転生悪役令嬢がいる世界のヒロインでした。
ヒロインだと自覚した。
勝ったと思った。
努力が報われる世界線に生まれたと、気づいた。
…そうじゃ無かった。
よくある悪役令嬢が断罪されるのが嫌でストーリーを改変する話の中のヒロインになってしまったミス・アリスン・ベーカー、私です。
ベーカーという名字で気付く方もいると思いますが、マジモンのパン屋の娘です。
はい、思いっきり貴族に虐げられてきた平民の娘です。字なんて読めないから安く買い叩かられ、自転車操業のパン屋です。
最近、戦争があったとかで物価上昇していて、なのに、儲けは変わらないので割と生活ギリギリの娘です。
そんな私がある日突然、聖属性とか意味分からない能力が発現していきなり貴族の学校に通えと言われました。
死刑宣告でしょうか。
初等教育すらできていない町娘に、高等教育を習わせようとする貴族たちは愚かだと思います。
ですので、イヤイヤながら聖堂に行って勉強を始めました。
だから、家族の中で唯一字が読めるようになりました。家族はそれを歓迎したかと言いますと、逆です。私が勉強を始めたので、働ける人間が減りました。
最近よく父から「誰の金で飯を食えてると思うのか」なんて怒られます。
生きていても全然楽しくないので、橋の上に立ちました。
そこで前世の記憶というものを得ました。
ここは乙女ゲームというヒロインが恋愛をして幸せになる世界、ヒロインというものが中心にある世界なのだと理解しました。
そして、そのヒロインの設定と同じだったのが私の人生でした。そこで冒頭の言葉になります。
勝った。
ここは努力が報われる世界であると、ちょっとやそっとのことでは不幸な未来にはならない。前世とは違うのだと。
そこからの私は幸せでした。とにかく勉強することが苦にはなりませんし、家族から投げつけられる罵詈雑言だってなんの痛みにもなりませんでした。だって最後に勝つのはヒロインである私だと『知って』いたからです。
そして、それが浅はかなことであったと気付いたのは、それから一年後の貴族の学校に入学してからです。そこにはゲームというお話に出てくる攻略対象という名の貴族の男性、私のライバルとなる悪役令嬢のお姿がございました。しかし、この悪役令嬢という方が、そのお話と違って誰とも違って優しく、そして、さまざまな抜本的な領地改革により誰からも祝福される才女、それから聖女と言われていたのです。
ただ字が読めるようになり、聖属性という珍しい魔力属性で、誰かを救うこともできない私とは大違いだったのです。
それは、今まで味わってきたどんな屈辱よりも絶望でした。
卑しい身分、汚らわしい女なんて安っぽい言葉で侮辱をする貴族令嬢よりも、彼女の優しい笑みと彼女を慕う男性や女性達の声が私の心をズタズタに引き裂きました。
もういいでしょう、だって、私頑張りましたもの。あの日前世の記憶を取り戻す前にやろうとしたことをやろうとしただけなのです。
そうして私は橋の上に立ちます。
雨が降る空だけが、私が消えることを悲しんでいるのです。
「アリスン様、何をされているのです!」
通りかかった馬車から、濡れるのも厭わないで悪役令嬢のアンジェリーナ様が降りて私の身体を引き寄せました。
気持ちが悪かった。
「…そうやって助けて、聖女気取りですか。」
「そんなわけないでしょう!クラスメートが危険なことをしていたら、助けるのは当たり前のことです。」
その優しさの全てが私は憎い。
貴女が優しくなければ、私はきっと物語のシンデレラのようにうまく行っていました。例え本当はそうじゃなくても、私にとってはそうでした。
「姉様。」
アンジェリーナ様の弟様が傘を持って出てきました。アンジェリーナ様を振り払おうとする私にはとても冷たい目です。彼もまた、お話の中だったら、私を助けてくれる存在でした。
「止めてください。私貴族なんて大っ嫌いなんです。私の服装が汚い?臭い? 服が幾らかかるか勘定したこともないくせに、平民が貴方たちのフリルを稼ぐのに幾つの年月がかかることも知らないくせに!」
「貴女の家のお金だと生活費を度外視しても3年はかかるでしょうね。…こ、これは大体の予想ですけれどね!」
数ヶ月飲まず食わずで働いても無理ということだけは知っていましたが、具体的な年月など私も知りませんでした。だから、彼女の言っていることは正しくないと罵ることは出来ませんでした。ただやはり彼女はそこら辺の貴族とも違っていて平民たちの暮らしぶりについても詳しいようでした。それこそが、『聖女』と呼ばれる所以なのでしょう。
「私は貴女の生活がどれほど辛く苦しい物なのか、知りません。恵まれた私には破滅しない限り理解できないと思います。でも、貴女がどれほどもがき努力していたのかは何となくではありますが推察できます。とても大変でしたね。」
「…同情なんてしないで。私は、私は貴女が憎い。憎いんです。」
「何故、姉様は貴女に…」
弟様は、大好きな姉を憎いと言われるのが堪らないらしいそうです。私も彼女に憤ることがどれほど理不尽かを分かっているつもりです。ですが、言えずにはいられなかった。頭がおかしいと思われるのは仕方がありません。
「私は、貴女がいなければ…、いいえ、アンジェリーナ様がもっと傲慢で嫉妬深い性格であったならば、貴女が今持っているものを得られたと、そう思ってしまうと、とても、憎まずにはいられない。だって、この世界は、私の為のものだったはずだもの! 私が、私が得られたはずだったのに!」
愚かな平民の女だって分かってます。
そんな世界、無かったのだと。
あるのは慈悲深いアンジェリーナと馬鹿な女。
「慈悲深いアンジェリーナ様が、愚かな私を憐んでくださるのであれば、その手で私を殺してください。」
あの夢物語のバッドエンドでは悪役令嬢アンジェリーナに、私は殺されました。だから、それでいい。いいえ、それが一番いいのです。
「なにを馬鹿な。」
アンジェリーナ様と弟様は、雨に打たれ懇願する私をやめさせようとしましたが、私はそんなものに耳を貸さなかった。このまま私のことを待っても埒があかないと判断したアンジェリーナ様は馬車の御者と弟様に依頼して無理矢理地面から引き剥がし、馬車に無理矢理乗せてアンジェリーナ様の邸宅へと走らせました。
さて。
その後どうなったかと言いますと。
私とアンジェリーナ様は仲良く風邪をひきました。元々健康体だったアンジェリーナ様は2日で熱が引き、すぐ元気になられたようです。
私は同じ公爵家お抱えのドクターに診ていただきましたが、元々栄養が足りておらず、体力がなかったこと、もともと過労に近いほど勉強をしていたこと、それから、精神的に弱っていたこと、様々な要因から、風邪は悪化して肺炎となりました。
公爵令嬢アンジェリーナ様はそんな私を可哀そうに思ったようで、誰よりも多く私を見舞ってくれました。
そして、熱に浮かされる私に彼女は言いました。
「あたしは、気がついたら断罪される悪役令嬢だった。でも、ずっと死にたくなかった。だから、色々努力して、殺されないように様々変えてきた。それは当たり前だけど、あたしのためだった。あたしは…、貴女の人生を犠牲にしたくなんてなかった!話の筋書きを変えるというのが、どれほどの人に影響を与えることのリスクを負う覚悟があたしには足りなかった…、ごめんなさい。」
当然です。誰だって幸せになりたい。生きていたいと、思うのは生物の本能から当然のはずです。
私のちっぽけの努力が、アンジェリーナ様の全ての人生を賭けた努力に勝てなかっただけだったのですから。
「…あ、りな様。」
「アリスンさん!お水ですか?!」
「あり、がと、ざい、す。」
アンジェリーナ、話を聞いてくださってありがとうございます。
そう言いたかった。
誰も私の話なんて聞いてくれませんでした。いつも耳を傾けていたのは私のみで、いつのにか私も人の話なんて聞かなくなっておりました。
諦めずに、話を聞いてくれる人を探すべきだったのかもしれません。
しかし、私は誰も聞いてくれないと心の底から信じていたのですから、難しかったのです。そして、その気力も残っておりませんでした。
こうなってしまったが最後、私は永遠に救われない存在となっていたわけです。
しかし、そんな私にも最期にアンジェリーナ様が私の言葉を聞いてくださった。
きっと私が欲しかったのは、努力が報われる結末でも、お金のある優しい人に愛されることでもない。ただ、私の話を聞いて静かに頷いてくれる人だったのだと。
「アリスン様っ!」
アンジェリーナ様の泣き声と、バタバタと駆けてくる足音を聞きながら、ゆっくりと天使の声の導きに従いました。
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ヒロイン アリスン・ベーカー
バッドエンド 『憎き悪役令嬢との和解』
短編練習のために書いたのですが、独白文みたいになってしまいました。