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あいに溢るる  作者: 手石
共愛を求め狭隘な心を持った狂愛な少年
21/106

1.21 アンスロは優れた五感をお持ちのようです

 水を使って自分の職業が分かる、と説明したが、実際はそれだけじゃない。何故かは分からない。分からないが、妖精の力の名称も小さく教えてくれるのだ。


 僕の場合、あの派手な演出とともに小さく「君の妖精の力は、みることのできる力だよ」と書かれていた。書かれていたって表現はおかしいかもしれないけども。










「それじゃ後で、です」


「うん。後で」


「……」


「恐怖体験させちゃったよね! ごめん!」


 僕は無言でジトッと見つめてくるミチルちゃんにお辞儀をしながら謝る。そして、ミチルちゃんはそれを一瞥し、担当グループであろう女子を連れて食堂へと歩いて行った。

 何だろう。今の一瞥の仕方。ちょっと怖かったんだけど。若干の嫌悪感が滲み出てたんだけど。


「ワァ。レン君の綺麗なお辞儀だ食べてもいい?」


「あなたたちもちゃんと謝りなさいよ……」


「マユカちゃんも食べたいなぁ」


「やめなさい」


「怖っ!」


 何でこんな呑気に狂気的なことを言えるんだろうか。怖すぎる。


「それではそろそろ、レンさんの染色を――


「やめなさい。この子には想い人がいるんだから」


「……は? はぁぁぁ!?」


「ぬななな、何、ですってぇ!?」


「ちょっ、ちょっと!」


 いや、確かに事実だし、知っておいた方が後々面倒にならないかもしれないけども。


「いい? 見て分かる通り、この二人にはこういうことはちゃんと言わないとダメなの」


「い、いえ、だとしても流石にちょっと恥ずかしいですよ!」


 いくら何でもそんな何の前振りもなく言うっていうのは……その、ちょっと……


「何を今更!」


「今更!?」


 何が今更なの!? え、僕ってそんなに分かりやすかったの!? え、待って、まさかルルちゃんにもバレて……いや、無いか流石に。


「それにレン君自身もシャキッとしてないと。本命に襲われる前に違う人に襲われるよ?」


「ルルちゃんに襲われるって何……」


 と言いかけ、クマの着ぐるみを着て、四つん這いになりながら片手を上げながら「がおー」と叫んでいるルルちゃんを想像してみた。


「いや、確かにちょっと唆られます……」


「あ、これ絶対違う風に捉えてる」


 ルルちゃんになら……あ、でも流石にルルちゃんも僕の肉を食べたいとは思わないだろうし。いやでも、ルルちゃんがもし食べたいっていうなら瞬で頷いて――


「じゃあそろそろ行こっか」


 そんな妄想をしている時、マユカさんが眼鏡をクイッと上げて、扉の方を向き、


「皆も盗み聞きなんてやめて出てきて」


「へっ?」


 そう言った。すると女子部屋の扉が一斉に開き、女子たちが出てきた。


「えへへへ」


「お、おほほほ」


 謎の誤魔化し方をしながら。

 若干目を逸らしながら。


「あ、はは、と、その」


「……これは一体……?」


「私たちのこと、待っててくれてたみたい」


「申し訳ありませんでした!」


「ぬをぉ! レンさんの魅せる綺麗










「……はい、全員いますね」


 身だしなみを整え、部屋から出てきた(というより待機していた)女子たちの人数を数え、全員いることを確認する。

 男子もそうだったけど、寝坊してる人っていないんだね。優秀なクラスだよね本当に。


「あれ? 今、私のセリフをカットされませんでしたか?」


「……えっと、何の話ですかそれは……」


「自覚無しですと!? ガーン……」


「じかっ……え、えっと……そ、それでは今から――


「レンくーん。今から何をするのー?」


「……食堂へ行きたいと思います……」


「話は最後まで聞きなさいよ」


 昨日の代表も言っていたけど、今日はまず召喚された人全員を食堂に集める。朝食ついでだろうとは思うけども。

 というか何で食堂があるんだろうか。部屋に台所あったよね?


「はーい。食堂か……マナブ。後で一緒にレン君を食べようね。ほしまーく」


「仰せのままに」


「相変わらずマナブの立ち直りが早いわね」


「自分で星マークとか言ってるところにはノータッチですか」


 立ち直り……で流してよかったのかな……? 僕には分からなかったんだけども。


「というかさっきからお二人の発言が怖過ぎるんですが……」


 人肉は食べたことないから分からないけど、多分美味しくないと思うんだ。だから食べないで欲しい。うん。食べられるなら……せめてルルちゃんに……


「二人とも。レン君はね、そういう知識がほぼ無いから、そこら辺気をつけてね」


「そこらへん……え? まじで?」


「マユカさんも冗談が好きですね」


「本当のことよ。残念ながらね」


 何の話をしてるんだろう? 何が残念なの?


「……ピーは?」


 え……なにそれ? え、なにそれ!? そんな高音のピー、どこから出してるの!?


「何その規制音。どうやって出してるのかな?」


「ピーもですか!?」


「何も言ってないのに規制されるようなことを言ってる雰囲気出すのやめなさい!」


「な、何ですかそれは! どど、どうやって出してるんですか!?」


「そんなキラキラとした目で見ちゃダメ! 少なくてもレン君は知らなくてもいいことだから」


 何故かは分からないけど、気になって頭にピーが響いてくる! 何この頭の中がピーで満たされる感覚! マユカさんの周りにはまだまだ知らないことがたくさんあるんだなぁ……

 すると、マユカさんが近づき、僕に耳打ちをしてきた。


「こんなとこに来ちゃったし、私の事は会長なんて堅苦しい呼び方じゃなくていいよ?」


「はい? あ、えっと……」


 急にそんなことを小声で言ってきた。

 え……あ、いや、確かにそっちの方がいいかもしれないけど……


「私だって、ハヤタ君みたいにレン君と気軽な関係になりたいし」


「へっ?」


 急にそんなことを小声で言ってきた。

 え……ハヤタさんみたいな……? 前世は別に仲が良かったわけでもないから……それって……


「……ぇ……何……何で……」


「何ではこっちよ。何で素のハヤタ君を知ってたの?」


「え……? あ! えと、あぁ……」


 失念していた……これは……どう返せばいいんだろう……分からない……

 生前の尾行時、ハヤタさんは今とは違い、普通の話し方だった。あんなハイテンションではなく。


「はぁ〜楽しみだなぁ。早く会いたいなぁ。やっべぇちょっと照れてきたわ。どないしよ」


 そして僕から離れ、そう言うマユカさん。明るい口調に見えるが、何処か辛そうな表情をしている。


「……ごめんなさい……」


「レン君はさ、すぐ謝る癖を直した方がいいよ。別にレン君が悪いわけじゃないんだしさ」


「……」


 やっぱり流石だなぁ……僅かな情報からここまで読み取れるんだもん。やっぱり憧れちゃう……


「むっ、浮気ですか! 私という愛しのレディがいるにも関わらず!」


「もともとそういう関係じゃないからね」










 食堂へと歩いていく。男子部屋と女子部屋はお互いが対称になっているので、男子の方は廊下を二回左に曲がったが、女子の方は廊下を二回右に曲がる。

 二階の廊下の真ん中を分断された、形でいうと下部分を齧られたドーナツみたいになってるのかな。

 そして男子の時と同じように廊下を歩くと、目の前に扉が視界に入り込んでくる。扉の中は、例のごとく三つの細長い机とそれを取り囲む多数の椅子。そして、男子部屋へと続く出入り口が正面奥にある。


 食堂の中を確認すると、ほとんどの椅子が埋まっていた。僕たちが最後だったみたい。ガヤガヤと騒がしい雑談が聞こえる。

 まぁ、あんなに騒いでたから、だろうねとしか言――


「っ!」


 あ……あぁぁ!


「レン君? どうしたの?」


「……っ! ぁ、いえ……何でもありません」


「え……でも、なんで泣いて……?」


「っ! お、奥にいる、えっと、皆さんと同じクラスの方々と向かい合って座ってください!」


「え……いや……う、うん。分かったわ。じゃあ行こっか」


 マユカさんの質問に、まともな受け答えができなかった僕。

 当たり前だ。今の僕にできるわけがない。今、したのだ。生前頻繁に嗅いでいて、一度たりとも忘れたことがなかった匂いが。


 ルルちゃんの匂いがした……


 僕は大きな扉のそばまで行き、扉に手をついてから、匂いのする方へ、ゆっくりと、全身を向ける。

 当たり前だ。たとえ向こうがどう思っていようが、探すに決まってる。会いたい、とまでは言わないからせめて、一目でもいいからと。間違えるわけがないその匂いの方へと。


「っ!」


 そして……いた……!


 小さな輪郭で澄んだ瞳と佳麗な容姿も、不純物が一切交じっていないであろう身体の芯まで響いてくる声も、良い匂いも、十年以上もの間、何もかもを感じ取ることができなかった、けれど一時も忘れることがなかったその少女が、肩甲部まで伸ばし、光を優しく反射させている澄み切った黒髪を靡かせながら椅子に座る、ルルちゃんが。

漸くルルちゃん登場です。初登場まで一ヶ月以上掛かってるすげぇや。

因みにですけども、ルルちゃんの容姿に関してはあくまでレン君から見た……というだけです。恋愛補正あります。

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