1.1 こめかみ
初めまして。そして数ある作品の中で、私の作品に手を出して頂きありがとうございます。
何もかもが初めてだからこれ以上書くの恥ずかしい。さっさと本編に移りましょう。
大きな扉の前に、一人の少年が立っている。
少年は自分が今いる大きな家、裕福な家庭で育った。
実年齢十七歳、見た目年齢は九歳ほどの高校二年生。低身長と童顔が悩みの男の子。左目が黒色、右目が赤色の、所謂オッドアイというものを持つ。そして自身の持つ茶色い髪を肩甲部まで伸ばしている。
この少年、好きな子の「私は、ロングヘアーが好きかな」という言葉を聞いて以来、伸ばし続けているらしい。
少年よ、それは多分、理想の男性像を言っていたわけではないと思うぞ。
それはさておき。
ほとんどの人は、少年の目の前にあるその大きな扉を見ただけで緊張し震えるだろう。多分。大きいだけでなく、白や銀で塗られた謎の模様もある。不気味だ。さらに現在は夜。それもあり、なおさら不気味さを感じてしまうだろう。多分。
しかし少年はそんな様子もなく静かに立っている。やがて呼吸を一つし、
コンコン
と、扉をノックした。
……しかし、返事が返ってこない。
「……」
少年は少しイラついた様子で扉のドアノブに手を掛けた。そして勢いよく
ゴスリッ
と音を立てながら扉を開けた。
普通じゃない音だ……
少年は顔を少し歪ませながら部屋の中に入り、
ドガガッ
と音を立てながらすぐに扉を閉めた。
普通じゃない音だ……
扉の整備は大丈夫なのだろうか?
部屋の中は扉の威圧感と比べて少し狭い印象がある。机と椅子が四十個ほどあれば、学校の授業を受けられるのではないだろうか。
そんな部屋の奥には机とパソコンと椅子がある。が、それだけだ。手前には何も置いていない。空きスペースがたくさんある。もったいない。
少年は部屋の奥の椅子に腰掛けている男に目を向ける。
「……何の用だ」
部屋にいた男は、少年が自分に目を向けたのを確認してから声をかけた。
十七歳の父親……とは思えない程若い見た目をしている。若作りでもしてるのかしら?
「……父さんに話したいことがあってきた」
「そんなことは分かってる。話もないの来る、なんてお前じゃありえないだろう」
話しかけられた男……少年の父親が小さく笑いながら言う。
「そう。じゃあ単刀直入にいうね。リンとナナ、僕の弟と妹を……父さんが殺めたでしょ?」
一見すると穏やかに、しかし怒りを込めて、少年は目を細めながらそう言い放った。
リンとナナ。二人は彼の兄弟なのだろう。
弟と妹……まさかその容姿で兄……!?
「殺した……? 急にどうしたんだ。俺がそんなことをするわけないだろう」
そんな真剣な表情をするレンに対し、何を言ってんだこいつは、とでも言いたげに父親は言った。
「冗談でも、父親にそんなことは言わないで欲しいものだな」
「はぁ? 冗談? 悪いけど、僕はそんなタチの悪い冗談はあんまり言わない人だからね」
「そうか。だが、たかが数日弟と妹が行方不明だからって、父さんを犯人にしないで欲しいな。父さんは悲しいぞ。ヨヨヨヨヨヨヨ」
手を目元に近づけ、わざとらしく泣く仕草をする父親。
白々しくてうざい、と少年は思う。
「……本当の父親じゃないくせに何を言ってんの」
「なっ!?」
そしてボソッと少年は呟いた。
父親は立ち上がり、何故それを知っていると言いたげな顔をしている。
「いいよ。何も言わなくても。知ってるから」
「っ……」
先ほどと少し違い、冷たく少年は言う。
「どうして父さんがリンとナナを殺めたって思ったのか。それはね、シンプルな理由だよ」
「……」
「見ちゃったんだよ、僕」
「……はぁ!? ま、まさか!」
それまで、自分が優位に立っているかのように、余裕の表情をしていた父親の顔が一変した。
「あ、ありえない! だってあの時、俺は細心の注意を払って埋めた! 場所だって山奥、お前みたいな子供が簡単に行ける訳がない!?」
聞いてもいないことをベラベラと喋る父親。凄い。情報がどんどん出てくる。もうここまで来ると態とだろ。
「……父さんってもしかして……いや、やっぱりなんでもない」
「なんだ! 気になるだろう! 言え! 言ってしまえ!」
そして若干引き気味で何かを言おうとしたレンだったが、言うのを躊躇う。そんなレンに、恐ろしいくらいがっつく父親。
「……バカなの……?」
「な……お、お前! 実の父親じゃないにしろ、育ての親にそんな口を利くのか!?」
自分からがっついたくせに何を言ってんの、と少年は思った。自分も同じことを思った。
「だって僕、嘘ついたんだもん」
「はぁ? 嘘? な、まさか!?」
「やっと分かった? 僕は見てないよ。ただ、父さんなら殺めてもおかしくないって思ったから、カマをかけたの」
「チッ……何で疑ったんだ?」
「さっきも言ったように、実の父親じゃないから、かな?」
少年は左手を顎にあて、顔を少しニヤつかせながら可愛らしく顔を傾けた。
「はぁ? 何でそれだけで……」
「父さんはさ、僕が知る限りだけど、母さんのお見舞いに行ってないよね」
「……あぁ……」
「その時点でおかしいなって思ってたんだ」
父親を見つめながら静かに話す少年。少年の母親は何処かの病院で入院中らしい。父親も黙って聞いている。
「俳優業がそんなに忙しかった?」
「はっ」
「……」
少年の言葉に対し、父親は鼻で嘲笑うかのように返す。
俳優……おそらく、父親の職業だろうか。こんなに豪華な家なのだ……きっと、売れているのだろう。
俳優だから若作りしてるのかな。
「それと母さんが父さんのことを話す時、本当に病気なのかって思うぐらい元気に、明るく喋るんだ」
レンは明るい口調で、楽しげに思い出を語るように話す。
「でもね」
しかし、今度は一変して声をワントーン下げて言った。
「僕が父さんの話をすると、露骨に表情が変わるんだ。太陽が一瞬にして雲に覆われるって感じかな」
そこで一度話を切り、顔を下に向ける。そしてゆっくりと顔を上げ、
「その時に、父さんは実の父親じゃないって、ほぼ確信したよ」
父親を真っ直ぐに見つめて、強く言い放った。そして淡々と話しを続ける。
「何で隠してたかは知らないけど、多分その理由を知ったからリンとナナを殺めた、って僕は考えた」
「……」
「二人は誰かに恨まれるような人間じゃなかったからね。ま、完全に推測だけどね」
「……はぁ……そうだ。その通りだ」
ため息をついてから驚くほど簡単に事実を認める父親。
「じゃあどうするんだ? このまま俺を警察に突き出すのか?」
「……」
「無駄だろうけどな」
簡単に認めたのは、余裕があるからなのだろうか。自分には何も害は無い、と。
「お前も知ってると思うが、俺の権力は警察を動かすことぐらい容易いんだからな」
「別に、そのつもりはないよ」
と言い、一呼吸置く少年。父親は、次に来る言葉を警戒しているのか、身構えている。
というか警察を動かせる俳優って何? もう裏社会の住人じゃん。
「ただ、取り引きに来ただけだからね」
「……は? 取り引き?」
素っ頓狂、という表現が似合うような顔をしながら、少年の言葉を繰り返す。
「そう。取り引き」
「まさかお前がそんなことを言うなんてな……なんだ、言ってみろよ」
少年は一度深呼吸をし、
「僕とあの女の、アリサとの婚約を取り消して」
と、強く、言い放った。
あの女、アリサ。この少年の住まいが豪華なことから、この女もどこかのお嬢様なのだろう。少年の言い方からしてアリサのことを嫌っているのだろうか。
というか俳優の息子に許嫁って何? 貴族かよ。
沈黙が流れる……父親は唖然とした表情を見せていたが、
「く……ふふふ……くははは! 何言ってんだ? 取り消すわけないだろ! かはは!」
やがて狂ったかのように笑った。右手で顔を覆いながら、天を仰ぐように。
「だと思ったよ。あの女との結婚は、いわば政略結婚。その時点で、まぁ、ある程度の察しはついたからね」
「なんだよっ! お前も理解してんじゃねぇかよ! じゃあ尚更だ。何で結婚したくないんだ?」
「簡単な理由だよ。好きな子ができたんだよ。あの女と違って、何もかもが素敵な子」
「…………はぁ?」
予想外だったのか、父親は反応が遅れた。例のごとく「はぁ」しか言ってないが。
「彼女、ルルちゃんって言うんだけどね」
そして誰に聞かれた訳でもないのに急に語り始めた。何故だろう。少々嫌な予感がする。例えば、長くなりそうな。
「もう全てが可愛くて愛おしいんだよ。朝のおはようから始まって、一時間目が始まるまで机に突っ伏してすぅすぅ寝息を立てながら寝る姿とか」
もうこの時点で長い。
少年は頬に手を添え、興奮した口調で話し続ける。
「授業中ノートを書いてる時、眠かったのか、後ろからでも分かるくらい首をカクンカクンさせる姿とか、昼休みにご飯を食べる時、お弁当を開けて好きな食べ物が入ってたら小さく微笑みながらガッツポ――
「も、もういいよく分かった……」
顔も分からない少女の話を長々と聞かされ、引き気味の父親。
少年は顔が紅潮させている。が、不服そうな顔をしている。話を聞く限りだと、いずれ犯罪に手を染めてしまうのではないかと不安になってしまう。
「まだ全然喋り足りないんだけど」
「はぁ……とりあえず、好きな子ができたから、って理由か?」
「そうだよ」
「……だったら婚約を取り消す気は無い。というかそもそも、こっちにメリットが無い」
本人たちの意志を無視し、己の家の利益のために子どもを差し出す政略結婚。当たり前だがそう簡単に破棄など出来ないのだろう。
「まぁその答えは予想通りだけどさ、何でそんなに僕に拘るのさ?」
「……」
「兄さんと結婚させればいいじゃん。今更あの銀髪野郎を兄さんっていうのもおかしいかな……」
「そこまで気づいていたのか……だったら何でかは分かるんじゃないのか?」
少年が言った兄。銀髪野郎……相当嫌っているのだろう。先程のリンとナナと違い、仲が悪そうだ。
「何で……ね……まさか生贄?」
「正解だ」
ニヤッという擬音がぴったりの顔をする父親。
「まさか本当にそうだったとは……父さんも僕の婚約者のあの女がどれほど酷い人間か、知っていたんだ……」
「はっ。当たり前だ。事前調査ぐらい、俺でもする」
「……なんかちょっと意外……」
確かに。事前調査というものはこの男でもするぐらい重要な事だ。この男でもするぐらい。
「本当に母さんと同じ血が流れてるのか、疑っちゃうね」
「……そこにも気づいてたのか」
「母さんが父さん……僕の実の父親に対する愛は思っている以上に大きかったからね。まぁ……」
口を閉ざした。何か言いづらいことを言おうとしているのだろう。
「僕の実の父親は多分落命してる。だから、僕ら息子達がいなかったら、後追い自殺してたと思うけどね」
「……そうか」
反応が薄い。いや、興味が無いのだろうか。少年は少しムッとしつつも、話を続ける。
「それでも、母さんは僕たちを育てようとした。病気を患ってようがね」
「……」
「そんな母さんがただの友達程度の人に自分の子供たちを預けるとは思わなかったから、兄妹か……良くて従兄弟らへんだってすぐ分かったよ」
「……へぇ。良い話だな」
まるで、どうでもいい、とでもいうかのような返答に少年は眉をひそめる。
「本当に興味が無いんだね。ま、もういいけどね……」
すると少年は自分の懐に右手を入れ、
スチャ
と音をたてながら、父親に向けて、銃を構えた。
「……はっ。殺すのか? それで俺を?」
銃を向けられている、というのに冷静な父親。自分が撃たれないという確信でもあるのだろう。
「できるわけないよな? お前が俺のことを嫌ってようが、そんな勇気も覚悟もあるような人間じゃないからな!」
少年を嘲笑うように、強く、言い放つ。
「確かに無理かもね」
「だろうな? 俺がその程度で狼狽えるとでも思っていたのか? はははは!」
「そんなの全部、最初っから分かってるよ。自分のことだからね」
「ははっ!……は……?」
「でもね、ちょっと違うね」
少年は銃を構えていた右手の肘を曲げた。
「……ん?」
その光景を不思議に見ている父親。
しかし次の瞬間、
「んなぁっ!?」
青ざめた。
何故なら少年は、
「もともと、父さんに使うわけじゃないよ」
自分が持っていた銃を、
「こう使うつもりだったんだよ」
自分の顳顬に向けていたからだ。
「自分になら、覚悟はできてるよ」
一切の迷いもなく、はっきりと、そう言い切る。
「な……や、やめろ!」
「ふふふ。狼狽えたね」
立場は逆転。嘲笑うように吐き捨てる少年。
「お前が死んだら、母さんは死ぬかもれないんじゃなかったのか!?」
「もういいんだよ。酷く冷たい言葉だとは思うけど、もう、休ませてあげたいんだ」
「な!?」
先程のルルという少女の熱弁している時とは違い、今度は覇気がない目で父親に言う。
「もうこの世に存在しない人の話をしてこの世に留まる母さんは……はっきり言って……すごく哀れなんだよ……」
「お、お前ぇ……!」
父親の説得も虚しく散る。少年は顳顬に向けている銃口を下ろす気配が全く無い。
「母さんがこの世に留まる理由は僕と弟と妹の三人。その三人がいなくなれば母さんは自殺する」
「っ……」
「まぁそれでも、僕が落命する理由には普通はならないだろうけどね」
「じゃあ何でだ! 考え直す気は無いのか!?」
よほど生贄を失いたくないのか、必死に説得を試みる父親。その姿に少年はため息を一つつき、
「父さんが何を言おうが、僕はもう落命することは決めたよ。だって僕は……どう足掻いても、ルルちゃんと結婚できないからね」
言う。考えを変えるつもりは毛頭ない、とでも言うように、強く。
「は……何、言ってんだよ……?」
「流石母さんの息子……好きな人と、ルルちゃんと一緒に居たいってずっと思ってるんだよ」
「だったら! そのルルちゃんって女も妾……だったっけか、それで――
「僕はルルちゃんが一番だよ! それ以外は何もいらないんだよ!」
少年は本気で言っている。
父親は少年に少しずつ近づいているようだが流石に距離が遠い。このままだと少年のもとへ行く前に少年が引き金を引くだろう。
「お前が死んだら、ルルちゃんも悲しむんじゃないのか……?」
少年の考えなど全く分からない父親は未だに説得を試みようとしている。
「父さんって本っ当にバカだったんだね。分かるでしょ? 僕はさ、ルルちゃんに友達とすら思われてなかったんだよ」
「……は?……はぁっ!? まさかお前、その女に振られたのにあんな取引を持ちかけたのか!?」
「……」
必死になる父親の問に、目線を少し下げ、唇を小さく噛むレン。
「最初っから死ぬつもりでここに来ていたのか!?」
「……そうだって言ったら、どうする?」
「っ!」
睨みつけるように、しかしどことなく寂しさも感じられるような瞳を父親に向けながら言い放った。
「お前っ! 一体、何を考えてんだ! おかしいだろ!」
「おかしくて結構だよ! 周りに合わせたいとも思わないし……」
「っ!?」
「僕は、ルルちゃんと一緒になれないこんな世界に、留まろうとは思わない! だから今ここで、僕は僕の人生を幕引きする!」
少年は銃の引き金に指をかけた。
「レン! お前! やめろ!」
父親が勢いよく少年に、レンに飛び込む。
しかし、この部屋は無駄に奥行きがあるのだ。今の父親にはレンを止める術はない。
「……じゃあね……」
と、レンは言い、引き金を引いた。
最後までお読み頂き誠にありがとうございます。
只今私、心臓をバクバクさせながらこの文を書いています。更新は恐ろしく牛歩になると思います。予めご了承下さい。<(_ _)>
今回だけで人の名前たくさん出てきました。まぁ、レン君はルルちゃんが大好きということだけ覚えていただければ大丈夫です。はい。
でもルルちゃんは暫く出てきません。