01-06 生活魔法
翌日、蓮は魔法書を見せてもらうことにした。
魔法書はリディが管理しているらしく、リディが自分の部屋に案内してくれる。
部屋に入ると、窓には花の鉢植えがあったり、布団のカバーなども花柄だった。
――へー、やっぱり女の子だな。かわいらしい部屋だ。
「これが魔法書よ」
と、リディ。
魔法書は棚に十冊ぐらい並んでいた。
「へー? 思ったより多いんだね?」
「一応全ての魔法が揃っているわ。これは師匠が書いたんだけど、私たちが二人で家を出ることになった時にプレゼントしてくれたの」
「師匠が書いたんだ?」
――ということは、一般には売ってないんだな?
それなら必要な魔法は、ここでなるべく覚えていかないと。
「じゃあ、魔法書は自由に見てもいいけど、タンスの中はぜったい見ないでね?」
――タンス? なんだろう?
「うん」
「約束よ。私は洗濯と、その後は昼の準備をしてくるからね」
そう言ってリディは部屋を出る。
蓮は魔法書を見ようとするが、タンスに目が止まった。
――ぜったいなんて言われると、余計見たくなるじゃないか。
何が入っているんだろう。
あ。きっと、下着とかが入ってるんだな?
蓮がタンスの方を見ていると、一度部屋から出ていったリディが再びドアを開ける。
「タンスの中を見てないわよね?」
「見てない、見てない」
――ふー。やばい、やばい。
蓮は別にタンスの中を見たわけではないが、タンスの中身を想像していたことを見透かされたような気がして、ちょっと焦ったのだった。
「えーっと、魔法書、魔法書」
蓮は魔法書に近づいて背表紙を見ていく。
リディはその様子を見ると、クスッと笑って再び部屋を出ていった。
――えーっと。初級と中級は魔法の属性ごとに本が別れているみたいだな。
上級はいくつかの属性が一冊にまとめてあるのか。
蓮は魔法書の中から、これからの生活に役立ちそうな魔法を探してみるつもりだったが、その前に興味本位で上級魔法の本を手にとってみる。
ところが中のページをめくると、それは見慣れた文字で書かれていた。
「これって、日本語!?」
蓮は他のページも開いてみる。
――やっぱり。
上級魔法は日本語で書かれていた。
――そうか。これを書いた二人の師匠である渡来人は、日本人だったわけか。
エレーヌたちは、たしか中級魔法までしか使えないとか言っていたけど、日本語が読めないから中級魔法までしか使えなかったのかもしれないな。
蓮はさらにページをめくって、どんな魔法が有るのかを見ていった。
――上級魔法は強力な攻撃魔法もありそうだけど、天候や自然を操るものが多いな。
でも、なんで上級だけ日本語で書いたんだ?
もしかしたら安易に使うと危険だからか?
それとも、いつかやってくる後輩の渡来人の為か?
でもこの魔法の名称、どこかで聞いたことがあるぞ。
なにかのゲームのパクリじゃないか?
あ。もともと英語だからか。
まあ、僕は魔法使いを本業にするつもりはないから、今はいらないな。
それよりも、まずは町に行った時に生活に便利そうな魔法を。
蓮は上級の本を棚に戻し、今度は無属性魔法の本を手に取りページを開いてみる。
――複写魔法?
おっ。コピーが取れるのか。なんて便利なんだ。
じゃあ、エレーヌたちから習えなかった風や土など魔法の初級のページを後でコピーしておくか。
アプレイズって、鑑定?
ああ、リディがナイフを鑑定するのに使っていたやつか。
これはすぐに使えそうだし、この場で覚えていこう。
サーチはエレーヌが狩りの時に使っていた、探索魔法ってやつだな?
これも狩りに行くことがあったら役に立ちそうだ。
物品の加工の魔法も、これは鍛冶の仕事に使えそうだ。
えーっと、金属や木材などほとんどのものに使えそうだな。
蓮は次に闇魔法の本を開く。
――おっ?
あの罠の魔法は、中級になると麻痺や毒、生命エネルギーの吸収機能も追加できるみたいだな。
さすが闇魔法だ。
狩はするかも知れないから、罠については中級も覚えておこう。
どうやら、初級と中級の魔法の違いは、詠唱方法も違うが、威力と使用する魔力の差で分けられているみたいだな。
それはそうか。初心者がいきなり大量に魔力が必要な魔法を使ったら、倒れるに違いない。
危険なんだろうな。
上級魔法が日本語で書かれているのも、それが理由の一つかも知れないな。
蓮は今度は魔術と書かれた本を手に取ってみる。
――魔法と魔術はどう違うんだ?
あ。魔術は薬の作り方とか、魔力がなくても使えるものか。
薬の知識は、今は必要ないな。
蓮は薬の辺りを飛ばして、後ろのページを開いてみる。
――このあたりは魔法陣か。
えーっと。魔法陣は魔力のこもった液体で描けば、魔力が無い人でも使えるのか。
おや? これはなんだ? 転移魔法陣?
これは日本語で書いてあるから上級か。
これを使うと、瞬間に長距離移動が出来るわけだな?
これは便利そうだ。
魔法陣のここに、転移したい先の空間座標を書くのか。
緯度、経度、高度。
その座標はどうやって……?
ああこれか。
空間属性の座標魔法で、その場所の緯度、経度、高度を調べるのか。
ということは、一度はそこに行って、座標を調べないといけないんだな?
転移魔法陣は便利そうだから、複写魔法でコピーを取っておこう。
蓮はカバンに元々入っていた紙を取り出して、必要そうなページを先程の複写魔法でコピーしていく。
それが終わると、ここで試せるものを使ってみることにした。
――じゃあまずは、「鑑定」を試してみるか。
えーっとじゃあ、この本を鑑定してみよう。
蓮は魔力を込めて、「アプレイズ」と言った。
すると、本の鑑定結果が自然と頭の中に浮かぶ。
――えーっと、この本が作られたのは、二十五年前、百四十ページ、作者はユミ・ゴトウ。
レア度S。
おっ。渡来人は、やっぱり日本人だな。
名前の雰囲気からすると、そんなに昔の人じゃなさそうだ。
次は探索魔法、サーチだ。
蓮は詠唱して、魔法書に書いてあるとおりに意識を集中してみる。
――こんなふうに、人がどこにいるかわかるのか。
えーっと、エレーヌは自分の部屋か。
横になっているところまではわかるから、ベッドで寝ているみたいだ。
キッチンにいるのはリディだな?
昼飯の準備だろうが、何をしているかまではわからないな。
だいたい今居る場所と、立っているか寝ているか、移動しているかまではわかるな。
たしかリディが、この魔法を使えば相手の考えていることがわかるとか言ってたっけ。
えーっと、練習を積めば探査できる範囲が広がっていく、と。
そして練習を積めばさらに、相手に敵意があるとか、なんとなくこんなことを考えているんじゃないか、という事がわかるみたいだな。
何事も練習次第か。
蓮は、先程コピーした物品加工のページを見る。
――物品加工の魔法は、カット、曲げ、接着、融合、変形、圧縮が基本か。
そして成分抽出、強度変更、品質変更、溶解、粉砕は上級と。
あ、これは単体では使えないんだな?
金属に使う場合は鍛冶スキルが必要だし、木に使う場合は木工や大工スキル。
洋服に使う場合は裁縫スキルと。
塀などを作る場合は、土魔法か。
でもこれだけ出来れば、なんでもできそうだな。
適当な材料が無いから、後で庭で試してみるか。
そんなことをしているうちに、昼飯の時間になった。
三人でテーブルを囲む。
「午前中はちゃんと魔法を覚えていたみたいだな? どんな魔法を覚えた?」
エレーヌが聞いてきた。
――あれ? 魔法を覚えていたのを見ていたような言い方だな?
もしかしたら、寝ながら探索魔法で、僕が変なことをしていなかチェックしていたのかな?
「お姉様? レンの事が気になるみたいね?」
リディが聞いた。
「お、俺はだな……」
エレーヌは顔を赤らめている。
――あれ。僕を疑って監視していたわけじゃないのか。
「別に、私の部屋で二人で何かしていたわけじゃないからね」
――え?
「べ、別に俺は心配してないからな。それよりレン? 何の魔法を覚えたんだ?」
「えーと。主に鑑定とか探索とか加工かな。これから町で生活するのに必要そうなやつを」
「やっぱり、出ていくのか? ずっとここにいてもいいんだぞ」
――それはありがたいけど……。
「ここは居心地が良くてずっといたい気もするけど、町に行ってみたい気もするし……」
「そうか」
「もうちょっと考えて、夕飯の時にどうするか言うよ」
午後になると蓮は外に出て、覚えた新しい魔法を試してみる。
まずは、薪にするために置いてある丸太を、魔法で加工してみることにした。
――えーっと、加工魔法のカットを使ってみるか。
まずは斧を使わないで、薪割だ。
家事の手伝いにもなるからな。
蓮は丸太を、薪としてちょうどいい長さになるようにカットしてみる。
――いいぞ。次はこれを縦に細かくして。
それを縦に八等分してみた。
――カットはだいたいわかった。接着はどうなるんだ?
今カットした薪二本を魔法でくっつけてみる。すると、ピッタリとくっついて、剥がそうとしてもびくともしない。
――へー? これならクギとかいらないな。何か作る時に便利そうだ。
でもこれって、木工スキルが必要だったはずだよな?
ああそうか、今やったことぐらいなら知ってるし、多少の工作なら中学の技術家庭の授業でもやってるから、それが木工スキルになってるのか。
蓮は何日分かの薪を、魔法の練習がてらカットしておいた。
それが一段落すると、丸太の上に腰掛けて休憩する。
――さて、明日からどうするか。
エレーヌは、このままここにいてもいいとは言ってくれたけど。
エレーヌは美人だしリディも可愛いくて、後ろ髪を引かれるな。
このまま、ここにいようか。
いや。この森の中でずっと暮らすのは違う気がするな。
あの二人に、このまま養ってもらうわけにもいかないし。
鍛冶仕事もやってみたい。
やっぱり女神様が言った通り、まずは南の町に行った方がいいんだろうな。
でも、エレーヌとリディの二人には、感謝の言葉しか無いな。
この世界に来て右も左もわかららない僕にここまでしてくれて、とてもありがたかった。
蓮は休憩を終えると立ち上がった。
――さて、他の魔法も試してみよう。
まずは座標魔法でここの座標を調べてみるか。
「コーディネイト」
座標魔法を使うと、頭の中に三つの数字が浮かんだ。
――これがここの緯度、経度、高度か。
一応メモしておこう。
蓮はその後、風魔法や土魔法など他の魔法も試してみる。
土魔法では土で壁を作ったり地面をならしたりしてみた。
夕飯になると、昨日と同じように三人で食事はしているが、沈黙が続く。
エレーヌとリディがチラチラと蓮の方を見てきた。
――これは、僕が明日からどうするかを言うのを待ってるんだな?
そう思った蓮が口を開いた。
「二人には世話になって、とてもありがたかったよ。でも明日、やっぱり町に行ってみようと思う」
「そうか」
と、エレーヌ。
「やはり向こうで、鍛冶の仕事をするの?」
リディが聞いてきた。
蓮は頷いた。
「とりあえずね」
「でも、町で何かあったら、すぐにここに帰ってきてね」
「そうしろよ。わずか四日なのに、レンはもう家族のような気がするよ」
と、エレーヌも。
「なんか、ごめん」
「あやまる必要は無いさ。お前はやりたいことをやればいい。また、一緒に寝ような?」
言ってからエレーヌは、しまったという顔をする。
――あーあ。お姉さん、自分で言っちゃった。
あんまり深く考えてないな、この人。
リディが、手に持っていたフォークを落として姉を見る。
「まさか。お姉様たち、もうそんな関係に!?」
「あっ、違う違う。実は……」
エレーヌは蓮の証言を交えながら、一昨日や昨夜のことをリディに説明した。
「もう。お姉様ったら。でも昔は、お姉様はよく私の布団にも入ってきたのよ」
リディが蓮に言った。
「そうなんだ?」
「私が何か悩んでるときとか。たぶん、私のこと気にかけてくれていて、それで夜中に寝ぼけてそういうことをしてしまうんだと思うわ」
――ということは、エレーヌは僕ことを気にしてくれていたんだな。
「その話はもうよそう」
エレーヌは気まずそうだ。
「でも安心した。レンは本当に家族みたい」
リディが笑顔で言ってきた。
「僕もだんだんそんな感じがしてきたよ。何かあったら、本当にここに戻ってきてもいい?」
と、蓮。
「もちろん」
姉妹の声が揃った。
「でも、そう遠くない内にまた会えるような気がする」
「私も」「俺もそんな気がする」
翌朝。蓮は二人に南北に走る小径のところまで見送られる。
「レン。これを持っていけ」
そう言ってエレーヌが袋をよこした。
「これは?」
「一昨日のゴブリンの角だ。お前が冒険者ギルドに登録すれば、いつでも買い取ってくれる。二週間ぐらいの宿代にはなるはずだ」
「そんな。もらえないよ」
「いや。俺たちは金に困ってないし、そもそもお前が半分以上狩ったものだ。それに俺たちがもらった銀のフェンリルの牙や毛皮。牙は薬に使うつもりだが、あれらをもし売ればゴブリン数百匹分の値段になる。だから心配無用だ」
「わかった。ありがとう」
蓮はその袋を受け取る。
「それは、前に教えた空間魔法のアイテムボックスにしまっておけ」
「なるほど」
蓮はさっそく空間魔法を使って、もらった袋をアイテムボックスにしまった。
「じゃあ、体に気をつけて」
と、リディ。
「二人も」
蓮は二人に手を振り、南へと向かう。
――異世界に来て、始めは不安もあったけど、この二人に会えてよかった。
二人は、蓮が見えなくなるまで見送っていた。