01-09 来客
蓮はそのまま夜通しで剣などを作り、いつの間にか作業場で寝てしまっていた。
窓の隙間から差し込む光で目が覚め、板の窓を開けに行く。
――あー、もうすっかり朝だ。
そう言えば腹が減ったな。
アイテムボックスに、昨日買った果物が入ってたっけ。
蓮は、作業台の上に並べた昨夜作った剣類を見ながら、果物で簡単な朝食をとる。
そのあと、その剣類を裏庭に持っていって試しに振ってみた。
――だいたい、良さそうだ。
でも、女神様が言ってたように、剣の腕をある程度磨かないと、この剣が本当に使いやすいのか判断ができないな。
まあそれはおいおい練習するとして、もう何種類か試作品を作ったら武具屋のおやじに見てもらうか。
あとは、今日は二階の掃除をして、住む準備をしないとな。
蓮は剣類を作業場に片付け、裏の井戸で手と顔を洗ってから二階に上がった。
――まずは窓を開けてっと。
寝室の窓を開けると、積もっていた塵や埃が勢い良く舞い上がる。
「げほっ」
蓮はすぐに息を止めて窓から離れた。
――なんだ? この埃の量は。
ここは町の外れだから、町の外からの砂や埃が入ってくるのか?
おまけにこの世界の窓は隙間だらけだから余計だな。
蓮が近くにあった小さなタンスの上部を人差し指で触れてみると、指先に埃がこびり付く。
この部屋は埃が積もりに積もっていた。
――もしかして前の鍛冶屋は、ここに住んでいなかったのか?
仕事の時だけ一階に来て作業をしていたのかも知れないな。
しかし、この埃だらけの部屋をどうするか。
ホウキやハタキをどこかで買ってくるか。
でも、せっかく魔法が使えるんだから、それでなんとか出来ないかな?
蓮は、魔法書に風の魔法があったのを思い出し、カバンから魔法でコピーした風魔法のページを出して読んでみる。
――風魔法。
初級の風魔法で今使えそうなのは「ウィンド」だけか。
ウィンド・カッターなんてあるが、これは攻撃用だから使えないし。
とりあえず、ウィンドをうまく使ってやってみるか。
蓮はまずは口と鼻を昨日買ってきたタオルで覆い、全ての部屋の窓を開け放った。
そして、風魔法「ウィンド」を使ってみる。
最初はごくごく弱く魔力を込めて、それを次第に大きくしていく。
すると、部屋の中を風が吹き荒れ、埃が舞い始めた。
それを、窓の外に風が向くようにしてみると、いくらかの埃は窓の外に出ていった。
窓枠の埃は無くなったが、床の埃の取れ方にはムラがある。
――この方法は、あまり効率がよくないみたいだな。
なんとか、掃除機みたいに……。
サイクロンなんとか?
んー。風を回すには……。
今度は二方向から風を吹かせると、部屋の中で風が回りだした。
強さを調整すると、床に積もっていた埃が吸い上げられるように舞い上がり、部屋の中心あたりで小さな竜巻のように回転している。
まだ物が置いてないので、巻き上がるのは埃だけで済んだ。
――これなら、なんとかなりそうだ。
えっと、これをそのまま窓から外に出すか。
裏庭の方がいいな。表にこれを出したら、通行人から文句が来そうだ。
でも、難しいぞ。
二つの風の方向を調節しながら移動しないといけない。
蓮は裏に面した窓までその小さな竜巻をなんとか移動させると、窓から外に出して魔力を断つ。
すると、埃は空中に飛散していった。
――ふー。
調節が難しかったけど、なんとかなったな。
でも、さっきより効率が良さそうだ。
とりあえず今日は、これでやってみよう。
蓮は全ての部屋と廊下でそれを何回かずつやると、家の中に積もっていた大量の埃はほぼ無くなっていた。
でも、弱い吸引力の掃除機で吸い取ったぐらいの感じで、わずかに埃は残っている。
――これ以上風の勢いを強くすると、家が壊れそうだ。
あとは雑巾で拭き上げるか。
二時間ぐらい掛けて拭き掃除が終わると、次は買ってきた布団をベッドの上に出して、ベッドメイキングをする。
――寝室とダイニングはこれでよし、っと。
あとは……そうだ、風呂をどうしよう。
昨日行ったジネットの部屋には、バスタブは無かったな。
ということは、この世界の庶民は風呂に入らないで、体を水で拭くだけなんだろうか。
それとも、古代ローマみたいに共同浴場があるんだろうか。
聞いておけばよかった。
蓮はエレーヌたちの家を思い出す。
――エレーヌたちの家では、木製のバスタブに、お湯を魔法で入れて入っていたな。
とりあえず、あんな感じでいいか。
バスタブは木を魔法で加工して作るとして……。
バスタブの底に穴を開けて、鉄で作ったパイプを接続し、二階から外にお湯を排水出来るようにするか。
たしか純度の高い鉄は、錆びにくかったはずだ。
次に蓮は、二階の窓から裏のトイレの汚い小屋を見下ろす。
――あとはトイレだな。
わざわざあそこまで行くのは、やはり不便だよなー。
でも汲み取り式なら、外に無いといけないか。
うーん、どうにかして水洗トイレを作れないだろうか。
でも、水が混じったら量が多くなって、汲み取り槽が溢れるかもしれないし、汲み取りする人に怒られそうだ。
「今日はとりあえず風呂。そして明日はトイレをなんとかしよう」
――二階の二つの小部屋は、トイレと風呂用につぶすか。
でも風呂場を二階に作るとなると、床が水で腐らないようにしないとな。
西洋式バスタブだから床は濡らさないと思うけど、念の為。
蓮が考えているのは、エレーヌたちの家でも行われていた、バスタブの中で石鹸を使って洗う方式だ。
一応お客さんが来た時に驚かれないように、日本式のようなあまりにも異質な文化は持ち込みたくなかったということもある。
でも、排水管や水洗トイレの様に、いくつか譲れない部分もあると考えていた。
――床は重みも加わるし……やはりコンクリートがいいかな。モルタルっていうんだっけか?
雑貨店に石灰石があったような気がする。
確かあれを焼いて砂と混ぜればいいような気がしたな。
それで、その下に排水管を通さないといけないから、床板を一回剥がさないといけないか。
モルタルの下の防水加工は……。
そうだ。昨日倒したバイターの革を剥いできて、それを防水シート代わりにするか。
水棲の魔物の革だから、水に強いに違いない。
けっこう大掛かりになりそうだな。
蓮は残りの武器を作る分と排水パイプを作るための鉄鉱石、そして石灰石を買いに外出した。
そして、昼を外で食べてから、バイターの革を剥いで戻ってくる。
蓮は帰ってくると、バイターの革を洗って乾燥させ、しばらく干しておいた。
そのあと、作業場で鉄パイプを作っていると来客があった。
「ごめん」
「はい」
ドアを開けると、そこに立っていのはカロル副団長だった。
「あっ。カロルさん」
「カ、カロルと呼ぶな。役職名で呼んでくれ」
「すいません、副団長さん」
――そうだった。この人は女性扱いされるのが嫌だったっけ。
カロルなんて、女性らしい名前で呼ばれるのは嫌なんだろうな。
あれ? でも怒っているというより、照れているようにも見えるな。
「まあいい」
「え? いいんですか?」
「よくない。もし私を名前で呼びたければ、力でねじ伏せて、きゅ、求婚してからにしろ」
「え?」
――なんか今、この人すごいことを言ったぞ。
「い、いや。今のは忘れてくれ」
「はあ」
――うーん。
この人は自分が強いから、自分より弱いやつは男として認めないといったところか?
あれ? 裏を返せば、強い男からは女性として見られたいということか?
「お? 剣をもう作ったのか?」
カロルが奥に置いてある、昨夜作ったばかりの剣を見つけて言ってきた。
「試しに、いくつか作ってみました」
「どれどれ」
カロルは奥に入って、剣を眺めている。
――彼女は案外、女性的な心を内に秘めているのかもしれないな。
副団長として軍を率いてきたから、部下に弱い面を見せられず、無理に男性的に振る舞っているのかもしれない。
そしてそれが習慣になってしまった、といったところか。
なんか、彼女の事が気になってきたぞ。
自分も愛用しているロングソードに目が止まったカロルは、それを手に取って軽く振ってみる。
「どうでしょう?」
蓮が聞いてみた。
「なかなか、バランスがいいじゃないか」
――良かった。
「ありがとうございます」
「重さもちょうどいいし……ん? でも、この材質はなんだ? 表面がずいぶん滑らかに見えるが」
「え?」
カロルは剣を色々な角度から見たり、指で叩いて音を聞いたりしている。
「ちょっと、裏で試し切りしてもいいか?」
「はい、どうぞ」
蓮がそう言うと、カロルは作業場の裏口から庭に出て、薪として置いてあった木片に切りつけてみる。
軽く振っただけで、木片が斧で切りつけたように真っ二つになった。
彼女は剣の刃を確かめると、次に前の鍛冶屋が残してあった、木の杭に固定してある金属製の古い鎧に打ちかかる。
すると、鎧が真っ二つに裂けた。
――カロルさんって、やっぱりすごい腕だなぁ。
しかし、カロルは再び剣を確認すると、血相を変えて蓮の所に来る。
「お前。これは何だ?」
「すいません。何かまずかったですか?」
「まずいどころか。この剣は丈夫な上にすごい切れ味だぞ。私は今まで、こんな剣を見たことも持ったこともない」
「そ、そうですか?」
「普通この様な剣は、切ると言うよりも、相手を鎧の上から打ち付けて打撲を負わせるものだから、切れ味は大して良くない。もし切れ味を良くしたら、今度は刃が簡単にこぼれてしまう。でも、この剣は金属の鎧を真っ二つにした上に刃こぼれもしてない。お前どうやって作ったんだ!?」
――あれ? 品質をよくしすぎたか?
この世界にふさわしくないものを作ってしまったとか?
「あのー、魔法を使いました」
「え? お前は魔法鍛冶か!?」
「魔法鍛冶? ですか?」
「そうだ。魔法で鍛冶仕事をする魔法鍛冶は、おそらく王都にも一人いるかどうかだ。だから、そんな逸材を手放して、こんな地方に送ってくるとは思えないのだが」
――やば。なんて誤魔化そう。
「えっと、僕がまだ見習いなので、修行も兼ねて送り出したのかと……」
「それならおまえ。王都に呼び戻されても、絶対帰るなよ?」
「え? あ。はい……」
――まあ、王都から派遣されたわけじゃないから、呼び戻されることは無いと思うが。
「もし、呼び返されそうになったら言ってこい。……わ、私がお前と結婚してでも、この町にお前を引き止めてやるからそう思え」
「え? あ……はい」
――この人、自分で言いながら赤くなっているぞ。
僕も、なんか顔が赤くなってきたみたいだ。
でもそうか。
こういう性能のいい武器を大量生産できたら、公爵は圧倒的な軍事力を持つことになるのか。
そして公爵の姫と結婚すれば、誰も王都に無理やり連れ戻せなくなるわけだ。
「よ、よし。では……他に作った物も見せてくれ」
「あ、はい」
二人は再び作業場に戻る。
カロルは、先程までは単に珍しい刃物が置いてあるな、ぐらいに思っていたのだろう。
しかしロングソードを試してみて、他の武器もよく見てみたくなった様だ。
「これは、なんだ?」
カロルが聞いてきた。
「これはタガーといいます」
「普通のナイフよりも長いし、剣よりも短い。何に使うんだ?」
カロルはそれを手に持って、刃先を見ている。
「あ、これは、重武装の鎧を着た相手を長剣などで倒した後、鎧の隙間から差し入れてトドメをさすために作られました」
「なるほど」
「使いやすさで、メインの武器として使う人もいるようですが」
「これは何だ? ヤリにしては先が変わっているが」
「これは、ビルと言います。歩兵にもたせ、馬に乗った相手をこのフックで引っ掛けて引きずり降ろし、落ちた所をこのスパイクで打ち付けます」
「なんと。そんな武器があるのか。戦い方が大きく変わるではないか」
「まあ」
「それで他は?」
「このファルシオンは、適度に軽くて取り回しもよく、素人や訓練されていないような農民を兵として使う時にちょうどいいものです。あと、ハンターナイフとしても便利です。そちらはグラデウスと言いまして、両方とも歩兵用です。主に左手にこの小さな盾を持って身を守りながら相手を突いたり切ったりします、軽いので女性兵士でも使いやすいはずです」
「こうやるのか?」
カロルは説明をちょっと聞いただけで、グラデウスを使いこなしてみせた。
「さすがですね」
蓮が褒めると、カロルは嬉しそうな顔をした。
「そういえば、この短い剣については、ジネットが言っていたな。お前は戦術の知識もありそうだ。どうだ、私の直属になるか?」
「あ……」
――武具店でジネットに説明したことも、報告が行ってるんだな?
でも、まだ鍛冶屋を始めたばかりだし、もう少し鍛冶屋はやりたいかな。
カロルが武器を戻して、蓮の方に向き直る。
「まあいい。それで、今日来たのは、ジネットのことなんだ」
「はい?」
「あいつが、なんか吹っ切れた顔をしていたのでな。理由を聞いてみた所、昨日お前と父の仇の大物のバイターを倒したそうじゃないか」
「そうでした」
「あいつは父の仇のことを、この私にさえも言ってなかったのに。お前だけに打ち明けるなんてな。それにお前のことをベタ褒めだったぞ。お前、ジネットに何かしたのか?」
「い、いえ。何も」
――もしかして、特別な関係になったとでも勘ぐっているのか?
「べ、別にやきもちを焼いているわけではないからな! 勘違いするなよ!」
――え? 何も言ってないのにな……。
「はい」
「ゴホン。それでだな。あの大きなバイターを二人だけで倒したと言うのだから、二回も驚かされた」
「僕は、罠の魔法を使って手助けしただけですから」
「そういう面白い話があったら、次は私も誘ってくれ」
「え?」
「あ、いや。まあとにかく、部下の悩みを解決してくれて感謝する。今日は、その礼を言いに来たんだ」
「お礼なんて、とんでもない」
――そうか。部下思いなんだな?
「ところで、お前。ジネットから聞いたが、冒険者もやるそうだな?」
「そうなんです。これから少しずつ始めようかと」
「剣の腕の方は?」
「それが、ほとんどダメなんです。扱い方の知識は多少あるんですが」
「冒険者をやるなら、剣の腕も必要だろう」
「そうですね」
「ちょっと、お前の腕を見せてくれ」
「あ、はい」
蓮は先程のロングソードを持たされて、カロルとともに裏庭に出た。
「では、その剣でかかってこい」
「え? 真剣ですよ」
「素人相手なら、かすりもしないさ」
「わかりました」
カロルは、自分の剣も抜かずに立っている。
蓮はロングソードで切りかかったが、彼女はそれをさらりとかわしてしまう。
何回やってもヒョイヒョイとかわされた。
――なぜだ。僕は剣のスキルも少しはあるはずなのに。
それほどに、この人は達人ということなのか。
この人には、かないそうもないな。
でも、もう少し。
今度は斜め下から切り上げてから振り下ろすと見せかけて、踏み出して突きを入れてみる。
「お、今のは良かった。よし、ここまでにしよう。だいたいわかった」
「はい」
「ところで、お前は剣を振るごとに、振りが鋭くなっていくな。なんでだ?」
「知識のせい? ですかね?」
――まさか、神様から剣のスキルを貰ったなんて言えないし。
「それに、会った時から感じていたが、お前からは何か強い力のようなものを感じる。しかし、それをうまく使えていない気がするな」
「強い力?」
――魔力のことか?
それがなんとなくわかるのか?
「それもそうなんだが、一番の問題は知識に筋力が追いついていないところだな」
「あ」
「だから、技を見切られてしまう。上達したいなら、まずは筋力の鍛錬をして、剣を軽々振れるようにならないとな」
「なるほど」
――これから、毎日トレーニングしてみるかな。
「その力を使いこなし筋力を鍛えれば、この国で一、二を争う剣士になれるはずだ。私の目に狂いはない。それでいつか、私に勝負で勝ってみせろ。お前ならできるはずだ」
「はい……え?」
――あれ?
カロルさんの顔が赤いぞ。
カロルさんは最初に、自分を力でねじ伏せて求婚しろ、なんて言ってたよな?
まさかそこにつながるのか?
僕は今「はい」って言ったから、いつか求婚する約束をしたのか?
あれれ?
「ところで、お前を見込んで相談がある」
「な、なんでしょう?」
――また、変な事を言ってくるんじゃないだろうな?
「なんか、警戒してないか?」
「いえ、そんなことは」
「実は、剣のことなんだが」
「はい」
「私も剣の腕にはかなり自信があるのだが……」
――だろうな。
彼女が続ける。
「それでもやはり、筋力の強い大男と当たれば力負けしてしまうことがある」
「はい」
「それに、大男の使う大剣を私の剣でまともに受け止めると、折られてしまうこともあるわけだ。もちろんそうならないように、身軽さを利用してかわしたり、相手の剣を受け止める時に力を受け流す様にはするが、いつもそれが出来るとはかぎらない」
「なるほど」
――ロングソードを両手で使うなら、防御も剣でしなければいけないからな。
「そこで、大男の大剣をまともに受け止めても、折れないような剣を作れないだろうか?」
――今回作ったロングソードも、それなりに丈夫だと思うが。
折れないようにするには……もっと硬さを増せばいいのか?
いや、柔軟さを加えないといけないのか。
「……ちょっと時間をもらってもいいですか? 検討してみます」
「すぐにではなくて構わないからな。将来の嫁の頼みを聞いてくれ」
「……」
「あ、今のは……」
――あれ? この人、僕と本当に結婚する気になってるみたいだぞ。
からかっているわけでもなさそうだし。
始めに力でねじ伏せて求婚しろ、と言ったのは、この人のねじれた愛の告白だったのか?
なんか、かわいく思えてきた。
カロルは帰っていき、蓮はバスタブの作成と排水用の鉄パイプ作成の続きを始めた。
しかし、時々手を休めて先程のことを考える。
――カロルは美人だし、可愛いところもあるよな。
なんか、僕も彼女のことが気になってきた。
でも、いつの間にこんなことになったんだ?
まさか、僕に一目惚れって事は無いよな?
女神様が、幸運度が高いと自然と相性のいい相手が近づいてくるって言ってたから、そういうことかもしれないな。
頑張って一流の剣士になって、本当にプロポーズするか?
でも、この世界では身分に差がありすぎて、本当に結婚できるかどうか……。
次回は2月8日に投稿予定です