1.裏話.3.2 人生という名の駄作@神ゲーは作られるものではなく自ら産み出すもの
西暦は分からないけれども、十二月四日。
マユカが三年生の時。
ガラッ
「あ……マユカ会長……」
「ぁ……」
学校内。生徒会室。ノックの音も響いていないのに、まるで襖から覗き込むかのように小さく扉が開いた。その隙間から、ルルは中を覗き込み、ソファに座り下を向いていマユカを見てルルは小さく声を出す。朝早い時間故か校舎の内外は静かな、どこか少し寂しげな雰囲気も感じられる。ルルはマユカの顔色を伺いながら、ゆっくりと生徒会室へ足を踏み入れる。
「えっと、その、レン君が今日は下駄箱にも教室にもいなかったので、ここにいるのかなと……」
「あ……ご、ごめんね。レン君はいないかな……」
「あ、えと……だい、じょう、ぶでしょうかその、顔色が……」
「……」
「……」
マユカを見つめていたルル。やがて気まずくなったのか、それとも言葉が見つからないのか。ルルはそれ以上は何も話さず、マユカの右隣に腰を下ろした。
……何故前じゃなくて隣に座った……? 会話しにくくないそれ?
「知らないかもしれないけど……」
「え……は、はい?」
そんなルルの行動は気にも留めず、マユカは視線を下に向けたまま、ルルを視界に納めないまますそう小さく切り出した。何故マユカは、いつものように明るく、そしてうるさいぐらいに接近してこないのか。それを知ることができると思ったのだろう、ルルはマユカの言葉に小さく相槌をし、そして身構えた。
「うちの学校。かなり汚れてるんだよね……」
「え……じゃ、じゃあ何で、何も敷かずにソファに座ってるんですか……!?」
「逆に何で今、私がこの学校の清掃不足問題露見させるの?」
続けて放たれた、少し含みを持たせたその発言。その発言の意図を全く汲み取ることができなったのか、ルルは見当違いな返答をした。
仮に本当に清掃不足問題露見させただけだったとしても、第一声がソファ汚いですよねっていう発言はどうかと思うよ。生徒会が使ってる備品だよ一応?
マユカは今度こそ、驚きの表情と共に、ルルへと顔を向けた。
「じゃなくて、虐め……あれは虐めなのか……てさ、うちの学校でもかなり蔓延ってるの」
「……」
そして今度は直接、濁さず言葉にした。驚きの表情もすぐに戻し、再び不安に苛まれているかのような表情へと変えた。マユカの発言を心底意外だと感じたのだろう、今度はルルが、目を開き、まっすぐにマユカを見つめ、驚きの表情を見せた。
「ルルちゃんのクラスは分からないけど……うちのクラスも、トヨ兄のクラスも……後、一年生にも何クラスか相談があったらしいよ」
「う、確かに他のクラ……え、とよにいって誰ですか?」
「……生徒会の立場にいるくせに……誰一人、助けることが出来てないんだよね」
「……それは別に、マユカ会長のせいでは……」
まるで、自分は生徒会長の資格は無い、とでも自虐しているかのように、マユカは半笑いでそう言う。いつもは陽気な姿のマユカばかりと接していたルル。今の正反対な生徒会長の姿に、どう応対すれば良いのか分からないのか、発言一つ一つが手探りで、少し遠慮気味に言葉を紡いでいる。
「あ、え、と……い、今からでも。遅くは無いのではないでしょうか?」
「遅いよ。もう手遅れ」
「……え……」
やがて口から出てきた、慰めにもなっているのか分からぬその言葉。しかし、その返答は酷く冷たく、そして何故か断定的で、はっきりと言い切っている。その発言に、ルルは視線を全く外さず、次のマユカの発言を黙って聞こうと口を噤んだ。
「私のせいでハヤタ君が……」
「……ハヤタ君……え……?」
そして今度は何故か断片的に、短く、そして小さく、情報を小出しするかのように口に出した。何が起こったのか、また何をしてしまったのか。マユカの発言だけでは何も読み取ることができず、ルルの頭の中はハテナで埋め尽くされてしまう。
「……変に回りくどい事せずにやってれば……こんなことに……」
「回りくどい……? あの、全容が全く見えない……」
「……っ!」
バッ
ルルは座った体勢のまま、上半身と右脚のみを動かし全身をマユカへと向ける。その困惑した表情を見てか、マユカはまるで正気に戻ったかのようにハッとした表情と共に、突然両腕を広げた。
「んぃっ!?」
「いやまぁ、こんな暗い話やめてさ! そっちどう? レン君との関係どうなのさ!」
「ん……そうやって……自分の悩みをぶちまけず、下手な誤魔化しで切り抜けようとするのは……自分がいつまでも苦しいだけですよ」
「いいでしょさ! どこまで行ったの? 恋人? 婚約者?」
「飛躍も勢いも凄い……流石にまだそこまでの関係にはなってないですよ」
軈てその勢いに負けたのか、マユカから悩みを聞き出すことは諦め自身の話題へと切り替えた。
流石に未成年で婚約者は早くない? 付き合ってるかどうかすら定かじゃないのにする質問じゃなくない? 後ルルちゃんもさ? 「流石にまだ」って何? チャンスがあれば婚約するん?
「えー何でさ! レン君って前は知名度低かったけど、最近本性知らない一年生と三年生で数人程度だけど告白したんだってよ!」
「えっと……」
「好き同士なんでしょ。心変わりなんていつするか分からないんだし、早く告白した方が絶対良いって!」
「た、確かに好き同士……ですけど……」
その勢いに未だ気圧されているルル。少しずつせ迫ってくるマユカの顔から逃れるように、ソファから体を半分外に出しながら返事をしている。が、まるで濁すかのように、顔を少し引きつらせながら返事をしてくるルルに、マユカは口を閉じ、一瞬だけ思案をした。
「……何か後ろめたいことがあるの?」
「ん……」
「私じゃあの子に釣り合わないとかいうありきたりなことじゃないよね」
「う……そ、それもありますけども……」
そして今度は少しだけ、どこか無理をしているようにも見えた謎の興奮状態ではなく、落ち着きルルの瞳を見つめながら質問を続けた。ルルはそんなマユカの様子に困惑をしていたが、すぐに表情を変え、自分の悩みを打ち明けるかのように、覚悟を決めたかのように真剣な眼差しをマユカへと向け、
「……私、多分、非モテ特有症候群になってる……」
「……ん? え、ひ、え?」
軈てゆっくりと口を開いた。静かな空気の中放たれた、その短くも長くもないその一撃。マユカはその聞き慣れない言葉の意味が理解ができなかったのか、まるで のように言語が口から出てこなくなってしまっている。
「非モテ特有症候群」
「何その誰でも言える早口言葉みたいな単語」
恐らく心の中では聞き間違いであってほしいと願っていたのだろう、再びルルの口から出てきたその謎の言葉に、今度はマユカが困惑をした。
何で、さも皆さんご存知のあれ、みたいな感じで言うの? 後そんな真顔で言わないでくれない? 笑わせようとしてない? というか何その症候群。あるのそんな変なの? 無いだろ絶対。
「自分を好きになった人を好きになるという現象のことです」
「全世界の非モテに謝った方がいいわそれ」
「流石モテの象徴、言うことが違いますね」
「あんのねぇ……はぁ……」
まっすぐとマユカを見つめるその瞳は、卑下なのかふざけているのか、そんな判断もつかないほどまっすぐに開かれている。そんなやりとりに、マユカは呆れて大きなため息を吐くことしかできない。
「で?」
「え?」
そして一息ついた後、マユカはルルを見つめ返し一文字だけの疑問文をルルに投げかけた。その主語も述語も全く存在しないマユカの投げかけに、ルルも同じく一文字だけで返答をする。
「ルルちゃんは、レン君のことは好きなの?」
「え……」
そして短く、そして端的に、そして先ほど行った質問と、同じ内容を繰り返した。今度は先ほどのような馬鹿高いテンションではなく、どこか静かで、冷酷にも思える声色をしている。
「だからそれは……非モテ特有――
「そういうの抜きに!」
もうその謎の単語を聞きたくないのだろうか、少し……というかかなり食い気味にルルの言葉を遮る。そしてすぐさま立ち上がり、反対側のソファまで回り込み、ルルの目の前に立ちはだかるように仁王立ちをした。
「経緯とか理由とか、そんなの今は全部とっぱらって! 今のレン君への想いはどうなの!」
「そっ……」
そして、まるで勢いに任せるかのように強い語気で、ルルに言い放つ。
「れは……」
「たとえ入り口が不純なものでも、レン君のことを考えたら昂るその感情は……愛に溢れたその気持ちは偽りなんかじゃない!」
「っ……ぁ……は……はい……!」
前のめりになり、勢いを止めないまま叫ぶマユカ。仰け反りながら話を聞いているルルに、一瞬ハッとした表情をした後、ゆっくりと離れる。
「もう告白してよ。気持ち伝えた方が良いよ」
「んぇ、え、告白!?」
「いい? 後悔は経験しちゃダメなの。ただの失敗とは別物なの」
そして少し冷静になったのか、先程の興奮気味だった話し方とは一変し、まるで真っ平らな道路を走っているかのように、静かに、そして真っ直ぐに、語りかけた。ルルではない誰かに、言い聞かせるかのように目を逸らしながら……
「というか両思いなのに付き合わないとか見てるこっちがイライラする。さっさと付き合ってイチャつけ!」
「本音そっちですよね?」
が、すぐに凸凹道になった。まるでからげんきで無理矢理上げたかのようなそのテンションの移り変わりだったが、ルルは驚きもせずに返答をする。
不安定な情緒で突然変化する感情……これに即座に対応できる時点で、ルルはマユカに対してかなり耐性が付いてきているのでは……? かなり無駄な耐性な気はするけども……
「……分かり……ました」
「よし」
「いや、その、直は恥ずかしいので、手紙で、ワンクッションおいて……」
「まどろっこしいけどよし! え待って、手紙? 手法古くない?」
自身のようになってほしくないと、心からそう願っているのだろう。ルルもその圧に負けたのか、遂に覚悟を決め、軟弱な決意表明と共に、古くて面倒くさそうな方法で告白を決めた。
古い……とは言ったものの、今の人たちって何で告白してるんだろ……あれか、そもそも呼び出すとかもしてないのかな。
「レン君が自殺したらしい」
廊下で、まるで世間話でもするかのように教師から報告を受けた。いつも通りの日常が始まると思っていたマユカにとっては、耳を疑うその報告だが、教目の前にいる教師は、ただの業務連絡のように感情を全く乗せ乗せずに沿う言葉にしている。
「……」
「理由は分からないから、混乱を避けるためにも他のクラスはには内密にしてくれよね? 会長様」
「……はい」
感情が真っ白に変わっていくのを感じているのだろう。目は開いているが虚ろで、その瞳としての役目を全うできず、目の前の光景を何も捉えられていない。最愛の彼を失い、大切な義兄を失い……そんな中届いた報せ。マユカはもう、涙が出なくなっていた。が、そんなマユカの姿を気にも留めず、教師はその場をすたすたと離れていった。
「……あの子……手遅れになっちゃったじゃん……」
そんな中、脳裏をよぎったのは前日に会話をしたあの少女。自分の二の舞にならないようにと、半ば無理矢理イエスと言わせた、その決意と恥じらいを同時に見せたあの顔を。
「これがクソゲーってやつ? 漫画やゲームでもここまでハードにはならないでしょ……」
そして、お淑やかさも優しさももう無い、まるで世界を憎み、そして自分に絶望しているかのような、歪みながらも力強い瞳で虚空を見つめている。
「今日の授業乗りきるのも、一苦労……いや、それよりも放課後、ルルちゃんのとこ……私以上に、傷が酷いはずだし……」
まるで、我慢せねば、と。泣いている資格なんてないぞ、と自分に言い聞かせているかのように。重くなった足取り。されどそれを引き摺るように。
「もう、生きて……いける自身、無い……なんて、言う資格ないなぁ……天罰なんだから……」
オクモネミと戦った後。
玉座の後ろにあった隠し部屋、その大きな部屋の中央に佇む大きな螺旋階段。その螺旋階段を登るマユカとドウルを引っ張るミチル。そして螺旋階段の足元では、そんな三人を見上げるように見つめているコックや使用人達の影が広がっている。
「私は不安でいっぱいです」
「何故です?」
その道中、ドウルが声を出した。
「今どきの若者はこんなに野蛮なのか……という事にですよ」
「自業自得なのです」
「だとしても階段を引き摺らなくても良いのでは!?」
足を掴まれ、頭と階段をドタドタとぶつけながら。
可哀想やなこの人。しかも真顔で話してるし。面白すぎるから痛がってくれよ。
「……で、いつまでそんなナリしてるのです?」
「えんぇ……!?」
しかし、ミチルはそんなドウルの訴えも無視し、自身の後ろを、下を向きながら階段を上っているマユカに呆れと苛立ちを見せながら問いかえた。視線を向けずに突然そう聞かれたからか、マユカは素っ頓狂な声を上げ、ミチルの背中を見上げた。
「事情は知らんのです。でもレンから喝を貰ったはずなのです」
「ん……や、ね? 分かってはいたけどさ……いざここまで来ると……やっぱり怖いなって」
「面倒いのです……」
失望でもしているかのように、マユカにそう言い放つミチル。そんな失礼な態度をとられたマユカは、人の気も知らないで、等という顔はせず、その言葉を受け止め、立ち止まって自分の足元を見つめた。既に三階あたりまで登っているのだろう、階段の踏み台と踏み台の間からは身をすくめてしまうほどの景色が広がっている。にもかかわらず、マユカはずっとその景色を見つめ続けている。
「まぁ、どうせ数分後には対顔するのです。もうミチルはほっとくのです」
「……」
優柔不断なマユカに、自分の言葉では無駄だと感じたのだろう。マユカを一瞥し、うんざり、といった表情をした後、そこからそこそこの長さを誇る螺旋階段を登りきるまで、ドウルが頭と階段を激突させる音しか響かなかった。
そして数十秒後、
「ぉん!」
「っ」
螺旋階段を登り切り、屋上へと到着した。螺旋階段のその出口の周辺はガラスで、円柱のような形で囲まれている。そしてミチルたちの目の前の一か所だけ、長方形で穴が開けられている。
「広……です……」
三人はその穴から外に出て、屋上へと踏み入った。その屋上はやはり広く、壁は透明……ではなく、またしてもガラス張りになっており、より一層その広さを助長している。また屋上の中央、恐らく中庭擬きの真上にあたる部分だけが大きく穴が開けられている。学校などでは到底太刀打ちできないであろうその広さに、マユカは言葉を失っている。
「ん!」
辺り一面何も無いその景色だったが、一か所だけ、明らかに後から設置されたであろう違和感しかないもの……まるで猛獣を閉じ込めるかのような大きな檻のようなものを発見した。片手で掴んでも親指と他の指が触れ合えそうなほどの細さの棒が四方を囲っており、床と天井は灰色の壁で覆われている。そしてその檻の中には、仰向けで寝転がっているフルキとうつ伏せで寝転がっているハヤタが入っていた。二人とも両手に手錠を差せられている。
「フルキ!」
ドサッ
「……え……ぉ、おぉん!?」
ミチルはその檻を発見するなり、手に持っていたドウルをポイっと投げ出し全速力で駆け出した。あまりに唐突で薄情でドン引きな行為を流れるように行われたからだろうか、ドウルは一瞬自分の身に起きたことを理解できなかったのだろう。地面と衝突した二秒後、その痛みに驚き、小さく悶えた。
「フル! お、フルキ!」
「おぉ。数十時間ぶり」
そして檻の目の前で立ち止まり、檻越しにフルキと両手を合わせる。ミチルに合わせるためか、少し屈んでいるフルキ。驚きといった感情は一切表情には見せずにいる。
「はよ! 鍵はよなのです!」
「分かってますよ……なら何で私を放り投げたのですか……」
「のろまです! 態と逆迅速してるです!」
「逆迅速って何ですか? のろまの一言で十分伝わってましたよ?」
そしてミチルはフルキから一切目を逸らさず、なかなかに酷な要求をドウルに行った。ドウルはマユカに抱えられ、怒りというよりも呆れといった表情を前面に出しながら、虚空から赤と青のボーダー柄の手袋を取り出し、縛られているというのに器用に両手に付ける。そして両手を背中の後ろに置き、後ろ手で檻の一本だけ掴む。
「はぁ……」
そして大きなため息を一つ吐き、両手に力を込めた。
シュウゥン
「ほんっ!」
「ぉあっ!?」
瞬間、掴まれたその一本を中心に、両サイドの棒が一本ずつ順番にゆっくりと沈んでいき、やがて一つの面の棒が全て無くなった。フルキとハヤタを遮るものが無くなり露になったその全身を見て、ミチルはフルキに飛び掛かるように抱き着いた。
「あの……その……」
そんな二人のやり取りを後目にマユカは檻の中にいたもう一人の人物……ハヤタへと近づく。まるで様子を窺うかのように、恐る恐るといった様相、しかし目を逸らして逃げの態勢をとっているかのようにも見える。そんな逃げ腰になっているマユカを見て、ハヤタは一瞬口に力を込め、ムッとした表情をした。そして無言で立ち上がり、のそのそと近づくマユカとは対称的に、まるで無邪気な子供のように走るハヤタ。タタタッという擬音が聞こえてきそうだ。
「……」
「え……」
そしマユカの目の前、檻から二歩ほど外に出た位置で立ち止まる。ハヤタの身長が高いからか、マユカは少しだけ首を傾け、マユカの顔を見上げる。
「ハヤ――
スッ
「んぬっ!?」
そして未だ無言なまま、マユカの両頬をガシッと掴み、顔を固定させた。手錠をしていると言うのに、全く音を立てずに。直後、
「ん」
「ん……ん……?……ん!?」
小さな声と共に、ハヤタの唇がマユカの唇の上に重ねられた。
「無言のチュー!?」
「無言のチューです」
うっせぇなこいつら。
そんな大袈裟に興奮する二人の声を気にする素振りは全く見せず、ハヤタはゆっくりと唇を離す。
「はゅえ!? じゅ、ここで、人もいる場所で!? 唇を!?」
「僕ね。寂しかったんだよ?」
「え……」
突然行われた公開接吻に取り乱すマユカ。しかし、両腕を振り回しながら抗議をするその様子を気にも留めず、ハヤタは静かに言葉を挟む。
「マジですか……とてもそんな風には見えませんでしたよ……」
「あ、ここじゃないよ? 別にこの牢屋は平気だったから」
「……それはそれでマジですか……? 俺めっちゃ怖かったんですよ? ハヤタ先輩いなかったら泣いてましたよ!」
ハヤタ君凄いなぁ……二人だから緩和したかもしれないけど、こんな四方が開けた場所で放置されたら普通泣くよ。あんた本当に高校生?
「僕はマユカちゃんの事が大好きで、マユカちゃんも僕の事が大好きのはずなのにさぁ」
力を込めずにマユカの顔を固定したまま話を続ける。マユカは身じろいではいるが、顔を動かすことが出来ず、ハヤタを見つめ返したまま黙っている。見つめ返していることに喜びを感じているのか、ハヤタは小さく微笑み返す。
「……何でさ、目、合わせてくれないの?」
「め……?」
嬉しさよりも悲しさが大きいのだろうか。小さく震わせているかのようにも聞こえる、そのか細い声をマユカの耳に届ける。ハヤタの言動に理解が追いついていないのか、目を逸らせいまま、ハヤタの言葉に耳を傾ける。
「……こっちの世界で会ってから、一回も合わせてくれてない」
「ぇ……っと……」
「こうやって頬掴んで固定させて、チューしてやっと見てくれる」
「ぇ……と……」
顔は少し離れ、されども視線と両手は動かさぬようがっちりと固定している。ハヤタの悲痛にも思える声を聞き、マユカは視線を下に向け、口を震わせた。先程のように、再び怯えたような姿勢になっている。
「わた……しが……」
「ん」
「ハヤ……ハヤタ君の……」
数秒間震えた後、言葉を吐き出した。まるで無理矢理といった形相で、逃げられない空間から逃げようとしているかのようにも見える。
「ハヤタ君の悪い噂……流してた……から……」
「え……」
そしてゆっくりと告げる。自分自身へ宣告するように、重々しく、そして諦め観念したかのように、ハヤタへの返答を行った。そのマユカの言葉に、驚いたのはフルキだった。
「ハヤタ君が孤立するように……私が、ハヤタ君を嫌われる、ように……」
「う、うっそ……で、すよね……!?」
ミチルに未だお腹をスリスリと頬擦りをされているフルキは、まるで信頼を裏切られたかのように、絶望にも似た視線をマユカに突き刺した。
「いやいやいや! 流石に、そんな! マユカ先輩の聖女っぷりは、一年生の俺の耳にも届くレベルで煌びやかだったんですよ!」
「聖女……なのです、この女……?」
「この女言うな」
そしてすぐに、本人の告白を否定した。前の世界でどのように過ごしていたのかを、半年以上、間接的に伝わっていたからだろう。信じたくないという気持ちが強く伝わってくる。そんなフルキと違い、ミチルは辛辣な態度で吐き捨てる。ほんの少ししか関わりがなかったとはいえ、その少しの時間でマユカの人物像をほとんど作り上げたのだろう。
「ホント、だよ」
しかし、そんなフルキの言葉は優しい声で否定された。
「え……」
「え……!?」
視線だけをフルキに向けた、ハヤタの声に。
「ぇ……ん……何っ……知って……」
「いやぁねぇ。流石に分かるよねぇ」
先程までの震えは何処へやら、今度はいつものように考えが読み取れないような陽気な声で話すハヤタ。
「ハヤタ、会長は……知ってる上で放ってたのです……? その悪い噂……」
「うん!」
「うん!?」
「う……そ……」
まるで腫れ物に触るかのように、ミチルの抱擁から離れながら質問するフルキ。どんな表情をすれば良いのか分からないのか、顔が引き攣っている。それとは対極に、ハヤタは食い気味、かつ満面の笑みで、短く答えた。
「いや、だとしてもです。自分に不利益な事をされてるって知った上で放っておくのは、優しさを超えて最早変態なのです!」
「何を今更僕変態だよ。だってさ。マユカちゃんは僕が好きだから、孤立させたんでしょ?」
「え……」
「は?」
そしてミチルの訴えにも似たその叫びに、ハヤタはサラッとした返答を残す。ハヤタの言葉で、フルキとミチル、更にマユカも、全員が目を丸くしながらハヤタへ視線を向けた。
というかこの人、自分が変態であることを堂々と宣言したな。一切の迷いも訂正もしなかったよ。自覚あったんか。
喜びを表現しているのか、満面の笑みを浮かべながら腰を左右に揺らしている。
「だっからそんなに気に病まなくてもさぁ。こんなに僕の事を好いてくれてるなんてって嬉しかったもん」
「ひょぇ……え……?……で、も……それじゃ……」
マユカの頭を撫で、髪の毛をくしゃくしゃにする。どこか照れ隠しにも思えるその行動に、マユカは困惑しながら声を出す。
「後孤立させた理由。僕のせいでしょ」
「え……」
そして突然、ハヤタは動きを止めた。
「僕が美少年なばっかりに……高身長なばっかりに……中学生の時モテモテだったばっかりに……」
「何だこの人」
「何かやけにイラッとくる言い方なのです」
顔を上げ、やけに大袈裟に声を出すハヤタ。、まるで自慢でもするかのような振舞いだが、若干表情は曇っているようにも見える。そんなハヤタを、フルキもミチルも引き気味に視線を向ける。しかし、マユカは未だ驚きが勝っているのか、目を丸くしたままハヤタの顔を見続けている。
「……僕のせいで、マユカちゃんを傷つけちゃったから」
「え……」
「……き……傷、つけた、です……?」
が、次のハヤタの言葉で、二人の表情はマユカと同じものに変わった。マユカは心当たりがあるのか、口を噤み、下を向き、居た堪れない表情をしている。
「な、何した……んですか……!?」
「……僕を好いてる女が、マユカちゃんに嫉妬して、嫌がらせしてたみたいなの」
「は……!?」
そして突然放たれたその裏切りにも似た言葉。その言葉の意味を説明するためかハヤタはゆっくりとフルキへと顔を向けた。笑顔……なのだが、その瞳の奥はどこか遠くを見つめているように、怒りを込めているように、そして思い出したくないのか少し辛そうにも見える。その顔を見て、フルキは唾を飲み込み、その顔を見つめ返した。
「それを……後で知って……悔しくて……」
「っ……で……でも……」
「しょうが無い、は違うけど。マユカちゃんは僕を独り占めしたかっただけなんだよ」
「ど……どこまで寛容なんですか貴方は……」
「そんな、身勝手なの、理由……に、なる、わけ……」
被害者は気にしていない……どころか喜んでいた。という事実を受けても尚、マユカは下を見続けている。その反応を見てか、ハヤタは小さなため息を一つ吐いた。
「……もう諄い」
そして、
「ぇ――
「ん」
「黙らせのチュー!」
「黙らせのチュー来たのです!」
「何でさっきからキス如きで興奮してんですか?」
黙らせのチューを行った。
……黙らせのチューって何……?
静かに接吻を行う二人とは対極的に、何故か外野ばかりが盛り上がっている。軈てハヤタはマユカから離れ、恍惚とした表情をした。
「ふへぇ……やっぱマユカちゃんの唾液美味しい……」
「キスの夢が全部ぶっ壊れるコメントやめてください」
そんな言葉と共に。デリカシーを知らないのだろう、周囲の人達全員がドン引きしている。
思っててもそんなこと言うな。
「と、無事二人助け出せたのでさっさと戻ろうです」
「お、レン先輩達待ってる?」
「です」
「いやぁ、僕レン君悲しませちゃったからね。早く顔見せてあげないと」
チャラッ
申し訳ないと思っているのかいないのか、レンへの言葉を残しながらマユカから離れる。そしてフルキの両手を掴み、自身の両手と共に顔の前まで上げ、ドウルに手錠を見せた。
「後これ。外して」
「はいはい」
「何ですその仕方ないね感ある言い方? 自分の立場分かってるのです?」
ハヤタの要望に面倒そうに声を出すドウル。
相手が子供だからとはいえ、舐め過ぎな気はするね。敗者が出して態度じゃないでしょ。
ボーダー柄の手袋を虚空に仕舞い、今度は真っ黒な手袋を取り出し両手に着けた。そして先程檻の鍵を開けた時のように、ハヤタとフルキにに背を向け、それぞれの手錠を掴んだ。そしてすぐに、鍵穴の無いその手錠がゆっくりと外された。と同時に、
トッ
スッ
「ん?」
「え?」
外された手錠は音も無く一瞬にして消えた。その代わりに二人の掌にはスマートフォンが置かれていた。
「ぁ、スマホこんな所にあったんですか!?」
「みたいだね。最近の手錠って凄いねぇ」
「収納付きの手錠とか誰向けの商品なのです……?」
「……虚空付きってやってる事かなりエグいのでは……?」
「確かに。まぁ多分容量少ないとは思うけどね」
確かに誰得なんこれ……? 手錠って事は犯罪者捕らえるのが主な用途だよね? インテリ目的の手錠って事なのかな?
ハヤタもフルキもスマートフォンを虚空に仕舞う。
「よっと」
「んきゃ!?」
直後、ハヤタはマユカの背中を右手で、太腿を左手で抱え、ゆっくりと持ち上げた。
まっていつの間にマユカに近づいた!?
「お姫様抱っこ」
「大丈夫です? ここ螺旋階段ですよ?」
「いけるいける」
「まぁ、ハヤタ先輩なら難なく降りられそうですね」
その謎の行為に、恥ずかしいからなのかマユカはハヤタの腕の中で小さく藻掻いている。
何で誰も不思議に思わないんだよ。マユカ以外涼しい顔してるの何でだよ。
「じゃあミチルもやるです」
「んけゃ!?」
「おおっとまねっこかぁ!」
そして何故かミチルも真似をした。同じようにフルキの背中と太腿を抱えて持ち上げる。
「と、唐突やめて!」
「唐突こそ正義なのです」
「どういう意味かなそれ?」
目の前で行われた痴態にも似た行為を、同じように自分にもされたからか、フルキは持ち上げられているその体勢から、顔をミチルに近づけた。かと思えば、すぐに体勢を戻し、地面に転がっている手錠を掴んだ。
「あ、じゃあこのまま俺が手錠握ります」
「……また、私は引き摺られるのですか……」
「傍から見たら面白い絵面だねこのまま行ってみよう」
「ホント何っ……もうヤダこの変な集団……」




