1.85 レン君へのトラウマを幾度と
タイトル通り追い打ちに追い打ちを重ねました。自分はそういう癖は全く無いのになんかレン君を精神的に追い込む描写が多いな……癖なのか?
そして章を追うごとに投稿ペースが遅くなるまさに牛!……後半の話数の少なさをごまかす為だろとか言わないでください……
「ねぇ、レン」
「黙って安静にしといたら? どうせ数分で終わるんでしょ?」
いつの間にか目隠しも耳栓も外したルルが、腕輪越しに声をかけてくる。僕と繋がっているからか、若干の振動が腕に伝わってくる。
「生き残り……? ってどうだったの?」
「ぁ……」
「……」
そして今一番、聞かれたくない事を聞かれてしまった。僕は、既に仰いでいたが天を仰ぐ。が、すぐに頭を振った。先程から頭が真っ白になったような、宙に浮いてるような感覚だったのを戻すために、一度深呼吸をする。
そうだ。受け入れないとダメだ。現実を……僕自身の醜さを……
そう思いながら、僕はゆっくりと口を開く。
「レン君」
「ぼ――
「言うな」
「っ!」
「……頼むから、何も喋らないでくれ」
が、僕の口から音が発せられた瞬間、トヨさんが静かに静止した。何で……等という考えは疑問ではなく愚問になるだろう。聞きたくないのだろう。再確認したくないのだろう。僕も同じ立場なら、耳を塞いで目を逸らしていたのかもしれない。
でも……それでも……
「で……」
「これ以上っ!……広げないでくれ……!」
「えー。でも僕は気になるよぉ」
「え……」
ゴリリラッ
すると、今度は扉越しに誰かが会話に入ってきた。それと同時に扉が回転しながらスライドした。その扉の奥に、
「ハヤ……タ……?」
「ちょちょちょ! 安静にしてください! せめてベッドで横にっ!」
「うわっぷ。別に僕のスキルで受けた火傷なんだからそんな心配しなくても平気なのに」
「何故別世界人は身体の耐久力が桁外れな方ばかりなのですか!?」
ハヤタさんが立っていた。聞いていた通り火傷を負っているのだろう、首から腕、踝まで、見える範囲は殆ど包帯で覆われている。が、何故か顔は無傷で丸出しだ。フチサミャさんがすぐにハヤタさんを掴み、一番扉に近いベッドへと横たわらせた。
「というか逆にさ。今のトヨ兄の反応で大体の事は察しちゃったし」
「……」
「レン君。お願い」
「ぁ……」
そして横たわったまま、トヨさんを諭し、僕には言葉を促した。
ルルと違って繋がっていないから、感情を読み取ることが全く出来ないけれども……今僕を見つめているその目は、全てを見透かしそして現実に向き合う為の覚悟が出来ていると、そう言っているように思える。
「……他の……人だと、涙は全く出ませんでした」
「ん……?……ん。うん」
僕は促されるまま、右腕で両目を覆いながら口を開く。トヨさんも介入する事を諦め、目を伏せながら黙って僕の話を聞いている。
真っ暗な視界……でも今は……ハヤタさんと視線を交わしたくない。視線を感じたくない。視線から逃げたい。
「ユウキ君やタツヒロ君やケイコさんやマナブさん……誰を見ても……泣けませんでした」
「っ!……ん……」
「……うん」
僕が羅列させた名前を聞き、ルルが小さな息と共に反応を示した。が、すぐに口を閉じて聞く体勢に戻った。
「でも……」
込み上げてくる。あの時の光景が。何度振り払おうとも、否が応でもあの時目の前に広がった光景が再び視界を覆いつくそうとしてくる。
込み上げてくる。あの時の心境が。改めて言語化をしようとすると、あの時の心境に飲まれてしまい息が詰まってしまう。
込み上げてくる。僕に対する吐気が。それでも僕はその吐き気にも似た嫌悪感を押し殺し、も僕は、溢れてしまった涙を腕で隠しながら繋げる為に次の言葉を探す。
「……マユカさんの無惨な姿を見て……僕は涙が出ました……」
「ん……」
ゆっくりと、僕は言葉を吐き出す。覚悟は出来ていたのだろう。一瞬の曇りを見せたが、すぐに表情が戻った。
自分だって辛いくせに、僕の話を遮らないように感情を抑えて僕に次の言葉を促してくれる……やっぱり……僕と違って、強いなぁ……
「そして……」
しかし違うのだ。僕が本当に悔しいのは、辛いのは、ハヤタさんに軽蔑されてしまうかもしれないこの行動は。
「あぁ、僕は人の落命した姿を見て、ちゃんと泣ける人だって……」
「……」
「悲しい感情と一緒に、安堵も出てきたんです……」
「安堵……?」
尊敬する人を失い涙を流す。
ちゃんと涙を流す感情を持てたことに……哀しい感情の裏で、小さく愛しい感情を生み出してしまったのだ。
「そう自覚した時……余計に悲しくなりました……」
「……」
「……息をしてないマユカさんを見て……僕は……」
目を覆っているからハヤタさんの表情もトヨさんの表情も見えない。いや、自分の心と同じで向き合おうとしていないだけだ。目を逸らして、恐怖から逃れようとしているのだ。
僕は本当に……マユカさんに対して……
「これに関しては、気軽に慰める事は出来ないな……」
「……」
「幼馴染の肉片を見て安堵とかいう邪な気持ち。普通の人は気分悪い」
「……は……い……」
トヨさんが、諭すかのように優しい声色で僕に怒りの声を届ける。本気で怒りたいが感情を抑えているのだろう、声が少し震えている。
「……悔いてはいるんだな」
「……はい……」
「ちゃんと泣いてはくれたんだ」
「……は、い……」
今度は怒りの感情のない、幼子を宥めるかのように優しい声だ。が、優しい声になったことに若干の安堵を再び感じてしまったことに、また僕は僕に嫌悪を感じてしまう。
「ならこれ以上何も言うつもりはない、思い詰めない方がありがたい。マユカちゃんを失ったショックは……レン君含めて全員あるからな」
「んっ」
「……」
そして次に頭頂部を、大きく、そしてゆっくりとかき乱される感触。僕はゆっくりと腕を降ろし横を見る。そこには、身を乗り出し、両手で僕の頭を無言で撫でていた。
「撫でないで下さいっ」
「……ん」
「っ! 大人、ぶらないでくださいっ!」
「んん!?」
しかし僕はその顔を見て、思わずハヤタさんの両手を振り払ってしまった。
「穢れた僕の心を洗わないで下さいっ!」
「え……え、え何え」
僕はハヤタ先輩の右頬に手を……
「今誰よりも辛いのは、ハヤタ先輩じゃないですかっ……」
否、右頬を伝っている涙に人差し指を差し込んだ。
「あーりゃりゃマジか。いやぁ面白いね。本当に無自覚に泣くって展開存在するんだねぇ」
「っ……」
「……ふぅ……」
僕の右腕を両手で掴むと同時に、その繕ったかのような満面の笑みが消された。覚悟したかのような表情ではない、目は細く、口角も下がっているその表情に、何故か悪寒を感じてしまう。ハヤタさんは僕の腕を掴んだまま息を吐き俯いた。
「……何でさ……何で……何で、よりにもよって……マユカちゃんなの……?」
トヨさんが近づき、ハヤタさんの隣に腰かけた。座った衝撃でハヤタさんの体が一瞬沈んだが、それ以上は何もせず黙ってハヤタさんの横顔を見つめた。
「もっと、触れていたい……」
「……」
「もっと、お喋りしたい……」
「……」
目の前に幻影を見ているかのように、自身の両手を見つめ、そして目を閉じ、自分の身体を抱き寄せる。
「やっと……再会できたのに……もっと……色んな……したい事とか、あったのに……」
少しづつ、声が小さくなっていく。
「生きる意味……無くさないでよ……」
初めて聞いた。こんな弱々しいハヤタさんは。
「僕の……僕の、この世に滞在する唯一の理由を奪わないでよ……」
遂に、両目が決壊した。先程まで抑えられていたその涙は滝のように流れていき、頬を、顎を、そして零れ落ちて膝の上を濡らしていく。
大好きな人を失う感覚を僕は何度も感じたことがある。はずなのに、今のハヤタさんに届く言葉が見つからない……何をきっかけに、この滝が反乱を起こすかが分からない……心の中にづけづけ入るのが、すごく怖い……
「撫でていい……?」
「え……?」
「……レン君の、頬を、胸を、太腿を、全身を、撫でて……いい?」
「……は……?」
何を……言っているのだろうか。撫でてくれなら分かるけど、何で僕に触れようとしてくるんだ……? 甘えるにしたって不器用すぎる……マユカさんと似て、気持ちを表すのが苦手だとしか……マユカさん……
「やめて……ください」
「ぇ……」
「レン君……?」
いや……違うかもしれない。この考えは、違和感は、憶測の域にすら達せていない。
でも普通ではないこの感覚は。ハヤタさんが見つめているその眼の奥に移る景色は。
「あぁ……そっか……漸く気が付きました」
(いや……やっぱり、レン君ってハヤタ君と似てるなぁって……)
(……何か、似てるな……ん? あ。と、マユカちゃんに)
親愛な人達からの信頼ある言葉。
「こんな時でも甘えないのは……」
「……」
(キスしようと目線を合わせた瞬間、ハヤタ君がしてくるから……)
受け身ではなく攻めの姿勢。今のように、されるよりもすることを好むこの行動を、トヨさんではなく僕に求めているのは。
「僕を見ないのは!」
「っ……」
「大切な人の……好きな人の影を、たかが似ているだけの人の奥に感じているからなんですね……」
トヨさんと同等以上の対価と負荷を僕に与えるのは。
「僕はレンです。マユカさんではありません」
「っ!?」
僕のがわを勝手に……自分自身にトヨさん以上の対価と負荷を与えてくれる人物を被せて接していたからだ。
「僕を……見て、くださいよ!」
「っぁ……!」
そうだ。普通に考えれば有り得ないのだ。お互いがお互いを認識していたとはいえ前世では全く関りが無かったのに、たった一年過ごしただけでマユカさんと同じくらい僕に懐くのは。裸体で肌に触れ合おうとするのは。
「あはっは……」
「……」
「まさかバレちゃうとはなぁ……」
僕の悲痛な叫びに、ハヤタさんは嘲笑でも微笑でもない、冷たく乾いた声を出した。瞳では僕の顔を捉えているはずなのに、その瞳孔は真っ暗で何も映していないように見える。笑顔のはずなのに無表情に思えてしまう。
「見るべき時かぁ……」
自問するように小さく呟いた。それと同時に、僕とルルを繋いでいた赤い腕輪が無音で、砕け散る様に消えていった。
「……レン君的には不快になるかもだけど。僕って中学生の時、顔も性格も良かったからモテモテだったんだ」
「……」
「色んな女の子と毎日の様にお話して。人間関係を壊したくないから突き放さずに一定の距離で近づかせていた」
突然、己の身の上話を始めた。最初に断りを入れられたとおり、ハヤタさんが話す内容は声のトーンとは反比例に凡そ自慢話にしか思えないものだった。何故か負の感情は浮かんでこなかったのは、恐らく本人が自虐気味に会話を繋げているからだろうか。僕はゆっくり体を起こし、ルルの手を掴んだままお尻をルルの横に移動させ、ハヤタさんの方へ体を向ける。
「それで調子に乗った女の子が僕の知らないところで……僕の一番好きな人を、傷つけた」
「ぁ……」
「いや、違うか。僕が傷つけたくないのに傷つけちゃってたんだ」
いつもの陽気で声高な雰囲気ではなく、感情を捨て淡々と説明をしているかのようだ。自分の失敗を告白するかのようにどこか苦しそうにも見える。
「マユカちゃん、高校生になってから人気者になったけど、中学ん時は酷かったんだよ」
「……幼馴染ポジに嫉妬?」
「そう」
ルルがボソリと呟いた言葉に、ハヤタさんは目も合わせずに肯定する。
「特に思春期迎え始めた女子は怖くてな。イケメンの隣にいるマユカちゃんが気に入らなかったんだろ」
「そんなの僕は知らなくて……マユカちゃんが辛い思いしてるの気づかなくて……」
「あれは隠してたマユカちゃんが悪い」
ハヤタさんの頭がだんだん下がっていく。トヨさんはハヤタさんの頭に左手を置きながら、慰めながら愚痴るようにそう言う。
「だから嫌いなんだよ」
「んっ!」
突然、顔を上げた。声が低くなった。赤く染まった結膜が僕を捉える。空気の変わる瞬間を、肌で、目で、耳で、感じた。
「大切な人を傷つけるようなこの顔も!」
自身の顔を両手で、鷲掴みするように覆った。指の間から覗く瞳が酷く狂気的で、今すぐ誰かを……自分自身を傷付けようとする勢いが感じられる。
「体も!」
次に体を覆った。言葉の津陽さとは裏腹に、体に巻き付いている蛇の内側に腕を回す姿がまるで恐怖で怯えている人間に見える。
「性格も……全部全部全部っ……」
そして勢いが衰退した。自身の身体を抱いたまま、苦しそうに叫ぶ。
「……でも嫌いになれる訳ないじゃん……」
「……」
「好きな人の好きな人なんだから……嫌いになりたくてもなれないよ……」
そしてさらに小さい声。先程までの怒気の強い声ではなく柔らかい声。しかし未だ嫌悪感を持っているのか優しさが無い声だ。
「だから毎日恨んでた。イケメンじゃなくなれ、背が低くなれって」
「傍から見なくても狂ってるセリフですね」
「そうすれば女の子に……少なくても今以上の嫉妬の暴風をマユカちゃんが受けることは無くなると思った」
……さっきは何も感じなかったのに、今のは何でかムカついた。言い方の問題か? 前置きが無かったからか? 僕を見ながら言ったからか?
「そんな時にさ」
そして顔を上げ、右の掌を上に向けながら前に突き出した。
「僕とは正反対の男の子が現れたんだよ」
否、僕を指し示した。会話の流れで自分のことだとはすぐに分かった。僕は無言で、その突き出された右手を僕の右手で包み込んだ。それを見てか、ハヤタさんは僕の右手の上から更に左手を重ねた。
「低身長で。可愛くて。そして周りを突き放しつつも愛ある棘をばら撒く孤高の男の子」
「なぁにをカッコつけとるんだ」
「一日二日と観察を重ねて……これ以上見たら気が狂ってしまうってぐらい、嫉妬しちゃう男の子」
「まだカッコつけるか」
「……いつからか分からないけどさ……その男の子のこと、嫌いになってた」
「ぇ……」
が、突然声が低くなった。同時に僕の右手を包み込んでいる左手の力が、少しだけ強くなった。
「……レンを、ですか……?」
「うん。嫌いだよ……大っ嫌いだよ!」
「ぅ……ぁ……!」
心を、魂を込めた叫び声を部屋中に響かせた。この会話の中どころか今まで、前世を含めて、ここまで感情的で、そして子供らしい姿は初めて見た。
ぁ……分かった……さっきまでの重たい言葉とハヤタさんらしくない余裕の全く無い表情と動き。自分自身に向けたものだけではなかったのだ。目の前にも嫌悪する相手にも向けていたのだ。
「中途半端で八方美人で優しい性格な僕とは似ても似つかない美少年。そう、主人公みたいな君が嫌いだ」
「……前も言われましたが、そんなに僕は主人公っぽいのてすか?」
「ぼっち系淡白美少年」
「な、なん、何それ?」
主人公……というものがあまりピンとこない僕。そんな僕の尻元でルルがボソリと呟いた。
……呟かれても、相も変わらずピンとこないままだけど……
「羨ましくて……妬ましくて……恨めしくて……」
「……」
「……身長とカッコイイにしか興味の無いレン君からしたら、理解出来ないだろうけどね」
小馬鹿にするかのような嘲笑の眼差し。なのに怒りを前面に押し出した声色だ。僕を睨みつける様に目を細めている。ハヤタさんの言う通り、僕は僕の持っていないものを……その二つの要素ばかりを追い求めていた。
でも共感できないだけで理解はできる。
と、昨日の僕なら薄っぺらい言葉でその場凌ぎの擁護を自分自身に施していただろう。ハヤタさんが心に秘めた感情を曝け出した今、僕はハヤタさんの想いが理解できなくなってしまった。
「僕も初めて知ったよ。嫉妬って、羨ましいから恨めしいに変われるんだって!」
「ぁ……」
「マユカちゃんを傷付けた奴らも、こんな感情だったんだなって。知りたくないことを知った」
それは違う。
この言葉では響かない。深くそして長く心に刻んだ確かな結論を覆せるほどの効力は無い。いや、僕がハヤタさんの心を軽くしようと行動することが、考えることが、烏滸がましいのだ。
「だからレン君を嫌いになればなるほど……僕自身が……」
「……」
「っ!」
まただ、また来る。先程のように、心に身を委ねて自身の身体の中にあるもの全てを溜め込むような数舜の間だ。そして、
「憎くなっていった!」
叫んだ。
「醜くなっていった!」
叫んだ。
「大っ嫌いになっていった!」
一際大きく叫んだ。
「感情を抑え込むのがこんなに大変だなんて……知らなかった……」
「……」
「もうこれ以上嫌いになりたくなかったのに、僕は僕の事もレン君の事も嫌いになっていった!」
感情を抑え込むのを諦めたかのように、ここが医療室だという事も忘れるほど、言葉を暴発させた。透き通っていて心地の良い声ではなく、喉の奥から棘混じりにがなっている。手を握る力がより強くなっており、少しだけ痛みも感じてしまう。
「……気がついたら、レン君を見なくなってた」
そして今度は小さな声。今のハヤタさんの心の不安定さを表すかのように、緩急の激しい口上をしている。同時に、握られた両手が解かれるように僕の手から離れていく。
「そうすればこれ以上、僕は傷つかなくて済む。好きな人の好きな人を嫌いにならずに済む」
「……それで僕に……」
「レン君の奥に微かに潜んでる……マユカちゃんの幻影と会話してた」
「そんなに、僕って……」
「レン自身も、マユカ先輩に影響を受けた人物だから……それ故に、かも……」
今まで、僕とハヤタさんの視線は交わっていなかった。その現実を、話の流れで分かっていたのにいざ突きつけらえると……一方通行の感情をぶつけていたということは……
「そして少しづつ……僕は僕を認められるようになっていった」
「認められる……?」
「……好きな人の好きな人を、好きになれるようになっていった……!」
「……」
少しづつ両腕を、まるでフェザーが羽ばたく時のように大きく広げる。表情は爽やかで、吹っ切れたかのように満面の笑みだ。が、未だ涙は溢れ続けている。息も荒くなっており、肩が大きく揺れている。
だめだ。僕の中で溢れ出てくる感情が何かが分からない。喜怒哀楽のうちのどれなんだ?
「だから……僕はっ……」
「……へぇ……そう、なんですね」
「……レン……?」
僕は、今どんな顔をしているのだろう。泣いているのだろうか。怒っているのだろうか。分からない。分からないが、無理矢理表情に出してやる。
「つまり、ハヤタさんが僕の容姿や身長に言及しているときは嫉妬で心がぐちゃぐちゃになっていたんですね!」
「ぇ……」
「美少年で性格も良くて声も良くて身長も高いハヤタ先輩から、優越感を得られるということですね!」
「レ……泣いて……」
喜の表情だ。心の奥底に潜んでいる、今のこの状況をめちゃくちゃ楽しみそして感極まってしまった僕自身の醜い感情を全面に押し出すのだ。
「何もかもが完璧だとは思っていましたがそんな素敵な欠点を持っていたのですね! 嬉しいです」
「……」
「一方的だと思っていましたが両片想い! お互いがお互いに対して無いもの強請り! 本当に僕達って似た者同士ですね!」
言いたい事は言えた。その上で誰も口を開こうとしない。失望したのだろうか。意外と感じたのだろうか。
「嘘だったんですか……」
「え?」
「僕のことを……友達と言ったことは」
「ぁ……」
口に出してしまった。
違う。聞きたいのは、言いたいのは、問い詰めたいことはこれではない。のに、何故かこの言葉が溢れ出てしまった。
「それ……は……」
言い淀んだ。なら確定だ。
「じゃあ……見ろよ」
「え」
「っ!」
だったらもう、僕の言いたいことは一つだけだ。
僕はベッドから降り、ハヤタさんの目の前に立つ。そしてハヤタさんの両頬をガシッと掴んだ。僕から目を逸らさせないために。
「僕を! 何の濁りもフィルターも通さずに!」
「んぉ!?」
「僕の美点も……汚点も!」
「ん……」
見ろ。僕を。今だけでいいから、僕だけを!
「僕は今凄い優越感に浸っていますよ! 憧れていた先輩の汚点を目の当りにしたので!」
「レン……」
「だからハヤタさんも優越感に浸ってください。人は、他人の良い部分と悪い部分の両方を見て初めてその人を信頼出来るんですから!」
がなり声ではないが、先程のハヤタさんにも負けぬ声量で叫ぶ。
そうだ、嬉しいのだ。今の僕は優越感に浸っているのだ。それを大袈裟にでも伝えてやるのだ。
「……憧れを……羨望の眼差しをした事を後悔するぐらいの悪い部分をお互いに見せ合えたなら、正真正銘の……本当の言葉でこれを言えます」
「え」
僕はハヤタさんから手を離し、少しだけ離れた。
そういえば……僕ははっきりと言葉にしたことが無かったかもしれないな。
僕は小さく一呼吸をし、
「僕と……お友達になってください」
「っぁ……!」
「嫌いのままでも良いので。今まで以上に僕の魅力を目の当たりにしてください」
ハヤタさんに右手を差し出しながら言い放った。
「……優しい……ね。レン君は」
「……はぁ……優しい人は、自分に利益が無いのに周囲に愛想をばら撒く人の事です」
「……え……?」
未だ変わらぬ自虐地味の笑み。そんな中で出てきた的外れの褒め言葉に、僕はすぐに否定にも似た反論を口にする。
「嫌だと言えずに成り行きに任せてしまう我慢強い人と、嫌われるのが怖くて何でも肯定してしまう臆病者」
「ぇ……」
「主にその二種類しかいません」
「ぁ……」
これは僕が考えた優しい人間……ではなく、実際に経験したものだ。優しいと感じる人ほど、愛想を振りまく人間ほど、裏がある。大なり小なり目的があるからこその人間関係なのだから。
「僕がハヤタさんと友達で居続ける理由は、僕自身に利益があるからです」
「え……」
「僕は優しくないので……これは打算での行動ですのでどうぞ気を使わずに利用してください。僕も利用するので」
「あ……はは……」
今度は僕が、力なくへたれているハヤタさんに力強く説いた。安心させるためではなく理解させるために。それを分かっているのかどうかは分からないが、ハヤタさんはどこか吹っ切れたかのように微笑みながら僕の右手を掴んだ。
「分かったのならもう二度と言わないでください。僕の事を優しいだなんて」
「……うん。ありがとう」
そしてその手を使い立ち上がった。
低い位置から見下ろしていたんだから隣に並ぶように立ち上がるのはやめて。
「……こんな僕でよければ……再び、末永くお願いします」
「……うん」
「突っ込めよ。何でプロポーズみたいな返答なんだよ」
「トヨ先輩、雰囲気です雰囲気!」
正直な話、ハヤタ君がレン君を嫌っている、若しくはきちんと見ていないという伏線はもっとあっても良かったなぁと後悔しています。一応「1.11 お風呂で重なる肌。最高ですね!」でハヤタさんがレン君の獣耳を見て正気に戻ったり、「1.77 合法的擬似重婚」でレン君とマユカさんが似てる発言があったりと、それらしい描写はありました。けど本当にそれぐらいしか無いので……ちょっと今から投稿済み作品の中に伏線を入れてきてもいいですかね?
この優しい人理論……完全にレン君の、というか私自身の持論でしかないです。それでも私は……どんな人でも他人に何かを施すには少なからず自分自身に利がある故の行動だ、と感じています。私自身がそうであるように……




