!」
「……んぇ……?」
突然、僕の頭から手を離し、またしても沈黙を破るように大きな声でミチルちゃんがそう宣言した。恐らく、沈黙が嫌だったのだろう。
「そうなのです! こういう時こそ、ラブリー話なのです!」
ドヤ顔で言い放った。
一体どこの世界の……あ、いや、多分、ミチルちゃんなりの配慮なのかな。いや、だとしても……
「いやいや。や、やらないよ流石に」
「なんですと!」
ドヤっとした顔から吃驚の顔に一瞬で変わった。
わぁ。こんな表情するミチルちゃん初めて見たかも。
「くぅぅ……レンの意中のメスがどんなやつか凄く気になるのです……」
「あはは……ん……そういえばそんなこと、ちらっとだけど話したっけ……」
「ですです」
僕に好きな人がいる、って知った時すごい驚いてたからね。やっぱりそういうことには敏感なのかな。
「……僕の好きな人……」
好きな人……ルルちゃん……
「……」
いや……良く考えれば、良い機会かも。僕のことを教えるのに。
キシッ
僕はベッドから降り、ミチルちゃんの目の前に立つ。
「のふ?」
「……ふぅ……よし」
怖い……けど、ミチルちゃんには知っていてほしいから……
「ミチルちゃん。今から、重要な話をするね」
小さく、そしてミチルちゃんの目をしっかりと見据えながら、僕は言う。
「ム。ミチルにはもうフルキというレッドな糸を結んだ相手がいるのです。ごめんです」
「違うよ」
「……み……」
急に立ち上がった僕を訝しむように見ていたけど……そんな真剣な声色で言わないでよ。そっちが勝手に勘違いしたのに僕が悪いみたいになるじゃん。
「……」
……僕は、そんないつも通りなミチルちゃんを見て、不思議と安心感を抱いた。と同時に不安も募ってきた……
「僕は……ね……」
「フンフン」
ここまで来たら、もう言うしかない。言うしかない、それしかない、って、分かってるのに……やっぱり怖い……止めようとしてるのに、声が震える……
「別世界の出身、なんだ」
僕は胸に手を当て、自己紹介をするように、そう言う。
怖くても……それでも言わないと。ミチルちゃんを騙すようなことは、やめないといけないから。
「……」
「……」
「……のふふ?」
多分、今はまだ頭がこんがらがってるのかな。突然、皆が大っ嫌いな人種だって事を告白されたんだから。
だから……出来れば……ずっとこんがらがっていてほしい……
「ごめん……複雑な心境なのに、さらにこんがらがるようなこと、言っちゃって……」
「……じ、冗談にしては、ちょっと笑えないのです」
「うん。だって、本当のことだから」
「……え……」
受け止めきれないのか、動揺して震えているミチルちゃんの声と、怖くて震えてる僕の声。それ以外、何も聞こえない。
「……ムゥ……なるほど、理解完了です」
「……っ……」
そして数十秒後、ミチルちゃんが下を向きながらそう言った。無の空間が無くなった。
あぁ……頭の縺れが……解けちゃったみたい。
「気持ち悪いよね……その……」
「安心してです」
「……ぇ……」
さっきので出し尽くしたと思っていた涙がまた溢れてきそう……だと思っていた時に、ミチルちゃんの、宥めるような声が聞こえてきた。
安心……? どう、いう意味なの……?
「何で怖がってるかは、何となく分かるのです」
「っ!……ゃ……そ……れなら……」
「ミチルは、レンのこと嫌わないのです」
「ぇ……!? な……何で……?」
「驚きすぎなのです。全く」
そりゃ驚く。だって……この世界の人達は皆、別世界の人達を嫌ってるから……
何で……普通に接してくれるの……
何で……そんなに優しく話すの……
「別に……何で言わなかったのです!」
「ひっ……!」
と、唐突に大きな声が響いた。突然の怒号のような声で、思わず声を出して驚いてしまった。
「とかは、言うつもりはないです」
「……っ」
「何となく……渋っていた理由は分かってるのです」
先程の怒号とは違い、まるで小さな子供に言い聞かせるような、どこか心地良さも感じる声色か、僕の耳で響く。
やっぱり……分からない……
「……何で、そんなに……」
「ふふふん! その目です! もっと讚えるのです!」
っ……あ……無意識のうちに、かな……「何でそんなに優しいの」って、顔に出てたみたい……
「でも……それでも、やっぱり……」
「じゃあこれでどうです?」
するとミチルちゃんはベッドから立ち上がり、
「なでなでなでなでです」
「ひゃっ!」
そして自分で擬音を出しながら、左手で頭を支え、右手で僕の頭を撫でた。先程とは違い、少し荒々しい感じで。
「……そんな……頭……」
「落ち着かないのです?」
「……ごめん……ちょっと、落ち着くかも……」
「ムッフフフ」
恥ずかしいはずだけど……不思議と拒みたくなくなるような、そんな心地良さが全身を包むような……変な感じがする……
「ムムム……ここまでやっといて、他にやることが無いのです」
「あ……あはは……」
そんなことは無いのに……十分すぎる……有り余る程の、優しいを受け取ったのに……
「ンムゥ……とりあえず、寝るです?」
一通り撫でた後、ベッドを見ながらそう提案した。
……やっぱり、僕とは全然違うな……いや、比べるのも烏滸がましいや……
「ごめんね……僕のワガママに……」
ミチルちゃんが寝転がったのを確認してから僕もベッドの上で横になる。そしてミチルちゃんの目を見ず、俯きながら言う。
「全くなのです本当に」
「あ……ははは……」
そうは言いつつも、僕のお願いを聞いてくれるんだもん。本当に年下とは思えないな。
今まで、別世界の人を嫌悪してる人にしか会ったことがなかったけど……ミチルちゃんみたいに受け入れてくれる人もいるんだ……
「それじゃ、おやすみなのです」
「うん。おやすみ……」
一通り吐き出した僕を包み込むように、優しい声を僕にかけてくれた……また別の意味で、泣きそうになるな……
「手……繋いでもいい……?」
「……ムフ。流石童男なのです」
「あはは……流石って何?」
「フフフ。特別に許可するのです」
「……うん……ありがと……」
僕はミチルちゃんの左手を両手で包んだ。
あぁ……手だけなのに……暖かいな……ミチルちゃん……僕と違って、強くて……優しいな……
そんなことを考えながら、僕は瞼を閉じた。
ミチルちゃんは意外と精神的に強いらしい。まぁ、実際は心の中はぐちゃぐちゃってしてるけども。
因みに、レン君を受け入れた理由は至極単純です。




