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異世界行きキャンペーン中  作者: 中川あとむ
第一部 一章 鍛冶屋
8/121

01-08 生活準備と仇討ち

 次の日。

 蓮は宿屋を出ると、まずは買い物に出かけた。


 今日買うものは布団一セットと、皿や鍋などの台所用品、着替えや食料品など。

 あとは、鍛冶に必要な鉄鉱石などを扱っている店を見に行く予定で、それらの店の場所は宿屋の亭主に聞いて来た。


 町を見ていくと、表通りに面したところには商店が並び、裏に入ると住宅や工房、そして安そうな酒場などがある。


 蓮は途中にあった八百屋などに寄った後、寝具屋に入った。


「いらっしゃい!」

と、元気の良い中年男性の店主。


「えーっと、布団を一式買いたいんですけど」

「サイズはどうする?」


 ――そうか、シングルとダブルか。

  ベッドはダブルサイズだったな。

  一人だからシングルを買ってもいいけど、せっかくだからダブルにして、広いベッドを独り占めっていうのも悪くないな。


「じゃあ、ダブル用を一式ください」

「届けるかい?」

「アイテムボックスがあるので、持ち帰ります」

「お客さん、アイテムボックスが使えるのかい?」

「まあ」

「いーなー。布団なんか重いから運ぶのが大変なんだよ。アイテムボックスがあれば、あれは重さを感じないんだって?」

「そうみたい」

「こんど、うちで働かないかい?」

「あ、実は今回王都からやってきた、鍛冶屋なんです」

「あー、鍛冶屋さんの後釜ね?」

「ええ」

「そうか、仕事があるんじゃしょうがない。がんばんなよ」

「はい」

「えーっと、一式で小金貨一枚、一万ジェンだよ」


 蓮は、カバンから金貨を取り出して渡す。

 この世界に来た時に、始めからカバンに数枚入っていたものだ。


 ――えっと、これは小金貨でいいんだよな。


「毎度ありー」


 ――商売はどの世界でも同じような感じだな。


 蓮は寝具屋を出ると、今日の買い物を思い出して、物価や通貨単位を整理してみる。


 先程の宿屋が朝飯付きで一泊の料金が銀貨二枚。小金貨一枚を出したらお釣りが銀貨八枚だったから、銀貨十枚で小金貨一枚になるわけだ。

 つまり、銀貨は千ジェン。

 途中の八百屋では、りんごの様な果物が一つ三十ジェンだった。そして果物のお釣りから計算すると、小銅貨は十ジェンで大銅貨は百ジェン。


 ――だいたい、一ジェンは一円と思えばわかりやすいな。

  この世界の平均年収がわからないと簡単には比べられないけど、物価は日本の三分の一ぐらいの感覚かな?


  さて次は、鉄鉱石を扱っている雑貨屋に行ってみるか。


 

「いらっしゃいませ」

ここでは若い女性店員が応対に出てきたが、店の中には鉄鉱石は置いてなさそうだ。


「この店で鉄鉱石を扱ってると聞いて来ましたが」

「はい。お客様は?」

「この度、王都からやってきた鍛冶屋です」

「あーそうでしたか。前の鍛冶屋の方も、この店を利用していらっしゃいました。これから、よろしくおねがいします」

「こちらこそ」

「それで、うちは何でも扱っている雑貨屋なんですが、鉄鉱石は一般の方が買われませんので、裏の資材置き場に置いてあります。ご案内しますので、こちらにどうぞ」


 店の裏に回ると、材木やら石ころやら、業務用と思われる色々な物が置いてあった。その中の一角に、鉄鉱石は山積みになっている。


「これですね? 手にとって見ても?」

「はい、どうぞ」


 蓮は鉄鉱石を拾い上げて、魔法で鑑定してみる。


 ――えーっと、鉄鉱石。レア度B、鉄の含有率65%、シリカ6%……か。

  シリカってなんだっけ。でも、これで良さそうだ。


「これは、いくらですか?」

「あの、大きな麻袋一つ分で一万ジェンになります」

「では、二袋分買っていきます。アイテムボックスに入れていきますので持ち帰ります」

「では、使用人に用意させますね」

「その間に、あの木材を見ても?」

「はい。右の隅に束ねてあるのは売約済みですので、それ以外はお売り出来ます」


 蓮は木材を見てみる。


 ――大量に必要なら森に行けばいいが、少量ならここで買っていけばいいな。

  乾燥や加工の手間も省けるし。

  えーっと、斧やヤリの柄を作るなら、硬めの木がいいな。

  そうだ。家の家具も自分で作ってみるか。


「お客様、鉄鉱石のご用意ができました」

「ありがとう」

「あと、この木材と、あの革もいくつか買っていきます」



 蓮は、買った鉄鉱石と木材などをアイテムボックスに入れて、店を後にした。


 ――さて、このあとどうするか。

  昼食用に何か買っていくか。

  でも、向こうの世界では、自分で料理はほとんど作らなかったからなー。

  この世界に来たばかりのときは、幸運にもあの二人の家にやっかいになって、食事はリディが作ってくれたからよかったけど。


  そう言えば、冒険者ギルドの一階や宿屋の一階でも昼の食事ができそうだったな。

  ここは宿屋の方が近いから、今日は宿屋で昼をとるか。

  

 蓮は昨夜泊まった宿屋の方に歩き始めた。


 ――毎日外食になりそうだな。

  やはり、何か簡単な料理を覚えようか。

  それとも、やっぱり結婚?

  女神様は、待っていれば相性のいい相手と巡り会えるみたいな事を言ってたな。

  でもまだ僕は十七歳だ。結婚には早すぎる気がする。

  エレーヌは、この世界では僕ぐらいの歳なら結婚して子供がいてもおかしくはないって言ってたけどな。


 そんなことを考えていると、前から歩いてきた女の子が蓮に手を振ってくる。

 蓮と同じぐらいの歳の女の子で、美人とまではいかないが、普通以上の容姿だし、ちょっとかわいらしい感じもする。

 片方の手には買い物籠を下げていた。


 ――はて? 誰だっけ?


「レンさーん」

その女の子が声を掛けて走り寄ってきた。


「えっと……」

「もう私のこと忘れちゃったんですか?」

「ご、ごめんなさい」

「ジネットですよ」

「あっ。昨日案内してくれた兵士の?」

「そうですよー。今日は非番なんです」

「あー。ヘルメットをかぶってないので、すぐにわかりませんでした。それに……」


 蓮は副団長のカロルが女性と思われたくないような事を言っていたので、ジネットに対しても女性らしいなどと言っていいかわからず、口ごもった。


「女の子っぽいですか?」

「まあ」

「非番のときはスカートも履くし、こういう格好なんです」

「そうなんですね」


「ところで、何してるんですか?」

「あ、仕事の材料の買い物が終わって、これから昼ご飯をどうしようかなって」

「それなら、うちに来ませんか?」

「え?」

「さっき、肉屋さんがおまけしてくれて、食べ切れそうもないんです」

「でも」

「仕事のある日は職場で食事が出るから、これは今日中に食べないと傷んでしまうし」

「あ、わかりました。じゃあ、お言葉にあまえて」


 蓮はジネットに案内されて、彼女の家に向かった。

 途中で蓮は、ジネットの買い物籠を持ってあげる。


「ありがとうございます。レンさんって、紳士なんですね?」


「い、いえ。ところでこの辺りは、アパートばかりなんですね?」

蓮は照れ隠しもあって、周りの建物のことを聞いた。


 建物は道沿いに窓が並んでいて、窓に花の鉢を飾っている家もあるし、洗濯物を窓から突き出した棒に掛けて干している家もある。

 建物のデザインもだいたい揃っていて、蓮は前にテレビで見たフランスなどの中世のアパートを思い出した。


「そうなんです。この辺りは安いアパートが多いんですが、城に近づくにつれて家賃も上がるんです。まあ、私の給料では、この辺りがちょうどって感じですね」


「あれ? そういえば、兵隊さんって城の中に住んでいるのかと思ってました」

「交代なんですよ。月のうち十日ぐらいは夜中の警備があって、その期間は城に泊まります」


 ジネットはその中のアパートの一つに入り、蓮を部屋に招き入れた。

 部屋に入ると他には誰もいない様だし、開いたドアから見えている寝室にはシングルベッドが一つしか無いようだ。


 ――あれ? 家族とか、友人と住んでいるわけじゃないのか。


 蓮は聞いてみることにした。

「もしかして、一人で住んでいるんですか?」


「ええ」

「あ。女性の部屋に男が入るは、もしかしてまずいんじゃ?」

「大丈夫ですよ。それに、レンさんは悪い人じゃなさそうだし」


 ――うーん。

  信頼されているのか、それとも、男と見られていないのか。

  まあ昼間だし、別にいいか。


「じゃあ、これからご飯を作るので、ここに掛けて待っていてくださいね?」

ジネットはダイニングテーブルの椅子を勧めてくれた。


「はい」


 キッチンに入ったジネットが、顔だけ出す。

「そうだ。レンさん? 好き嫌いはありますか?」


「いえ。たぶん殆ど何でも大丈夫です」

「よかった」

「あ、何か手伝いますか?」

「大丈夫ですよ」


 ――こうやって女の子が料理を作ってくれるのを待つって、なんかいいなー。

  向こうの世界じゃ、こんな事考えられなかった。


  あれ? 待てよ。

  彼女は兵士だよな。

  まさか、料理がまずかったらどうしよう。

  なんか映画であったよな。すごくまずい料理を作るヒロイン。


 しばらくすると、いい匂いがしてくる。


 ――これは肉を焼いている匂いだよな。大丈夫かな?


 キッチンからジネットが皿を持って出てきた。

「おまたせしましたー。ちょっと簡単だけど、ステーキでーす」


 ――見た目は大丈夫そうだ。


「うまそう」

「どうぞ、めしあがれ」


 蓮は恐る恐る料理に手を付ける。


 ――お? 肉の焼き加減もいいし、掛かってるソースもうまいぞ。

  添えてある野菜も火が通っていて、柔らかいな。


「うん。うまい! ジネットさんは料理がうまいんですね!?」

「もしかして、疑ってました? 私、剣よりも料理とか事務作業のほうが得意ですから」


「あ、いや。えっと、ところで聞いていいですか? 何で兵士に?」

蓮は料理の話題を変えるために、気軽な気持ちで聞いてみた。


 するとジネットは、黙ってしまった。


 ――あれ? 聞いたらまずかったかな?


「あ。話したくなければ別に……」

と、蓮。

 

 するとジネットは、食事の手を止めて話し始めた。

「二年ほど前のことなんです……」


 昔は父親と一緒に暮らしていたそうだ。

 ところが、父親が川で魔物に襲われた。

 一人になってしまったジネットは仕事を探したが、この国は女性が余っているので、メイドや店番などの仕事も埋まっている。

 空きがあるのは、兵士ぐらいだった。

 この国でも重婚は認められているが、好きになった男性もいない。

 それで、兵士を選んだそうだ。


「魔物か……森の奥に流れる川で?」

蓮が聞いた。


「この町の南西に川が流れていますが、その川で漁をしている時に、大きなバイターがやってきて」

「バイター?」

「はい」


 ――もしかして、ワニか?


「バイターって、水棲の四足で口が大きな?」

「そうです」

「そうか……」

「それで兵士になって、剣の腕を磨いて、いつかは父のかたきを討ちたいと。そういう思いもあって兵士に」

「その仇のバイターはまだ生きてるんですね? 冒険者が討伐済なのでは?」

「バイターは川から離れないので、こちらから近づかなければ襲ってきません。だから、討伐対象になっていないんです。父もそれを知っていたはずなんですが……」


 ――ワニみたいなやつだとすると、どういう攻撃が有効かな?

  皮や鱗が硬かったりすると、アイス系の魔法は効きにくいかもしれないな。

  でもジネットさんは、魔法使いじゃ無さそうだから、当然剣で討とうとしたんだよな?


「バイターはまだ見たことが無いんだけど、それは剣で倒せるんですか?」

「はい。外皮はそれほど硬くはないそうなんですが、噛む力がすごくて。そして大きい割に動きが速いから、近づくのが難しいんです」


 ――ということは、動きを止められれば、剣で倒せるわけか。


「それを、自分で倒したいんですね?」

「できれば……。でも、何回か仇を討とうと行ってみたんですが、いざ近づこうとすると足が震えてしまって。遠目で見るだけでした」


 ――冒険者ギルドに依頼を出して、討伐してもらうことも出来るだろうが、彼女は自分の手で仇を討ちたいわけだ。

  これも縁だし、お昼のお礼もある。手伝うか。

  

 蓮はゴブリンの討伐をして、魔法の腕に多少の自信が持てるようになっている。

 それに、バイターを少し侮っていたために、気軽な気持ちで申し出ることにした。


「ジネットさん? 今日はこのあと時間あります? 二人で、そのバイターを討ちに行きましょう」

「え?」

「僕は罠の魔法が使えるから、それで動きを封じられます。それでも怖ければ……」

「い、行きます。お願いします!」


 ジネットはまだ少し不安そうだったが、決心したようだ。



 蓮とジネットは食事を済ませると、町を出て南西にある河原にやってくる。

 ジネットは、いつも仕事で身につけているヘルメットや防具などの装備で来ているが、蓮は普段着のままだった。


「だ、大丈夫ですかねー? レンさん」

ジネットはすこし腰が引けていて、やはり怖いようだ。


「たぶん」


「あ。バイターの群れがあそこに」

「あれか」


 まだ離れているが、河原のあたりに灰色っぽい魔物が数匹いるのが見える。

 二人は背を低くしてもう少し近づき、草の間からバイターの様子をうかがった。


 ――あれがバイターか。

  体長は二、三メートルってところか。


 形は元の世界のワニより丸みがあって、皮は遠目で見る限りカバのような皮膚だ。

 サンショウウオを大きくし、ワニのような歯を持たせたらこんな感じになるかもしれない。


 ――確かにあれなら、剣を思いっきり叩きつければ切れそうな気がするな。


 蓮たちが見ていると、そこに水の中からもっと巨大なバイターが上がってきた。

 体長は六メートルぐらい。おそらく体重は数トンぐらいありそうだ。


 ――え!? あんな大きなバイターもいるのか。


「あれです。父は、あの一番大きなやつにやられたんです」


 ――よりによって、あれか。まるで怪獣じゃないか。

  ちょっと心配になってきた。

  こんな軽装で来るんじゃなかったな。

  

  あのバイターは、ゴブリンの百倍以上も力がありそうに見える。 

  罠魔法で、本当にあれを足止め出来るのか?


  でも、ここで逃げ帰るなんて、かっこ悪い事は出来ないよな。


  罠に、ゴブリンの時より何倍も魔力を注げばなんとかなるかな?

  もしだめだったら、駆け足で逃げるか。

  川からあまり離れないらしいから、途中であきらめてくれるに違いない。

  きっと……。


「じゃ、じゃあ、やってみよう。ジネットさんは、後ろの岩陰に隠れていてください」

「レンさん、本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫さ。あはは。ところで、そのロングソードは切れ味の方は?」

「はい。いつでも仇を討てるように、切れ味だけは良くしてあります」

「それなら、僕がまず魔法で罠を張って、そのあと奴をこっちにおびき寄せます。奴が罠で身動きができなくなったら呼びますので、そうしたらジネットさんが剣で仇を討ってください」

「はい!」


 ――お? ジネットさん。気合が入ったみたいだな。

  よし。僕も気合を入れてやってみよう。


 蓮は少しバイターの方に歩みより、そこに中級魔法の罠を仕掛かける。

「パラライズ・トラップ。直径二十ヤドス」


 だいたい十八メートルの大きさの、麻痺機能を持たせた罠だ。


 ――大きさもゴブリンの時よりだいぶ大きくしたし、注ぐ魔力も感覚でだが十倍以上注いだ。

  これでうまく動きを止められるといいな。


 次に蓮はバイターをおびき寄せるために、罠から少し離れて魔法で少し大きめのアイス・ボールを頭上に作る。

「アイス・ボール」


 ゴブリンのときは三十センチ程度だったが、今回は五十センチだ。

 それが、蓮が手を振り下ろすとともに、一番大きなバイターを目指して高速で飛んでいった。


 ボグ!

 鈍く大きな音と共に目的のバイターの胴に当たり、その体が少し吹き飛ばされる。


 ――あれ?

  もしかしたら、今のを頭に当てれば結構致命傷を与えられたかも知れないな。

  でも今回はただの討伐じゃないから、ジネットさんに倒してもらわないと意味がない。

  

 すると、そのバイターは大きな咆哮とともに、こちらに向かってきた。

 かなり、怒っているようだ。


 ――結構速いぞ、あの罠でちゃんと足止めできるか?

  もしあの罠を乗り越えてしまった時のために、アイス・ボールをすぐに撃てるようにしておくか。


 蓮は頭上に、もう一回り大きなアイスボールを作って待機した。

 バイターが迫ってくる。


 すると、バイターは問題なく罠で足止めされた。おまけに麻痺機能も追加しておいたので、バイターは痙攣を始める。


 ――やった。うまくいったぞ。

  あとは罠を解除して、あいつが麻痺から覚める前に……。


 魔法書によると、罠を解除しても麻痺は数分は続くはずだ。


 蓮は準備していたアイス・ボールを横に落としてから、罠に近づいてそれを解除すると、岩陰のジネットを呼んだ。

「ジネットさん!? 今だ!」


「はい!」


 ジネットがロングソードを持ってバイターに走り寄る。

 バイターの一番弱そうな首を狙って、思いっきり剣を後ろに振りかざすと、ありったけの力で剣を振り下ろした。

「父の仇!」


 バイターの首が三分の一程切れた。


 ――やったな。

  あれならもう大丈夫だろう。


 他の小さなバイターは、今のを様子を見たのか、逃げ出した。

 おそらく、自分より強いかどうかという判断ができるぐらいの知能はあるようだ。


 ジネットは剣を脇に落とし、死んだバイターの横に膝から地面に崩れ落ちた。

 横から顔は見えないが、泣いているようだった。


 蓮は、頃合いを見てジネットの横に行き肩に手を掛けると、ジネットが涙目で蓮を見上げる。

 蓮はうなずいた。


 ジネットは手で涙を拭くと立ち上がり、蓮に抱きついてきた。

「ありがとう。レンさん。ありがとう。ありがとう」


 ジネットは抱きつきながら、何度も礼を言ってきた。


 ――ヘルメットが顔に当たって痛いんだけど。


 ジネットは気が済むと、バイターの歯を記念に切り取り、二人は町に戻った。


 ――あの歯は、父親の墓に供えるのかもしれないな。



 蓮は自分の家に戻る分かれ道のところで止まる。

「じゃあ、僕は作業場に戻るから」


「このお礼は、いつかきっと」

「いや。僕の方こそさっきのお昼ご飯のお礼と思ってやったんだから」

「それなら、今度またお昼を食べに来てください」

「ああ。それじゃあ、また」



 途中でジネットと別れた蓮は、自分の作業場に戻って来た。


 ――さて、夜までまだ時間があるし、剣を作ってみるか。

  加工魔法とか覚えたけど、始めは魔法を使わないで普通のやり方を試してみたいな。


 蓮はアイテムボックスから鉄鋼石の袋をとりだして、その中から一つの鉄鉱石を手に持ってみる。


 ――えーっと、これを鉄にするには、熱すればいいんだっけ?


 すると、急に精錬の方法が頭に浮かんだ。

 

 ――おっ? これは鍛冶スキルのおかげか?


 精錬方法、炉の温度を二千度まで上げられる場合。炉でこれを溶かして炭素などを加えて還元し、また不純物をとりのぞくため石灰石を加える。

 精錬方法(二)、炉の温度をが千度程度の場合。溶けかかった鉄を取り出して、金床かなどこでたたき、中の不純物を取りながら整形する。

 

 どうみても、この作業場の炉は、二千度なんて高温まで上げられそうになかった。そして横には金床かなどこもある。


 ――ということは、精錬方法(二)のやり方でやるしかないだろうな。

  それに、叩きながら整形というのは、テレビなんかでやっているのを見たことがある。

  この世界ではこれが唯一の方法なんだろう。

  早速やってみるか。


  えっと、炉の火は魔法を使ってみるか。

  そうすれば燃料はいらないし、おそらくフイゴで空気を送る作業も省略できるに違いない。


 蓮は精錬を始めた。

 魔法の火で熱して少し溶けかかった鉄鉱石をハンマーで叩いて、不純物を取っていく。

 鍛冶スキルのおかげか、思ったよりすんなりと出来てしまった。


 そしてそれを、何度も繰り返す。


 ――はー。やっと鉄らしくなってきたぞ。

  それにしても疲れたー。

  いくら鍛冶スキルがあっても、疲れるのは変わらないんだな。

  やっぱり、この方法は大変だ。


  うーん。

  やっぱり、この後の作業は、加工魔法でやってみるか。


 そう思い、魔法書からコピーした紙を取り出して確認する。


 ――えーっと、「加工」魔法は物体のカット、曲げ、接着、融合、変形。

  それに圧縮、変質、成分抽出、強度変更、品質変更、溶解、粉砕か。

  溶解を使えば今の作業はもっと楽に……あれ? 成分抽出?

  これってもしかして、鉄の精錬にも使えないか?


  でも、鉄は炭素や他の金属も多少含まれていないと、強度が落ちるんだっけ。

  あれ? なんでそんな事知ってるんだ?

  これも、鍛冶スキルか。


  じゃあ、炭素は二階のキッチンの炭から魔法で取り出して、それを鉄と融合させてみるか。

  いろいろやってみよう。


 蓮はしばらく試行錯誤して、精錬が魔法で簡単に出来るようになった。

 始めは普通のやり方でなんて考えていたが、あまりにも時間と体力がいるのであきらめることにした。


 ――さて。銑鉄せんてつができたから、次は変形で剣の形にしよう。


 剣の形をイメージして魔力を込めてみる。

「デフォーム!」


 ――お、剣の形になったぞ。

  これは便利だ。

  あとは、もう少し形や細部を整えて……と。


 蓮は鉄がロングソードの形になったのを見て、満足そうにうなずいた。


 ――うん。いいぞ。

  これで刃の部分を仕上げて、持ち手の部分に木のグリップを付ければ完成だ。


 蓮は出来上がったロングソードを机の上に置いて眺めてみる。

  

 ――上出来、上出来。

  このまま、いろんな物を作ってみよう。

  ファルシオンにショートソード。ビルやタガー。クシボスや両手剣。

  盾は見本としてバックラーとラウンドシールドを作ってみるか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 今回のように誰かの話を聞いて手助けしたり実践するところがレンの良いところですよね。こういう素直な姿勢な今後の展開にも繋がっていくんだなと思いました。
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