1.18 大幅にカットされて湯船シーン
よく考えて欲しい。湯船シーンということはつまり、今レン君とハヤタさんは裸ということ……最高じゃん。
「今思えば」
「んー?」
洗い終わった髪をヘアゴムで纏めてからタオルにボディソープを付け、水で少し湿らせてから体を洗ってる時、僕はふと気になってたことを口にした。
というか、本当に色々あるよねここ。私生活で使うような日用品が普通に置いてあるとか。持ってきた意味が無いじゃん。というか管理とかどうしてるんだろう。大変そう。
「ここのお風呂って結構広いですよね」
僕は周囲を見渡しながら、隣に座ってるハヤタさんに言った。
「だね。大浴場……ってほどではないけど、一般家庭のお風呂と比べれば、比較的大きいって感じだね」
そう、広いのだ。圧倒的、というわけではないが一般的なお風呂と比べると……何だろう、中途半端に広い。
「全ての部屋にここと同じくらいの大きさのお風呂があるんでしょうか……?」
「んー。まぁ、多分同じだとは思うよ。部屋一つ一つが同じぐらいじゃないと、お客さんから少なからずクレームとか来そうだし」
「クレームという単語で一気にホテル感が出ちゃいましたよ」
嫌だなぁ。出来ればしないように頑張ってたけど。一応王城なんだから、そういうイメージは出来ればしたくないなぁ。
「で、それがどうしたの?」
「どうしたって……全てこの大きさなら、ちょっと違和感ですね」
「違和感?」
部屋と部屋の……扉と扉の間隔はそう広いわけではなかった。人二人が並んで両手を広げるぐらいの大きさだった。少なくてもこんな大きなお風呂がある部屋では絶対に足りないほどのスペースしかないはずだ。
「一つや二つならまだしも、扉……というか部屋ですけど……全部隣り合わせになっているので……尚更スペースが……と……」
「んー」
すると体を洗い終えたのか、ハヤタさんは前髪をヘアゴムで結んでから立ち上がり、湯船へ歩いていく。
「なんかよく分からないけど」
そして湯船に浸かりながら、
「気にしてはいけないよ」
「難しい案件ですねそれは」
ドヤ顔で言い放ってきた。
むしろ考えれば考えるほど気になっちゃうんだけども。
「んー、じゃあご都合主義」
「どういう意味ですかそれ?」
ドヤ顔で言い放ってきた。
たまにある。ハヤタさんが何を言いたいのか分からなくなる時が。
「それとも目の錯覚?」
キョトン顔で言い放ってきた。
何言ってんのこの人は?
「「うわぁ! 凄い広い! ねぇねぇレン君。ちょっと一緒に走――
「やめて」
「……」
だったら僕の疑問を巫山戯て返答するのはやめてほしいものだ。
一度目の入浴時、ハヤタさんはちっちゃな子供のように燥ぎ、走り回っていた。
この人高校生だよね? 精神年齢だけ停滞してるの? というかこの広さで走り回る?
「……一緒に走ろうよ! よーし、位置についてヨ――
「我やめてって言うたよ!」
珍しく叫ぶように遮ってきた。
そんなものは知らない。ハヤタさんはいつも変なことを言うし、たまにはこういう事をやってもいいじゃんさ。
「あかん。この子、疲労のせいか思考回路が崩れてもうてる」
「何ですかその話し方は。「見て見てレン君! 隅々まで広々とツルリンドンガラガッシャン」まで語りますよ」
「お、脅しの仕方がおかしいと思うなぁ」
じゃあ巫山戯るのも程々にしてほしい。
僕は自分の体を洗い流し湯船の中に入る。
ハヤタさんと少し距離を置いて座った。
「とにかく」
「遠くない?」
……気の所為です。
「……とにかく」
「酷い……ムスゥ……キスゥ」
「……」
「……」
「……」
「……ごめん。まさかだんまりするほどつまらないとは思わなかった」
目を逸らしながらそう言う。
ごめん、流石に分からない。今のはどう反応すれば良かったんだろうか。グウスゥとでも言えば良かったのかな?
「ま、まぁ、部屋の大きさについてだけど」
ハヤタさんは、左腕を大きな浴槽の縁に、左頬をその肘の上に乗せ、僕の方を見ながら、
「一番の可能性は職業かスキル、だよね」
「……」
「召喚ができる人がいるなら、空間を作り出して、そこに部屋を創れる人がいてもおかしくないと思うし」
自分の考えを言った。
何だろう。何でこんな簡単なポーズでさえも様にできるんだろ。顔か? 美少年だからか?
「武器の出し入れのやつの応用でさ、おっきな空間を創ってさ。実際、専門学校だってあるし」
「ぐるぅぅぅ……」
「ん? 何かなその目?」
顔の半分まで湯船に浸かり、嫉視しながら唸る。ぶくぶくと泡立てながら。
きっとこの人には僕の気持ちなんて分からないだろう。どうせ世の中は顔で人生のほとんどが決まるのだ。不平等だ。何なんだこの世界は。こんちくしょうったれが。
「ぅぅぅ……ぼ、僕だってその可能性も考えましたよ。でも、それだとやっぱり変だと思うんです」
「変?」
顔を出し、右手を頬、右肘を縁に乗せながら、今度は僕が自分の考えを言う。
「だってここは王城ですよ。騎士とか兵士とか、王様を守る人が全然いないんですよ」
「うーん。ここは異世界だし、セルント王だって常に無防備、って訳じゃないと思うよ」
「……確かにそれもありそうですけど……」
別に、王を守る人が少ないって事自体はまだ分かる。セルント王自体、多少なりとも自衛する力は持っているはずだ。でも……
「……だったら初めから、客室は広めにとれば良いのでは、と思うんです。態々部屋をたくさん作らないで」
客室ばっかりの王城は流石にどうかとは思う。さっきはホテル感が増してしまった、って言ったけど、実際現状はホテルみたいだし。
「確かに部屋は複数ある方が良いかもしれませんが、だとしても……」
「……なるほどねぇ……」
「いや……王城の二階が客室と食堂しかない、というのもそもそも変ですし、三階に至っては――
「考えすぎなんじゃないの?」
「……考え……そ、そうでしょうか……?」
矢継ぎ早に意見を出す僕に、否定するわけではないが、遮るように、そう言った。
「ま、世の中分からないことだらけなんだから。長い時間考えても答えが出ないような疑問は、自分の心の中に留めておくのが一番賢い方法だよ」
そしてそのまま湯船から出て、入り口にスタスタと向かっていった。
心の中に留める……と、言われても……
「それにさ……例え異を唱えたいと思っていても、相手によってはそれを口にしてはいけないものだよ」
「……」
「暗黙の了解。こっちの世界でもそれは同じ。しょうがないよね。僕たちはさ、ちっちゃな……無力な存在なんだからさ」
「……やな世の中ですね。本当に……」
「ゴオォォ――
「ドライヤーさん、ハヤタさんがつけっぱなしですよ。ちゃんと電源切ってください」
「何その人間かけてる眼鏡みたいな理論」
「何ですかその謎の理論は」
脱衣所でパジャマに着替える僕。例のごとく猫の着ぐるみに。
というか何で猫の着ぐるみを十着もプレゼントしたんだあの人は。猫以外が無かったのかな? ライオンとか、かっこいいのは無かったのかな?
後ろでハヤタさんがドライヤーで髪を乾かしながら「ゴオォォ」と言っていた。
流石にちょっとうるさいかな?
「でもドライヤーよりも大きい声で叫ぶのは本当にやめてくださいよ。近所迷惑になりますよ」
「王城の中なのに近所迷惑になるんだね」
「少なくとも召喚された方々は近くの部屋にいますよ」
今現在、僕たちと同じ階にハヤタさんのクラスメイトが、ミチルちゃんとフルキさんの召喚者が一つ上の階、ハヤタさんの召喚者が二つ上の階にいる。
本当に大丈夫かな? 下手したら真上にいる人たちにも聞こえてたかもしれないよね……?
「ドライヤー……そういえば何であるんだろ?」
「ん? どうしたんですか?」
すると、ハヤタさんはドライヤーを見つめながら謎の疑問を発した。
「いや、ドライヤーがあるってなんか変だなぁって。レン君は思わないの?」
「それでしょうか? まぁ、こっちだとあまり精通はしてませんけども……別におかしくはないと思いますが」
「……そう……そう思うなら別に良いけど……」
……? 何だろう、何時もよりも何と言うか……歯切れが悪い……? 何か気になることでも……?
「レン君は凶禍、って出来るの?」
「何ですか唐突に……凶禍……は、まぁ、一応出来ますよ」
「……え……あ、お、おぉ……うん……」
「え、何ですかその反応は? え、何故そんなことを聞いたんですか!?」
それぞれのベッドの上で横になる僕とハヤタさん。それぞれ、と言ってもベッドは横一列に並んでいるから別々には見えないかも。側から見れば横に長いベッドにも見えるねこれ。
「なんか……長い一日だった気がします……」
「いやぁ流石に五時間もじっとしてるのは辛かったね」
「本当に召喚されるのか疑問に思ってましたよ」
退屈だったよ。暇すぎて自分の髪の毛をクルクルいじっちゃったんだもん。初めてあんなことやったよ。
「されたね、召喚」
「されましたね、召喚」
隣に寝転がるハヤタさんを見ながら返す。
ハヤタさんの方も五時間も待ったんだよね。ハヤタさんはどうやって暇を潰してたんだろ……?
「……寂しかった?」
「はい?」
唐突に、ハヤタさんは僕を抱きしめ耳元でそう呟いた。
寂しかった……? と、言われても。何に対してだか分からないんだけど。
「いや、今までさ。ずっと一人だったんでしょ」
「遠回しに友達いないでしょって言ってます?」
「じゃなくて。自分は別世界の人だから、ってこと」
「……」
別世界……確かに、長いようであっという間の十七年だったけど……寂しい……か……
「寂し……かった、と思います……」
高校生になって、ハヤタさんを目にするまでは。本当に一人ぼっちだと思っていたから
「黙っていれば大丈夫ですけど、周りの別世界の人に対する嫌悪感を見てると……怖くなりましたし……」
初めて嫌ってる事を聞いた時、絶対バレてはいけないって思った。成る可くニュースや新聞を見聞きして、後世間話も盗み聞きしてこの世界の常識を少しずつ吸収していたの懐かしいな……
「それにハヤタさんに関しても、何時正体を打ち明けるかどうか、もしかしたら迷惑かけそうだな、とか思ってるうちに……その……」
「うんうん」
「……ここまで来てしまいました」
「あはは。んまぁ、僕も似たようなもんだけどね」
苦笑いをするハヤタさん。
そっか……ハヤタさんも寂しかったのかな。もっと早く打ち明けてたら、良かったなぁ……
ハヤタさんは軈て僕の頭に右手を添え、背中に左手を添え、夫々ゆっくりと動かした。
「……ん、な、何ですか?」
「甘えなされ」
「ん……す……みません……」
その言葉に、僕はハヤタさんの胸に顔を埋めた。
優しくて……暖かい……柔らかな感触の中に少しだけ硬い部分があるから、多分少しだけ筋肉があるのかな……羨ましい。
「あ、そういえばどうだったの?」
「どうって? 何がですか?」
話を変えるように、ハヤタさんは両の掌を合わせ、少し僕から離れながら聞いた。
「えぇ!? もぉ忘れないでよぉ」
「せめて質問に主語を入れてくださいよ……」
そんな急に聞かれても分からないに決まってる。別に僕とハヤタさんは一心同体だとかそういう訳じゃないんだから……いや、まぁ、ハヤタさんの心をみれないわけではないけどもさ。
「召喚された人の中に知ってる人はいたのかな?」
「あ、本当に気になってたんですかそれ!?」
しかし会話ばかりのシーン。肌の密着は控えめでした。




