1.19 こんな一瞬で髪型変えられるわけないでしょうが。漫画かよ
男の子でサラッサラのロングヘアーってそそられません? まぁお尻まであるのはなかなかに珍しいかもですけども。
(もしよろしければだが、数日ほどそちらの生徒を何名かお借りしたい所存)
(……だいたい二週間ほどで決めていただければ幸いなのですが……)
僕達は最低でも二週間も滞在するらしい。
予定が変わってしまった、と言えばそれまでだろうけども……流石に王城についてから知らせるのは遅すぎると思う。いや、思うじゃない。遅すぎるって断言できる。
(みなさんには魔王を倒していただきたいと思い、お呼びしました)
それにこれも。どちらにしろ魔王を……悪い人かどうかは置いといて……倒すということは訓練諸々を含めても、数日どころか下手したら数ヶ月どころの話では済まないだろう。このことを僕達に知らせなかったってことは、魔王を倒しに行くのは僕達以外の人を同行させる、ということになるのかな。
だとしたら尚更だ。僕達「だけで」案内人をする意味が分からない。同年代だからというメリットもたしかに分かる。でもどんなに訓練しても同行者が知らない人なら……デメリットも大きいと思う。
朝、ゆっくりと眼を覚ます。横には髪を後ろに結んだハヤタさんの寝顔がある。
良いなぁ……羨ましい……僕も美少年だったらルルち……ことあるごとにルルちゃんが脳内を過ぎる。重症だこれ。どうせ無理な願いなのに。これが無い物ねだりってやつか。
僕は抱きついていたハヤタさんからゆっくりと離れる。そして体を起こし、静かにベッドから降りた。
正直、今は不安でいっぱいだ。マユカさん曰く、あのクラスにはハヤタさんに嫌がらせをする人がいる。そのクラスとハヤタさんを対面させても大丈夫なのだろうか?
「……はぁ……」
今日は召喚者全員との対面がある。どっちにしろ会わせてしまうからこの件は諦めよう。考えるなら会わせた後のことを考えよう。
僕は洗面所へ行き、顔を洗う。
「髪型……やっぱり下ろしたままのほうが良いかな」
昨日みたいな髪型だと、また女の子に間違われるし。かといって今日はこの髪型は邪魔になりそうだし……髪の結び方ぐらいちゃんと勉強しておくんだった……というかルルちゃん以外の人に可愛いって言われるのはそんなに好きじゃないしな……
あれ待って。これ自分は可愛いって認めてるようなものじゃない? やばい何それ気持ち悪っ!
「オッスレンくぅん。僕はちょっとくらいおしゃれしたほうがいいと思うよ?」
洗面所に入ってきたハヤタさんが鏡ごしに言ってきた。
「あ、おはようございます」
「オッス」
「……」
「オッス」
………………うん。
「ハヤタさんは他人事だと思っておしゃれだ何だのって言ってますよね?」
「レン君の無視スキルがグングン上昇中で悲しいよ」
「日頃の行いですよ」
「わお」
仕方がないよ。これが一番の対抗方法だって学んだんだから。
「とにかく。楽観的かつ適当に僕の髪型を決めるのはやめてください」
というかそもそも、勝手に僕の髪をいじる時点でおかしいと思うけども。
「適当だなんてそんなことないよぉ」
「目をそらさないでくれませんか?」
「じゃあ今日はツインテールにしてみよっか」
そんな「じゃあ」とかいう軽いノリで勝手に決めないでほしい。
「やっと気が付きました。これ、遊んでますよね? 昨日のポニーテールの時から」
「そ、そんな、くっ、こと、ないよぉ」
「ニヤニヤしながら目をそらさないでくれせんか?」
露骨すぎる。大根役者か。いや、この人のことだから我慢できてないこと自体が演技の可能性があるな。
あれ、ちょっと待って。普通に考えて男子にポニーテールの時点でおかしかったよね? 何で気づかなかったんだろう。何で髪を解かなかったんだろう。
「よし、できたよ」
「へっ?」
不意にハヤタさんの声が聞こえた。一瞬の思考中に。
え、できた……? え、待ってまさか!
僕は顔を上げ、目の前にある鏡を見る。
「ちょっと待ってください、もうやったんですか!? うわぁ本当にツインしてるぅ……!」
鏡の中には、見事なまでにツインテールな僕がいた。横を向くと、それに呼応するように両サイドの髪の毛が揺れる。
見えやすくなり、揺れるブツも増え、豪華さは二倍になった。やったね。じゃねぇよバカ。考え事していた数秒で仕上げるとか神業か何かかな? 本当にどこで身につけたんだこの技術。
「ふっふっふ。油断大敵」
「やかましいです」
くっ……いつかこの恨み、絶対に晴らしてやる……!
「というかさ、何で髪の毛切らないの?」
「……今更がすぎませんかね?」
一年以上一緒にいるのに何故今まで聞かなかったんだろう……
「別に。なんとなく今気になっただけだよ。さぁ教えたまえよロングショート君」
「何ですかそのあだ……待ってください。まさかショートって身長のことではないですよね?」
「ソンナコトナイヨー」
「真顔で見つめれば、僕を誤魔化せるとか思ってないですよね? セリフが棒読みですよ?」
白々しすぎるよ。逆に怪しいわ。これで僕を騙せるとでも思ったの? だとしたら地味に腹立たしいんだけども。
「……」
「……」
「……えへへ」
「何ですかその誤魔化し方は……?」
凄い。語尾に音符マークが付きそうなほど無邪気な顔で言ったよ。それ以前に「えへへ」自体初めて聞いた気がする。
「そんなことはどうでもいい!」
「うみゅっ!?」
「何故君はそんな髪型なのだ! 吐け! 知っていることを洗いざらい!」
「え? はい!?」
するとハヤタさんは徐に僕の肩を掴み言い放った。
何その謎の熱意? 吐け? 洗いざらい? 何これ取り調べかな?
「い、いや、本人なんですから全て知ってるに決まってるじゃないですか!」
ちょ、待って。そんな強い力で掴まないで。痛くないのに動けないとか逆に怖いから!
「待って、言います、言いますから手を離してくださいぃ!」
ハヤタさんはゆっくりと、なのに勢いをつけて手を離した。危うく倒れそうになった。
「わふぅ」
僕は背泳ぎみたいに手を少しバタバタさせながら、一歩だけ後退してバランスを保つ。
何をどうすればこんなことができるんだろうか。マジで不思議だ。
「えっと、か、簡単な理由ですよ。好きな子が「ロングヘアーが好き」って言ってたんです」
忘れもしないあの一言……僕を変えたあの一言……衝撃ではあったけど、一年間頑張って伸ばしたんだから。それでも肩甲部辺りまでしか伸ばせなかったけども。
だけど生まれ変わった今の僕は違う! 今じゃお尻の辺りまで髪の毛がある! 生まれ変わり最高! 見てくれる本人がいないと意味無いかもだけど……
「あの子が。なるほど。僕と同じような理由、ね」
「それとその翌朝に見たニュース番組の占いで、思い切ってロングヘアーにしてみましょうって言われましたし」
「何その変な占い」
あれは運命を感じた。テレビのアナウンサーさんが「変わりたければ髪の毛を伸ばそう」って言っていたんだもの。
「……あれ、ちょっと待ってください。まさかルルちゃんのことも知ってたんですか?」
「ん? あ。ふっふっふ。僕の観察力をなめないでよ」
「待ってください!? 情報網とかではなく観察力!? 僕、生前ストーキングされてたんですか!?」
何それ怖い! 僕よりも尾行能力高かったのこの人!
あれ。「僕と同じような理由」って? あ、もしかしてその前髪……
猫の着ぐるみから黒いタンクトップと白いジャケットに着替え、僕は部屋から出る。
「ツイン……はわぁ本当にツイン……」
僕はスキルを使用して、鏡を空中に固定した状態で召喚する。そしてその鏡の奥で自分の髪の毛を軽く掴み、絶望している人物を見ながら呟く。
「それじゃ、僕は二つ上の階だから」
「何故無反応でいられるのかが不思議なのですが……」
張本人のくせに触れてくれないとか酷くない?
「ん……その浮いてる鏡もレン君の?」
「え? あ、はい。正確には、空中に固定、ですけども」
そう言いながら鏡を消して、ハヤタさんをまじまじと見る。
紫の大きなパーカーを羽織、腕を少しまくっている。これこそ本当のオシャレさんというやつ……あれ、下履いてない……? あ、ホットパンツなのかな。
「……白くてすべすべで細長い足……」
「ありがとう」
「……」
本当に何なのこの人。弱点が無さすぎでしょ。何を食べてどんな生活を送ればそうなるの?
「……あれ……もしかして昨日、いつもと違うシャンプー使いました?」
「流石アンスロ鼻がいい。でも何故今聞いたのかな?」
「何となく鼻に入ったので」
「鼻に入るとは」
「……はい、全員いますね」
男子の部屋に入り、一人一人起きているのを確認した後、全員が部屋から出てきたのを確認し呟く。
「……男、なんだよな?」
「男です」
なんで疑う必要があるの? 本人が男だって言ってるんだからそれでいいじゃん。
「なんでツインテールなんだ?」
「それでは朝食with顔合わせに行きます」
「おーい? なんで無視するのー?」
ちなみに犯人はあなた方の元クラスメイトです。絶対に言わないけども。
「すいません。自分、眠いです」
「申し訳ありません。今から食堂へ行きますので……そこでなら、まぁ多少うつ伏せで寝ていても大丈夫だと思いますので、それまでの辛抱です」
「王城でそんなことしていいのかよ?」
「さあっ、行きますよ!」
「質問に答えられないからって逃げる気かよおい!」
「この世界の犯罪の基準って、どんな感じなんですか?」
「はい?」
二階の長い廊下を道なりに進む。その途中、例のあのソウヘイさんがそんなことを聞いてきた。
「えっと……何でそんなことを?」
「魔王がいる世界ってことは、少なくても、この世界の人たちも何かしら戦う術を持ってるはずですよね」
「まぁ、そうですね」
「俺たちがいた世界と違って簡単に人を傷つけられる世界だから、基準によっちゃ変なことが起こりそうって思いました」
「なるほど……確かにそうですね」
確かに、そこら辺は知っておいたほうがいいよね。意外と頭が良かったんだこの人。びっくり。
「基本的なところは、皆さんの世界と同じはずですが……確か、不必要な殺傷には特別厳しかったはずです」
「なるほど……ありがとうございます」
「いえ、またいつでも頼ってください」
そうだ。犯罪の基準は基本的に同じなのだ。こんな質問をするとは。ソウヘイさんは本当に頭はいいんだな。
長い廊下で二回ほど九十度左に曲がると扉に辿り着く。
部屋の中は中庭擬きに負けないほどの広さがあり、真っ白なテーブルクロスを敷いた細長い机が三列ならんであり、それを椅子が取り囲んでいた。
「一番乗り、ですかね。とりあえずここの椅子に座って待ってましょうか」
僕は手前の椅子を指差しながら言った。
「GGGGGG……」
皆が椅子に座った瞬間、さっき眠いと言っていた人がいびきをかきながら寝た。
睡眠は大切だから夜はちゃんと寝ようよ……
「そうだ、女子の方も迎えに行かなくちゃ……」
「大変ですね。同い年のはずなのに」
労いにも似た言葉を送られた。なんか悲しい。僕もミチルちゃんみたいに誰か誘えば良かった……
あ、友達いないんだった。あ、仮にいたとしてもこの世界の人たちは別世界人に対する評価最底辺だった。
フルキさんは神がかったポジションにいた人だったんだね羨ましい。まぁでも! 今この世界には、ハヤタさんがいますし! もう僕は一人ぼっちじゃないし!
あれ……ミチルちゃんとフルキさんは僕のことどう思ってるんだろう……?
女子を迎えに行くためにもう一つの螺旋階段を登って二階へ辿り着く。そしてすぐ右側を向くと、
「あ、おはよう」
「えっ? あ……おはようございます……」
部屋の扉を開け、まさに今廊下に出ようとしている状態のマユカさんとばったり会った。紫色のパーカーを着ている。服が大きかったのか、袖からは指先だけを出してる。
「……」
「……?」
こ……これがあの萌え袖! ルルちゃんをも魅了し、さらには使いこなすのが難しいと思われるコーディネートをこうも簡単に……! やっぱりマユカさんは凄い!
あれ、下履いてない……? あ、もしかしてホット……あれ? 何か既視感が……
「……ねぇ……」
マユカさんは僕の顔を見て、少し躊躇した風に小さく声を出した。やがて
「もしかしなくてもさ……あのレン君、で合ってるよね?」
決心がついたのか、僕に近づきながらそう聞いた。いや、この世界に来てからずっと聞きたかった事だろう。
「……はい。あのレンで合ってますよ」
僕は周囲を見渡し、他に誰もいないことを確認してから、否定をせずに答えた。
今更だけどかなり場面が飛び飛びですねこれ……レン君、かなりの距離を歩いてるはずなのにごめんね。全く息切れしてないし、まぁ、良いかな?




