1.84 流石にルルちゃんの忍耐力化け物すぎるだろと思いました
お待たせしてしまい申し訳ございません。第三章後半やっと始動致します。
一応の予定としましては、第三章後半では戦闘シーンは無いので気楽に見ていただけたらなぁと思います。
「――レン君っ!」
「んにょっ!?」
十五時二十分。食堂で。
足元は人の血により真っ赤に浸されており、所々に変色した大きな肉の塊が転がっている。異臭は少ないが、多量の血液による鉄の臭いが充満している。そんな空間で、僕は騎士の方に制服を借りながら探索を行っている。
「ひゃ……ぁ……トヨ……さん……」
「っ!?」
制服は全体的に黒色、所々白色が点在しているデザイン。ボタンは真ん中に一列、ではなく右肩から下へと続くように点在しており、また白いベルトには短いハンカチのような物がぶら下がっている。下は短めのスカートとその中から足先へと伸びるようにぴっちりと肌に張り付いたスキニーパンツが見える。僕の尻尾はそこから出てきており、スカートが少し捲られている。またスカートは右前の部分だけが切り取られており、中のパンツがそこから少し見える形になっている。何故かパンツの両足の内側の太腿だけが顕になっていたので、その部分だけ今は布で覆っている。そして長髪を纏めて大きなフードで前髪ごと覆い被せ、少し透けている黒いフェイスベールで顔を隠し、肘まで覆うほどの大きさの手袋を両腕にしている。
僕は食堂の右側、ドバイさんが出していない扉。その扉と、膝立ちをしている僕の間で転がっている肉片。右手を伸ばしながら、それを見つめていた。
「……こ、っちは……二階を一通り見てきたが、ほぼ全員が死没していた」
「ぁ……」
「まぁ俺は医療系に詳しくないから、もしかしたらまだ息を引き取ってない人もいるかもしれないし、そもそも擬死の可能性もあるが……」
目の前の扉を勢いよく開け放ち入室してきたトヨさんに驚きながらも、僕はゆっくりとトヨさんの顔を見上げた。
僕と同じ制服を着て、大きなフードと手袋をしている。また血だまりの中を散策したからか、服の至る所に赤いシミが付着している。
「それと、ハヤタとルルちゃん……二人とも重傷だが、勝って帰って来た」
「……」
「……医務室にいるらしいから、一旦生き残り探しは切り上げよう」
「……ぁ……」
そして何か急かすかのように、僕の右手を掴み無理矢理立たせた。そしてその場から逃げるように、食堂の外へと早歩きで僕を引っ張る。しかし僕とは目を合わせず、まるで今の僕と同じ、現実から目を背けようとするかのように。
「ほら。行こう」
「待っ――
「……」
「ひぇ……!?」
優しい声色のはずなのに、黙ってついて来いという脅迫にも感じてしまうほどの圧力が掌から伝わってくる。その光景は、目の前に広がる無数の亡骸を見た時よりも恐ろしかった。この手に逆らうほどの胆力をが無かった僕は、抵抗せず、されるがままに連れられていく。トヨさんが一歩一歩進む度に、足元の血溜まりを力任せに踏みつけているのだろう、ビチャビチャと音を立てながら勢い良く飛び跳ねた。
玉座の裏にある隠し扉。そこを潜ってすぐ左の扉。そこが医療室となっている。僕はトヨさんに連れられたまま、その扉の前まで連れてこられた。扉の前には騎士が、その医療室を守るように三人、全員武器を持たずに立っている。両手両膝に血溜まりを携え、片方が片方の手を引っ張る光景に若干の脅えを見せた。が、すぐに表情を戻し扉から離れて僕達を促した。
「ぁ……えと、この制服をお返し……」
「やめてください」
「え……」
僕はそのうちの一人に近づき、制服を返そうとボタンに手をかけた。が、騎士の一人の女性が右腕を前に突き出しそれを止めた。素手故か威圧感はあまりないが、場を制するかのように棘のある声をしている。
「ちょちょちょ、そんな言い方しなくても」
「先輩は黙ってください。プライドが無いのですか?」
「プライドとかじゃなくて、そもそも備品だから返してもらわないと……」
が、そんな女性とは裏腹に、もう一人の騎士……先輩と呼ばれた、頼りなさそうな女性が僕達との間に割って入った。が慕われていないのか、先輩さんは棘声さんに僕たちに向けた時と同じ声色を向けられた。そしてその全てに興味が無いのか、僕にも先輩さんにも棘声さんにも目を向けず、無表情で前を見つめている。微動だにしない。怖い。
「なんだ? 俺達別世界人が着たという実績を持ってしまったからこんな服は触りたくない、ということか?」
「はっ。不服そうですね」
「煽らないで!」
「お二人は」
「ん?」
すると突然、無表情の男性が、その能面を崩さぬまま高らかに口を開いた。視線は未だ僕達にも騎士達にも交わらない。やはり怖い。
「バイ菌だらけの羽虫に喰われまくったお洋服を着たいと思う?」
「え」
「ねぇ聞いて!? 煽らないでってば! もともと二人が行きたくないって言ってたくせにさ!」
「……俺達は害虫だと言いたいのか?」
「待ってやめてこの流れ返してもらえなくなりそうでちょっと怖いから! 返却超希望!」
果たして的確と判断しても良いのだろうか、先程まで無関心そうにしていたのに、突然会話に入ってくるなりそんな強めかつ具体的な罵倒を淡々と浴びせてきた。敵対的な態度によって僕達の反感を買うのが嫌なのか、必死の形相で無表情さんの肩をガッと掴んだ。先輩さんが少し不憫に見える。
「じゃ、じゃあ後でこっそりお渡しします」
「あ、レンさんの方は大丈夫です。寧ろそのサイズの服は有り余っているので」
「備品倉庫の奥底で眠っていたサイズだからそれ。子の国の人でももう一回り大きいよ」
「何故最小サイズなのにぴったりどころか若干ダボついてるのですか?」
「そんな全員で突然結託して浴びせなくても良いだろ! レン君の両頬膨ら引っ張るな引っ張るなっ!」
僕はトヨさんを引っ張りながら、三人を無視してその横を通り過ぎる。そして丸い形で白色のスライドドアを目の前に、
コンコン
と、左手の甲で無言のままノックをする。
ガララッ
「一応医療室の前という事は念頭に置いて頂けると幸いでした」
先程から騒いでいたので目の前で待機していたのだろうか、すぐに扉が回転するようにスライドし、中から一人の女性が顔を出した。そして右手で部屋の中へと促した。
「……」
僕は促されるまま、医療室へと入った。
医療室は広く、四方に窓は無いが天井がガラス張りになり太陽の光が差し込む形になっている。そして地面から少しだけ浮き小さな車輪を四つ携えた大きな病院用のベッドが、扉から見て左右の壁際に五個づつ置かれている。そしてその一つ、左奥のベッドに、
「っ! ルル!」
「凄い表情の変わりよう。二つの意味でちょっと怖いのですが、彼の身に何かあったのですか?」
「聞かないであげてくれ」
ルルが横たわっていた。白くて薄い掛け布団によって身体の状態を詳しくは分からないが、漏れでる匂いから頭の先から足先まで、露出している肌はほぼ全てに包帯が巻かれているという事が分かる。顔は左目と鼻先以外が覆われており、どのような寝顔なのかが分からない。目は閉じられており、昏々と眠っているのか、僕が近づいてきてもその美麗なまつ毛はピクリとも動かない。寝息は聞こえるが少し小さく、いつもよりも体調が悪い事が容易に予想できる。
「……ルル様含め、まだ存命しております」
そんな僕の反応を見てか、医療室にいた女性……恐らく今までルルの面倒を見てくれていたであろう人が声をかけてきた。よく見ると首から名札をぶら下げており、白い文字で「フチサミャ」と書かれている。よく見ると、ルルの反対側にあるベッドにも人が……モクリサさんが横たわっている。他に人は見当たらず、恐らくフチサミャさん一人で二人の看護を行っていたのだろう。
「ハヤタ様は熱傷レベル二……で、三に片足を突っ込んである状態でした。ので、現在は治療の為別室におります」
「そう……なのか……」
「命に別状はございませんのでご安心を……ハヤタ様以上の火傷と怪我を負っているのに意識も息もハッキリしているこの人は異常です」
「キモイキモ、って言ったのかと思った」
腰と同じ高さにいるルルの体には触れないよう、掛け布団の上から右手を置く。背後ではトヨさんとフチサミャさんの二人が会話をしている。が、すぐに会話を切りあげたのか、僕の隣に静かに立った。トヨさんは僕には近づかず、少し離れた位置から僕達を見ている。
「意識はハッキリしておりますが、かなり危険な状態です。止血は行いましたが見ての通り出血が多いです」
「なっ!?」
「既に体内の血は大量に減っておりました。血が不足しているということは脳や臓器に血液が十分に行き渡らないということですので」
そして残酷な宣告を、躊躇もなく言い放った。一人の人間の生命に関わるというのにまるで心が籠っていないその態度に、僕は目を丸くしながらそのフチサミャさんの顔を見上げる。フチサミャさんの両手は腰の前で組まれており柔らかい雰囲気はあるが、目は鋭く細められている。声色は優しいが淡々としている。患者という意識は持ちつつも、ルルの生死には然程興味が無い、という裏側の感情が露骨に見えてくる。寧ろどこか望んでいる様な……
「しかも上がる心拍数に脈圧の低下。言わば循環血液量減少性ショックになっています」
「っ! このままじゃっ!」
「もし今すぐ輸血を行うのであれば、後遺症も残らないかもしれません」
「じゃあ!」
不安にさせる言葉と安心させる言葉を交互に言い放つ。一回一回言葉を口に出す度に声を荒げている僕の反応を楽しんでいるのか、口元が少し緩んでおり、それを隠すために右手を口元に寄せている。
「ございません」
「え……」
「ここに、輸血用の血はございません」
「……ぇ……!?」
が、そんな僕の淡い期待を上から叩き伏せるようにフチサミャさんは表情を一切変えずにそう言う。体の向きをルルから僕へと変え、まるで見下すかのように僕の顔を見る。
「無い……なら病院に……どこか医療機関にっ!」
「行ったところで提供などはさせて貰えません」
「ぇ……」
「彼女は身分証明書も持たない別世界人です。二つの意味で拒否されるのが目に見えます」
「ぁ……っ!」
そして続く言葉に、僕は言葉を失った。フチサミャさんの否定の言葉が感情的なものではなく、現実的に見た意見だと理解したからだ。が、僕はすぐに考えを捨て、ルルから離れながら右腕を顔の前に上げ、肘をフチサミャさんに向けた。
「なら僕一人で! 僕一人の血液を今すぐルルへと移し替えます!」
「はぁ!?」
「僕一人で、ルルの体を支えてやります!」
僕のその食い気味の提案に、フチサミャさんは大声で仰け反るように驚いた。が、すぐに手で口を覆い隠して黙り、腕を組み、若干否定的な表情に変化した。助けるのが面倒という気持ちだけでなく、そもそも医療関係者からすれば直接輸血をするという行動を推奨したくないのだろう。
「それなら、副作用も差程問題無いですよね!」
「……迷いなく、よくその選択ができますね。自身の血液をゴッソリ抜かれるというのに」
そして僕の目を真っ直ぐに見つめた。僕が真剣に血を渡そうと考えている、ということを感じ取ったのだろう。腕組みを止め、小さな溜息を吐いた。
「……本当なら、ウイルスの存在や血液型の相違、後はRh血液型とか調べることはたくさんあるのですが……」
「ルルはAB型なので、血液型の心配は無いです」
「二つの意味で何で知ってるの?」
先程の否定的な声色とは違い、どこか愚痴にも似たような言葉が出てきた。肯定的ではないが、僕の想いを汲み取ろうとしているようにも見える。気持ちは分かるが現実的ではない、という考えが言葉の裏から見え隠れしている。
ミュッ
「ひゅっ!」
すると突然、僕のスカートのような部分が突然小さく引っ張られた。
「……欲しい」
「え?」
そしてすぐに、ルルの声が響いた。まるで小さな子供がおもちゃをねだるように、小さな声で強く訴えかけている。
「リスクがあるのは重々承知……その上で、レンの血、欲しい……!」
「……そもそも、そうやって聞き取れる言葉で喋られてるのが既に不可思議だというのに……」
「あとその格好凄く良い似合ってる」
「あ……あ、りがとう……」
「……」
弱々しい……という雰囲気は全く無く、一言一言をハッキリと紡いでくれる。フチサミャさんはその光景に若干冷ややかな視線をルルに向けた。
「はぁ……分かりました。双方がそういう意見であるなら準備をします」
「ぁ……はい!」
「少なくても数時間単位で血液の移動を行いますので、貴方も準備を」
「っ! は、はいっ!」
「幸か不幸か、彼女は小柄で細々しい体型なので、必要な血の量ももしかしたら……」
軈てその訴えで折れてくれたのか、フチサミャさんは渋々ながらも輸血の了承をしてくれた。恐らく他の医療者に連絡を取るためだろう、虚空からスマホを取り出しながら僕にも短く指示をした。心の準備と体の準備、両方を行わねばならない為、僕も嬉しい気持ちを抑えながら強く頷いた。
「やぁやぁやぁそこの若き友人よ!」
「けひゃっ!?」
すると突然、背後から聞き慣れない声が響いた。
「い、つの間に……!?」
「誰ですか。不審者はご退場ください」
「わー冷たーい」
「……冷たいというか妥当な発言だろ」
僕とフチサミャさんは振り返り、その謎の人物を視界に捉える。トヨさんの更に後ろ、扉のすぐ目の前に、その謎の声の主であろう人物が立っていた。
紫色で透明なフェイスベールで鼻から下を覆っており、右の瞳は大きな白いアイパッチが貼られ、僅かに曝け出している左目の下には小さな黒子があるのが伺える。瞳と髪の毛は淡緑色、髪型は全体的に丸いが寝癖のようなものが左右どちらにも数箇所ずつ広がっている。後ろ髪は短くウェーブしており髪の毛の裏側が見え、長いもみあげが首の両側に伸びている。よく見ると、ハート型の黄色いイヤリングをしている。そしてあれは……浮き毛だろうか……? が、頭の天辺から顔のすぐ横まで伸びている。そして何故かその浮き毛の先端が掌程の大きさでハートの形をしている。金色のネックレスも着けており、その長方形のような形をしている先端が胸元まで伸びている。上半身はオフショルダーの白いトップスに赤いパーカーなのだが、下半身は膝上ほどの長さで脚の半分も隠せていない細長い前垂れのみで靴すら履いていない。前垂れから鼠径部が少しだけ見えており、下着すら履いていないのではと思ってしまう。
そんな如何にも奇怪な人物なのだが、フチサミャさんは驚く事もせずに謎の人物へと近付いた。
「誰、ですか……?」
「ん? んーん、んっとねー。何が良いかな……」
「何がって……偽名使う気しかなさそうな言い方だな」
そして名前を問うと、左手の人差し指を唇の右側に押し当てながら考え込んだ。この場にいる全員が、次にこの人の口から発せられる名前が本名ではないのだという事を理解しただろう。
「よし」
「……」
「……」
そして名乗る言葉を思いついたのか、小さくジャンプをしながら両手を握りしめた。その衝撃で浮き毛と前掛けが揺れる。
「それじゃあ俺の事は、ルルさんとでも呼――
ドゴアガッ
「どごあがっ!?」
「ぉん!?」
「えええ何何何怖い怖い怖いっ!」
僕はフチサミャさんもトヨさんも押し退け、目の前の巫山戯たことを言い放った奇人の顔のすぐ横へと拳を奮った。その勢いで再び浮き毛と前掛けが大きく揺れた。空気を切ったはずなのに、何故か衝突音のようなものを出してしまう。
「しゅ……瞬時に扉まで……しかも何その音……!? この人こんなに怖かったの……!?」
「あ、あれやっぱ偽名使ったから怒った? ごめん別の名前使うから許してっ!」
「……すみません。ムカついたので」
「えそんな理由なの!? んきっきー。いいのか、お兄さん泣いちゃうぞー!」
「勝手に泣いてれば良いじゃないですか。無視するので」
殴打を振るわれるとは思わなかったのか、目の前に立つ奇人は僕の行動に怯えるように両手で自分の身体を包み込んだ。
「えーそんな事言って良いのー? 俺の爛々な行為を見たら狂喜乱舞の大高揚をするんじゃないのー?」
「何だこいつあっやし」
「そもそもあなたは何者なのですか? 彼らと顔見知りですらないようですが」
フチサミャさんの疑問を聞いた瞬間、奇人は両手を降ろした。左手はグーで人差し指だけは第二関節まで曲げて口元に、右手は掌を上にし親指と人差し指は伸ばしてそれ以外の指は第二関節まで曲げてフチサミャさんの足元を指している。
「おー! 知りたい知りたい? そうだよね、見えない存在を見ようとするだけで興奮しちゃうよね!」
「いえ、出来ればお帰り頂きたいのですが」
「俺はねーえ」
フチサミャさんの言葉をすべて無視して、目の前の人物はフェイスベールを左手で捲り上げた。そして、右手の人差し指と中指を口の中に挿し入れ、上唇を捲り上げた。
「こういうものなんでーす」
「っ!?」
指を口内に挿し込んだまま軽快な声と共に顕になったそれ……鋭く細長い、獲物の肉に食い込ませてやろうという思いが込められているであろう真っ白な牙が、口内に四つ生えていた。人とは似て非なるその部位を持つ者……
「ボフルン……!?」
「……あれか、吸血鬼みたいなやつか」
「別世界の創作に出てくる種族だね。でも、ボフルンはあんな弱点だらけのザッコザコな種族よりも優秀だもんね」
「というか何そのエッチな見せ方」
気が付けば、目の前の人物そのボフルンの全身体の色が赤く染まっていた。血液……とは少し違う、少し明るい色をしている。ボフルンの特徴である自身の体色を自由に操れる、という光景を目の当たりにし、目の前の人物が嘘偽りのない事を言っている事を無理矢理理解させられた。
「消えろ。ここは神聖なる医務室、お前のような愚弄者が来て良い場所では無い」
「お医者様も辛辣ぅ。ボフルンっていつからこんな嫌われてたっけなぁ」
目の前の人物がボフルンだと分かった途端、フチサミャさんの目の色が急に変わった。先程までは仕事とはいえ、僕達別世界人に対してもキチンとした対応をしてくれていたというのに、何故かボフルンに対してひどく辛辣な言葉を投げかける。
「そもそもボフルンだから何でしょうか。奇天烈な四文字を羅列した所で貴方がこの場に不要という考えは変わりませんよ」
「ボフルンは体液のスペシャリスト」
「は?」
「いやね? 今君達さ、ダイレクト輸血しようとしてたじゃんね?」
両手でピースをして夫々の人差し指と中指を合わせて菱形を作り、恐らく心臓を指したのだろう、左胸に添えた。そして左足に体重を乗せ、右足は内側に曲げ爪先立ちをしている。
「俺がそのダイレクト輸血の手助けしてあげよう、って事ね」
「輸血の手助け……?」
「うわ何か言い方も仕草もエッチ過ぎる」
「聞いた事がありません。ボフルンが輸血と関係性が深いとでも?」
「あったりまえじゃんさ」
そしてボフルンは不思議な仕草と共に目的を口にした。が、それを聞いても尚納得がいないのか、フチサミャさんは警戒を解かぬまま更に近づき、僕とボフルンとの間に入った。少しづつ増していくフチサミャさんの圧。それを全く意に介さずにボフルンはフチサミャさんから目を逸らさない。今度は左手はそのままで右手を胸から離してそのまま這うように自身の身体をなぞりながら上へと動かし、チョキのまま口元に置く。目を細め、まるで挑発するかのように見える。
「ボフルンって、好きな人の体液ちゅぱちゅぱ吸いたくなっちゃうような変態さんなんだからさぁ」
「レンじゃん」
「なんて?」
「何で?」
「ちょ、何で今会話に入るのですか!? 二つの意味で危ないので目隠しします!」
すると、先程まで僕たちの会話を黙って聞いていたルルが突然会話に入ってきた。僕と会話しているときも寝転がったままだったというのに、がばっと起き上がりボフルンへと視線を向けていた。が、その絢爛な瞳は瞬時に目隠しが装着された。
「体液の操作はお手の物。特に血液なんて実家も同然さ」
「本当に実家という例えで大丈夫か?」
「その人が……本当に……ボフルンなら……」
「え……」
「そいつを……助け……たいなら……」
上半身を左右に揺らし謎のアピールを繰り返すボフルン。未だ渋っていると感じたのか、今度はモクリサさんが、ルルとは正反対の、途切れ途切れで弱々しい声と共に会話に加わった。
「その……あや、しい、要求……飲んだ方……が良い」
「本当の事なんですか……?」
「そうだ……体液を操作して……恋人と……体液を、交換する……そういう……種族だ……」
「信じ難い……その一言に尽きますが……」
そしてゆっくりと、授業でも習ったことのないその生態系について語り始めた。何故知っているのかという疑問を持ちながらも、隣でうんうんと頷くボフルンを見て、その疑問を飲み込んだ。
「ボフルンの子孫の残し方は人とは違くて、体液を体外に放出せずに受精するのが基本でね」
「故に……性欲が薄く……性別に関係……なく、妊娠に必要な、卵巣や……子宮とかも、ある……」
「昔はそんなボフルンを材料に、男性妊娠の研究もお盛んだったのというのにね」
「何それエッチ詳しく教えて!」
「もう耳栓もします!」
目隠しをしているだけなので会話の内容がきちんと聞こえているのだろう。再びルルが勢いよく会話に参加し、フチサミャさんが勢い良くヘッドホンのような耳栓を、その馥郁とした香りを放っていたルルの耳に着用した。
「だぁからね。ちょっとピリピリしちゃうかもしれないけど安心して、優しくしてあげるから」
「待て待て待て待てっ! 勝手に話し進めんじゃないよコラっ!」
「えー俺の方が楽だし簡単だし絶対良いって。どんな血液もあら不思議完璧に適合させちゃうんだからさ」
軈てもう話すことは無くなったとでも言うように、フチサミャさんを押しのけながらゆっくりと僕へと近づいた。そして優しく、掴むというよりも添えるという感じで僕の肩に両手を置いた。そして頬を僕の耳へと寄せ、今度は誘惑すように小さく囁く。何故か未だに口元にチョキを添えたまま。
「まぁ優しくされるに超したことは無いですけど」
「気にして君も! この人不審者! 命のやり取り任せるにしては不安要素しかない!」
「ただ……そこまでしてくれる理由が分かりません」
「んきゅう?」
「何だそれ鳴き声か?」
「最低でも知り合い程度の関係性なら理解できますが……初対面ですよね?」
モクリサさんが否定どころか全面的に肯定しているのを見て、僕はボフルンの申し出を受け入れようとした。それと同時に一つだけ拭えない懸念点を口にする。耳元にいるボフルンは僕から離れ両手のチョキをパーにし、右手は右肩に添えつつ右頬に当て、左手掌を上にしルルの方へと指し示すように突き出した。
「良いの早く準備しなくて? その子、逝っちゃうよ?」
「……」
「ほらほら。その椅子に座ってさ」
やはり僕には問いただすという行為は向いていないのだろう。舐めているのか、まるで教える気がない。僕はそれ以上の詮索は諦め、指示された通りルルの隣の椅子に腰かけ制服のボタンを全て外して脱ぐ。ノースリーブのインナーだったので、そのまま露になった左腕をルルの体のすぐ横に置いた。
「……本当にこんな不安な人の手を借りるのですか?」
「はい」
「はぁ……色んな意味で、別世界人とは仲良くなれる自信無くなりましたよ……献血用のベッドをご用意致しますので、せめてそちらで」
流れるように制服を脱いだ僕を見て、フチサミャさんは呆れながらも諦めてくれたようだ。僕は椅子をどかし、ルルの右隣にあるベッドを動かしてスペースを確保する。それを確認した後、フチサミャさんは虚空から献血用ベッドを取り出してその位置に置いた。献血用ベッドは椅子のような見た目で、背もたれが鈍く、椅子から足置きが伸ばされている。
「もっともっとくっついて。ベッド同士を密着させてさ」
「はぁ……」
「んっ」
ボフルン要求にも溜息交じりに叶えてくれる。ベッドとベッドが無音でぶつかり、僕の左腕がルルのベッドの上に載せられるほど近づいた。僕はそのままルルの手を掴む。
「じゃくっつけるね」
そんな言葉と共に、ボフルンは僕の左腕とルルの右腕を掴み、このベッドと同じように密着させた。そして数秒間、僕とルルの手首に左手を重ねた。微かに感じた暖かみだったがその感覚が消えると同時に、ルルの左手首と僕の右手首が、小さな赤い輪っかで繋がれた。
「ぉ……おおぉ……」
勿論、血液を抜かれる感覚というのは採決針を刺された時以外を味わったことが無い。故に小さな不安感があったが、ルルの体内に僕の血液を注げるという大きな高揚感と緊張感といった複数の感覚が脳内で入り乱れている。
「……どういう感覚……なのでしょうか……?」
「さっき言われましたが、ずっと微弱な電流を浴びているみたいにピリピリします」
「だるさとか苦しみとかはいかがですか?」
「……は、今のところは特に問題ないですね。楽で……何なら少し心地良いです」
フチサミャさんはタブレット端末を取り出しながら僕に質問をする。僕の言葉を一つ一つ聞き取りながら右手を忙しなく動かしメモを取っている。その顔は、この光景を受け入れたくないのか少し嫌悪しているように見える。
「……医療職の方々には、色んな意味で見せられない光景だ」
「実際頭が痛くなります。我々が幾重にも準備を重ねて何時間もかけて行うというのにこうも簡単に……」
「んっふふふ。まぁさっきも言ったけど体液専門だから許容許容ってことで」
「……」
今までの自分たちのやり方を否定されたと感じたのだろう。イラつきと怒りの混じった声が、フチサミャさんの口から力強く放たれた。
「数分もしたら輸血は完了。同時にその腕輪もシュンって無くなるよ」
「ほんっと……ほんと、ほんとっ!」
「じゃあ俺はこれで」
軈て自分の仕事は終わりましたとばかりに、ボフルンは踵を返して歩を進めた。
「本当に目的を語る気は無いのですね。恩を売るとか金を得るとか、そういった風でもなさそうですし」
「その方がかっこいいじゃん」
僕は最後のチャンスとばかりに、ボフルンに再度疑問を投げる。が、今度は曖昧な表現でその疑問を回避した。僕だけじゃない、トヨさんもフチサミャさんも呆れた顔をしている。
ガルルァ
そしてすぐにまた歩き出し、扉の大きな開閉音と共に退出した。その歩はゆっくりで、まるでその背中姿を僕達に見せびらかすかのようだ。
「だ、だだだ、誰、誰ですかあなた!?」
「あやっべ。お邪魔しましたー」
その音に振り向いた騎士から全力で逃げるまでの数秒間だけだったけども。
「騎士達の目を掻い潜った……のか……?」
「そういえば扉を開ける音すらしてませんでしたね」
既にお気づきの人もいるかと思いますが、今回一話分の文字数がそこそこ増えております。いつかどこかで「このままいくと千話超えそうだなぁ」的な発言を(多分)していたのですが、割とそうなりそうで怖いと思い、今からでも一話にかける文字数を増やそうという考えになりました。ので、第三章後半は話数にしたら短く感じられると思います。予めご了承のほどよろしくお願いいたします。
因みにですが、このボフルンさんは初期段階ではこの場面では登場せず、想像を絶するほど後の場面に出てくる予定でした。故に私一人が勝手に興奮する事態となっています「うぇぇこの場面で出てくるの!?」と。




